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多くの出会い

第二話。初めての授業、クラスメートとの出会いなど、いろいろなことが起こり、始まっていきます。よろしくお願いします。











 「あれ?」


 気が付けば、朝だった。


 「静波、おはよう」


 「ん、おはよう……」


 荒波の声に答えながら、ここに何故荒波がいるのだろうと考える。確か、荒波は別の部屋にいるはず……


 「あ、寮か……」


 実家では一人部屋だった分、同じ部屋に荒波がいることに違和感を感じる。


 「どうしたの? 早くご飯食べに行こうよ」


 「……シャワー浴びたい」


 夕飯前に起きるつもりが、まさかの爆睡とは。荒波は呆れたような顔をする。


 「今日から授業でしょ? 静波がいないと、僕も行けないんだけど」


 「はいはい、さっと済ませるよ」


 荒波は静波と一緒でないと、部屋を出る気はないらしい。


 「ちょっと待ってろよ」


 そう言って、静波は浴場に向かった。





 「よぉ、新入生」


 部屋を出ると、声を掛けられた。振り向くと、どう見ても三十代に見える男が立っている。


 「ん? ああ、俺は牟岐 剛志(むぎたけし)。年上だけど同じ一年だ。よろしくな」


 確かに彼は学生服を着ていて、襟元に一年のピンバッチが付いている。


 「お前さんは、双海静波の方だったよな?」


 静波が頷けば、剛志はバンバンと背中を叩いた。


 「そーかそーか、それで、部活は決めたか?」


 「いだっ……部活も何も、何とかボランティアとかしか知らないですし……」


 「おっ、鷹雄先輩の特能ボランティア部だろ? 勧誘されたってことは……お前さんら、随分期待されてるんだな」


 「あの……シャワー浴びたいんですけど」


 遠慮がちに言ってみると、剛志は「案内してやる」と言って歩き始めた。


 「特能ボランティア部かあ……いいなあ、美少女ばかりのハーレム部……入るんだろ?」


 剛志の言葉に、静波はげんなりしながら相槌を打つ。


 「牟岐さんも入ればいいじゃないですか」


 「牟岐さんは止めろよ。剛志でいいぜ。それより、特能ボランティア部は、鷹雄先輩が認めた能力者しか入部出来ないんだ。俺みたいな『ちょっとだけ怪力がでる』くらいの能力じゃ、なかなかお声が掛からなくてよぉ……」


