護るための選択
「あれ、裏警察の輸送車」
流の部屋から戻って、次の日の朝。窓から外を見ていた荒波の言葉に、静波もそっちを見た。
「朝から、何台来るんだ? ……っていうか、ここって桜井のバス以外じゃ来れないんじゃなかったっけ?」
「三台……かな? 桜井の運転手がいれば、入れるんじゃなかったっけ?」
授業中だが、教室には空席が目立つ。鎮の席も、今はただの木の机が置いてあるだけだ。
「今日で、裏警察に入る奴らとはお別れか。お別れ会とかすれば良かったな~」
剛志の言葉に、荒波は軽く笑う。静波も笑いながら、この学園に来る前のことを思い出した。
(あー、俺もお別れ会とかしてもらえば良かったな……)
悠理以外には何も言わずに転校してしまい、少しだけ罪悪感が残っている。
「さ、今日も自習かな~?」
剛志が伸びをするのと同時に、校内放送を知らせるチャイムが聞こえてきた。何事かと、三人でスピーカーを見上げる。
《あー、聞こえているかな? 天行寺鷹雄です》
「「「!?」」」
予想外のことに、三人とも固まったままスピーカーを見つめる。
《そろそろ皆、進路を決めた頃かな? 俺も、共に歩んでくれる同志を求めている。頼む、皆の力を貸してくれ》
鷹雄の声には、懐かしさと全てを従わせる力がある。聞き入る三人に、彼は言葉を続ける。
《同志となってくれる皆は、体育館に集まってくれ。少し待たせるかもしれないけれど、信じて待っていて欲しい》
一人、二人とクラスメート達が立ち上がる。恭一は組んだ手を口元に当てたままじっと考え込んでいるし、奏太はチラチラと辺りの反応を窺っている。
「……どうしようか」
荒波の言葉に、静波は眉をひそめる。
「どうするもこうも……鷹雄さんとは戦うんだろ? にしても、体育館ではマズいよな……」
「そうだな。生徒が大勢いるからな……」
剛志もそう言いながら、ふと耳を澄ませる。
「ん……?」
ピーーーーーー……
ピーーーーーー……
「これは……『風渡りの笛』の音?」
「そうだな。とりあえず、部室に行こう」
荒波も頷き、三人で部室に向かう。中に入ると、まどかが待っていた。
「聴いたかしら?」
「……『風渡りの笛』。誰が……」
「鷹雄よ」
まどかの言葉に、三人は驚く。しかし、まどかは気にした様子もなく、ヒョウキを喚んだ。
「まどか様?」
「戦うわ。ナナコと」
ヒョウキは頷き、辺りを窺う。そして、「こっち」と言い残して窓から飛び降りた。
「さあ、行きましょう。鷹雄が待っているわ」
まどかについて移動する。ヒョウキの気配を追うように、まどかは迷うことなく走っていく。しばらく行くと、目的地は分かった。その少し後に、あの広場が目の前に現れる。
(……悲劇の、柱)
折れた柱がいくつも点在する、あの広場。空の一部のひび割れはなくなり、ただ空が青い。
「鷹雄、出てきなさい!」
よく通る声が響き渡る。すると、柱の影から鷹雄が現れた。
「やあ、まどか。久し振りだな」
笑顔の鷹雄は、袂を分かったときから変わっていない。しかし、まどかは堅い顔のまま鷹雄を睨み付けた。
「何故私達がここにいるか、もう貴方には分かっているのでしょう?」
まどかの言葉に、鷹雄の顔は少し曇る。
「……仲間になって欲しい。影世界を護るために、みんな力を貸してくれ」
「影世界を護る?」
まどかの声は、少し震えている。
