懇願
学園が閉鎖されると校内放送があり、緊急で集会が行われた。学園には、生徒はもう半分以上はいない。広くなった体育館を見て、静波は入学式を思い出す。
(あの時は、もっと大勢いたのにな……)
椅子は普段通り配置されていて、余計に空いた椅子が目立つ。剛志の隣に座ると、彼も困惑が隠せない顔で二人を見た。
「閉校ってことは、俺達はどうなるんだ? 卒業は出来ないし、このままほっぽりだされるわけか?」
「さあね。学園長は、何考えてるんだろ?」
荒波は、相変わらずの仏頂面だ。ただ、本当に機嫌が悪いことは分かる。
「よう、おはよー」
弓彦がやってきて、隣に座る。あくびをかみ殺し、彼は辺りを見回した。
「随分、裏警察や『世界』の敵に行っちまったんだな。確かにこれじゃ、学校としてやっていくのは難しいかもしれない」
「でもよ、一人でも残ってりゃ、閉校なんてしなくてもよ……」
「表世界なら、そうかもしれないけどさ……ここは影世界なんだし、学園長の一存でどうにでもなるんだし」
創設者が止めると言えば、それに従うしかないだろう。しかし、あの生徒思いの学園長が、何故急に閉校を決めたのか……
「それにしてもさ、学園が閉鎖になったら、オレっち達どうしたらいいんだろうな?」
ふと、弓彦がそう言った。静波が首を傾げると、彼は困った顔を向ける。
「オレっち達、一応部活動なわけじゃん? 部室も使えなくなるし、学園長がいなきゃ表世界に転移だって出来ないんだぜ?」
「あ、そうか」
影世界に残るならば、おそらくは鷹雄かまどかの家にお世話になることになるだろう。表世界に帰るなら、一応双海家は広いし、今のメンバーくらいなら泊めることは出来る。ただ、この二つの世界を行き来するのは、今の特能ボランティア部ではかなり無理に近い。
「『世界』の敵を叩くなら、影世界にいた方がいいんだけどな……でも、あいつらの狙いは表世界なんだし、やっぱり表世界の方がいいのかな?」
考え込む弓彦に、剛志は豪快に笑う。
「何にせよ、俺は居候するしかないんだけどなっ!」
「それ、威張って言うこと?」
荒波の突っ込みも、笑いでスルーする。
「弓彦さん、表世界に家族とかいるんじゃ?」
ふと気になって静波が訊くと、彼は複雑な顔で首を振った。
「ダメダメ、こんな大人数つれて帰ったら、オレっちが家を追い出されちまうよ」
家族と絶縁したわけではなさそうで、何となく静波はホッとする。
「それに、家なんか帰ったら、余計な騒動に巻き込むかもしれないしなあ……やっぱ、表世界に行くなら静波達の家かな」
確かに、影世界出身の双海家なら、何があっても対処はしてくれそうだ。
「真緒達は……」
「あいつらは、帰るところはないって言ってたからな……あんまり訊かない方がいいぞ」
忠告を、有り難く受け止める。
「とりあえず、表世界か影世界か……そこが問題だ」
「何か、そんな文学あったよね……パクリ?」
荒波の言葉は無視し、静波は考える。決定権は、鷹雄かまどかにあるのだが。
「あ、学園長だ」
学園長が、壇上に上がる。全体を見回し、彼は学園の突然の閉鎖を謝罪した。
「突然のことで、誠に申し訳ない。諸君には迷惑をかけるが、一週間以内で帰宅してもらいたい。実家に連絡をとりたい場合は、学園長室の電話を使いなさい」
学園長の顔には、以前見た苦悩はない。どちらかというと、重荷がとれたような晴れやかさがある。
「……一週間か」
考える時間は、一週間。その間に、どちらの世界を本拠地にするかを決めなくては。
「……以上だ」
考えている間に話は終わり、学園長は壇上から下りる。何人かの生徒が彼を取り囲んだのは、電話の使用を申し込んでいるのだろうか?