 まさかの指名制とは。鷹雄は静波が何の能力もないことを知らないらしい。


 「ああ、ここが大浴場だ。早くしないと朝飯食いそびれるぞ」


 静波は慌てて浴場に入る。さっさとシャワーを浴びて出てくると、剛志はまだそこにいた。


 「あの……」


 「ああ、俺も朝飯まだだからよ。ついでに一緒に食おうぜ」


 「じゃあ、荒波を呼んできます」


 自室に入り、荒波を呼ぶ。キッチリと学生服を着込んだ荒波は、大柄な剛志に驚いて息を飲んだ。


 「よぉ、俺は牟岐 剛志。よろしくな」

 剛志の差し出した手を、荒波はじろじろと見る。


 「さあ、メシに行こうぜ」


 剛志の案内で、三人は食堂に入った。生徒達が朝食を食べている。まばらにしかいないのは、朝食を食べるにはやや遅い時間だからだろうか。


 「うぉっ、後三十分しかねぇじゃねぇか! オバチャン、三人分!」


 「あれ、タケちゃん。また遅刻かい?」


 言いながら、食堂の女性はさっさと三人分の朝食を用意する。


 「ん? 見ない子達だねぇ」


 「新入生なんだと。今日は時間ねぇから、また後でな」


 トレイを取り、空いた席に座る。大きな口でかき込んでいく剛志とは対照的に、荒波はゆっくりと味わって食べている。


 「おいおい荒波、早く食わねえと遅刻だぜ?」


 剛志の言葉に、荒波は横目で軽く睨む。初対面で呼び捨てされたのが気に入らないらしい。


 「荒波、もう行くぞ」


 静波がそう言うと、荒波は諦めたようで半分ほど食べた朝食を返却口に返す。小さい声で「残してすみません」と言っているのが聞こえた。


 「さ、行くぞ!」


 三人は、一年の教室に急いだ。

















 教室に入ると、思い思いに過ごしていた生徒達が、一斉に三人を見た。


 「……昨日の、言の葉遣いか」


 痩せた男が呟く。どこか神経質そうな雰囲気だ。


 「ようよう、佐川(さかわ)。お前の隣、空いてるよな? よし、座ろうぜ」


 剛志は一人でそう言うと、佐川と呼ばれた痩せた男の隣に座った。静波と荒波も、近くの空いた席に座る。


 「一限目は……解放の授業か。苦手なんだよな~」


 聞き慣れない授業に愚痴る剛志に、痩せた男はイヤミに笑った。


 「君はそんなだから、三十になってもまだ一年生なんだよ。僕はもうすぐ進級だけどね」


 そう言って、静波達に目を向ける。


 「初めまして、僕は佐川 (さかわまもる)だ。将来、裏警察のトップになる男さ」


 「……裏、警察……?」


 怪しすぎる言葉に、静波は苦笑いしながら聞き返す。


 「……そんなことも知らないのか。双海家も随分力が薄れているとは聞いていたが……今代も大した後継者はいないようだ」


 鎮の言葉に、静波はムッとする。まるで荒波をバカにされたように感じた。


 「そんなに睨むなよ、怖いなあ」


 全くそう感じない口調で鎮はそう言い、黒板の方に視線を向けた。


 「さあ、授業が始まるよ」


 キーンコーンカーンコーン……


 静かにチャイムが鳴り、生徒達は背筋を伸ばす。ガラリと戸を開け入ってきたのは、昨日会った広瀬だった。


 「さぁ、一年生の諸君。ニューフェイスも来たことだし、気合いを入れて『解放』の授業を始めようか」


 広瀬がそう言うと、生徒達はまた思い思いに動き始めた。隣の剛志を見れば、彼は鎮に声を掛けていた。


 「勝負と行こうや、佐川ぁ」


 「……また僕の勝ちだけどね」


 その言葉に青筋を立てた剛志が、雄叫びと共に拳を振り下ろす。凄まじい勢いに、剛志が怪力の能力を使っていることを感じた。しかし、鎮は顔色一つ変えず、無造作に細い腕を拳に向ける。


 ガンッ!


