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それぞれの思惑











 「行くのか?」


 背後から声を掛けられ、漣は振り返った。


 「青葉のおっさん、見送り?」


 「おっさんって言うな。生意気なガキが」


 憤慨する青葉に、漣は笑う。


 「もうすぐタイムリミットだからさ、学園に行かないと」


 「鷹雄について行って、お前は何をするつもりだ?」


 青葉の問い掛けに、漣はただ軽い笑顔を向ける。


 「何だっていいじゃん。俺達はおっさんの味方だぜ? もう少し信じたら?」


 「……お前は、殺せるのか?」


 青葉はそう言い、漣の表情を窺う。しかし、漣は笑みを崩すことはなく、答えを返した。


 「鷹雄の為なら」


 「……かつての仲間と、本気で殺し合うつもりか!?」


 青葉の言葉に、漣は更に笑う。


 「何必死になってんの? そう仕向けたのは、おっさんや天樹じゃないか。鷹雄は説得するつもりだろうけど、多分ボランティア部のメンバーは戦う道を選ぶ。なら、俺は……」


 漣は青葉に一歩近付く。その異様な雰囲気に、青葉は思わず一歩引く。


 「鷹雄の剣となり、盾となる。誰にも、鷹雄の邪魔はさせない」


 狂気を秘めた、真っ直ぐな瞳。青葉は思わず漣の肩を掴み、揺さぶった。


 「おい、正気か!? 何故、お前は鷹雄にそこまで尽くそうとする?」


 「……青葉のおっさん」


 揺さぶられた漣は、真っ直ぐ青葉を見つめて、


 「あんたは、どうして?」


 青葉は、思わず漣の肩を放す。漣はへらりと笑うと、そのまま立ち去った。


 「……俺は……」


 何故?


 青葉は、しばらくその場に立ち尽くしていた。






 「妖遣いというのは、面倒なこと」


 紅葉の言葉に、天樹はクスリと笑った。


 「妖遣いは、妖と情を交わし、絆で使役する。情け深い質なのだよ」


 「にしても、まだ来て間もない子どもの心配なんて、青葉は甘過ぎるんですわ」


 「……何度か交戦したらしいからな。情も湧きやすいんだろう」


 天樹の青葉を庇う発言に、紅葉は気付かれないように頬を膨らます。この二人の信頼の厚さは、紅葉が『世界』の敵の一員になった頃から知ってはいるのだが、どういう関係なのかは知らない。


