消えた二人
「御祖母様……」
自室のベッドに寝転がり、荒波は呟いた。寝返りをうちながら、先程の祖母の話を思い返す。
(もし、僕が御祖母様の立場だったら……)
静波に言の葉が通じなかった、あの時の『世界』の敵との戦いを思い出す。
(……僕も、静波が怖いと思うのかな……?)
想像してみても、どうしても恐怖は感じない。荒波は荒波、静波は静波……それは、祖母がいつも言って聞かせてきた事であり、荒波も静波もお互いにあまり干渉しないのはこの年頃なら当たり前だと思っていた。立場の違い、生活の違いも、当たり前のように受け入れてきた。確かに、荒波だって『学校生活』というものに興味がなかったわけでもない。静波は静波で「お前はテストも無くていいよなあ」などと言ってはいたが、学校が嫌だとは一言も言わなかった。
「静波……」
生まれた時からずっと一緒だった存在が、実は知らない時間の方が多いことに今更ながら気付く。荒波はぼんやりと、祖母の心情に思いを馳せた。
「よう、静波」
特能ボランティア部のメンバーの泊まる部屋に行くと、剛志が大声で呼びかけた。
「タケさん、みんなは?」
部屋を見回しても、剛志の姿しか見えない。訊くと、彼は首を傾げた。
「それがよ、俺が昼寝してる間にどっか行っちまったんだよな……。屋敷探索なら、誘ってくれてもいいだろうによ」
「探索って……」
まさか、自室に勝手に入られている事は無いだろうが、静波は少し不安になる。
「あ、静波」
背後から声を掛けられ、静波は驚いて振り返る。そこには真緒と総夜が立っていた。不思議そうに静波を見ながら、真緒は言葉を続ける。
「鷹雄さん、静波のお父さんに呼ばれたみたいだけど……何かあったの?」
「さあ……挨拶かなんかだと思うけど」
元々影世界の住人である双海家は、天行寺に何らかの関わりがあるのだろう。祖母も、鷹雄の家庭教師をしていたわけだし。
「……じゃ、弓彦さんと流は?」
ふと気になって、静波が訊ねる。真緒と総夜は顔を見合わせ、二人とも首を振った。
(あの二人こそ、何かやらかしそうだよな……)
悪気はなさそうな二人だが、それこそ屋敷探索をしかねない。考えれば考えるほど、不安が胸を埋め尽くす。困った顔の静波に、真緒が溜息を吐いた。
「そんな顔するんなら、見に行けば?」
「ま、まあそうなんだけどさ……」
いたらいたで困るし、いなかったらいなかったで、仲間を疑った事に後ろめたさを感じそうだ。
(……部屋、片付けとけば良かった……)
見られて困るものがなかったか、とりあえず考える。そうしていると、後ろから肩を叩かれた。
「静波、どうしたんだい?」
「あ、鷹雄さん」
不思議そうな顔の鷹雄が、首を傾げる。そのまま部屋に入り、一つだけあるソファに座った。
「親父に会ってたの?」
静波が訊くと、鷹雄は頷く。
「久し振りだったから、緊張したよ。満江先生には会えなかったんだけどね」
「ばぁちゃん、病気療養中だから……」
さっきの様子からは、あまり病気に臥せっているように見えなかったが。
「そうか。早くお元気になればいいんだけどね」
言いながら、鷹雄は心配そうに俯く。少し胸が痛くなり、静波は別の話題を探した。
「……あ、そういえば……流と弓彦さんは?」
「? いないのかい?」
鷹雄は改めて部屋を見回し、首を傾げる。
「屋敷の探索じゃねえかなって言ってたんだよな」
剛志の言葉に、鷹雄は苦笑した。
「そうかもね。あんまり、ご迷惑を掛けないように言ったんだけど」
「うー、そうかあ……」
いよいよ、部屋が心配になってきた。不安げな静波の顔を見て、剛志がニヤリと笑う。
「静波の部屋も、見てみてえよな」
「タケさん、悪趣味」