 硬質な音。拳は鎮に届かず、彼の掌にギリギリ触れない所で止まっている。剛志の青筋はどんどん浮き上がるが、拳はそれ以上動かない。


 「ぐぅぅぅぅぅ……っ!」


 「そろそろ一分か」


 涼しい顔の鎮がそう言った途端、剛志はその場に崩れ落ちた。うずくまった彼は、荒い息を吐いている。


 「力は強いけど、全力で一分しか保たないんじゃ、僕の敵じゃないね。さ、他に僕の『絶対防御』を崩せる相手はいないのかい?」


 鎮の挑発的な言葉に、別の男子が立ち上がった。その間に、静波は剛志に近寄る。


 「えっと……大丈夫ですか?」


 「はぁ、はぁ、け、敬語……はぁ、止めろ……はぁ…」


 息を切らせながら言うことなのか疑問だったが、静波はもう一度言い直す。


 「大丈夫か?」


 「ご……五分……したら……はぁ、はぁ、復活……」


 一分の怪力に対して五分の休憩とは、非効率な能力な気がする。


 「……荒波は?」


 ふと隣を見れば、荒波は目付きの悪い男子に絡まれていた。


 「言の葉遣いと対決出来るとは……ほら、能力を見せてくれよ」


 「……静波、なんかケンカ売られるんだけど」


 助けを求める荒波の声に、静波はため息を吐く。


 「あー、あんたは?」


 絡んでくる男に訊けば、彼はじろりと静波を睨んだ。


 「……奏太。福井奏太(ふくいかなた)だ。お前の方が相手するのか? 言の葉遣いの片割れ」


 「静波だよ」


 奏太にそう返したものの、静波には見せる能力などない。荒波をチラッと見れば、彼は我関せずといった涼しい顔で、周りで繰り広げられる戦いを見ていた。


 「……随分余裕なんだな、新入りのクセに。いいだろう、オレの力で叩きのめしてやる!」


 何もしてこない二人に激昂した奏太が、目を閉じて唸り始める。それを見た静波は顔を青くしたが、荒波は一息吐いて口を開いた。


 「うるさい。『福井 奏太、黙れ』」


 静かだがよく通る声が響いた。唸っていた奏太が一瞬目を丸くし、口を動かす。しかし、声は一切出てこない。


 「あちゃ~……」


 ついにやってしまった。静波はそんな思いで奏太を見る。


 「これが、言の葉遣いの力か……」


 復活しつつある剛志が、感心の声を上げる。荒波はそんな周囲を気にもせず、さっきまで見ていた戦いにまた視線を向けた。


 「集中なしで能力を使えるとは、大したものだね」


 見ていた広瀬がそう言い、辺りを見回した。


 「誰か、他に相手はいないかい?」


 広瀬の声に、背の高い男が進み出た。耳にイヤホンを付けている。それで言の葉をガードするのかと思いきや、彼は無造作に外した。


 「……不安が聴こえる」


 そう言う男に、荒波は不愉快そうな顔を向ける。しかし、そういう顔をするときは不安なのだと、静波は知っている。


 「我が怖いのか。表面上は静かだが、心の声はよく喋る男だ」


 言い当てられたのか、荒波が一歩たじろぐ。男は一歩詰め寄り、ニヤッと笑った。


 「さあ、我を言の葉で支配してみろ。どうだ?」


 「……」


 悔しげに黙り込む荒波は、静波の方をチラチラ見ている。


 まだだ。まだ奏太の声は復活していない。


 「焦りの声か。何に焦っているのだ?」


 細かい声は聴こえないのか、男は軽く首を傾げながら荒波を見る。


 「なるほどね」


 広瀬はそう呟くと、手を鳴らした。


 「そこまでだよ、神田(こうだ)


 「はい」


 男はあっさり引き下がり、またイヤホンを付ける。


 「荒波君、君の『言の葉』は、いくつか欠点があるな」


 広瀬は荒波を隣の部屋に呼んだ。この場にいると何か仕掛けられそうで、静波もその後を着いていく。

 隣には、小さな部屋がある。戸の上には『個別相談室』というプレートが付いていた。


 「さて、君自身は欠点を理解しているかい?」


 荒波はやや膨れた顔で、ポツリと言った。


 「……一度に一人しか言の葉を使えない」


 それは静波も知っていた。ケンカをした時は、なんとか言の葉の支配を受けないように、別の人に言の葉を使うよう仕向けるのに苦労していた。


 「相手によっては致命的だねぇ。他には?」


 「……本名をフルネームで呼ばないと、言の葉の支配が掛からない」


 「……神田君の名前を知らなかったから、言の葉を使えなかったわけか。これも、実戦では命取りになるねぇ」


 広瀬に言われ、荒波は唇を噛む。今まで跡取りとして大事に育てられてきた荒波には、批判的な意見を聞く機会はほとんどなかった。つまり、やや打たれ弱いわけだ。


 「そう膨れないでさ。欠点を見つめることは、長所を伸ばすことにも繋がるよ。それに、君自身の能力はそうとう高い。君が使いこなせてないだけさ」


 広瀬がそう言うが、荒波の機嫌はなかなか直りそうにない。


 「さて、他の欠点としては……まあ声を使う能力者全般に言えることだけど、声の届かない範囲には効果がないってことだよね。これは、ボイストレーニングを地道にしていくのが一番だ。ということで、選択科目は音楽にしておくよ」


