特能ボランティア部
ようやく特能ボランティア部の登場、そしてやたら新キャラが増えます。
勢いで書いていますが、よろしくお願いします!
午後の授業は自習で、静波は荒波と共に高校二年の公立高校で受ける授業のテキストを、延々とやっていた。
「うあ~、疲れた……」
「静波のせいで、あんまり進まなかったじゃないか」
「……すみませんねぇ」
言いながら、テキストを片付ける。
「静波、あのキザな会長さんを探すの?」
「ああ、三年生の教室に行こう」
二人で教室を出る。剛志はクラスメートと話している。わざわざ呼ぶことはないだろう。
「三年は三階だ。行けば、多分いるんじゃないか?」
「そうかもね」
話しながら、二人は階段を上がっていった。
「ここだ」
三年の教室には、まだちらほら生徒が残っている。その中にあの顔があった。
「会長さん」
「やあ、キミ達」
鷹雄は顔を上げ、手を振る。簡単に荷物を纏めると、二人の所に来た。
「どうだった? 初めての授業は」
「あはは」
「まあ、それなりに」
静波と荒波の答えに、鷹雄は優しく微笑む。
「で、俺に会いに来たって事は……特能ボランティア部に入ってくれるのかな?」
「あ~、取り敢えず、見学できますか?」
静波の言葉に、鷹雄は頷いた。
「いいよ。キミ達には、選ぶ権利があるからね」
鷹雄に連れられて、二人は部活棟に入った。ここも三階建てで、いろいろな部活のプレートが付いている。
「特能ボランティア部は、三階のフロアを全部使ってるんだ」
三階には扉が一つだけ。その上には確かに『特能ボランティア部』と書かれたプレートがある。
「さあ、どうぞ」
扉を開けると、突然鷹雄に何かがぶつかってくる。慣れた様子で鷹雄は、ぶつかってきたものの首根っこを掴んだ。
「こら、ナナコ。またケンカかい?」
「鷹雄様~。ナナコ悪くないも~ん。悪いのはヒョウキだも~ん」
掴まれているのは、小さな女の子だった。しかし、頭に大きな白い獣耳とお尻の辺りに大きな白い尻尾がある。
「うわ、リアル獣っ娘」
静波の呟きは聞こえなかったようで、ナナコという少女は必死に自分の潔白を訴えている。
「あら、ヒョウキ。またナナコとじゃれあっていたの?」
三人の後ろから、凛とした声が掛かる。まどかの声だ。
「うん」
ナナコの後ろから、額に角が生えた少年が現れる。二人とも、幼児といってもいいくらいの年齢に見えた。
「あら、双海静波、荒波。入部する気になったのかしら?」
まどかの言葉に、幼児二人が静波達を見る。
「新顔だ」
「わ、ほんとだ」
「男の子だ」
「うん、ほんとだ」
ナナコとヒョウキは言いながら、二人の周りをウロウロ回る。
「あたし、ナナコだよ。鷹雄様の使鬼なの」
「おれ、ヒョウキ。まどか様の使鬼」
「シキ……?」
静波が聞き返すと、ナナコがバカにしたように笑みを浮かべた。
「あんた、影世界の人間なのに使鬼も知らないの? 使鬼は、妖遣いが契約した、お手伝いさんみたいな妖だよ」
「おれ、まどか様の命令なら、何でもする」
「……へぇ」
妖なら分かる。昔から散々祖母に脅されてきた。夜寝ないと妖がくるだの、好き嫌いして食べないと妖に食べられるだの、祖母はよくそう言って二人を脅したものだ。
ただ、実在すると知ったのは、数秒前だが。
「二人とも、中に入って」
鷹雄に言われ、静波達は中に入った。三階を全部使っているだけあって、中はかなり広い。大きなテーブルと高級そうなソファーがあり、そこには女生徒が二人座っていた。
「あ、双子だ」
思わず言った静波の声に、二人は同時に顔を上げる。大きな瞳、丸いボブヘアー。二人は本当にそっくりだった。
「あんた達だって、双子じゃん」
片方が、その愛らしい姿に似合わない乱暴な口調でそう言った。
「しかも、一年だし。鷹雄さん、こいつら何?」
「部活見学者だよ。俺は勧誘したんだけどね」
「ふーん」
ジロジロと見る片割れの肩を、もう一人がぽんぽんと叩く。
「真緒ちゃん、失礼よ。そんなに見ちゃ」
こちらはイメージ通りの愛らしい声だ。
「初めまして。私は高瀬 菜緒。こっちはお兄ちゃんの高瀬 真緒。よろしくお願いしまぁす」
「あ、よろしくです」
ん?
