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葛藤

 























 表世界、某所。


「警視、本当に攻撃があるのですか?」


 直属の部下の言葉に、白木谷は軽く笑った。


「そんな事は、お前らが気にすることではない。プラントは順調に稼動しているのだろうな?」


「は、学生達は最終調整に入っています。順調に行けば、来週には実戦に投入出来るかと」


 白木谷は、書類を捲りながら歩いている。厳重に警備されている扉を顔パスで開けると、中には幾つもの黒いカプセルが並んでいた。低い唸るような音と、断続的に浮かぶ光。その不気味な光景は、白木谷にとってはこれからの戦いの勝利をもたらす希望の光だ。


(ま、所詮使い捨ての兵器だが)


 ククッと喉の奥で笑いを堪える。背後から、近付く気配がある。この場に入れる人間は数少ないので、白木谷は振り返ることなく話しかけた。


「正確な情報なんだろうな、誠志郎」


「間違いなく動くさ。天樹はこれ以上の膠着を望んでいない。それよりも……」


 伊月誠志郎は、不機嫌な顔を隠すことなく白木谷の前に立った。


「梨香はどうした? 連れてくるはずだっただろう?」


「春野梨香か。手違いだったか、待ち合わせに来なかったからな。キャンセルされたのはこっちだ。文句は本人に言えばいい」


 誠志郎は、白木谷の本心を見透かすように眼を細める。しかし、白木谷のポーカーフェイスは崩れる事は無かった。


「……梨香の能力は、『神癒し』だ。『世界』の敵の手に落ちれば、間違いなく消耗戦になるぞ。あんな子どもたちよりも、梨香一人の方がずっと戦力になるというのに……」


「婚約者だろうが戦力でしかないのか? 冷たい男だな、お前は」


 嘲笑うような白木谷の言葉を、誠志郎は鼻で笑う。


「情など無いのはどっちだ、洋介。子どもだろうが、駒を使い捨てにしか考えていないくせに」


「否定はしないな。所詮、影世界の住人など化物に過ぎない。……中には、お前のような変わり者もいるがな」


 変わり者、という評価に、誠志郎は特に反論はしなかった。白木谷の隣に立ち、『プラント』と呼ばれたカプセルを共に眺める。


「影世界など、特に思い入れも無いさ。人間は異能力など無くても、十分栄えることができる」


 表世界を見れば充分分かるだろう? と誠志郎は笑った。自分も異能力者のくせに、と白木谷は苦笑する。


「……洋介、そう言えば以前、言の葉遣いの事を話していなかったか?」


 ふと、誠志郎がそう言った。そう言えば、と白木谷も思い出す。


「ああ、『特能ボランティア部』とかいう部活動の中にいた双子のことか。言葉を遣う能力者には、少しばかり興味があるのだがな」


 確か、祭りの際に姿を見た。特能ボランティア部の事は以前から知っていたが、新顔は三人。一人は大柄でいかにも体力系だったから、言葉を遣う能力者はあの双子なのだろう。

 笑みが引き、苦々しい表情になった白木谷に、誠志郎はポツリと呟いた。


「恐らく、双海家の双子だ」


 その言葉に、白木谷は表情を凍らせた。元々冷たい印象の顔が、更に強張っている。誠志郎はそれを見て踵を返した。


「待て、その情報は……」


 制止しようとする白木谷の声に足を止めることは無く、誠志郎は扉の前に立つ。開ける直前、彼は振り返った。


「全ては、天行寺鷲司の馬鹿げた野望の所為だ。だが、『妖の王』が復活する前にその野望を阻止する方法はある」


 ニヤリ、と笑うその顔に、白木谷は表情を凍らせたまま言葉を待つ。


「天樹は手強いぞ。それならば、まずは双海家の双子を殺してしまえばいい。そうすれば、表世界が影世界に滅ぼされるという最悪の結果は、確率がグンと減るだろう」