「こんなやり方で、影世界は護れない。鷹雄だって、理解していたはずでしょう? だから、今まで卒業せずに学園に残っていたのでしょう?」
「でも、このままでも何も変わらない。俺は気付いたんだよ。状況を変えるには、行動しなくてはならないと」
鷹雄はそう言うと、まどかに手を差し伸べる。まどかはその手を払いのけ、印を結んだ。
「ヒョウキ、鷹雄の動きを止めなさい!」
しかし、鷹雄も印を結び、ナナコを喚ぶ。大きな炎の狐が現れ、氷の鬼と睨み合う。
「『天行寺鷹雄、使鬼を止めろ!』」
荒波の言の葉が飛び、鷹雄の印を操る手が止まる。しかし、ナナコは止まることなくヒョウキに対峙している。
「ナナコは、俺の指示なしでも動けるよ。それより……」
鷹雄は、荒波の背後に目をやる。
「危ないよ」
背後からの一撃を、荒波は何とかかわす。振り返れば、漣が笑顔で立っていた。
「久し振り!」
「漣!」
漣の炎は荒波の頬を掠める。痛みに顔をしかめれば、漣は炎を縄状にして振った。
「鷹雄の邪魔は、しない方がいいぜ~。でないと、火傷じゃ済まなくなる」
漣の顔には、いつもの眠気はない。好戦的な表情を浮かべ、鷹雄の周りを縄状の炎で守っている。
「漣、鷹雄の目を覚まさせなくては!」
まどかの言葉に、漣はただ首を横に振る。その眼に迷いはなく、まどかはヒョウキを喚んだ。
「ヒョウキ、漣を止めなさい!」
しかし、ヒョウキはナナコに止められている。漣は辺りを見回しながら、大声を上げた。
「おっさん、いるんだろ!? 交渉は、決裂だ!!」
声に反応し、青葉が現れる。足元にはジャオウもいる。静波が慌てて目を逸らした先に、流が立っていた。
「……おっきい蛇か、食べ応えありそうやな!」
流の目が光り、ジャオウが苦しげに身悶えする。青葉が異変に気付いたが、もう遅い。
《青葉……済まない……》
「おい、ジャオウっ!?」
突然のことに青葉は足元のジャオウに話し掛ける。しかし、ジャオウはみるみるうちに流に吸い込まれ、消えていった。
「……『神喰い』! よくも、ジャオウをっ!!」
怒りにうち震える青葉に、漣がチラリと視線を送る。そして、鷹雄がまたその手を振った。
「おいで、イザヨ」
辺りが暗闇に包まれ、影が形を取る。それは意外に小さな姿で、漆黒のウサギだった。金色の眼が、鷹雄を見つめる。
「皆、少しの間眠っていてもらうよ」
イザヨと呼ばれたウサギが、辺りに黒い霧を発生させる。
「『イザヨ、霧を消せ』!」
荒波が言の葉でイザヨを支配しようとしたが、ウサギには全く変化はない。
「言の葉は、妖には効かないよ」
鷹雄の言葉に、荒波は悔しげに唇を噛む。黒い霧は意志を持っているかのように、ボランティア部のメンバーだけに絡み付いていく。
「セッカ、吹雪を!」
まどかの声で、氷の猫が現れ吹雪を吐き出す。荒々しい風で霧が霧散し、まとわりついていた眠気が覚める。セッカはそのままイザヨに爪を振り下ろすが、届く前にウサギの姿は鷹雄の影の中に溶けた。
「イザヨは、影を自由に移動出来るわ……とにかく、見つけ次第攻撃して。眠らされたらお仕舞いよ」
影の中、と聞き、静波は辺りを見回す。そして、その多さに冷や汗が出た。この場にいる人間の全てに影がある。使鬼達にだって、大きな影がある。折れた柱の影にも気をつけないと……
「ミナモマル、ジャオウの敵討ちだ!!」
青葉の側に、美しい少年が現れる。その足元にはなかったはずの水面があり、少年はその水を操って攻撃を仕掛けてきた!