何か違和感を感じ、静波は首を傾げる。
「二人は二年生なんだ。まだ十二歳なのに、凄いだろう?」
確かに襟元には二年のピンバッチが付いているが、違和感はそれじゃない。
「……お兄ちゃん?」
荒波が聞き返すと、菜緒は首を縦に振った。
「そうだよ? 真緒ちゃんは、菜緒の自慢のお兄ちゃんだよ?」
言われ、二人は真緒に視線を移す。
「何? 僕の格好に、文句ある?」
文句も何も、女子の制服にしか見えない。
「菜緒の為だよ。僕らの力は二人で全力を出せる。でも、菜緒を男子棟に入れるわけにはいかない。だから、僕が我慢してるんだよ」
静波としては、女装男子よりも男装女子の方が……
「静波、何か顔が崩れてる」
言われ、慌てて引き締める。特能ボランティア部に来てから、何か異世界に来てしまったような気がする。これはまるで……
(あ、椎名が言ってた『理想郷』だ)
前の学校の親友が、目をキラキラさせて薦めてきた、美少女が表紙の小説を思い出す。
《俺は、いつか行くんだ……ケモミミ美少女と、剣と魔法の理想郷へ!》
(……理想郷、ここにあるみたいだぞ)
親友を思い出し、思わず遠くを見る。
「あ、昨日の新入生」
奥の扉から、男女が現れる。女子の方は、静波を見て頭を下げた。
「あの、お昼は……すみませんでした」
「あ、あの時の……」
ぶつかってしまった、あの女子だ。確か、ヨシちゃん。
「何だ、ヨシりん。もう知り合いになったんだ?」
男子の方がそう言い、静波達に手を差し伸べる。
「オレっち、瀬戸 弓彦、三年。能力はサイコメトリー。よろしくな!」
「よ、よろしく」
静波が手を握り返し、荒波が頭を少し下げる。弓彦は握った手を大きく振り、人懐こい笑顔を浮かべた。
「あ、あの……三好、……です……」
小さな声でヨシちゃんが自己紹介をする。しかし、肝心の名前が聞こえない。
「え?」
聞き返すと、彼女は俯いてしまう。そして、
「三好 愛、です……」
……名乗りたくない理由は、よく分かった。
「えっと、何って呼べば……」
訊くと、愛は俯いたまま答えた。
「出来れば、名前じゃない方が……」
「じゃあ、ヨシちゃんでいい?」
「あ、そうしてもらえると……嬉しいです……」
ようやく愛は顔を上げ、少し微笑む。
「ヨシちゃん、弓彦、この二人はこの部活の見学者なんだ。いつも通りにしていていいからね」
鷹雄に言われ、二人は頷く。そして、ソファーに座った。
「鷹雄、昨日の報告なんだけど」
弓彦がいい、鷹雄が真剣な顔になる。
「あの社長が狙われた事件、裏でやっぱり妖が関わってる。昨日、ようやくまた社長が襲われた。そこに来たのが、いつもの狗神だった。確かにヨシりんが見たよ」
「そうか……社長さんは?」
「漣が、護った。まだ寝てる」
鷹雄はチラリと奥の部屋の扉を見、また弓彦に視線を戻した。
「弓彦、次は俺が行くよ。あの狗神とは、次こそ決着を付ける」
「鷹雄、本気か?」
弓彦は心配そうに言い、横目で愛を見た。愛も、弓彦を見ている。
「瀬戸弓彦、何を隠しているの? 言いなさい」
まどかが言うと、彼は言いにくそうに口を開いた。
「漣が護って倒れた後、来たんだ……アイツが……青葉が」
青葉、という言葉を聞き、一瞬で辺りの空気が変わった。皆の顔が強張っている。
「……荒波、青葉って誰?」
「僕が知るわけ、ないじゃない」
二人で小声で話していると、鷹雄は難しい顔のまま二人の疑問に答えた。
「『世界』の敵の一人。妖遣いの青葉。俺やまどかの天敵さ」
出た、『世界』の敵。
「キミ達も、影世界の住人だ。この部活に入るかどうかは別にして、影世界が今どういう状態か、全く知らないわけにはいかないね」
鷹雄はそう言い、語り始めた。
『影世界』の、今まで知らなかった現状を……
