動き始める現実
放課後部室に行けば、もうまどかがソファーに座っていた。
「早いですね」
「そうね……私も興味があるのよ」
言いながら、本のページを捲る。
「興味?」
「ええ……この目で見るまで、信じられなかったわ。『神殺しの力』なんてね」
本から目を離さずに、まどかは話す。
「……やっぱり、御伽噺レベルの話だったんですか?」
静波の問い掛けに、まどかは視線を静波に移す。
「そうね。御母様からは、聞いたことはなかったわ。伝承が集められた童話に『神殺しの話』が載っていて、その中の特殊な能力として書かれていたの」
手に持っていた本を、静波に差し出す。
「読んでみる?」
受け取り、パラリと捲ってみる。小さい字が沢山あり、静波は慌てて閉じた。
「……いや、多分最初で寝るし」
「なっさけなー。僕が読むよ」
荒波がさっと横から本を取り、バカにしたように笑う。
「差し上げるわよ。ゆっくりお読みなさい」
まどかはそう言い、微笑んだ。
「これは、敵が出てくる御伽噺なんですか?」
荒波が訊くと、まどかは頷いた。
「その力が『神殺しの力』と呼ばれる通り、敵は神よ。妖の神……『名も無い妖神』と呼ばれている」
「名も無いって……それ、名前?」
荒波が首を傾げるが、まどかはクスリと笑った。
「仕方がないわ。そういう伝承なんですもの。とにかく『名も無い妖神』は、影世界を滅ぼそうとしたの。でも、沢山の犠牲を出しながらも、能力者達が勝利を収めた。……そして『名も無い妖神』を五つに裂き、封印したのよ」
聞きながら、静波は首を傾げる。
「五つ?」
「気付いたかしら?」
まどかは微笑み、静波に視線を向ける。
「貴方達の『神殺しの力』は、五つに裂いた神の力。……ねぇ、満江様。だから、『神殺しの力』を揃えれば破滅が訪れる、という言い伝えになったのでは?」
「……まあ、一つの見解だね」
奥から、満江が現れた。ゆっくりとソファーに座り、荒波の前に置かれている伝承の本を手に取る。
「昔にあった真実など、今の人間には推測しか出来ないものだよ。まどかさんの話は、真実の一説にしか過ぎない」
「そうですか? 私には、そうとしか思えないのですが」
まどかは言うが、満江はただ微笑むだけだ。その表情は、昼過ぎに部室で見た不安げな顔ではない。いつもの祖母の顔だ。
「で、伊月の娘は来るのかい?」
「恭一が連れてきてくれるはずだけど……」
授業は同時に終わったのだから、もうすぐ来るはずだ。待っていると、他のメンバーも次々とやってくる。
「おーい、連れてきたぞー!」
最後に現れた剛志が、大声でそう言った。その後ろから、恭一と女生徒が入ってくる。
「伊月穂乃香だ」
素っ気ない恭一の紹介に、女生徒が頭を下げる。スラッとした長身で、恭一と並ぶと違和感はないが、静波と並ぶとそんなに背の違いは無さそうだ。
「伊月穂乃香です。今日は、どういう御用でしょうか?」
「まあ、座りなさい」
満江の言葉に、穂乃香はソファーに座った。緊張しているのか素なのか、まどかのように堅い印象を受ける。
「初めまして。私は双海満江。双海家の頭首だよ」
そう言いながら、満江の目はじっと穂乃香を見つめる。
「訊きたいのは、伊月に伝わる『神癒し』の事なんだけどね」
満江が言うと、穂乃香はチラリと特能ボランティア部のメンバーを見た。
「……『神凪ぎ』の双海家ですか」
穂乃香はそう言い、荒波と静波に視線を向ける。
「……残念ですが、私はその力を持っていません」
「その口振りだと、力を継ぐ者はいるようだね」
満江が言うと、穂乃香は冷たい笑みを浮かべた。
「あの力は、ただの御伽噺でしょう。伝承を利用して、影世界の実力者達が自分達の地位を確立する土台としただけの話。今では五名家などと言われているけれど、それも伝承を利用しただけの仮初めの栄光だと、きちんと理解するべきですよ」
淡々と話す穂乃香に、満江は肩をすくめる。
「随分否定的だね。まあいい、穂乃香さんには兄弟はいるのかい?」
「……兄と弟が一人ずつ。ただ、この学園にはいませんが」
穂乃香はそう言い、薄く笑う。
「で? 伊月の『神癒し』が実在するとすれば、貴方方は何をお望みなのですか?」