「じゃ、部室行こうぜ」
弓彦に頷き、皆で部室に向かう。途中の道で、桜が待っていた。
「どうも、特能ボランティア部の皆さん」
「チェリーちゃん、どうしたの?」
弓彦が声を掛ける。チェリーちゃんというのは、ニックネームだろうか?
「私は桜であって、さくらんぼではありませんが」
そう言いながら、桜は皆の前に進み出る。
「静波さん」
彼女は静波を呼び、ちょいちょいと手招きする。首を傾げながら前に行くと、彼女は地面を指差した。
「は?」
「……お座り下さい」
意味が分からないが、とりあえず道にしゃがむ。桜は静波の耳を引っ張り、小さく囁いた。
「内緒のお話があります。お付き合い下さいますか?」
こっそり伝えると言うことは、誰にも知られたくない話なのか。しかし、そんな話を何故自分に?
困惑する静波の顔を、桜はジッと見つめる。その真剣な眼差しに、静波は思わず頷いた。
「では……十分後に。私の予知夢では、その頃に抜け出すチャンスがありますから」
囁き、桜は離れる。
「チェリーちゃんは、どうするんだ? やっぱり、実家に帰る?」
「いえ……このままでは帰れませんわ。完璧に予知の力を使いこなすまで、帰宅禁止になっていますので」
確かに、成功率六割では完璧とは言えないだろう。
「じゃ、学園閉鎖したらどうすんの? ……行くとこないならさ」
「いえ、友達の家に御厄介になると思いますわ。彼女も予知能力の家柄ですし、その方が能力の切磋琢磨に繋がりますから」
特能ボランティア部に誘おうとした弓彦の言葉を、桜は先回りして断る。
「あ、そうなんだ……」
「すみません。勝ち目のない戦いには……いえ、何でも」
不吉なことを口走りながら、桜は目を泳がせる。静波に目で合図をしながら、彼女は去っていった。
「……で、チェリーちゃん何だって?」
後ろ姿を見送りながら、弓彦が訊いてくる。
「あ、いや、別に……」
「何だよ、秘密の逢い引きなわけ?」
口を尖らせる弓彦のセリフに、荒波が面白がって口を挟む。
「あーあ、これって浮気ってヤツなの? ヨシちゃんに言っちゃおうかな~?」
「おいっ、浮気とか……大体、俺とヨシちゃんは付き合ってもないし……」
慌てたり口ごもったりと忙しい静波に、荒波が冷ややかな笑いを向ける。
「何焦ってんの? 本当、バカみたい」
「お、お、お前な……!!」
「おい、静波の顔! 真っ赤っかじゃん!」
弓彦の指摘で、更に静波の顔が赤くなる。
「おいおい、人の恋路を笑うもんじゃねぇぞ?」
言いながら、剛志の顔にも堪えきれない笑いが浮かんでいる。
「そんな赤い顔で部室に行ったら、ヨシりんに心配されちゃうぞ?」
「………っ」
悔しいやら恥ずかしいやらで、静波はどんどん足を進める。しかし、そんなに『赤い』と言われた顔を愛に見せるのは、確かに不安だ。部室棟の階段の前に立ち、静波は辺りを見回した。
「あ、俺トイレ行ってくる!」
皆の答えは聞かず、静波は一階のトイレに向かう。ドアを開けて中に入れば、ふと今一人だと気付いた。
(チャンスって……今か?)
今なら、一人で行動出来る。部室に行くのが少し遅くなったって、どうせ顔の赤味が引かなかったんだろと笑われるだけだろう。
(……あ、でも何処で待ち合わせなんだろう?)