影世界と表世界。お互いに影響し合う、鏡合わせの世界。
しかし、影世界の者は、表世界では異質とされ、いまやほとんどが認識されていない。異能を持つ者はその力を隠し、表世界に溶け込む努力をする。
その現状に不満を持つのが、『世界』の敵と呼ばれる、異能者達だ。
いつか、影が表を支配する。その理想を掲げ、表世界で乱暴な事件を起こす。
『天樹』
『青葉』
『紅葉』
その三人が、この活動の主犯格だと思われる。
『影世界の住人は、表世界を支える影となる』
それは、ずっと古から守られてきた、暗黙のルール。 そのルールを守るため、柳谷は能力者を集めて学園を創った。
影から闇に堕ちてしまった、かつての同志達を倒すために……
「はい、話が壮大過ぎて、理解出来ません」
静波が言い、荒波が頷く。
「双海家は、表世界に近いところにいるからね。それにしても、影世界の事を知らなすぎる気もするけど……」
鷹雄は苦笑し、うーんと首を傾げる。
「取り敢えず、『世界』の敵を放っておくと、キミ達が昨日までいた表世界も無事じゃ済まない。現実に、今や表世界の常識では解決出来ない事件が、次々と起こっている」
愛がそっと新聞を差し出す。そこには赤いペンで、『連続カマイタチ切り裂き事件』という記事にチェックが付けられていた。
「その事件、確かに妖の鎌鼬が関わっていた。まどかのヒョウキと俺のナナコが何とか倒したんだけど、妖遣い本人には辿り着けなかった」
確か、一年程前に話題になった事件だ。いつの間にか風化して、忘れていたが。
「こういう事件をボランティアで解決していくのが、俺たち特能ボランティア部ってわけだよ」
「……」
確かに危険な部活のようだ。しかし、これは在学中に元の世界と関われるチャンスかも……。
「俺達は、一人でも多くの戦力が欲しい。キミ達の、言の葉遣いの力が」
鷹雄の言葉に頷いたのは、意外にも荒波だった。
「やるよ、僕」
「荒波……」
驚く静波を気にせずに、荒波は鷹雄を見る。
「僕は、双海家の次期頭首になる。だから、知っておきたいんだ。影世界と言われる世界のことを」
「荒波……」
確かに、影世界はこれからの双海家にも関わりが出てくるだろう。
(何故ばあちゃんは、俺達に影世界のことを何も教えなかったんだろう……?)
「静波君、キミはどうかな?」
ぼんやりと考えていた静波に、鷹雄は穏やかに声を掛ける。
「……荒波が入るなら、俺もお願いします」
「良かった。これからよろしくね、二人とも」
鷹雄が嬉しそうに笑って手を差し伸べる。今度は荒波も、しっかり握り返した。
「じゃあ、漣も紹介しようぜ!」
弓彦がそう言い、奥の扉に飛び込んでいく。
「ほら、漣! 起きろよ!」
「いやだ……寝かせろ……」
ブツブツ言いながら、弓彦に引っ張られて出て来る少年。歳は、静波達と同じくらいか。
「はい、こいつがうちの斬り込み隊長、朝倉 漣だ! すっげえ操炎術を使うんだぜ!」
「……どーも、漣です……」
寝ぼけた顔で、漣は挨拶した。ガリガリと頭を掻き、大きな欠伸をする。
「あと、うちの癒し系、春野 梨香ちゃん。以上が、我らが特能ボランティア部だっ!」
「……梨香ちゃんって?」
辺りには、もう知らない顔はいない。弓彦に訊けば、彼はあははっと笑った。
「彼女、安眠部も掛け持ちしてるから。今日は来るかな~?」
「掛け持ち有り、なんだ……」
可愛い子かな? と静波の想像は広がる。これまでの女子部員は、確かに剛志が言うとおりの綺麗どころ揃いだ。きっと、梨香も可愛いに違いない。
「さて、新入部員も入ったところで……昨日の案件に戻ろうか」
鷹雄がそう言うと、部員達はソファーに座った。弓彦に手招かれ、静波と荒波もソファーに座る。