 妖の王だとか、天行寺鷲司の野望だとか、白木谷には理解出来ない。しかし、双海家という言葉が出てきたことで、あの特能ボランティア部という存在も無視できなくなった。


「じゃあな洋介。俺の能力が欲しければ、また声を掛けてくれ」


 そう言ったものの、恐らくこの言葉は白木谷に届いていないだろう。誠志郎はそれを承知でそう言い残し、この部屋を出た。


「双海家……双海……」


 一人残された白木谷は、突然出てきた名にただ立ち尽くす。そして、重い足取りで部屋を出た。



















「そう言えば」


 女子に割り当てられた離れの大部屋で、愛がポツリと呟いた。


「最近、ヒョウキくん見ませんね」


「そうだね〜。ナナコちゃんもだけど」


 その言葉に、菜緒が同意する。部屋の中には彩奈もいたが、彼女は布団の中でころころしている。まどかはよく部屋から出て居ないし、恵美は暇さえあれば総夜に会いに行っていた。


「表世界じゃ、使鬼は目立つとは言ってたけど、ナナコちゃんもヒョウキくんも子どもに変身できるし……この屋敷の中なら別に使鬼がいてもいいと思うんだけどなぁ」


「そうですよね……。まどかさんに訊ければいいのですけど」


 まどかはここに来てからずっとピリピリしていて、とてもじゃないが愛が話し掛けられる雰囲気ではない。菜緒も何度か口を開いたが、上手く言葉に出来ずに他愛無い話くらいしか出来なかった。


「まどかさん、やっぱり漣さんのこと……」


「……そうだよね。当たり前だよ。私だって、まだ漣さんのこと、夢なんじゃないかって思うもん……。ほら、皆の中にいそうで、ね」


 いつも鷹雄の側にいた、その姿を探してしまう。それは多分皆同じで、口には出さないだけだが、寂しさと苦しみがいつまでも心に根付いていることを示していた。


「まどかさん、その事を思い出したくないから、じっとしていられないんじゃないのかなぁ。いつも難しい顔して、部屋で休むこともほとんど無いし」


「……無理していなければ、いいんですけど」


 愛の悲しげな顔に、菜緒は口を尖らせた。難しい話と暗い話は苦手だ。いつもなら真緒が混ぜっ返して軽い空気になるのだが、この屋敷では彼は男子に割り当てられた部屋にいる。いつも真剣な愛のことは嫌いではないが、少し苦手な相手だった。


「じゃ、鷹雄さんに訊いてみようよ!」


 何とか場の空気を変えようと、菜緒は立ち上がった。ほらほらと促し、愛と一緒に男子の部屋に向かう。


「ヨイヤミは、何を見たの?」


 ふと、まどかの声が聞こえた。男女の部屋の真ん中にある狭い中庭。二人でそっと近付くと、そこにはまどかと鷹雄がいた。


「『世界』の敵のアジトに偵察の為に残してきたんだけど、今帰ってきたんだ。あの子は、天樹と青葉が話しているのを見た。次のターゲットは裏警察、場所は俺たちが知らない所だけど、地図があればヨイヤミが示してくれる」


「満江様には」


「地図の用意をお願いした。対決の予定日は、十日後が有力みたいだね」


「……そんなに早く」


 まどかは俯き、何かを考えている。優しい眼差しで見ていた鷹雄だったが、意を決して呟いた。


「まどか、ヒョウキはどうしたんだ?」


 息を詰め、まどかは顔を上げる。青褪めたその顔を見て、鷹雄は苦しげな表情になった。


「ナナコが心配していた。ヒョウキの声が、まどかに届いていないって。……やっぱり、使鬼が」


「止めて!」


 ヒステリックな声を上げ、まどかは頭を抱えた。耳を押さえ、何度も頭を振る。


「どうしてヒョウキは居なくなったの? 他の皆も、私から離れてしまった。私が、あの子達を遣って人を……漣を殺してしまったから!」


 鷹雄は黙って聞いていた。まどかが使鬼を遣えなくなったのは、まどかが心の何処かで使鬼を拒絶しているからだ。信頼関係が破綻すれば、妖遣いと使鬼は袂を分かつしかなくなる。