「『世界』の敵に、その力を渡したくない。味方になってほしいの」
まどかが言うと、穂乃香は微笑みを浮かべたまま腕を組んだ。
「特能ボランティア部に、という事ですよね。ですが、弟は伊月家の跡取りとして屋敷から出られません。兄は、随分前に家を出てしまいまして……我が家とは絶縁状態です。どちらかが『神癒し』を受け継いでいるとしても、協力というのは難しいと思いますが」
穂乃香の素っ気ない言葉に、まどかは溜め息を吐く。満江は、穂乃香に尋ねた。
「穂乃香さん、伊月家の『神殺しの力』の継承条件は知っているかい?」
「さあ? 私は知りませんが……父や祖父なら知っているかもしれません」
穂乃香はそう言うと、ソファーから立ち上がった。
「私がお話しできるのは、これくらいのものです。では、失礼」
「え、ちょっ!」
弓彦が、慌てて扉の前を塞ぐ。穂乃香は冷たい視線を弓彦に、そしてまどかに向けた。
「まだ何か?」
「あ、えーと……あ、お兄さんと弟さんの名前、教えて?」
苦し紛れの弓彦の問い掛けに、穂乃香は大きく溜め息を吐いた。
「……兄は伊月 誠志郎、弟は藤二郎。これでいい?」
弓彦は困った顔で、まどかと満江を見る。二人は軽く頷き、穂乃香に言った。
「ええ、ありがとう。また協力をお願いするかもしれないから、その時にはよろしくね」
まどかの言葉に、穂乃香は何も答えずに部室を出て行く。恭一も一礼し、その後に続いた。
「……なんか、疲れた~」
弓彦が、どっかりとソファーに座り込む。
「何か、怖い人だったね」
真緒の言葉に、菜緒も頷く。
「あの人が、『神癒し』の可能性は?」
荒波が言うと、満江は軽く首を振った。
「分からないね。彼女自身が、気付いていない可能性もある。静波みたいにね」
「あ、そうか」
静波にだって、発動するまで分からなかったのだ。しかし、それならば……
「じゃ、今のあの人には、何の能力もないってこと?」
静波の質問に、満江は難しい顔をした。
「……光誠のように、移動能力と『神惑い』の二つの能力を使う場合もあるようだけど……大抵は、一人が使える能力は一つだけ。この学園にいるということは、穂乃香さんにはちゃんと能力があるってことだろうね」
「では、穂乃香さんが『神癒し』の使い手である可能性は、低いということですわね」
まどかに頷き、満江は窓の外に目をやった。
「おや、もうこんな時間かい。そろそろ柳谷に帰してもらわなきゃねえ」
空は夕暮れから、少しずつ夕闇になりつつある。満江は立ち上がり、荒波と静波に言った。
「じゃ、またね。これから大変だろうけど、自分で決めたことはやり抜きなさい」
「ばぁちゃん、そういえばさ」
満江が言いかけた、『取り返しのつかない過ち』のこと、そして『渚』という人物のこと……気になったが、静波は言葉を飲んだ。こんなに大勢がいる場面で言うべきことではない。
「……また、時期がくるさ」
静波が言いたいことを察知したのか、満江がそう呟く。部室を出て行く満江の後ろ姿を、荒波と静波はジッと見送った。
あれから、一週間が経った。学園内は、まだ大きな騒動にはなっていないものの、どこかピリピリした空気を感じる。
「あ、あの人」
荒波が、ふとそう呟いた。窓の外を見ている。静波も、窓の外に目をやった。
「あ……誰だっけ?」
スーツ姿の、冷酷なイメージの男。確か……
「白木谷、とかいう裏警察の人でしょ」
言われて、表世界の祭で見た男だと思い出す。
「ということはさ……あれか? 裏警察への勧誘?」
「じゃない?」
白木谷の側には、厳つい表情の制服姿が何人かいる。恐らく、あの時と同じ特能部隊だろう。
「あ、あの人」
物々しい雰囲気の白木谷に近付く、一人の女生徒。確か、一週間前に食堂で見た……
「鬼北歩って人だよね」
荒波の記憶力には、頭が下がる。
「そうそう、流のことを恨んでる人。何話してるんだろ?」
二人は何かを話している。あまり、友好的な雰囲気ではない。しばらくすると、歩はさっさと立ち去った。
「……あ、梨香さんだ」
荒波の視線を追うと、確かに長い髪が見える。彼女も白木谷に近付き、会釈した。
「……知り合い、かな?」
「さあ……?」
