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伝承











 《影世界の、仲間達》


 鷹雄はそう呼び掛けた。


 《俺は、知らなかった。この影世界が、表世界から隔離された世界だということを》


 まどかが、ゆっくりと首を振る。


 「違う。この影世界は、表世界から独立を勝ち取った、安住の地よ……」


 《表世界は、影世界のことなど知らず、異能を異質だと排除する。夜の闇を恐れることを忘れ、朝の清浄さを有り難く感じることもない。……表世界から来た仲間と触れ合うことで、この二つの世界の隔たりは感じられただろう》


 鷹雄の言葉に、桜が複雑な顔になる。


 「確かに、表世界の友達は、どこか不思議な感じなのよね……考え方が、違いすぎるっていうか」


 《影世界は、何時までも表世界の影でいなくてはならないのだろうか?》


 鷹雄の問い掛けに、優斗が、桜が、カラオケ部の面々が顔を見合わせる。


 「お互いを知らない、隣り合わせの世界か……」


 真緒の呟きに、菜緒が不安げな顔をする。


 《俺は、この世界を変えていきたい。能力者が、非難されることのない世界へ。……その為には、皆の力が必要だ》


 「あ、マズい」


 剛志が言い、眉をしかめてモニターを見る。


 《影世界の仲間達、表世界の仲間達、皆が手を取り合おう。そうすれば、きっと未来に繋がるはずだ》


 モニターの中の鷹雄が、手を差し伸べる。その手を取ろうとした優斗が、思い切り空振りした。


 《俺達と歩む意志がある者は、共に来てほしい。一か月後、『悲劇の柱』で待っている》


 「うわ……本気だね」


 荒波が言い、静波を見る。


 《最後に、特能ボランティア部の皆》


 鷹雄が、優しい笑顔で呼び掛ける。


 《俺は、皆と戦いたくはない。今までの絆は、俺の支えでもある。……お願いだ、俺に力を貸してくれ》


 鷹雄の呼び掛けに、皆が複雑な顔をする。モニターの向こうの鷹雄は、笑顔のまま消えた。


 「……宣戦布告ね」


 まどかが、苦々しく呟く。


 「鷹雄さん、本気なんだよね……」


 菜緒が小さな声で呟くと、真緒が頷く。


 「聞いただろ? 味方にならないと、戦うことになるってさ」


 鷹雄からそんな言葉を聞くことになるとは……弓彦は奥歯を噛み締める。


 「ヨシちゃん、大丈夫?」


 青い顔をしている愛に、静波が声を掛ける。


 「……はい……大丈夫です」


 愛はそう答えたが、まだモニターを見つめている。


 「なあ、おまえ達さあ」


 優斗が、困惑した顔で問い掛けてくる。


 「本気で、鷹雄さんと戦うつもりか?」


 「……本気よ」


 まどかが答え、優斗を見る。その凛とした視線に、優斗が身じろぐ。


 「『世界の敵』は、影世界と表世界の均衡を崩す存在。表世界を攻撃することは、影世界を危険にさらすことに他ならないわ。……例え敵が鷹雄でも、『世界の敵』は倒さなくてはならないのよ」


 「……きっと、敵は増えるぞ」


 優斗はそう言い、カラオケ部のメンバーを見回す。


 「この学園には、鷹雄さんに憧れている奴が多い。あのメッセージに応える生徒は、きっと思ってるよりも多いぞ」


 いつもの軽い調子ではない優斗の言葉に、まどかはさらに視線を強める。


 「それが、天樹の狙いよ。鷹雄のカリスマ性を利用し、味方となる生徒を増やす。光輪学園の生徒達は、基礎的な能力を伸ばす授業を受けているから、即戦力になりやすい。更に、こうして能力者を影世界中から集めているから、闇雲に各地でスカウトするよりも効率的だわ」


 「……鷹雄先輩の卒業に合わせて、計画を実行した?」


 桜が訊くと、まどかは首を振った。


 「いいえ。……きっと、『神凪ぎ』があったから」


 神凪ぎ。その言葉に、静波の胸が不自然に跳ねる。


 「きっと、きっかけは広瀬先生だった。『神透し』の能力で、静波に眠っていた『神凪ぎ』に気付いたのだと思うわ。そして天樹は、特能ボランティア部の皆を集めて攻撃を仕掛けようとした。静波の防衛本能で、『神凪ぎ』が発動することを期待して、賭けにでたのよ」