確か、桜は待ち合わせ場所を言っていなかった気がする。とりあえず、桜と別れた廊下まで行くと、予想外の顔があった。
「……広瀬、先生……」
「まだ先生って呼んでくれるんだねぇ」
壁に背をつけたまま、広瀬は静波に笑いかけた。どこか静かな微笑みは、何かを諦めたような雰囲気を感じる。
「どうして、先生が」
「ここにいるのか? そりゃ、桜に伝言を頼んだからさ」
桜の名前を出され、静波の顔が強張る。
「……罠?」
「あはは、『神凪ぎ』を自由に使えない君を、罠に掛けても仕方ないでしょ?」
広瀬は静波に近付いてくる。思わず後退ると、彼は足を止めた。
「いやね、君に頼みがあるんだ」
「……頼み?」
警戒しながら聞き返すと、広瀬は頷いた。
「うん。裏警察の話なんだ」
「裏警察?」
「そう。……静波、彼らのことはどう思う?」
どう、と聞かれても、静波はあまり裏警察と関わりはない。それでも数少ない記憶を辿り、答えを出した。
「いけ好かない」
はっきり言って、白木谷の印象だが。
「そうだよね。僕も同じ意見だ」
広瀬はそう言い、ふと表情を変えた。その真剣な眼差しに、静波は唾を飲む。
「裏警察っていう組織にはね、二種類の人間がいるんだよ。支配する者と、支配される者」
「? 上司と部下?」
「……違うよ」
広瀬の呆れたような声に、ボケたつもりのない静波は思わず口を噤む。
「裏警察は、表世界の警察の下位組織なんだけど……ま、異能力者を集めているだけあって、厄介者扱いされている部署さ。そのトップが、白木谷洋介……キャリアのくせに、そんな裏警察に自ら志願した変わり者だ」
あの冷酷な視線を思い出し、静波は身を震わせる。しかし、何故広瀬が詳しく知っているのだろう?
「支配される者って……」
「ああ、異能力者達のことさ。当然、学園の卒業生達も含まれる。……まあ、噂じゃ上手く立ち回って白木谷の部下として出世してる能力者もいるみたいだけど、戦いに向かうのは殆どが支配される者……ただの使い捨ての駒さ」
「使い捨てって……」
「真実さ。僕の『眼』が、そう言ってるんだから」
広瀬の眼、と考え、静波はふと思い出す。
「『神透し』……」
「ん、そう。僕には視えるんだ……支配される異能力者達の心を縛る、青い鎖がね」
「青い鎖?」
言いたいことが分からず、静波は首を傾げる。広瀬は真剣な眼差しのまま、静波の目をしっかり見た。
「青い鎖は、彼等の心を封じ込めている。支配された彼等は、自分の意志も持てないただの兵隊になってしまうんだよ。……そして、上の命令には逆らえない。命すら、命令されれば捨てるしかない」
「……」
「今裏警察には、支配されている能力者が五十人くらいいる。そのトップに立つのが、白木谷洋介……能力者達を、人間だとは思っていない男さ」
「……広瀬先生」
静波は、真剣な彼に声を掛けた。白木谷の事は何となく分かったが、訊きたいことがある。
「俺に、頼みたいことって……何ですか?」
確か、広瀬は『君に頼みたいことがある』と言っていた。広瀬は真実な眼差しのまま、静波に近付く。今度は逃げずに待っていると、彼は静波の手を取った。
「……青い鎖を、断ち切ってほしいんだ。君の『神凪ぎ』で」
静波一人を呼び出した理由は、『神凪ぎ』関連だろうとは思っていた。要は《裏警察の能力者達の精神支配を、神凪ぎで無効化してくれ》という頼みらしい。しかし……
「先生も知ってるじゃないか……俺は、『神凪ぎ』を自由には……」
