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蔵の中の捜索

 

























 暗い蔵の中を、頼りない光を頼りに進む。それぞれが懐中電灯を持ってはいるが、どちらもそんなに大きなものではない。足跡の後を追うのが一番早いだろうと、静波は懐中電灯で足元を照らした。


「静波、アレ何だ?」


 剛志は頭上が気になるようで、あちらこちらを照らしている。大きな布が掛けられた物体の正体を訊かれても、静波には答えようがない。


「さあ? ばぁちゃんなら知ってるかも」


「じゃ、あの吊り下がってるやつは?」


「……知らないよ。人じゃないと思うけど?」


 暗に人捜しにきていることを思い出させれば、剛志はヘラヘラと笑った。


「悪りぃ悪りぃ。何か、何でもありそうな蔵だよなあ……二階建てとか、マジで収納品多すぎ」


 確かに、二階建ての大きな蔵には、やたらと品々が詰め込まれている。実家は裏世界にある事を考えれば、ここにある品々は双海家の財産の極一部なのかもしれない。物探しじゃなくて良かったと、静波はこっそり溜息を吐いた。


「……にしても、人の気配はなさそうだけど」


「だなぁ……。二階にも行ってみるか?」


 剛志の好奇心に付き合いたくはないが、可能性があるなら覗くぐらいはしておくべきかもしれない。頷いて、静波は階段を探した。懐中電灯の光を隅々に走らせて、一歩ずつ前に進む。足跡がチラチラ見え、誰かが最近入った事を知らせる。つい足跡を辿ってみると、簡素な造りの階段が見つかった。


「タケさん、こっち!」


 静波の声に、剛志もやってくる。


「なんか、壊れそうな階段だな……。静波、先に上ってくれよ」


「壊れないよ……」


 確かに剛志はガタイが良いが、そんなに古い階段ではない。とりあえず、静波は階段を上っていく。懐中電灯の光が後ろからも前方を照らし、剛志が後から続いていることがわかる。二階に着けば、やはり暗い広場に大量の棚が並んでいた。


「……あいつら、いそうか?」


 剛志の問い掛けに、静波はとりあえず首を振る。人の気配は全くない。しかし、目の前の棚に違和感を感じ、静波はゆっくりと近付いた。


「これ、何でずれてるんだろ?」


 棚に収められている箱の一つが、不自然にずれている。他の物がきちんと整頓されているだけに、その箱はやたら存在感を示していた。何の気なしに、静波は箱の蓋を開けてみる。


「……本?」


 中にあったのは、古い本だった。どう見ても、静波や荒波が産まれる前からあった物のように見える。取り出すと、埃一つ無いことに気付いた。


「誰か、読んだのかな?」


 捲ると、読めない文字が並んでいる。確か、影世界の古い文字だったはずだ。流の手紙で見た文字に似ている。


「タケさんじゃなくて、恭一を連れて来れば良かったな」


 思わず呟く。恭一は奏太と一緒に何やら囲碁のようなものをしていたはずだ。母屋の広間で見かけたものの、声を掛けずに来てしまった。


「うわ、あの読めないやつか。読めないとなると、ますます読みたくなるよなぁ……。持っていくか?」


 剛志の言葉に、静波は眉根を寄せた。勝手に蔵の物を持ち出すという考えは無かったが、気になるとどうしても読みたくなる。パラパラと捲り続けると、墨で描かれた挿絵が目に入った。


「何だ、これ……?」


 一つ一つは、龍の頭に見える。ただ、沢山ある頭に対し、身体は一つしかない。


「タケさん、こんなの見た事ある?」


 差し出せば、剛志は「おお!」と声を上げた。


「これ、ヤマタノオロチってヤツじゃねえのか? 神話かなんかの、なあ!」


「ヤマタノオロチ……って、妖?」


 何かで聞いたことがある気がするが、これがそうなのかと挿絵を眺める。剛志は「ゲームでゲットした事あるぜ!」などと言っていたが、ふと指を動かした。


「あれ? これ、首が多いぞ」


「首が?」


 静波も数えてみる。首は全部で九つ。


「ヤマタノオロチって、首いくつ?」


八岐(やまた)ってくらいなんだから、八つだろ」


 なる程、八つの龍でヤマタノオロチか。納得しながら、静波はもう一度数えてみる。一、二、三……やっぱり九つだ。


「じゃ、クマタノオロチか……」


「聞いた事無いぞ、そんなの」


 剛志が言うが、二人とも妖に詳しいわけでは無い。首を傾げていると、突然背後から声がした。


九頭龍(くずりゅう)という……」


 静波は振り返ろうとし、しかし動けなかった。剛志も同じようで、二つの懐中電灯は同じ方向を照らしている。


「九頭龍は、じきに目を醒ます。その時、この地は混沌に呑まれ、新たな世界の礎となるだろう……」


 ヒタリ、と足音が近づいた。背後にいる。いつか感じた事のある、強い威圧感。間違いない、この場でこんな威圧感を出せる人物は一人しか心当たりがない。


「流……か?」


 背後の『生き物』が、笑う気配がする。力を込めて振り向けば、闇に紛れた小柄な少年が笑っていた。


「どや? 怖かった?」


 威圧感が弱まり、ようやく懐中電灯を向ける。見知った少年が無邪気に首を傾げて、静波を見た。


「何だ、流か……。驚かせるなよ!」


 同じく振り返った剛志が、緊張を解く。


「ごめんごめん、脅かす気は無かったんやけどなあ〜」


 笑いながら、流は近付いてきた。ニヤニヤ顔に苛立ちを覚えるが、もう一人探していた人物がいない事に気づく。


「弓彦さんは? 一緒じゃなかったのか?」


 静波が訊くと、流は困ったように眉根を寄せた。


「弓彦なあ、この蔵に近付いただけで真っ青になって『オレっちは入らないからなあ!』って、どっか行ってもうたんや。せやから、ここにはオレだけやで」


 しかし、今まで探していて弓彦の姿は見られなかった。てっきりここにいると思っていたのだが。


(でも、こんな蔵なら……あれこれ感じるのかもな)