 『神凪ぎ』。自分の中に眠る力の名に、静波の鼓動は止まらない。嫌な汗が流れる。


 「結果、天樹は賭けに勝った。『神凪ぎ』の発動で、天樹を縛り付けていた狐の面が壊れ、『神惑い』の力を取り戻した。そして、その力で鷹雄を取り込んだ」


 「……俺の、力のせいで?」


 静波の小さな呟きは、まどかには聞こえなかったようだ。話は続く。


 「そして、天樹は一気に行動を始めた。おそらく、戦闘力を高めて裏警察と戦うはずよ。私達は、それを阻止する。裏警察の前に戦いを挑み、『世界の敵』を無力化させなくては」


 「んー……裏警察と『世界の敵』が戦って、両方が弱るのを待つのは? そうすりゃ、特能ボランティア部にも勝機はあるんじゃね?」


 確かに、特能ボランティア部は少人数の部活だ。二つの勢力に挟まれなくても、どちらか一つ相手でも苦戦は必至だ。だが。


 「駄目よ。『世界の敵』の勢力が増えれば、私達の……影世界の仲間が傷付く。『世界の敵』も、裏警察も、戦いに駆り出されるのはあくまで能力者……影世界の人間なの」


 その言葉に、弓彦は黙る。表世界の能力者も中にはいるだろうが、確かに能力者の大半は影世界の者だ。


 「……あの、」


 愛がおずおずと手を挙げた。何度か深く息を吐き、まどかを見る。


 「流くんに、仲間になってもらえませんか?」


 「え」


 思わず静波が呟く。まどかは少し俯いたが、頷いた。


 「……気は進まないけど、そうするつもりよ。鷹雄と漣がいなくなった以上、戦力を増やさなければこちらに勝ち目はない。後……」


 まどかは荒波の方を見た。


 「貴方達の御婆様に、話を聞きたいわ。『神殺しの力』について、もっと詳しく知りたいから」


 確かに、双海家が『神殺しの力』について詳しいのなら、一番詳しいのは祖母の満江だろう。


 「それは……学園長に言ってみるよ。僕も、色々訊きたいし。静波もいいよね?」


 「あ、ああ」


 正直、静波としては聞きたいような、聞きたくないような……微妙な気持ちではあるのだが。


 「そうね。学園長なら、アポートで呼び出せる。御願いするわ」


 まどかの言葉に、荒波は頷く。弓彦はそれを見て、じゃあ、と呟いた。


 「オレっちは、とりあえず梨香に声を掛けてみる。流には?」


 「私が呼んでおくわ。残りのメンバーは、待機しておいてちょうだい。鷹雄や漣の事で、何か訊きに来る生徒達がいるかもしれないから」


 「わかりました」


 愛が答え、真緒と菜緒、剛志も頷く。


 「じゃあ、終わったら部室に集合な」


 弓彦の言葉に頷き、静波と荒波は部室を出た。




















 学園長室に行くと、彼はいつもの微笑みを浮かべた。


 「静波くん、荒波くん。何の用かな?」


 「祖母に連絡を取りたいのですが」


 荒波が言うと、学園長は机の上のダイヤル電話の受話器を取る。


 「それ、使えるの?」


 静波の問いに、学園長は笑う。


 「当然だろう? 学園内で、電話はここだけだからね」


 学園長は、手慣れた様子で電話を掛ける。


 「古そうだな……」


 静波はまじまじと電話機を見る。しばらくして、学園長は話を始めた。


 「やあ、満江さん。……ああ、柳谷だ。荒波くんが、話をしたいと言っているんだが……ああ、そうそう。アポートの了承を取りたくてね。いいかね?」


 電話を切り、学園長は目を閉じ集中する。指を鳴らすと、満江が宙から現れた。


 「荒波、どうしたんだい?」


 満江はソファーに座り、正面から荒波を見た。荒波も、しっかりと満江に視線を返す。


 「静波の『神凪ぎ』と、『神殺しの力』について聞きたいんです」


 満江は静波に目をやり、また荒波に視線を戻す。


 「……状況を聞きたいね。静波は『神凪ぎ』を使ったんだね? 一体、何があった?」


 荒波は少し考え、満江に話した。

 学園に天樹が現れたこと、それは広瀬の手引きだったこと、静波が『神凪ぎ』を使ったこと、そしてそれが原因で天樹の仮面が外れ、天樹の『神惑い』で鷹雄が『世界の敵』側についてしまったこと。