(やはり、まどかは使鬼が遣えなくなったんだ……。漣の事が、まどかに大きな力への不安を与えてしまった。だから、あんなに焦っていたのか……)


 まどかをしっかり抱きしめ、鷹雄は歯を食い縛る。まどかはしばらくじっとしていたが、小さな声で呟いた。


「……流を、九頭龍を倒さなくちゃ」


「まどか!」


 自分に言い聞かせるように何度も呟くまどかに、鷹雄は声を荒げる。しかし、まどかは鷹雄を睨み返した。


「そもそも、流を放置していたのは天行寺の失態よ⁉︎ 本来なら、流は産まれてすぐに消されていたはずでしょう? なのに、あの子はどんどん強くなっていく……鷹雄は、あの子をどうするつもりなの?」


 まどかの言葉に、鷹雄は口を噤んだ。視線を逸らし、呟く。


「流の生き方は、流が決める。ただ、俺はあの子が間違った道に進まないように、近くで見守るだけさ」


「そうね、鷹雄が何時までも監視を続けるというのなら、私もここまでは考えなかったかもしれないわね。でも、既に流の力は妖の中でもかなり強い方よ。もしかすると、四神に匹敵するかもしれない……鷹雄、貴方は本気になった流を倒す事が出来ると、本気で思っているの?」


 鷹雄は、流が本気で戦う姿を見ていない。ただ、まどかの真剣な顔を見ていると、流の力が危険なものなのだろうということは感じ取れた。


「まどか、とにかく俺達がするべき事は、十日後に備える事だ。天樹が現れる可能性があるから、流は連れて行けない。後のメンバーで、『世界』の敵を倒さなきゃならないんだ」


 どこまでも平行線になる会話を、溜め息と共に先に切り上げたのはまどかだった。クルリと踵を返し、さっさと女子の部屋に戻っていく。隠れたままやり過ごし、菜緒は愛に囁いた。


「まどかさんの様子、見てくるね」


 その言葉は、愛にとってもありがたかった。あんなに苛立ったまどかには、愛は話しかける事すら出来ないだろう。菜緒を見送り、鷹雄の方を見る。彼は中庭の真ん中に植えられた立派な木にもたれかかり、遠くを見ていた。その苦しげな表情を見つめていると、ふと視線が愛を捉える。


「……ヨシちゃん」


「ご、ごめんなさいっ」


 盗み聞きなどする気は無かったのだが、そうなってしまった。固まったまま謝る愛に、鷹雄は表情を和らげた。


「ごめんね、そんなに緊張しないで」


 優しいその声に、愛は少しだけ頷く。なんとなく気まずい空気の中、言葉を切り出したのは愛の方だった。


「あの、鷹雄さん。私……皆さんの力になれていますか?」


「ヨシちゃん」


「お願いします、本当の事を教えて下さい……」


 光輪学園に誘われた時、そこが自分に残された最後の居場所だと思った。自分自身を消してしまいたいと願うあまりに目覚めた能力は、愛に表世界という現実から逃げる選択を与えてくれたのだと。


「私……結局、逃げる事しか出来ないんです。鷹雄さんに特能ボランティア部に誘われなければ、きっと学園内でも逃げ続けたと思います。人間関係なんて、私には苦痛でしかなかったから……。でも、ボランティア部に入ってからは、世界が変わりました。人気の部活だったからクラスの子が話しかけてくれて、その中から友達も出来て、皆のような仲間まで……」


 影世界の皆は、皆が皆ではないが純粋で優しかった。キツい物言いをする者もいたが、意地悪ではなく愛の為を思っての事だと感じた。何よりも、同じ表世界から来たはずの特能ボランティア部のメンバーは、今まで表世界で接してきた悪意ある人々とは全く違っていた。