「流!」
ミナモマルの標的は、ジャオウを呑み込んだ流だ。しかし、『神喰い』の副作用か、流はうずくまったまま動かない。
「『天行寺流、攻撃を避けろ』!」
荒波の言の葉に、流が反応する。突然立ち上がり、水の槍をひらりと避けた。そして、フラフラしながらまた座り込む。
「荒波、このままじゃ……」
「分かってるよっ」
流の体力が回復しないまま強引に行動させれば、回復が遅れるばかりか完全に動けなくなる。ミナモマルはまだ流を狙い、水の槍を突き出してくる。その槍を止めたのは、ヒョウキの氷の盾だった。しかし、ヒョウキの近くにはナナコがいて、辺りを炎で包む。
「……そういえば、タケさんは?」
炎を見渡せば、剛志の姿が見えない。静波は荒波に訊いたが、彼も首を振るだけだった。
「それより、この状況を変えないと……!!」
まどかと鷹雄は向かい合い、お互い使鬼を操っている。鷹雄の側には漣がいて、油断なく辺りに視線を送っている。青葉と対決しているのは荒波と静波だが、青葉のターゲットは流だ。ミナモマルはまだまだ流を攻撃し、ヒョウキが護りながらナナコとも戦っている。こんなギリギリの戦いが、長く保つわけはない。
「……大人しく、眠ってくれ。俺は、キミたちを傷つけたくはないんだ」
その言葉と共に、静波の背後からイザヨが現れる。黒い霧を吐き出そうとした瞬間。
「どおりゃああああああああああっ!!」
ウサギは突然の跳び蹴りに吹っ飛ばされ、コロコロと鷹雄の足元に転がる。驚いた鷹雄の前には、
「どーだ、間に合ったか!」
「タケさん!」
何やらスッキリした顔の剛志が、ドヤ顔でガッツポーズをとる。そしてもう一人。
「まどか、大きな口を叩いた割には、防戦一方なようだけど?」
梨香が暗い笑みを浮かべて立っている。そして、流に近付いた。頭に触れると、閉じていた流の目が開く。
「癒やしの術?」
「どうして私が、この化け物の治癒をしなくちゃならないのよ……」
文句を言いながらも、梨香は流を癒していく。ミナモマルとナナコが攻撃を仕掛けるが、ヒョウキとセッカが身を張って防御する。ふらりとヒョウキがふらついた時、流が立ち上がった。
「おおきに! 次はオレの番や!」
流の周りに、水が集まっていく。ミナモマルの足元の水面も、まるで掃除機に吸い込まれるゴミのように、流の周りに集まる水の一部となる。ナナコが噛み砕こうと流に襲いかかるが、彼の方が早かった。
「その火、冷ましたるわ!」
水が、まるで龍のような姿になる。水の龍はナナコを逆に呑み込もうとその顎を開く。ギリギリ避けたナナコだったが、龍に触れた炎の尾がパッと散った。
「ナナコ、距離を取れ!」
鷹雄の声に、ナナコが引く。しかし、流はそのまま距離を詰め、更に水龍を放つ。
「あんまり調子乗んなよ、流」
水龍を、漣が炎のバリアーで弾く。そして一瞬笑みを浮かべた。
「また、暴走しちゃうぞっ」
囁かれたその一言で、流の動きが止まる。悔しげに睨み付ける流を、漣はただニヤニヤと見ている。
「ヒョウキ、もう止めて!!」
まどかの悲鳴に近い声に、一瞬皆がそちらを見る。流の防御からは解放されたヒョウキだったが、ナナコが放った炎にダメージは蓄積されていた。まどかの声に、ヒョウキは頷いて姿を消す。まどかは指を組み替え、新たな使鬼を喚んだ。
「ユウグレ、お願い!」
現れた新しい使鬼は、大きな鴉だった。三本足の鴉は、炎を纏ってナナコと対峙する。
「くそ、ミナモマル戻れ!」
水を奪われたミナモマルは、そのまま消える。何かまだ策があるのか、青葉は油断せずに構えをとっている。
「『神喰い』がいるなら、契約した使鬼は遣えない……おい、鷹雄! 眠らせるなんて甘い考えはもうやめろ! 殺らなきゃ、殺られるのはこっちだぞ!」
「……どうすれば」
鷹雄の頬に、汗が流れる。使鬼は、もはやナナコしかいない。青葉は使鬼を帰しているし、漣は鷹雄の側から離れない。
「このままじゃ……」