 何やら紙に書き込みながら、広瀬は一人で頷いている。


 「後は……多分、君は君が掛けた言の葉の支配が、どれくらいの時間持続するのかを把握していないんじゃないかな?」


 「……」


 俯いたまま頷いた荒波に、広瀬はうんうんと頷く。


 「君の制御力次第では、君の思うままに支配時間を設定できると思うよ。じゃ、能力制御の科目も入れておくか」


 他の授業と組み合わせ、升目に書き込む。どうやら個人用の時間割のようで、広瀬は書き上がったものを荒波に渡した。


 「静波君も、その時間割と同じだからね」


 「はい」


 荒波の手元を覗き込む。午前中に三時限、午後に二時限。午前中は休み時間が長いらしい。


 「午前は能力系の授業だからね。ゆっくり休めるようにしているんだよ」


 広瀬の言うとおり、午前中の授業は見慣れないものが多い。午後はほとんど自習だ。


 「牟岐君みたいに、もう学校での学習が必要ない生徒もいるからね。午後は個人的に学習出来るようになってるんだよ」


 キーンコーンカーンコーン……


 授業が終わる合図が聞こえ、広瀬は教室に戻る。二人も後について最初に座った椅子に戻った。


 「さ、自分たちの力を解放出来たかな? うまく出来た君も出来なかった君も、明日にはまた新たな力が解放されるかもしれない。その為に、努力は怠らないようにね。じゃ、今日はおしまい」


 広瀬の言葉が終わると、皆が一斉に起立し頭を下げる。広瀬が出て行くと、途端に教室は騒がしくなった。


 「おう、時間割出来たか?」


 剛志がそう言い、二人の肩に腕を回してきた。突然の密着に、荒波は不機嫌な顔を隠さない。静波が頷くと、剛志は「そーかそーか」と豪快に笑った。


 「一年の内は、ほとんど基本的な授業だからなあ。次は祀り事の歴史の授業だぜ」


 「まつり……?」


 「俺達のこの能力ってのは、この国古来の祀りに深く関わってるとか、そうでもないとか……よくわかんねえが、まあマニアックな歴史の授業だと思っておけばいいだろ」


 なるほど、そう考えればこれまで受けてきた授業と変わらない……気がする。


 「そういえば、剛志さんって」


 「呼び捨てでいいって。さん、とかガラじゃねぇから」


 「た…けしって、もう社会人だろ? 何で学生してるんだ?」


 社会人になるのは、面倒な勉強からようやく解放される事だ。

 そう感じている静波には、三十歳で学生をしている剛志は信じらんない。


 「ん……まあな。色々あるんだよ」


 剛志は言いにくそうに言葉を濁した。頭を乱暴に掻き、視線を泳がさせる。答えにくい質問だったか、と静波が別の質問を考える前に、剛志はニヤリと笑った。


 「なあ、静波。お前さんの能力も、荒波と同じなんだろ? 女子に『パンツ見せろ』って言えば、バッチリ見せてくれちゃったりするのか?」


 「……パンツ」


 能力がないことは言えない。言えば、静波が荒波の入学の交換条件とはいえ、特別扱いされていると知られてしまう。

 何とか話題を逸らそうと、今度は静波が視線を泳がさせる。


 「あ、あー…あんたは何年ここにいるんだ?」


 「ん? そうだなぁ……前の会社辞めてからだから……二年くらいか?」


 うーんと唸り、剛志は指を折る。


 「あ、じゃああんたは、ここで携帯使える所知らないか?」


 「残念、ここじゃ携帯は使えない、が正解だ。何せ俺も散々探したんだ」


 なんとなくそうではないかと思っていたが、はっきり聞けばやはりガッカリする。静波は大きく溜め息を吐く。


 「あんまり落ち込むな、若者よ!」


 豪快に笑い、剛志は静波を見た。


 「それよりお前さん、俺のことを呼びにくいみたいだな」


 「そりゃ、呼び捨てって言われても……」


 かなり年上なので、呼びにくい。その心情を理解したのか、剛志は腕組みをして頷いた。


 「まあ、そう言う奴も多いんだよな。じゃ、『タケちゃん』でどうだ?」


 「タケさん、でいいか?」


 「うーん、なんか余所余所しい……いや、まあタメ口だし、呼び方ぐらいいいか」


 剛志のOKを聞き、静波は内心ホッとする。ついでに、能力の話も逸れたようだ。


 キーンコーンカーンコーン……


 始まりのチャイムと共に話も終わり、二時限目の授業が始まった。













 「あ゛ー、眠かった……」


 ただただ話を聞くのはやはり辛い。興味のない授業に欠伸を噛み殺しながら、静波は何とか休み時間を迎えた。


 「静波、だらしない」


 荒波はそう言いながら、時間割を見ている。


 「荒波、次は?」


 「……集中、だってさ」


 首を傾げる二人に、剛志ではない声が答えた。


 「集中とは、心を落ち着けて内面と対話する授業だ」


 振り返ると、イヤホンをした男が立っている。


 「えっと……」


 「神田、さん」


 荒波が名を呼べば、男は薄く笑った。


 「神田 恭一(こうだきょういち)