呆れたような真緒の言葉に、剛志の笑顔はさらに深まる。
「どうせ、流と弓彦先輩を探すんだろ? ここも暇だし、付き合うぜ」
「……うん、そうだな」
こうなれば、いっそ一緒に探して剛志を見張っておいた方が良さそうだ。そう思いながら、静波は頷いた。
「二人に会ったら、部屋に戻るように伝えておいてくれないか? もう遅いし、双海の家にご迷惑だから」
鷹雄の言葉に頷き、静波と剛志は部屋を出た。
とりあえず、一番見られたくない自室に向かう。そっと中を窺うが、二人の姿は見えなかった。ホッとしながら、次に荒波の部屋に行く。ノックすれば、何か考え事でもしていたのか、難しい顔の荒波が顔を出した。
「流と弓彦さん、見なかったか?」
「僕達、一緒に部屋に戻ったじゃない。見てるはずないでしょ?」
確かにそうだ。ここと自室は、そう離れているわけでもない。
「屋敷探索するなら、どこに行きそうだと思う?」
剛志の質問に、荒波の眉が顰められる。
「まさか、こんな時間に屋敷をウロウロしてるの? 信じらんない」
離れは探すまでもなく、男子が使う部屋と女子が使う部屋、あとは風呂やトイレに洗面台などしかない。あの二人なら女子の部屋にいてもおかしくはないが、こんな時間まで居座っているだろうか?
「まあ、探検ごっこするなら……母屋の裏手に蔵があるけど。でも、電気も何もないから、危ないよ」
蔵には、はっきり言って良い思い出はない。勝手に入り込んで閉じ込められたこともあったし、イタズラをして入れられたこともある。静波が黙って身を震わせると、荒波はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「行ってくれば? もしかしたら、閉じ込められてるのかもよ?」
面白がっているのは明白だが、行かないわけにはいかない。確かに、あの蔵は陽が落ちると庭師が鍵を掛けてしまう。実直だが気忙しい庭師は、中の確認をしないことがよくあった。滅多に人が出入りしないガラクタ置場なのだから、気持ちは分かるのだが。
「面白そうだなあ! 行くぞ、静波!」
剛志の嬉しそうな顔とは裏腹に、静波の顔には引きつった笑い。それでも、ノロノロと蔵に向かう。剛志も楽しげに、その後を追った。
母屋の裏手に行くと、古びた大きな蔵がある。一日に二、三度は通る為に草が踏み固められて道が出来ているが、そうでなければあっという間に覆い隠されてしまうだろう。暗い獣道を手探りで進み、蔵の扉に辿り着く。重い鍵を鍵穴に差し込めば、案外軽く回った。南京錠を外せば、扉がゆっくり開く。
「……マジで、暗いな……」
蔵の中は真っ暗で、夜目も利かない。高い場所にある小窓からは、小さな月が見える。影世界の月はもっと大きかったな、と静波はぼんやりと見上げた。
「……この中、探すのか?」
予想外の暗さに腰が引けたのか、剛志が怖々と訊く。静波だって入りたくはないから、思い切り大声を出した。
「流! 弓彦さん! この中に居るのかー⁉︎」
呼び掛けて、返事を待つ。誰かが居るとしては、やたら静かだ。いないなら、入る必要もないのだが……。
「疲れて寝てるのかもな……。ほら、入ろうぜ」
怖さを抑えた声で、剛志が一歩踏み出す。勢いで押し出された静波は、二、三歩蔵の中に踏み入れた。慌てて懐中電灯を点けると、頼りないが明るい光が目の前を照らした。
「足跡か……奥の方にもあるな」
剛志の声に、静波は光を奥に向ける。確かに、沢山の足跡が手前に付いているが、幾つかは奥へと向いている。誰かが奥に居るかもしれないと、静波は溜息を吐いた。
「……行こうか」
「……だな」
二人で頷き、蔵の奥に視線を向ける。やたら暗いその闇は、二人を静かに招き入れた。