 「さて、天行寺鷹雄の方だが」


 「今は、父親と会っているはずですわ」


 「そうか」


 天行寺家は、『世界』の敵側の最大の協力者だ。今まで鷹雄の立場がはっきりしなかった為公言しなかったが、彼が『世界』の敵側になった時、朱鷺也はついに立ち上がった。


 「さて、吉と出るか、凶と出るか……」


 喉の奥でくっくっと笑い、天樹は立ち上がる。


 「……しかし、鷹雄がかつての仲間と戦うでしょうか? 裏切るという可能性も、あるのでは?」


 紅葉の言葉に、天樹は窓の外を見ながら答える。


 「御輿は、派手な方がいい。学生を集めるには、我より鷹雄の方が適役だ。それに……」


 振り返った顔には、冷酷な瞳が光る。


 「要らなくなれば、派手に処分すればいい。英雄の死は、群衆を一層強い絆で結び付けるだろう」


 「……そうですわね。聡には可哀想だけど、利用できるものは利用しなくては」


 言いながら、教え子が死んだ時に弟は自分を許すだろうか、と紅葉は考える。


 「不安か? 紅葉よ」


 「いいえ」


 そうだ、『世界』の敵となった時に、私は家族をも捨てる覚悟を決めたはずではないか。


 そう考えながら、紅葉はただ、天樹の素顔を見つめる。私はこの人の手足となり、望んでいる世界を創り出すのだ。


 「さて、学園は鷹雄に任せておこう。青葉も同行させてな。我々は、裏警察を踊らせるとしよう」


 天樹はそう言い、窓に背を向ける。歩き始めた彼の背を見逃さないように、紅葉も共に歩き始めた。




















 午後の授業が終わって部室に行けば、流が机に突っ伏していた。


 「どうした? 具合でも悪いのか?」


 剛志が声を掛けると、流は突っ伏したまま顔だけ剛志を見る。


 「最近、夢見が悪いっていうか……なんや、変な声が聞こえるっていうか……調子悪いんや」


 「変な声?」


 荒波の問い掛けに、流は力無く頷く。


 「……大丈夫か?」


 静波も声を掛けると、流は『ん』と声を出した。


 「……静波、流のこと嫌いじゃなかったっけ?」


 小声で訊いてくる荒波に、静波も小さく返した。


 「苦手なだけ。ちょっとは慣れたよ」


 ただ、まだ異様な威圧感は感じるのだが。


 「ま、無理しないでね」


 荒波はそう言い、ソファーに座る。


 「変な声って、どんなもんだ?」


 剛志が流に訊く。


 「んー、何か、クラエとかダイチとか……カイホウとも言うとったような? 起きたらボンヤリぼやけてしもうて、いまいちハッキリせえへんねん」


 「そっか……大地とか、開放な……」


 流と同じように剛志も唸ってみるが、特に何の進展もない。


 「……最近、何か学校騒がしいなあ」


 ポツリと流が言う。剛志はポンッと手を叩いた。


 「ああ、裏警察の募集のせいだろ。結構集まってるみたいだぞ。後、実家に帰る生徒もいるみたいだしな」


 「……もうすぐ、鷹雄が来るんやもんな」


 流はそう言い、また机に突っ伏す。その眼が一瞬潤んでいたように見え、静波はまじまじと彼の頭を見つめた。


 「……どうしたの?」


 「いや、別に」


 言葉を濁し、静波は目を逸らす。


 「お疲れさーん」


 そこに、弓彦が部室に入ってきた。明るい口調とは裏腹に、何やら疲れたように溜め息を吐いている。


 「弓彦先輩、何か疲れてんな? どうしたんだ?」


 剛志が訊くと、弓彦は流の隣に座って同じように突っ伏した。


 「いや、ダチが何人か実家に戻るって言っててさ……どうせ『世界』の敵にも裏警察にも行かないんなら、俺達に協力してくれって言ったんだけど……いやあ、聞く耳持ってくれないっていうか、友情ってのは儚いものだって思い知ったっていうか」


 「どうして協力を拒むんだ? クラスメートの危機だってのに」


 弓彦の話を聞き、剛志が憤慨する。


 「仕方ない話よ」


 そう言いながら、まどかが入ってきた。その後ろから、愛も姿を見せる。


 「実家に戻る生徒たちは、影世界の住人よ。大体は、家と能力を守るべき立場にある。下手にどちらかに加担すれば、負けた方についた者は最悪家系断絶の危機になる。様子見をするのが、一番安全な身の振り方よ」


 ソファーに座り、弓彦の背を叩く。頭を上げた弓彦に、まどかは悲しげな瞳を向けた。


 「……戦う覚悟を決めているのは、帰るべき場所を持たない人間だけよ。貴方や、私のように」


 「まどか……」


 弓彦は呟き、その肩を優しく叩き返す。そして、立ち上がった。


 「紅茶、淹れてくる」


 「よろしく」


 弓彦が奥の部屋に行き、愛もその後について行く。静波も行こうとし、足を止めた。


 (行っても、手伝うことないか)