 名乗ると、また無表情に戻る。


 「五十分、ずっと集中するのか?」


 静波の質問に、恭一は頷いた。イヤホンをしていても、声はちゃんと聞こえているようだ。


 「……タケはいつも寝ている」


 タケ、とは剛志のことだろう。


 「お前も寝ないように気をつけることだ。双海静波」


 名指しで忠告すると、恭一は無表情のまま席に戻る。二人はそれを見送ってから、隣にいる爆睡中の剛志を見た。


 「……これ以上、寝るのかな? この人……」


 「寝るんじゃない? このままなら」


 幸せそうな寝顔を見ながら、二人は次の授業を待った。






 集中の授業は、まさに静波にとっては睡魔との激闘だった。


 「静かな中、ただただ瞑想って……寝るしかないじゃねーか」


 「寝るのは集中出来てない証拠じゃないの? 僕はちゃんと起きてたよ」


 ぼやく静波に、荒波は皮肉気に言う。


 「うあ~、よく寝た!」


 大きな口を開けて、剛志が言った。首を鳴らして、二人を見る。


 「よし、昼メシ食いに行こうぜ」


 食堂と言えば、女子と知り合うチャンス。鷹雄に言われた言葉を思い出し、静波はやや気分が浮かれてくる。


 「学園の食堂じゃ、カツ丼がお薦めだぞ。大盛だし、美味い!」


 「……もっと軽いもの、ないの?」


 荒波もやや剛志に慣れてきたのか、視線は合わせないままそう言う。


 「軽い……親子丼とか?」


 「……丼から離れて」


 言いながら、三人は食堂に向かった。






 食堂に入ると、大勢の男女が食事をとっていた。


 「カツ丼、大盛で!」


 「俺は……オススメランチ、こいつは梅うどんを」


 注文した品を受け取り、空いた席を探す。


 「お、ここにしようぜ」


 椅子に座ると、剛志は豪快に食べ始めた。静波と荒波は、急ぐことなくゆっくり食べる。


 「ここ、いいかしら?」


 突然凜とした声を掛けられ、静波は頷きながらそっちを見た。


 「うぉ! まどか様!」


 剛志がそう言い、いきなり立ち上がった。


 「食事は落ち着いてお食べなさい、牟岐剛志」


 まどかと呼ばれた女生徒は、静波の隣に座る。


 「初めまして、双海静波。私は高殿宮まどか(こうどのみやまどか)。よろしく」


 「よ、よろしく……」


 黒髪の美人だ。本来なら喜ぶべき出来事だが、美人すぎて圧倒される。声も硬質で、威圧的だ。


 「お久しぶりです、高殿宮さん」


 圧倒された静波の隣から、荒波がそう声を掛けた。


 「一度だけ、お会いしましたわね、双海荒波」


 「えっ!? いつ!?」


 静波が訊くと、荒波は軽く答える。


 「四年前の年始パーティー。静波は蕎麦の食べ過ぎで欠席してた」


 「四年前……」


 よく覚えていたな、と感心する。これだけの美人なら、覚えているものなのだろうか?


 「貴方達、部活は決めたのかしら?」


 サンドイッチを摘みながら、まどかはそう訊いてきた。和風美人とサンドイッチは、妙に似合っていると見とれてしまう。


 「……部活?」


 荒波は不思議そうに聞き返し、静波を見た。


 「部活って?」


 「ん? ああ、昨日生徒会長に誘われたんだよ。えっと……ボランティア部?」


 「正しくは、特能ボランティア部、よ。鷹雄は貴方達を高く評価しているみたいね」


 生徒会長の鷹雄を呼び捨てにするのも、まどかにはよく似合っている。


 「まどか様ぁ……俺も……」


 小声でアピールする剛志は無視し、まどかは二人を見た。


 「一年から声を掛けられることは、あまりないことよ。でも、貴方達にも選ぶ権利がある。特に、特能ボランティア部は、他の部活と比べて危険だから」


 ?