 「……なるほどね。やっぱり、静波には『神凪ぎ』が眠っていたか……双海家の双子は、呪われていると言われても仕方ないね」


 満江の言葉に、静波の顔が曇る。荒波は少し顔をしかめたが、じっと話の続きを待った。


 「……『神殺しの力』は、全部で五つだよ。ただ詳しくは、伝承している各家にしか分からない。『神凪ぎ』は双海家、『神惑い』は柳谷家、『神透し』は広瀬家、『神喰い』は天行寺家、『神癒し』は伊月(いづき)家に伝わっているね」


 「伊月家?」


 荒波が聞き返すと、満江は頷いた。


 「伊月は、強化系能力の名家だよ。多分、学園内にも学生がいるはずだ」


 「ああ、二年に伊月 穂乃香(いづきほのか)くんがいたね」


 伊月穂乃香。名前をしっかり覚えておく。


 「『神殺しの力』については……後は、その能力が発現するには、条件がある」


 満江は静波を見た。自然に、背筋が伸びる。


 「双海家の場合は、『一卵性双生児の内の一人』。だから、双海家の双子は歓迎されなかったんだよ」


 「柳谷家の場合は、『満月の夜に産まれた第一子』だね。確かに、光誠は満月の日に産まれたが……能力の発動は、必ずというわけではない。影世界全体が能力者が減りつつある現代で、まさか『神殺しの力』が継承されるとは思わなかったよ」


 学園長は深く溜め息をついた。満江は、そんな学園長の肩を叩く。


 「仕方ないよ。『神殺しの力』を五つに分けた神話時代から、五つの力が同じ時代に揃ったことは無かったはず。まさか自分の子どもにその力が宿るなんて、考えたくもないからね」


 苦々しいその口調に、静波は思い切って口を開いた。


 「『神殺しの力』ってさ……もしかして、あんまり歓迎されない感じの能力なのか?」


 満江と学園長が、静波に視線を向ける。その困ったような表情に、静波は考えが合っていたことを知る。


 「……伝承では、五つ揃えば世界に破滅が訪れると言われている」


 学園長の言葉に、満江も頷く。


 「まあ、破滅だなんていうのは常套句だろうけどね……不吉であるということは、ずっと言われ続けているんだよ。だから、私はおまえ達が双子として産まれてすぐに、引っ越すことを考えた。伝承を知る者達に、狙われてはいけないからね」


 「何で狙われるのさ?」


 荒波の問いに、満江は溜め息を吐く。


 「影世界には、保守的な考え方が多い。破滅を呼ぶ『神殺しの力』を持つ子どもは、当然抹殺対象になるんだよ」


 「ま、ま、抹殺……!?」


 静波の顔が青くなる。学園長が、優しくその頭を撫でた。


 「まあそれは、随分昔の話だよ。双海家にはもう何百年も双子は産まれなかったし、我が柳谷家にも、満月の夜に産まれた子どもはほとんどいなかった。他の家にしても、条件を満たす子どもはほとんど産まれなかったんじゃないかな? だから、五つの能力が揃うことは今まで無かったんだよ」