苦しげな鷹雄だが、何の進展もないのは特能ボランティア部も同じだ。目的は鷹雄と漣の奪還なのに、その糸口が全く見えない。
「ぶん殴って目が覚めるなら、話は早いんだがなあ……」
剛志が呟く。荒波は静波を見て、ぽつりと言った。
「『神凪ぎ』なら、何とかなるんじゃないの?」
静波の額にも、イヤな汗が流れる。何とかなるも何も、『神凪ぎ』の発動方法も分からないのだ。しかし、剛志の目にも、期待の光が見える。
「鷹雄を止めるには……もう、手加減していては駄目よ」
まどかがぽつりと呟く。それを聞き、静波の汗は更に流れた。『神凪ぎ』を発動出来なければ、まどかは本気で鷹雄を攻撃するかもしれない。しかし……
「セッカ、ユウグレ、全開で行くわよ」
まどかが複雑な印を結ぶ。鷹雄は悲しそうにそれを見つめ、同じように印を結んだ。
「ナナコ、休んでくれ。イザヨ、全開だ」
消耗が激しいナナコは、炎と共に消える。イザヨは更に深い闇の霧を纏わせ、キラリと金の眼を光らせた。
「……さて、本気を見せてくれよ……天行寺のお坊ちゃん」
青葉が低く笑う。重い空気の中、静かな時間が流れる。
(ここまでうまく行くとはね……後は、チャンスを待つだけか)
戦況を見つめながら、漣は青葉に近付いた。遠慮なく懐に手を突っ込み、懐剣を取り出す。
「ちょっと借りとくよ、おっさん」
「そんなもん、どうすんだよって……本当に、人の話を聞かない奴だな」
青葉の言葉にただ笑いだけ返し、漣は鷹雄を護る。
この場の静寂を破ったのは、荒波の言の葉だった。
「『天行寺鷹雄、戦闘態勢を解け』!」
言の葉に支配され、鷹雄が印を解く。イザヨがやや不安げに鷹雄を見たのを確認し、まどかが命じた。
「セッカ、鷹雄の動きを封じて!!」
セッカが印に反応し、氷の槍を周りに浮かせる。槍は鷹雄に狙いを定め、一気に襲い掛かった!
「……やっぱ、まどかには無理か」
漣が呟き、槍の前に飛び出す。懐剣に炎を纏わせ、槍を叩き落とす。鷹雄は眼を閉じ集中を高め、無理矢理印を結んだ。
「行け、『永遠の眠り』!」
イザヨが鋭く鳴き、漆黒の霧が溢れ出す。その時、イザヨが悲しげにまた一鳴きした。
「……え?」
霧を散らそうと拳を振り回していた剛志も、息を止めようと思い切り空気を吸い込んだ静波も、言の葉を言おうとしていた荒波も、何が起きたのか分からずに立ち尽くす。ただ、まどかは目の前の光景に目を逸らせなかった。
「鷹雄……」
鷹雄も、何が何だか分からずに目を瞬かせている。その身体が、ゆっくりと傾いだ。
「お前……何で」
青葉の言葉に、漣は不気味なほど真っ直ぐな笑顔を浮かべる。懐剣は鷹雄の胸に突き刺さり、引き抜くと血が溢れ出した。足元に崩れ落ちた鷹雄の前に、漣はまだ護るように立ちふさがる。
「セッカ、漣を攻撃なさい! 『絶対零度』!」
セッカが、氷の風を漣に浴びせる。炎の風をぶつけて相殺する漣だったが、妖の方が明らかに力が強い。
「お願い、私を鷹雄の元に連れて行って」
まどかと漣の戦いを見つめていた静波に、梨香が話しかけてきた。いつもの無気力な表情ではない。その必死な声に、静波は頷いた。しかし、鷹雄の元に行くには漣の攻撃をかいくぐらなくては……。
「お願い、早くしなくちゃ鷹雄が死んでしまう!」
梨香の声に、静波は覚悟を決めた。彼女の手を引き、漣とセッカの戦いの隙間を縫う。炎と吹雪が痛みを与えるが、とにかく進むしかない。梨香を庇いながら、倒れた鷹雄を目指す。
「! 行かせない!」
漣の左手から、炎が迸る。しかし、静波の後ろにいた梨香を見た途端、漣は炎を握り潰した。そしてまどかは、その隙を見逃しはしなかった。
「……あ……」
吹雪の間を縫った炎の槍が、漣の胸に突き刺さった。崩れ落ちる漣に、まどかが苦しげに呟く。
「炎の壁も、同じ炎は完全には防げない……思った通りだったわ」
「漣!」
静波は漣に駆け寄る。梨香は一瞬漣に目を向けた。そして、悲しげに目を逸らし鷹雄の元に行く。