「知ってるよ。でも、君しかいないんだ」
広瀬の手に、力が籠もる。困った静波に頭を下げ、広瀬は何度も呟いた。
「頼むよ……助けてくれ。皆、僕の生徒達なんだ……」
「先生……」
呼び掛ければ、広瀬が顔を上げる。その瞳がうっすらと濡れ、《助けて欲しい》という願いが本心なのだと知る。
「でも……俺……」
軽々しく引き受けられない。真剣な頼みならば、尚更。
「君達は、このままなら裏警察とも戦うことになるだろう。『世界』の敵を倒したとしても、その力を裏警察が見逃すはずがない」
広瀬の哀願する顔が、次第に笑みをかたどっていく。目に涙を溜めたまま不気味に笑う広瀬を、静波は呆然と見詰める。
「ふふふ……君達は、白木谷に殺される。このままならね……」
「先生……」
「……回避したいだろ? 弟を、殺されたくないだろ? ならば、方法は二つしかない」
広瀬は静波の胸ぐらを掴み、ニヤニヤと笑みを浮かべる。雰囲気が一変した広瀬に、静波は一瞬別人を相手にしている気分になった。
「せ、先生……」
「能力者達を解放し、白木谷の手駒を減らすか……もう一つ、妖の王を」
「黙れっ!!」
目の前の光景が、信じられない。広瀬の言葉を遮ったのは、紛れもなく目の前にいる広瀬自身で。
「静波……早く、逃げろ」
静波を突き放し、広瀬は苦しげに息を吐く。この雰囲気は、あの『広瀬聡』だ。慌てて駆け寄ろうとしたが、広瀬はサッと避けた。
「……これも、『神透し』の力だよ……。集中すれば、相手の動きを予知できる。……僕は、『神透し』を使いすぎたんだ。だから……」
広瀬の意味の分からない言葉を聞きながら、静波はどうすればいいのか分からずに立ち尽くす。広瀬は静波から離れながら、ふと足を止めた。
「静波……僕から、最後の授業だよ」
「え」
「『神凪ぎ』を、乱用してはいけない。じゃないと……」
広瀬はそこまで言って、また歩き始めた。呼び止めようとした静波に、言葉を続ける。
「僕のようになっちゃうよ」
得体の知れない不気味さと、どこかで感じた威圧感。静波の全身に悪寒が走り、そのまま広瀬に背を向けて走り出す。
「……そう、それでいい……」
《……『神凪ぎ』は、まだ目覚めていない》
「まったく……どうして、こうなっちゃったんだか」
全ては、自分の弱さの所為だ。
広瀬は心にそう言い聞かせ、歩き始めた。自分の、還るべき場所へと。
とにかく、部室へと駆け戻る。勢いよく扉を開けると、すぐ向こうにいた愛が目を丸くした。
「静波さん、どうしたんですか!?」
「気にすることないさ。ただ、真っ赤になってるだけだろ?」
ニヤニヤとしながら弓彦が近付くが、静波を見た途端訝しげな顔になる。
「どうした? 顔色が悪いぞ?」
広瀬と会ったことを話そうかと一瞬考えたが、静波は口を噤んだ。一人で会いに行ったことに後ろめたさがあるし、広瀬の頼み事や変貌を言葉で説明できる自信がない。
「ちょっと……疲れて……」
「何で、トイレで疲れたの?」
荒波のもっともな質問に、静波はどう返せば自然なのかを考える。しかし、予想外に扉がまた開いた。
「あら、どうしたのかしら?」
入ってきたのは、まどかだった。そして、その後ろにもう一人。
「こんにちは」
学園祭で、会ったことがある。獣化能力者の……
「あ、彩奈ちゃん!」
「菜緒ちゃん、来ちゃった」
そう、沖田彩奈だ。しかし、何故彼女がここにいるのだろう?