「昨日、ヨシちゃんと漣の活躍で、敵は狗神だと分かった。そして、その背後には青葉がいる。……あれ?」
そこまで言い、鷹雄は首を傾げた。
「漣、よく無事だったな。ヨシちゃんが助けたのかい?」
そう言えば、弓彦の話では『漣が倒れた後、青葉が現れた』と言っていた。
「そう言や、ヨシりんの記憶はそこまでで、後は読めなかったな。……何があったんだ?」
弓彦も、不思議そうに首を傾げる。
「えっ……私……あの、憶えてないんです……」
オロオロと、愛が呟く。漣も肩を竦めるだけで、何も言わなかった。
「私、いつも通りに気配を消していました。その間、弓彦さんが私から『読んだ』通りのものを見ました。でも……あの恐ろしい人が現れて、私、一瞬集中が切れたような……」
愛の言葉に、鷹雄の表情が堅くなる。彼女の集中が切れた、ということは……
(ヨシちゃんは、青葉に見付かった。しかし、倒れていた漣も、ただ立っていたヨシちゃんも、無事だった……。ヤツにとって、二人は敵ではないと認識されたのか、それとも……)
「鷹雄、二人は無事だった。それでいいじゃないか」
場の空気の重さに、弓彦が取りなすようにそう言った。愛は小さくなって、チラチラと鷹雄を見ている。小動物的な可愛さに、静波はつい守ってあげたくなった。
「……そうだね、弓彦の言う通りだ。敵の狙いは分からないけど、二人が無事で本当に良かった」
鷹雄はそう言い、愛に微笑む。彼女はようやくホッとした笑顔を見せた。
「さて、社長の護衛だけど……やっぱり俺が行くよ。次こそ狗神を倒してみせる」
「鷹雄、私が行くわ」
鷹雄の言葉に、まどかが口を挟む。
「狗神相手じゃ、ナナコは相性が悪い。ヒョウキも難しい相手だけど……セッカも連れて行くから」
「俺も、使役してるのはナナコだけじゃない。それに、まどか一人を行かせるわけにはいかない」
二人は一歩も引かず、じっと見つめ合う。険悪な雰囲気に、ナナコとヒョウキも固まったまま主人達を見詰める。
「……分かったわ、二人で行けばいいのね」
渋々折れたまどかに、鷹雄も仕方なく頷く。
「あ~、鷹雄。他のメンバーはどうする?」
弓彦が恐る恐る尋ねる。鷹雄は部員達を見回し、言った。
「次は、狗神も本気で来る。漣と梨香を連れて行く。後……静波と荒波、キミ達も来てくれ」
「えっ、俺達も!?」
慌てる静波に対して、荒波は頷いて答える。
「真緒、菜緒、キミ達はここにいてくれ。弓彦、ヨシちゃんの側を離れるな」
「よし、分かった」
頷く弓彦とは違い、真緒と菜緒は唇を尖らせた。
「えー。留守番?」
「菜緒も頑張るよ~?」
「ダメだよ、二人とも。次には力を借りるかもしれない。今はじっとしておいてくれ」
鷹雄の指示に、仕方なくというように二人は頷く。
「……六人か。随分大掛かりになるな」
弓彦が言うと、まどかが静波と荒波をチラリと見る。
「鷹雄、青葉が出てくる可能性がある。初参戦の二人には荷が重いのではないかしら?」
「……そうだね。でも、まだ彼等はこの『世界』を知らない。一度見ておいた方がいいよ」
敵のボスっぽいのが出てくるのに、そんな見学気分でいいのだろうか?
鷹雄の言葉に疑問を感じながら、静波はじっとして皆の会話を聞いていた。口を挟もうにも、何を言ったらいいのか分からない。
「会長さん、静波はここにいちゃダメなのかな?」
荒波がそう言った。その言葉に、静波は内心で喝采する。
「いや、ダメだよ」
漣が出てきた部屋の扉が開く。そこから出てきたのは……
「やあ、顧問の広瀬だよ」
また出た。
「荒波君と静波君は、必ず一緒に行動させること。これは、双海家現頭首の君達のお祖母様からの、ここに入学させる際の絶対条件だからね」
(ばあちゃん……何でだよ?)