「梨香、鷹雄は……」
まどかの声に、梨香は顔を曇らせて首を振った。悔しさに、剛志が側の柱を殴り倒す。
「漣、何でこんなことを……っ!?」
静波は、倒れた漣の襟を掴んで乱暴に起こす。漣はうっすらと目を開け、引きつった笑顔を浮かべた。
「……れで……いい……」
「え?」
「……りか……いれば……」
そこまで言い、漣は目を閉じる。
「おい、漣! 漣!」
静波の声に、荒波も駆けつける。
「『朝倉漣、どうしてこんなことをしたのか話せ』!」
荒波の言の葉に、漣がまた目を開ける。まだ死んでない、とホッと息を吐いた静波だったが、漣はただパクパクと口を開いただけだった。もう、話もできない。漣がゆっくりと指を差す。二人がそっちを見ると、梨香の周りが光に満ちていた。
「何だ、こりゃ……」
青葉が呟く。梨香は鷹雄の亡骸を抱き締め、更に目をきつく閉じた。光がどんどん強くなる。
「……まさか」
青葉の言葉に反応するように、光は強さを増し、鷹雄と梨香はその中に包まれる。光は一瞬赤く光り、そのまま四散した。
「……梨香? 鷹雄?」
まどかが、二人に近付く。梨香は鷹雄を抱き締めていたが、立ち上がったのは鷹雄だった。
「……まどか」
「鷹雄……」
鷹雄は、力無くもたれ掛かった梨香を抱き上げる。そして、辺りを見回した。
「……漣?」
倒れた漣を見て、鷹雄の顔が青ざめる。
「くそ、こういう事かっ!」
青葉は険しい顔で鷹雄を見た。そして、漣を見る。
「何が仲間だ、この嘘吐き小僧め……」
言い捨て、青葉は姿を消す。皆が漣の側に行き、周りを囲んだ。
「漣、どうしてこんなことを……!!」
駆け寄った鷹雄が、漣を起こす。しかし、閉じかけた目にはもう力はなく、命が失われたことは明白だった。
「梨香、漣を癒してくれ!」
ぐったりとした梨香に、鷹雄は頼む。しかし、梨香は力無く首を振った。
「……無理よ。漣は、生き返らせられないの……」
そう言うと、梨香は気絶する。
「……鷹雄、体育館に向かって」
まどかの冷静な声に、鷹雄は苦しげに俯いていたが、やがて立ち上がった。
「……分かった」
鷹雄は、体育館に向かって駆け出す。剛志と静波、荒波も後に続く。
「……漣、貴方は何を知っていたの?」
残ったまどかの問い掛けに答えはなく、溢れる涙を無理矢理押し込めながら、まどかは漣を見つめていた。
「俺を信じて集まってくれた、学園の皆」
待ち望んでいた鷹雄の登場に、体育館に集まった生徒達が歓声を上げる。その場から誰も出入りしないようにと見張っていた真緒と菜緒も、鷹雄が入ってきたことに緊張する。しかし、その後から静波達が現れたことに驚き、彼らの元に走ってきた。
「どうなってんの? 鷹雄さんは、元に戻ったの?」
「……分からない」
鷹雄は、体育館の壇上に上がる。マイクを手に取り、彼は話し始めた。
「皆、俺は間違っていた」
鷹雄はそう言い、体育館の皆の顔を見回した。間違い、という言葉を聞き、生徒達はざわつきはじめる。
「俺は、『世界』の敵の思想も、素晴らしいものだと思ったことがあった。その思いが奴らに利用され……掛け替えのないものを失ってしまった」
少しの間、鷹雄は顔を伏せる。そして、上げたその顔を見た生徒達は、突然の事に黙り込んだ。
「もう、失いたくない。もう……俺の弱さで犠牲を払いたくない」
泣いていた。鷹雄は、涙を隠しもせずに話を続けた。
「キミ達の中には、『世界』の敵の思想に感化された人もいるだろう。しかし、俺をもう一度信じて欲しい。俺達特能ボランティア部に、力を貸してくれ!」
鷹雄の涙の訴えに、生徒達は誰も体育館を出ず、ただ困惑の声と賛同の声がざわめきとなって辺りを包む。
「鷹雄さん、どうして?」
鷹雄の呼び掛けを邪魔するように壇上に現れたのは、咲子だった。彼女は憎しみを込めた目で鷹雄を睨み、マイクを引ったくる。