 部活が、危険?


 意味が分からず、静波は首を傾げる。そんな様子は気にせず、まどかは話を続けた。


 「ただ、一つだけ御願いがあるの。流には気をつけて」


 「ながれ?」


 突然出てきた名前に、静波の疑問がどんどん増えていく。まどかは頷き、真剣な瞳を向けた。


 「天行寺 (てんぎょうじながれ)。鷹雄の遠縁の子ども。でも……」


 言葉を切り、まどかは俯く。どう伝えようか、迷っているようにも見える。


 「……意味は分からないと思う。でも、流は鷹雄の敵。鷹雄がどんなにあの子を庇っても、私はそう感じている」


 本当に、意味が分からない。


 「……いいのよ。ただ、心の何処かで憶えていてほしいの。それだけ」


 そう言い、まどかは立ち上がった。サンドイッチは食べ終わっている。


 「話が逸れたわね。特能ボランティア部、もし興味があるなら鷹雄に案内してもらいなさい」


 まどかはそう言うと、颯爽と立ち去った。名残惜しそうに剛志が一、二歩その後を追う。


 「あ~、まどか様……やっぱり美しいなあ……」


 剛志はしばらく後ろ姿を見ていたが、見えなくなるとようやく二人を見た。


 「入るんだろ? 特能ボランティア部」


 「うーん……どうしよう?」


 危険とか聞こえたし、何か変な情報も聞かされたし。


 複雑な表情の静波に、荒波は他人事のように言った。


 「僕は静波が決めた部活でいいよ」


 「なら、特能ボランティア部でいいじゃねえか!」


 何故か剛志は鼻息荒く勧めてくる。


 「何で、そんなに勧めるんだよ」


 ムッとして訊けば、剛志は途端に視線を逸らした。小さな声で、ごにょごにょ言っている。


 「タケさん、何?」


 重ねて訊けば、剛志は苦笑いを浮かべ、言いにくそうに言った。


 「だからよ、特能ボランティア部にお前さんらが入ってよ…俺を鷹雄先輩に推薦してくれたら……」


 なるほど、とにかくまどかの側にいたいようだ。


 「何だよ、その目は! 恋する男を笑うと、ロクな目に合わねぇぞ!」


 剛志の声に適当に返しながら、静波は部活について考える。


 (うーん、取り敢えず覗いてみるのはいいかもな……。それか、同じ一年生から別の部活の話を聞いてみるか……)