 ソファーに座り直し、流の様子を見る。彼はまだ突っ伏したままだったが、やがて紅茶の香りが漂ってくると、勢い良く顔を上げた。


 「お菓子!」


 「……クッキーなら、どうぞ」


 紅茶を運んできた愛が、一緒に乗せていたクッキーを渡す。流は笑顔で受け取り、早速開けて頬張った。


 「腹減って落ち込んでたのか? 現金なやつ」


 弓彦が笑い、部室は和やかな雰囲気になる。しばらく皆でのんびりと紅茶を飲んでいると、部室の扉が乱暴に開け放たれた。


 「ね、ちょ、弓彦さんっ!」


 「真緒ちゃ~ん、待ってよ~」


 真緒と菜緒だ。肩で息をする真緒が、弓彦の前にヨロヨロと歩いてくる。菜緒は、近くの椅子に座り、愛が勧めた紅茶で息を落ち着けた。


 「真緒、落ち着け! とにかく、紅茶を……」


 淹れに行こうとする弓彦を、真緒は掴んで止める。普通ではないその行動に、弓彦は訝しげに真緒を見つめた。


 「どうした?」


 「り、梨香さんが……、何か、裏警察に……入るって……」


 「……は?」


 弓彦の目が点になる。


 「何で? どうしてそうなったんだ?」


 「僕が知るわけないじゃん……ただ、噂で聞いたっていうか」


 真緒の話に、静波は白木谷と話していた梨香の姿を思い出す。


 「そう言えば、梨香さんが白木谷と話してるの見たよ」


 荒波も同じ事を思い出したようで、弓彦にそう言った。


 「白木谷?」


 「ほら、あの裏警察のイヤミそうな偉い人」


 言われ、弓彦は学園祭を思い出したようだ。顔をしかめて頷く。


 「梨香を呼んで、話を聞きましょう。彼女の意志を邪魔は出来ないけれど、何故なのか訊く権利はあるでしょう」


 まどかはそう言い、側のヒョウキを使いに出す。


 「……梨香って、誰?」


 クッキーを食べ尽くした流が、呑気な声で訊いた。一斉に、皆は流を見る。


 「流、ちょっと奥の部屋にいてくれないか?」


 「え? 何で?」


 「いいから、な? とっておきの期間限定チョコ、やるから」


 「! チョコ食いたい!」


 弓彦に促され、流は奥の部屋に入る。扉が閉まってから、まどかがポツリと言った。


 「梨香が裏警察に行くのは、流が原因かもしれないわね」


 「……梨香さん、流くんのこと嫌ってますから」


 愛の言葉に、あの悲劇の柱で会った梨香を思い出す。確かに、彼女は流を良く思っていなかった。


 「あーあ……せっかく手に入れたチョコだったのに」


 部屋から出て来た弓彦が、肩を落とす。手には何やらカードを持っていて、静波がよく見ようとすると、サッとポケットに仕舞った。


 「もし、流が原因ならどうするの?」


 ようやく落ち着いてきた真緒が、まどかに問う。


 「正直、流より梨香さんの方が仲間でいてほしいんだけど。梨香さんは癒し手だし、ずっと仲間だったじゃないか」


 「そうだよね~。梨香さんは、私達が入るよりずっと前から特能ボランティア部にいるんだもんね。……どうしようか?」


 菜緒も首を傾げ、う~んと考え込む。


 「でも、流の『神喰い』は敵勢力には渡せないわ。梨香の話を聞いてから、説得出来ればいいのだけれど」


 まどかもそう言い、ヒョウキの帰りを待つ。皆も、複雑な顔をして梨香の到着を待った。




















 「いいんだね?」


 白木谷の念を押すような言葉に、梨香は気怠げに頷いた。


 「いいって言ってるでしょ……それより、誠志郎さんは?」


 「表世界の本部にいるよ。ここには妹さんがいると、言っていたからね。どうやら苦手らしい」


 「穂乃香は、頭が固いから」


 梨香はそう言い、立ち上がる。そして、白木谷を見下ろした。


 「本当に、条件は飲むんでしょうね?」


 「ああ、二言はない」


 白木谷は、煙草に火をつける。紫煙に眉間に皺を寄せながら、梨香はメモを手に取った。


 「……誠志郎さんに、会わせて」


 メモには、綺麗な字が並んでいる。梨香宛ての手紙で、差出人は『伊月誠志郎』と書かれていた。


 「ああ。元々、この学園で事を荒立てる気はない。学生部隊の入隊希望者が集まれば、表世界に戻るからな。君も、共に来るだろう?」


 梨香が頷くと、白木谷は笑みを深くした。


 「ならば、すぐに会えるさ」


 「そう……いつ頃発つの?」


 「三日後。『世界』の敵のお相手は、ボランティア部の諸君に任せよう。見られないのは残念だがね」


 聞き終わると、梨香は口の端を吊り上げた。


 「ふふ……残念だなんて、思っていないくせに」


 そのまま出て行く梨香を見送り、白木谷は煙草を灰皿に押し付けた。何度も乱暴に擦り付け、ソファーに身を委ねる。


 「……これで、取りあえずカードは手に入る」


 白木谷が胸元の紋章を手に取る。ピンバッジになっているそれには小型の無線機が付いていて、簡単な連絡ツールとして使われているものだ。


 「白木谷だ。三日後にここを発つ。輸送車を三台よこしてくれ」


 白木谷は言い終わると、紋章を耳に当てる。通信相手の言葉に、白木谷はイヤミな笑いを浮かべた。


 「いいのか? なかなか手強そうな女だったが」


 更に通信相手の言葉を聞き、白木谷は通話を終える。


 「ま、私には関係ない話だ」


 白木谷の言葉を聞く者はなく、彼は手元の入隊希望者のリストに目をやる。見覚えのある名に目を細めながら、白木谷は次の行動を考えていた。













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