「『世界』の敵は、影世界を護るためには必要悪なのよ。表世界の人達は、私達を化け物だと排除する。それだけじゃない……夜の闇を人工の光で埋め尽くし、妖の存在を『迷信』だと封印し、自分達の常識以外のものは切り捨てていくわ」
顔を曇らせた、表世界から来た生徒達。怯えた顔の、影世界の生徒達。皆が鷹雄と咲子を見る。
「破壊は、次の創造を生む。苦しくても、犠牲を払っても、私達は進むしかないの!」
初めて会った時のおどおどした様子はまるでない。咲子はそう言い、生徒達に向き直った。
「さあ、立ち上がる時は来たわ。天樹様と共に、新たな世界を創りましょう」
「俺は、護ってみせる……もう、失わないために!」
咲子の呼び掛けに、一人、また一人と立ち上がる。咲子が体育館を出ると、体育館にいた内の少数の生徒達が、共に出て行った。残った生徒達が、壇上の鷹雄を見る。
「……ありがとう」
そう言って、鷹雄は力無く座り込んだ。慌てて、剛志が側に行く。
「鷹雄先輩、大丈夫か!?」
「……漣は」
答えに詰まり、剛志は静波を見る。しかし、漣が死んでいたことは、確かに鷹雄も確認したはずだ。
「とにかく、ここに残ってくれた皆は寮に戻ってくれ。後は、また話し合おう」
剛志が言うと、生徒達は困惑したまま体育館を出て行く。鷹雄を支え、静波達は悲劇の柱に戻った。
「おかしい」
寮の前で、白木谷は呟いた。約束の時間は過ぎたのに、梨香の姿が見えない。
「警視、まだ待ちますか?」
輸送車の運転手が、表情のない声で訊いてくる。煙草に火をつけながら、白木谷は答えた。
「二台は先に行け。一台は、春野梨香を待つ」
「了解しました」
運転手は輸送車に乗り込み、二台が動き始める。イライラしながら待つ白木谷の耳に、突然破壊音が届いた。
「!? 何だっ!?」
駆けつけると、そこには横転した輸送車が二台。一台は煙がたっている。変形した扉から這い出ようとする生徒達を、風の刃が切り裂いていく。
「……紅葉!」
「ふふ……久し振りね、裏警察のエリートさん。少しは異能力でも身に付けたかしら?」
馬鹿にしたように紅葉は言い、煙を上げる輸送車に目をやる。
「お気の毒様。貴方達を信じたばかりに、若い命を散らすなんて」
「貴様……」
更に爆発が起こり、一台の輸送車は炎に包まれる。もう一台はまだくすぶった煙しか見えないが、このまま放っておけば同じ運命を辿るだろう。しかし、白木谷は生徒達を助けようとはせず、護衛の異能部隊を呼んだ。彼らも白木谷と同じく、輸送車を見向きもしない。
「あらあら、救助もしてもらえないなんて……本当に可哀想な生徒達ね」
わざとらしく嘆くような紅葉の言葉に、白木谷は皮肉気な笑いを浮かべる。
「裏警察には、脆弱な輩は必要ない。これくらいのことは、自力でどうにかできなければ、戦力にならんからな」
二台目の輸送車が、爆発音を立てる。待機していた輸送車から、仲間を助けようとする生徒達が降りようとするが、その扉は全く開かない。
「生徒達を降ろすなよ。余計な仲間意識で、更に被害を増やす必要はない」
「はい」
扉に見張りがつき、生徒達は絶望的な思いで燃え上がる輸送車を見つめる。紅葉は白木谷と向かい合い、風を集めた。
「……ここに貴様がいると言うことは……天行寺鷹雄が来たわけか。予定よりも早かったな」
「ふふ、そうね。裏警察の手駒を、増やすわけにはいかないもの」
風が、異能部隊に襲いかかる。紅葉の襲来は想定内だったのか、土遣いの能力者が強固な防壁を立てる。獣化能力者が、猪の姿になり紅葉に飛びかかる。
「あら、オイタはだめよ、子豚ちゃん」
猪の突進を軽くかわし、紅葉は風を空に飛ばした。白木谷がそちらに目を向けると、細面の男がふわりと舞い降りる。
「……裏警察の、白木谷とかいう男だな?」
見覚えのない優男に、白木谷は首を傾げる。ずい、と近くにより、男は白木谷の目を見つめた。
「お前は、本当に戦いを望んでいるのか? 異能力者を集め、武器として我々と戦ったとしても、能力も持たぬお前達には、過ぎた力に滅びを招く恐怖すらあるはずだ」