「私、皆を守りたい。ずっと皆と一緒に居たいんです。その為には……」


「ヨシちゃん」


 鷹雄は、愛の肩に手を置いた。その頭を撫でて優しく笑う。


「ヨシちゃんは俺達特能ボランティア部の大切なメンバーだよ。仲間っていうのは、皆が支え合う立場だろう? 大丈夫、キミは一人じゃない」


 優しい鷹雄の言葉だったが、愛は俯いた。姿を消す能力は情報収集に役立っていると信じているが、それも弓彦がいないと完璧に遂行は出来ない。他に出来ること……と考えていたが、考えれば考えるほど袋小路に嵌まっていく気分だった。


「次の戦いが、きっと最後だ。だから、キミには皆を笑顔で迎えてほしい。特に静波は喜ぶかもね」


 最後は冗談っぽく言い、鷹雄は母屋の方に歩き始めた。愛はそれを見送りながら、静波の顔を思い浮かべる。


「静波さんに、相談してみようかな……」


 鷹雄の後を追うように、愛も母屋へと向かった。





 母屋に行ったものの、静波のいる所に心当たりがない。愛はキョロキョロとしながら静波を探す。しばらくすると、違う姿を見つけた。


「あ、剛志さん」


「おう、ラブちゃんか。どうした?」


 剛志に呼ばれる自分の名は、やはり苦手だ。自分に怒鳴り散らす母親の顔がスッと過ぎったが、愛はそれを押し殺して剛志に尋ねた。


「あの、静波さんを見ませんでしたか?」


「静波の部屋、俺も探してるんだよなあ。さっき鷹雄先輩にも聞かれたんだけど。ハナさんも見当たらねえし、何処にいるんだか……」


 その時、ふと廊下の角から気配を感じた。静波に相談しようと思っていた愛だが、突然の気配に慌ててつい存在を『消して』しまう。


「ん? タケさん?」


「静波。鷹雄先輩が探してたぜ」


 剛志はさっさと用件を伝え、そしてニヤニヤと笑った。


「何、気持ち悪い……」


「愛しのラブちゃんも、静波に話があるってよ」


 愛の名を聞いて静波は辺りを見渡したが。


「何処で?」


「いや、ここで……あり?」


 二人で周りを見るが、愛の姿はない。姿を消すという愛の異能力は知ってはいるが、何故今姿を消す必要があるのか分からない。


「探しに行っちまったかな? まぁいいや、それよりお前はどうするんだ?」


「どうするって、何を?」


 首を傾げる静波に、剛志は少し顔を改めた。


「裏警察と戦うことだよ」


 愛は動揺を抑えて聞いている。『神凪ぎ』という能力を持つ静波だが、まだそれは自在に操れていないはずだ。戦うなんて、不可能なはず……


「ん、戦う」


 しかし、静波の答えは予想と違っていた。何故……と思う間もなく、剛志が頷く。


「やっぱそうか。何か決意みたいなもんがあったからな……。でも、今のお前じゃ足手まといになりかねないぞ?」


「言いにくいこと、ズバッとくるよなあ。タケさんは」


 苦笑いを浮かべて静波は自分の拳を見つめた。剛志とは違い、一般男子の手だ。しかし、ここには望まれた能力があるはずだ。


「最後の宿題、きっちり仕上げないとな……」


 広瀬の顔を思い出し、表情を改める。剛志はそれを茶化すことなく、ガッシリと静波の拳を握った。


「俺も、何か力になってやる!」


「タケさん、サンキュー。もしもの時はよろしくな」


 そのまま、二人は母屋の奥へと歩いていく。完全に姿が消えてから、愛はこっそり集中を解いた。


「静波さん、どうして……」


 彼が去った方を見つめる。ふと、今までに見た静波の姿が浮かんだ。


 異能力を持たず、所在無げにしていた静波。


 目覚めた異能力を使いこなせず、必死に特訓していた静波。


 自分といる時には、どこか緊張していた静波……。


 そんな静波が、自分を置いて戦いに行くなんて。そこまで考え、愛は自分自身に愕然とした。


(私……静波さんの事……!)


 辿り着いた答えに否定が出来ず、愛は立ち尽くす。震え始める指先を抱き締め、彼女はただ自分の考えに絶望を感じていた。




















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