盗み見しているようで気分は悪いが、気になるものは気になる。
やはり、二人は話をしているようだ。特に友好的ではなさそうだが、敵対的なわけでもなさそうだ。まるで、世間話でもしているように見える。
(案外、ただの雑談かもな)
そう思い、静波は窓から背を向ける。教室の中では、いつものように馬鹿騒ぎをする剛志と、それに冷たくツッコミをする鎮が、無意識な漫才を繰り広げていた。
「……あ、鎮」
そうだ、白木谷が来ていることは、鎮も知りたいだろう。
「……何?」
聞き返す鎮に、静波は手招きする。窓の外を指差すと、彼は不機嫌な顔のまま中庭を見た。
「……誰?」
「誰って、お前が入りたがってた裏警察の偉い人だよ。勧誘に来たんじゃね?」
鎮はキョロキョロしながら、首を傾げる。
「……あの、何かインテリ風のおじさん? あんな人、影世界で見たこと無いけど」
「能力者じゃないみたいだったけど……ほら、指揮官的な感じじゃねえの?」
「……にしても、あの制服達も、見たこと無い顔ばっかりだし。あの人達は、能力者みたいだけどさ」
鎮はそう言いながら、まだ白木谷を見ている。
「……姉貴もいないみたいだしな……。ま、声だけでも掛けてみるさ」
鎮はそう言い、教室から出て行く。漫才相手がいなくなった剛志が、静波の所にやってきた。
「どうした? 二人で中庭見て」
「ん、ほら。あの人」
荒波の指した方を見て、剛志はあ、と呟いた。
「警察じゃねえか。勧誘か?」
「多分ね」
しばらくすると、鎮が現れた。白木谷と話をしている。こちらは少し友好的なようで、白木谷の表情も愛想笑いのようになっていた。
「就活成功、かな?」
「んー、多分な」
話す二人の会話に、就活という言葉を知らない荒波は、ハテナマークを飛ばしている。
「他にも、何人か様子を見てるな。裏警察に入れば将来的には安泰らしいし、良い機会なのかもな」
「一応、公務員なんだよな? 裏警察も」
静波は剛志に訊いたが、彼は肩をすくめるだけだ。
「……『世界』の敵側につく奴らは、多そうだな」
剛志はふとそう言った。あと少しすれば、鷹雄が学園に現れる。
「……戦うのは、俺達か、裏警察か……何にせよ、もうすぐこの学園で戦闘が起きるわけだ」
この光輪学園で、かつての生徒会長と……特能ボランティア部の部長と戦う。悪い冗談のように思える今の状況に、静波は思わず低く唸る。
「……静波、『神凪ぎ』とやらの制御はどうだ?」
剛志に言われ、更に静波の唸りが低くなる。答えない静波の代わりに、荒波が答えた。
「制御も何も、『神凪ぎ』を使えたのはあの時だけ。高瀬兄妹や僕も協力してるんだけど、無効化は全然出来てない状態だよ」
そうなのだ。『神凪ぎ』は強力な力で、使い方によっては切り札になる。そう言われて制御を学んでいるのだが、肝心の力が使えない。呪歌や言の葉は、簡単に静波を支配してしまう。
「まあ、ただ……『神凪ぎ』の使い手だからなのかどうかは分からないんだけど、呪歌や言の葉に掛かっても正気に戻る時間は早いね。……まあ、それだけなんだけど」
「……そうか。ま、仕方ないさ。お前が自分の力に気付いたのなんか、つい最近だもんな」
剛志の慰めのような言葉に、静波は力無く笑う。
「……ほら、午後の授業が終わったら、部室に行こう。また特訓してあげるからさ」
荒波に背を叩かれ、静波はただ頷いた。
《アト、イツツ》
《ツギハ、ダイチノチカラヲクラエ》
《ソウスレバ、シゼンカイノヨンゲンソガソロウ》
《……クラウモノヨ》
《ワレヲ、カイホウセヨ……》
不気味な声を感じ、流は飛び起きた。
「……何なんや、今の……」
キョロキョロと辺りを見回すが、そこは特能ボランティア部の部室だ。仮眠室に使っている小部屋で、ソファーベットが二つ置かれている。
「今の声、どっかで聞いた気もするんやけど……」
独り言を言いながら、流はふと自分の手を見つめる。
(あの時のような事は、絶対に起こしたらあかん)
鷹雄に誓った。この能力は、人の為に使うのだと。
「……鷹雄の、アホ」
殴ってでも、正気に戻さないと。
鷹雄がいない不安を無理やり押し殺し、流は拳を握り締めて決意を固めた。