 サイコメトラーの弓彦なら、特別な何かを感じ取れたのかもしれない。そう思いながら、静波は流にもう一つ訊いた。


「九頭龍って、何なんだ?」


 流は小首を傾げ、目を瞬かせる。


「? さあ?」


「さあって……。お前が言ったんじゃないか。これが九頭龍だって」


 本を目の前に突き付けると、流は頷いた。


「せやで。やけど、オレも聞いたことしかあらへんもん」


「……聞いた? 誰に?」


 静波の追及に、流は困ったように眉を寄せる。


「うーんと昔やったと思うんやけど……おかんかな? さっきみたいに脅されてなあ……怖かったで」


 母親が子供に語るには、妙な話のように思うが……。静波が剛志を見れば、彼も困ったような視線を向けた。


「まあ、いいか。流はいたんだし、弓彦さんも部屋に戻ってるかもな」


「ま、そうだな。眠くなってきたし、早く戻ろうぜ」


 言い、剛志はさっさと階段に向かう。その後に流が続き、ふと振り返った。


「お前は、まだだな……」


 暗闇に紅い光がチラリと見える。静波は、足が竦んだ。動けない……得体の知れない恐怖が、足元から絡みついてくる。


「おーい、静波! 早く戻ろうぜ!」


 階下から、剛志の声がする。手にしていた本を戻すことも忘れ、静波はノロノロと足を動かした。






 蔵の中が静かになるのを待ち、柳谷はゆっくり立ち上がった。まだ、行動を起こすには時期尚早だ。ここに自分がいる事は、誰も知らない。蔵に鍵が掛けられようと、空間転移能力には意味はない。


「しかし……九頭龍だと?」


 遠い昔、柳谷家の当主となった時に、先代から聞いた事がある。詳しい話は忘れたが、確か……


「神殺しの力に、関係していたはずだが……」


 天行寺流は、神喰いの力を持っている。九頭龍を知っていても、不思議はない……


「いや、おかしい」


 天行寺朱鷺也に聞いた話では、流は学園に来るまでは表世界にいたはずだ。父親である鷲司とはほとんど面識はなく、表世界の一般人だった母親と隠れ住んでいたと、朱鷺也は弟の事を話していた。


「表世界の女が、九頭龍を知っているはずがない。ならば、何故あの子は九頭龍を知っているんだ?」


 影世界でも、おそらく五名家と呼ばれる家系にしか知られていないはずだ。そこまで考え、柳谷は息子の事を思い出した。


「光誠も、九頭龍に関係があるのか?」


 九頭龍に関する情報を集めなければ。しかし、あの本は静波が持って行ってしまった。静波達が来る前には、確か流が読んでいたはずだ。


「……ふん、九頭龍だろうと……光誠を奪わせはしない」


 呟き、柳谷は身を休める。いつか訪れる戦いまでに、息子に辿り着く手段を用意しなくては。たとえ敵が伝承の中のバケモノだろうと、柳谷に立ち止まるという選択肢はあり得ないのだから。






 離れに戻ると、鷹雄が呆れたように言った。


「あの後、弓彦一人で戻ってきたんだ。無事で良かったよ、流」


 ぽんぽんと、頭を撫でる。


「なんや、オレは子供や無いで!」


 膨れる流だったが、本気で拒絶している訳ではなく、少し身を捩っただけで鷹雄の好きにさせている。仲の良い兄弟の様な姿に、静波は少し笑った。


「ほら、静波にも笑われたやんか」


「悪い悪い」


 部屋を覗くと、弓彦だろうか布団の中の人物が身じろいでいる。取りあえず一安心してから、静波はふと手の中の本を思い出した。


「恭一いるかな?」


「……何用だ?」


 ぬっと現れた恭一に、静波は本を手渡した。鷹雄も、興味深げに覗き込んでくる。


「九頭龍ってやつのページ、読んで欲しいんだ」


「九頭龍……」


 先程見た龍の絵が描かれたページをめくる。九頭龍、という言葉を聞き、鷹雄が何やら考え込んだ。恭一は、頷きながら文字を追っている。そして、ポツリと呟いた。


「これは、我が知るべき事ではないな……」


 そう言いながらも、恭一の視線が外れる事はない。そして、一区切り着いたのか、静波の方を見た。


「当主の方の了承が必要だ。明日、会わせてくれ」


「あ、ああ……」


 静波が頷くと、恭一は本を押し返して部屋の奥に行く。みんなも寝支度をしているのを見て、静波は自室に戻った。



















「さて、次の手は?」


 一人の老人が、顎に手を当てる。


「裏警察か、『世界』の敵か……。もしかすれば、我が血を分けた息子達か……」


 手元の駒を、ゆっくりと弄ぶ。


「新しい『世界』の誕生は、もうすぐかな?」


 ニヤニヤと笑いを浮かべるその顔は、鷹雄によく似ていた。




















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