「彼女、私達に協力したいそうよ」
まどかの言葉に、彩奈は頷いた。
「そうなの? 私、彩奈ちゃんは裏警察に行くかと思ってたよ~」
確かに、菜緒の疑問ももっともだ。兄の悠樹が裏警察にいるのだから、その方が自然な気がする。しかも、特能ボランティア部にいれば、裏警察と戦う危険もあるのだ。
「……お兄ちゃん、あの時とっても怯えていたの」
彩奈はそう言い、思い出すように目を閉じる。確かに、学園祭で見た悠樹は、何かに怯えたように錯乱していた。
「どうして、あのまま行かせちゃったんだろう……。あの裏警察の人から、お兄ちゃんを取り戻せなかったんだろう……そう思ってたら、裏警察には行けなかった。だって、お兄ちゃんは……きっと望んでいないから」
開いた彩奈の目には、強い光が籠もっている。それは、彼女の決意なのだろう。
「例え、お兄ちゃんと戦うことになっても……私、お兄ちゃんを取り戻してみせるわ」
「そして、我々も彩奈に協力する」
突然聞こえた、低い声。驚いて扉を見ると、そこには男女が立っていた。女は、見覚えがある。
「えっと……ズッキュンメロメロ~」
「は~い、みんなのアイドル、メグで~す! ズッキュンメロメロ~!!」
全開の営業スマイルを浮かべた恵美が、両手でハートを作ってウインクする。側に立っている男が、フゥと溜め息を吐いた。
「恵美、愛想を振るのは程々にしておけ」
「あ、ごめんなさい」
素直に男に謝り、恵美はソファーに座る。男は彩奈の側に行き、頭を軽く叩いた。
「一人で勝手に決めるな。悠樹さんは、俺達の仲間だ」
「総夜さん……」
総夜という名前を聞き、静波は何故か愛のことを思い出す。首を傾げる静波に、弓彦がそっと囁いた。
「ほら、学園祭でお前が勝手にヤキモチ妬いてた相手だよ」
ライブをしたとかいう、女子生徒にやたら人気の四條総夜。よく見ると、その顔は確かに女子にモテそうな感じだ。鷹雄と違い、少し近寄りがたい雰囲気が、逆にストイックな魅力になっているのだろう。
「鷹雄、俺達も仲間に加えて欲しい。頼む」
総夜が頭を下げる。鷹雄は微笑み、頷いた。
「こっちこそ、よろしく頼む。キミ達なら、大歓迎だよ」
二人が、しっかりと握手する。
「マジで良かったよな~。オレっち達、はっきり言って戦力不足だし」
使鬼と剛志は前線で戦えるものの、他のメンバーは確かに前線向きではない。流は強力な力を持っているが、鷹雄達との戦いから後に姿を見せていない。
「そういえば、鷹雄……流は?」
まどかの問い掛けに、鷹雄は難しい顔をした。
「うん、別棟にいたんだけどね……何だか、随分お腹を空かせていたよ。この間差し入れした食料は、全部なくなっているし……まったく、ちゃんと考えて食べろって言ってあったんだけどね」
「そう……」
ジャオウを『神喰い』した影響は特にないようだと、まどかは取りあえず安堵する。姿を見せないのは、何か動けない事情があるのかと思ったのだが……
「で? 俺達はこれからどうしようか?」
鷹雄の問い掛けに、まどかは首を傾げた。
「どう?」
「ああ。学園が無くなる以上、ここには居られない。新しい拠点を探さなくちゃ」
鷹雄は難しい顔になり、メンバーを見る。
「意見はないかい?」
訊かれ、静波は思わず答えた。
「俺達の家なら、なんとかなるかも」
荒波が眉間に皺を寄せる。しかし、鷹雄は大きく頷いた。
「確かに、満江先生の家なら安心だ。裏警察と『世界』の敵がどう動いても、表世界の方が都合も良さそうだしね」
「……でも」
まどかが不服気に呟く。
「使鬼は、表世界では全力を出せないわ」
「それは、相手も同条件だよ」
まどかはそれ以上は何も言わずに、ソファーに座る。差し出された紅茶を飲みながら、ジッとテーブルの花を見つめていた。心ここにあらずな様子が、すぐに分かる。
「表世界……」
まどかと同じく不安気に呟いたのは、先程仲間になった彩奈だった。影世界しか知らない彼女には、想像も出来ない場所なのだろう。総夜は無表情で聞いていたが、恵美は明らかに機嫌が良さそうな顔になっていた。
「……確かに、双海家なら影世界の情報も集めやすいだろうな」
また、新たな声がした。扉を見ると、暗い雰囲気の男。
「恭一」
「……我々も、共に行ってもいいだろうか?」