 考えていても仕方ない。静波はとにかく行動しようと立ち上がった。


 ドンッ


 「きゃっ」


 可愛らしい声がして、ぶつかった女子が倒れる。突然のことに焦り、静波は女子の側に座って声を掛けた。


 「ごめんっ! 大丈夫ですか?」


 「あ、はい。私こそすみません……」


 地味な印象の女子だった。遠くから、彼女を呼ぶ声が聞こえる。


 「ヨシちゃーん、大丈夫ー?」


 「あ、その、本当にすみません」


 ぺこりと頭を下げ、女子は友達の所に駆けていく。


 「静波、大丈夫?」


 荒波の声に頷きながら、静波はぼんやりとヨシちゃんと呼ばれた女子を見ている。


 「……なるほど、静波は薔薇よりも野菊が好きなタイプか」


 ニヤニヤしている剛志に、荒波は呆れたように答える。


 「マンガみたいなパターンが好きなんだろ。ベタベタの」


 「うるさいな。教室に戻るぞ」


 恥ずかしさを隠すように怒る静波だが、二人は肩を竦めて苦笑い。

 微妙な空気のまま、三人は教室へと戻った。






 教室には、まだ何人かの生徒がいる。その中に恭一を見つけ、静波は声を掛けた。


 「神田さん」


 「……この学園は呼び捨ての者が多い。我の事は恭一と呼べ」


 「…じゃ、恭一。あんたは何か部活に入ってるのか?」


 静波の質問に、恭一は頷いた。


 「ああ。写経部だ」


 「……しゃきょー?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げると、恭一は薄く笑った。


 「経を書き写すのだ。精神を落ち着け、研ぎ澄ませる。次第に心は無になり、何も聴こえなくなる」


 「そ、そうなんだ」


 ひたすら暗そうなイメージに、静波は乾いた笑いを浮かべる。


 「鎮は剣道部だぞ。何せ奴の能力は絶対防御、戦う手段はない。攻撃力を上げる為だろうな」


 平然と紡がれた恭一の言葉に、違和感を感じる。


 「……攻撃力? 一体、何と戦うつもりなんだ?」


 感じた違和感を口に出せば、恭一は無表情のまま答えた。


 「『世界』の敵、だ」


 「……」


 世界の、敵。


 「その内分かる。特能ボランティア部に入るなら、すぐにかもしれんが」


 そう言うと、恭一は立ち上がった。それ以上話すことはない、と言わんばかりに教室を出て行く。


 「……静波、別の人に訊いてみれば?」


 荒波の言葉に頷き、辺りを見る。


 「あ、えっと……」


 見た顔に呼び掛けようとして、名前を忘れていることに気付く。すると、横から荒波が呼び掛けた。


 「どうも、福井奏太さん」


 「……どーも」


 憮然として答える奏太に、静波が話し掛ける。


 「奏太さんも、何か部活に入ってる?」


 「奏太でいい。部活は茶道部だ」


 意外に普通の部活だ。


 「あそこの由佳里さんが、美人でさぁ」


 「お、由佳里ちゃんかあ~。分かるぜ、その気持ち」


 うんうんと剛志が頷く。そして、荒波の視線を感じて慌てて手を振った。


 「いやいや、俺はまどか様一筋だから! 本当だぞ!」


 「……何も言ってないし」


 一人盛り上がる剛志は放っておいて、静波は奏太に問いかける。


 「他に部活ってあるのか?」


 「部活? そうだなあ」


 奏太は唸りながら俯き、首を捻る。


 「陸上部とか野球部とかもあるけど、何せ公式の大会には出られないしなあ。あんまり真剣に取り組んでる運動部はないかもな。茶道部、華道部、手芸部とかは女子多いぞ。あとは、料理部は意外と男が多い。俺はそれで料理部辞めたから」


 人のことは言えないが、奏太の部活選びの基準は女子のようだ。


 「あと、カラオケ部は盛り上がる。だけど、この間とんでもない新入部員が来たからなあ……」


 何かを思い出したように、身を震わせる。


 「あと、特殊なのは特能ボランティア部。部長の鷹雄先輩をはじめとした部員全員が、高い能力を持っている。しかも……かなり危険な活動をしている」


 危険、また出た。


 「どんな活動なんだ?」


 静波が訊くと、奏太は肩を竦めた。


 「さあ? 表向きは、表世界の謎の事件の解決サポート、になってるけど」


 「表世界?」


 聞き慣れない言葉がどんどん出てくる。聞き返せば、奏太は答えた。


 「この学園外の世界のこと。あと、こんな超常能力のない、信じてもらえない世界のこと。君達が昨日までいた世界さ。こっちの世界は影世界って呼ばれてる」


 「影世界、ね」


 いろいろありすぎて、混乱してくる。


 「まあ、そんなことはどうでもいい。それより、特能ボランティア部にもし声を掛けられたら、入らない方がいい。これまでも、何人も怪我人がでたらしいからな」


 ますます謎に包まれていく特能ボランティア部に、静波はやや好奇心が出てくる。


 「……放課後になったら、生徒会長を探すか」


 静波の言葉に奏太は溜め息を吐き、剛志が嬉しそうに笑う。


 「忠告はしたからな」


 「そうだよな、せっかく誘われたんだ、取り敢えず見てみねぇとな!」


 荒波は静波を見て頷き、席に着く。


 午後の授業が、始まろうとしていた。











次はようやく、特能ボランティア部とヒロインの出番になると思います。読んでいただき、ありがとうございました!

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