静波の知る祖母・満江は、いつも静波に優しかった。父や母は落ちこぼれの静波に厳しかったが、祖母はいつも味方だった。
『いいのよ、静波。お前にはお前のやるべき事がある。だから、荒波に引け目を感じる必要はないからね』
そう言っていつも慰めてくれた祖母が、何故か能力者だらけの学園に静波を入れ、荒波と決して離れるなと言う。
(……どうして……?)
訳が分からずに頭を抱える静波に、荒波も困惑した目を向ける。
「まあ、そう言うわけだから。静波君も一緒に頑張ってね」
広瀬に言われると、もうどうしようもなかった。仕方なく頷く。
「社長の警護は今夜から。妖は夜に本来の力を発揮するから、襲われるのは夜だろう。先生、学園長にアスポートの用意をお願いします」
「ん、分かった。前に送った所でいいね?」
鷹雄は頷き、皆を見回す。
「必要なものの支度をしてくれ。特に、漣はちゃんと目を覚ましておくこと。静波、荒波、キミ達は梨香の所に行ってきてくれ。今夜、社長の警護に行くと伝えてほしい」
「え…、でも俺達、梨香さんの顔も知らないんだけど」
静波が言うと、鷹雄はクスッと笑った。
「梨香なら、この部活棟のどこかにいるはずだよ。顔見せも兼ねて、探しておいで」
静波は頷き、荒波は嫌そうな顔をする。
「じゃあ、一旦解散。警護に向かうメンバーは、八時に学園長室前に。残るメンバーは、視聴覚室に集まるように」
鷹雄が言い、部員達は次々と部室から出て行った。
「さて、梨香さんを探すか」
静波が言うと、荒波は機嫌の悪い顔を隠しもせずに唸った。
「静波、行ってきてよ。僕は寮で支度するから」
「ここじゃ、俺もお前もただの新入部員。下っ端はこき使われるもんなんだよ。ほら、行くぞ」
文句が多い荒波を引っ張りながら、静波は二階に降りる。
「一番近いところから行くか」
プレートには、『安眠部』の文字。いきなりヒットだ。
「すみませ~ん。梨香さん、いますか?」
声を掛けながら引き戸を開ける。中は薄暗く、落ち着いた雰囲気の音楽が微かに聞こえる。リラックス出来るような、いい香りもしてきた。
「あの~」
中に声を掛けると、にゅっと顔が出て来た。
「……何?」
眠そうな女子だ。不機嫌そうに静波達を見ている。不機嫌度は荒波といい勝負だ。
「あの、梨香さんですか?」
恐る恐る訊くと、女子は首を振った。
「梨香なら、今日はあちこち行くって言ってたわよ。多分、茶道部じゃない?」
そう言うと、女子は部屋の中に入ってしまう。これ以上話すことはないらしい。
「茶道部って、誰かが入ってたよな?」
「うん、奏太とかいうやつ」
言の葉遣いとしての資質なのか、荒波は人の顔と名前を憶えるのが得意だ。
「茶道部、茶道部……あ、ここか」
一階まで降り、茶道部のドアをノックする。
「あれ? お前ら」
和服の奏太が出て来て、首を傾げた。
「特能ボランティア部に入るんじゃないのか?」
「あ、そのボランティア部の、梨香さんって人を探してるんだ」
静波の言葉に、奏太はさらに首を傾げる。
「は? 梨香さんなら、もうここにはいないぞ?」
「マジで? どこに行ったか知らないか?」
「うーん……多分、占い部じゃねぇ?」
占い部、と繰り返し、「サンキュ!」と言ってまた探す。
「……また二階だったな」
「……もう……寮に帰る……」
段々疲れてきた静波に比べ、荒波はもう顔が青い。
「ここが占い部か」
ドアをノックすると、フードを被った人が出て来た。
「双海静波くん、荒波くん。貴方達がここに来られるのは、二時間前から分かっていました」
声からすると、女子のようだ。フードを目深に被っていて、顔はよく見えない。
「さて、春野梨香さんをお探しなのでしょう?」
フードの女はそう言い、二つの箱を取り出した。
「貴方達が選ぶ箱は、二時間前の予知夢でちゃんと視ています。なので、選ぶと予知した箱に、梨香さんから預かったものを入れています」
「……素直に渡してくれればいいのに」