我々、と聞いて彼の後ろを見る。長身の陰に立っていたのは、やはりクラスメートだ。
「奏太もか」
「んー、まあ、お前らだけじゃ心配だしさ」
言いながら、奏太は部室をキョロキョロと見回す。そして、だらしなく頬を緩めた。
「な、なまメグたん……!!」
そういえば、学園祭で恵美に会いたがっていたような……
「ありがとう、二人とも」
鷹雄はそう言ったが、少し表情を暗くした。
「しかし、これから先は危険だ。まだ一年生のキミ達には……」
「そんな事に、こだわっている場合でもあるまい」
恭一はそう言い、イヤホンを外す。鷹雄の内心を聴いているのか、彼は目を閉じて呟いた。
「己が総ての責任を負おうなどと、考えないことだ」
「っ!!」
途端に、鷹雄の顔が強張る。
「……手は多い方がいいはずだ。我々はまだ能力は未熟ではあるが、裏を返せば可能性があるとも言えるだろう」
自分で言うか、と静波は思ったが、確かに仲間は多い方がいい。
「鷹雄、迷っている暇はないぜ。それに、せっかくの実家に帰るチャンスを蹴ってまで、オレっち達に協力してくれるって言ってんだ。な?」
「で、ひょろ長い人は心の声を聴く人みたいだけど、そっちのズッキュンメロメロ~に目を奪われてる人は何ができるの?」
真緒の質問に、奏太がムッとした顔になる。
「オレの能力は、ちょっと変わってるんだよ……超音波っていうか」
「超音波?」
静波が聞き返すと、奏太は頷いた。
「叫んだ声で、ダメージを与えるんだ。ただ、マイクとかを通さずに、生の声だけだけど」
「……それって」
真緒が首を傾げる。菜緒も、同じくキョトンとした顔になった。
「攻撃範囲、すっごぉく狭いんじゃない?」
「……うっ」
たじろぐ奏太に、真緒が溜め息をつく。しかし、協力者には違いないのだ。弓彦が取りなすように、二人の間に入る。
「と、とにかくさあ……荒波と静波の家に行くのは、決定か?」
「そうだね。皆はそれでいいかな?」
鷹雄に異論を唱える者はなく、荒波が一つ溜め息を吐く。静波は頷き、扉に向かう。
「学園長に、アスポートを頼んでくる。それに、ばぁちゃんに連絡しとかないと」
「あ、そうか。静波よろしく~」
荒波に頷き、静波は部室を出た。そのまま、学園長室に向かう。
(……そういえば)
校舎に入り、静波はふと足を止めた。
(広瀬先生、学園長に会いに来たのかも……)
静波に話があるだけで、こんな所に来たのだろうか? そう考えると、扉の向こうに広瀬がいるような気がしてならない。少し迷ってから、静波は扉をノックした。
「どうぞ」
穏やかな学園長の声。扉を開けると、お辞儀をして部屋を出る学生とすれ違った。
「やあ、静波くん。電話かな?」
「あ……はい」
部屋には、学園長しかいない。静波は電話の受話器を取り、意外に重いダイヤルを回した。
「……あ、ばぁちゃん」
《静波かい? どうした?》
「あ、学園が閉鎖することになっちゃってさ……。で、特能ボランティア部の皆と、家に来ることになったんだけど」
《全員がこの家に? ……離れを使えば泊まれなくはないけどねぇ》
「いいだろ? 影世界を知らない人に、迷惑掛けるわけにはいかないんだしさ」
静波の言葉に、受話器向こうの声が途切れる。黙って答えを待てば、祖母の溜め息が聞こえた。
《分かったよ。柳谷に代わっておくれ》
静波が受話器を差し出すと、学園長は受け取って話し始めた。彼の眉間に皺がより、静波は少し離れて棚に飾られた小物に目をやる。小さなトロフィーは、ただのインテリアのようだ。後は、写真立てに、職員達が緊張した面持ちで写っている。その隣には伏せられた写真立てがあり、直そうと手を伸ばした所で声を掛けられた。
「静波くん、代わるよ」
受話器を受け取り、満江と話す。一週間後に、庭にアスポートしてもらうよう準備を頼み、静波は電話を切った。
「ギリギリまで、残るんだね」
学園長の言葉に、静波は頷く。協力者を集めるという目的もあるが、漣が眠るこの地を離れがたいというのもある。特に、鷹雄や弓彦のように、長く側にいた者はそうだろう。
「じゃあ、一週間後においで」
「お願いします」
静波は一礼し、学園長室を出る。
「……表世界、か」
ほんの数ヶ月離れただけなのに、もう懐かしい気分になる。部室に戻りながら、静波はなんとなく鼻歌を歌っていた。