囁くような声に、白木谷は一瞬異空間にいるような錯覚を覚える。護衛の異能部隊は、紅葉に邪魔をされて白木谷に近付けない。
「大人しく、この場を引け。そして、表世界の支配者に報告するがいい……勝ち目のない戦いは、するべきではないとな」
「……そうか、貴様が天樹か……」
白木谷に『神惑い』を掛けていた天樹は、意外な反応に眉をひそめる。ニヤリと笑った白木谷は、天樹に拳銃を突き付けた。
「死ね!」
弾丸が眉間を貫く前に、天樹は空間転移で難を逃れる。
「何故、我が支配を受けぬ……貴様は何者だ?」
「少なくとも、お前達のような化け物じゃあないさ」
白木谷は間髪を入れずに銃を撃つ。弾丸は天樹に届く前に、アスポートで飛ばされた。
「くそ、役に立たないか……異能部隊、とにかく天樹を倒せ!」
白木谷の命令に、異能部隊は天樹に襲いかかった。猪が突進し、土遣いが大地から太い土の手を何本も出し、妖遣いが管狐を操る。紅葉と天樹が彼等と対峙している間に、白木谷は無事な輸送車に向かった。
「おい、出せ!」
「春野梨香は」
「待っている暇はない。こっちは実戦部隊は来ていないんだ、とにかく無事な戦力だけでも確保しなくては……」
白木谷が乗り込み、輸送車が発車する。紅葉が風で薙ぎ倒そうとするが、土遣いのバリアーが邪魔をする。うまく距離を取れたか、と白木谷は安堵したが、輸送車は激しく揺れた。
「どうした!?」
「使鬼です! 火炎車が!」
後ろの扉が激しく揺らぎ、歪みが生じる。破られれば、後部にいる生徒達は無事では済まないだろう。
「……それでも、『世界』の敵に渡すよりはマシか」
何十人の生徒の命をあっさりと諦め、白木谷は運転手に止まるなと指示する。更にスピードを上げた輸送車を、恐ろしい顔が浮かんだ炎の車輪が体当たりで攻撃する。大きく軋んだ扉が耐えきれず開いた時、中の生徒が立ち上がった。
「くそぉぉぉぉぉっ!」
鎮が、両手を扉が外れた出入り口にかざす。火炎車の炎は鎮の絶対防御に阻まれ、車内には入れない。
「ふざけるなあああああああ!」
防御を崩すことができず、火炎車は引き返す。扉が開いたままの輸送車は、学園の敷地を抜けて表世界へと走り去った。
「あら、青葉」
火炎車を従えた青葉を見て、紅葉が手を振った。その足元には、異能部隊の隊員達が倒れている。
「何だ、助けは必要なかったな」
「それより、あの子達はどうしたの? ……まあ、うまく行ったようには見えないけど」
紅葉の言葉に、青葉は唇を噛む。天樹に向かって膝を付き、頭を下げた。
「駄目だった。鷹雄の『神惑い』が解けた。生徒達は、一部は俺達に加わるようだが、半分以上が留まった……作戦は失敗だ」
「何があった?」
静かな声に怒気を感じ、青葉は首を竦める。
「漣だ。あいつ鷹雄を殺して、仲間に蘇生させた。それで、『神惑い』が解けたんだ」
漣の狂気を秘めた瞳を思い出し、青葉は唇を噛む。まさか、心酔する相手を殺すとは思わなかった。そう考え、青葉はふと思い出した。
『鷹雄の邪魔は、誰にもさせない』
あの言葉は、鷹雄自身にも向けていたのか。
「……生き返らせた?」
天樹はその言葉に引っかかり、聞き返す。頷いた青葉を見て、彼は顎に手をやった。
「いかに癒し手とて、喪われた命を呼び戻すことは不可能だ……まさか、『神癒し』が……」
「『神癒し』? あの女が!!」
『神喰い』、『神凪ぎ』ときて、更に向こう側に『神癒し』の使い手がいるかもしれない。それは、『世界』の敵側としては不利な要素だ。
「始末してきたの?」
「まさか。鷹雄が向こうに戻った上に、言の葉使いも怪力男もいたんだぞ? 火炎車を遣いたくても、『神凪ぎ』がいたんじゃ契約破棄される危険もあったしよ……」
「言い訳は止めて。聞き苦しいわ」
二人の言い合いを聞きながら、天樹は一瞬身を震わせる。
(……呼び声が、聞こえる……?)