小さく呟く荒波を肘で小突きながら、静波は愛想笑いを浮かべた。この怪しさ、確かに占い部っぽい。
「さあ、どうぞ」
言われ、静波は右の箱に手を伸ばす。フードの女は一瞬息を飲み、サッと箱を左右入れ替えた。
「……え?」
「さあ、どうぞ」
澄ました声で言われ、静波は仕方なく左の箱に手を伸ばす。最初に取ろうとした箱だ。
「……空気、読んで」
フードの女は小声で言い、また左右を入れ替える。
「……すみません」
納得できないまま謝り、静波は左の箱を取る。開けると、三枚の札が入っていた。
「……?」
「そう、貴方が私の予知夢通りに選んだ箱に入っていた札。それこそが、梨香さんが特能ボランティア部の為に力を込めた『癒やしの札』です」
ホッとしたような口調で、フードの女が言った。
「え……いや、梨香さんを探してこいって言われたんだけど」
納得いかないままそう言えば、女は笑みを零す。
「梨香さんは、今夜は護衛に行けないと。詳しくは、箱の中の手紙を」
箱には確かに手紙も入っている。封筒を見れば、『鷹雄ちゃんへ』と宛名が書かれていた。
「ありがとうございます……」
とりあえず受け取り、礼を言う。女は手を振って見送った。
「どうしようか?」
学園長室に向かいながら、静波は荒波に言った。
「? 手紙と札を届ければいいんじゃないの?」
不思議そうに荒波が言う。
「いやいや、結局梨香さんは探せてないし」
「でも、僕らが梨香さんに会えなかったのは、二時間前にあの占い師さんに予言されてたみたいだし。事情を言えば、何とかなるんじゃない?」
まあ、会えなかった以上、それしかする事はないのだが。
「あ、まだ全員揃ってない」
学園長室前に着くと、そこには漣とまどかしかいなかった。
「あら、双海静波、荒波。梨香はどうしたのかしら?」
まどかに訊かれ、静波は占い部での事を話した。
「また欠席ね……仕方ないけど、厳しい戦いになるわ」
まどかが言い、漣が頷く。
「代わりに、これを預かったんだけど」
静波が札と手紙を渡す。まどかは手紙をチラリと見て、札を漣に渡した。
「貴方が一番必要だわ」
「ん、あんがと」
漣は受け取り、ヘラリと笑う。目は覚めているようだが、ぼんやりした雰囲気の男だ。
「仕方ないよ、梨香は数少ない癒し手だ。忙しいからね」
「……そうね。後は鷹雄だけど……」
まどかがそう呟くと、足音が近づいてきた。
「お待たせ。あれ? 梨香は?」
鷹雄の言葉に、まどかが手紙を渡す。封を開けて、鷹雄は便箋に目を走らせた。
「……そうか、まだ駄目か」
呟き、手紙をポケットに入れる。
「さて、梨香は来れなかったけど、この五人で警護にあたる。漣は炎で社長をガード、俺とまどかは使鬼で狗神を退治する。静波と荒波は隅で状況を把握、もしもこちらが劣勢になれば、助けを呼んでくれ」
鷹雄はそう言うと、笛を取り出した。
「これは『呼び笛』。これを吹けば、学園長に聞こえるようになっている。そうすれば、アポートで俺達を学園長室まで戻してくれる」
言いながら、静波の首に呼び笛を掛ける。
「……学園長」
ノックをして入れば、学園長は人を安心させる笑顔を浮かべた。
「ターゲットとなっているのは、表世界では悪徳業者と呼ばれるような稼業の社長だ。だが、相手が『世界』の敵ならば、我等が戦うしかない。これは、我々か奴らか、どちらかが滅ぶしかない戦いだ」
学園長がそう言い、鷹雄が頷く。
「将来ある諸君には荷が重いだろう。しかし、私は信じている。影世界が滅びることなく、これからも表世界と寄り添っていけると!」
どうやら、これは特能ボランティア部が活動する前の口上のようで、漣やまどかはほぼ聞き流しているようだ。
「さあ、行きなさい。君達の戦いの場へ!!」
場が青く光り、浮遊感に包まれる。そして、学園長の「アスポート!!」の声と共に、部員達は一気に『何か』に飲み込まれていった。
.
だんだん学校と関係なくなりつつありますが、とりあえず部活が続きます。
続きも読んでいただけると嬉しいです!