威圧的な声に呼ばれ、天樹は首を振る。
「行くぞ。もうこの場には用はない」
天樹の言葉に、二人は頷く。呼び声を振り切るように、天樹は空間転移能力を使ってこの場を離れた。
悲劇の柱に戻ると、まどかが立っていた。その側には、布が掛けられた漣の身体が横たわっている。鷹雄がヨロヨロと近付き、布を捲った。
「漣……どうして……」
力無く呟く鷹雄に、まどかが冷静な目を向ける。
「理由が知りたいのなら、弓彦に頼みなさい。それで貴方の気が晴れるのならね」
目を閉じた漣の顔は白く、身体は冷たい。静波が辺りを見れば、梨香の姿はなかった。
「まどかさん、梨香さんは……?」
「待ち合わせがあると言っていたわ。多分、裏警察でしょうね……。これ以上、引き止めることは出来なかったわ」
「ま、梨香先輩には無理言って協力してもらったんだしなあ。敵として会わないことを、祈るしかないか」
剛志がそう言って、強張った笑いを浮かべる。そう言えば、確かに梨香は剛志と一緒に現れたはずだ。
「そう言や、タケさんはどうして梨香さんと一緒だったの?」
荒波も気になったのか、質問する。剛志はチラリとまどかを見て、小さな声で答えた。
「いや、ここに来る途中に腹が痛くなってよ……ここだけの話、漏れそうになって動けなくなったところに、梨香先輩に会ったんだ」
癒してくれた梨香を、半ば強引に説得して連れてきたらしい。梨香の方も、やはり鷹雄のことは心配だったようで、何だかんだ言いながらついてきてくれた。
「おかげで助かったわ。流が回復したのは、梨香のおかげよ。それに、鷹雄を助けてくれた……」
梨香がいなければ、鷹雄は『神惑い』で洗脳されたままだったかもしれない。そう考え、静波はふと思った。
(梨香さんがこの場に来なかったら、漣は死ななかったかもしれない)
漣が死んだのは、鷹雄を殺されたまどかの怒りが爆発したからだ。梨香がいなければ、漣は鷹雄を殺さなかったかもしれない……そこまで考え、静波は首を振った。力にならなかった自分が、『もしかして』を考える権利などない。
「鷹雄……泣くのはいいけれど、漣の行為を無駄にしないで。私達は、立ち止まることは許されない」
まどかの言葉に、鷹雄は顔を上げた。悲しみに塗れた瞳に、今までの力はない。強いまどかの視線と鷹雄の視線がぶつかった時、彼は両手を伸ばした。
「な、鷹雄!?」
まどかを抱き締め、鷹雄はその肩に顔を埋める。震える身体を離すことが出来ないまどかに、鷹雄はそっと呟いた。
「泣いてくれ。……キミも」
聞いた途端、まどかは鷹雄の身体を離す。
「言ったでしょう? 立ち止まることは許されないと。……学園長に報告してくるわ。貴方達は、ここにいてちょうだい」
まどかは顔を強ばらせたまま、足早にこの場を去る。鷹雄はそれを見送り、また漣の側に座り込む。
(……そう言えば)
鷹雄をそっと見守りながら、静波はふと気付いた。
(流は、どこに行ったんだろう?)
この場には流の気配はなく、静波はふと静かな悪寒を感じ、身を震わせた。