 「……でも」


 荒波が言いたいことは分かる。今回の事で、この時代に発現したと分かった『神殺しの力』は四つ。後一つで、伝承通りなら破滅が訪れる。


 「……しかし、ひょっとしたら、これは天啓かもしれないね」


 取りなすように、満江が言った。


 「天啓?」


 「今まで揃わなかった『神殺しの力』が、この時代に揃いつつある……それは、私達のような小さな人間ではない、もっと大きな……流れのような物の意志に思えるんだよ」


 不思議そうな顔をする荒波と静波に、学園長が微笑む。


 「運命、という言い方もあるかもしれないね」


 「そんな一言に収まる言葉は、あんまり好きじゃないね」


 満江の膨れた顔に、三人は笑う。ようやく穏やかな空気が流れた時、学園長はポンッと手を叩いた。


 「この話は、特能ボランティア部にも話した方がいいんじゃないかい?」


 「うん、まどかさんも聞きたいって言ってたし」


 荒波が満江にそう言うと、彼女は「ああ、」と呟いた。


 「高殿宮の、妹の方だね。じゃあ、案内しておくれ」


 荒波と静波は、学園長に頭を下げて学園長室を出る。


 「運命は嫌い、か……。相変わらずだな、満江さんは」


 学園長は悲しげに微笑み、彼らを見送った。




















 部室に戻ると、愛が満江に頭を下げた。


 「こんにちは」


 「ああ、学校の祭りで会った子だね。こんにちは」


 満江も笑顔で挨拶を交わす。


 「ヨシちゃん、まどかさんは?」


 「まだ戻ってませんよ。流くんに、会えたんでしょうか?」


 「あ、おばちゃん」


 奥から、弓彦が顔を出す。満江はしかめた顔を向け、「満江さんと呼びな」と言った。


 「はいはい。あ、そう言えばさ」


 聞いているのかいないのか、弓彦は適当に返事し、話題を変える。


 「協力者って、こっちから勧誘したほうがいいよな? とりあえず、友達には声掛けようと思ってんだけど」


 「それは、どうかしら?」


 聞いていたかのように返事をしながら、まどかが入ってきた。後ろには、流の姿もある。


 「お久しぶりです、満江様」


 「四年ぶりになるかね? 相変わらず、気を張っているみたいだけど……少しは息抜きをしたほうがいいよ、まどかさん」


 満江の言葉に、まどかは頭を下げる。そして、弓彦に向き直った。


 「人手は多ければいいわけではないわ。その分指揮体制が脆くなる危険もあるし、裏切り行為が出る可能性も多くなる」


 「だから、友達なら……まぁ、知り合いの知り合いは他人、だけどさ」


 まどかの言いたいことも理解したのか、弓彦は口を噤む。


 「で? まどかさんの後ろにいるのは誰だい?」


 満江の質問に、流がピョコリと前に出た。人懐こい笑顔を向ける。


 「オレ、天行寺流。よろしゅうな」


 「……天行寺?」


 名前を聞き、満江の眉がひそめられた。訝しげな視線で、流をジロジロと見る。


 「鷹雄の弟、ということかい?」


 「ちゃうちゃう。鷹雄の、遠縁?みたいなもんやって」


 流の説明を聞いても、満江の顔は納得していない。


 「天行寺を名乗れるのは、直系の本家のみだよ。鷹雄の弟じゃないんなら、どうしてその名を名乗っているんだい?」


 「? 知らへんよ、そんなん。朱鷺也のおっちゃんの家に行ったときに、おっちゃんに『これからそう名乗れ』って言われたんやもん。すっごいイヤそうやったけど」


 流の話に、満江は更に顔を歪める。首を何度も傾げていたが、まどかの方に視線を戻した。


 「とりあえず、私の知っている『神殺しの力』についての話をしようか」


 「お願い致します」


 満江は、先程の話をまどかにも話した。待機していたメンバーも、ソファーの近くで聞いている。その顔を見ながら、静波は梨香がいないことに気付いた。


 「弓彦さん、梨香さんは?」


 こっそり訊くと、弓彦は肩を竦める。


 「考えたいってさ。ま、梨香は戦いを嫌ってるし、流もいるとなりゃ、ここに来るのも避けたいだろうさ」


 そう言えば、梨香は流を嫌っているようだった。


 「ま、私が知っている話は、大まかにはこんな感じだよ」


 満江は語り終わり、ゆっくり紅茶を飲んだ。皆は、顔を見合わせる。


 「五つ目の力を、『世界』の敵に渡しちゃダメなんじゃね?」


 「伊月と仰られましたわね……学園にも、伊月穂乃香という女生徒がいたはず」


 まどかがそう言うと、愛が頷いた。


 「穂乃香さんなら、放課後は写経部にいると思いますよ」


 写経部と言えば、恭一がいる部活か。


 「恭一ん所か。放課後行ってみようぜ」


 剛志に頷き、静波は愛にも声を掛けた。


 「ヨシちゃんも行く?」


 「そうですね……。穂乃香さんの顔を知っている人がいた方が、いいですね」


 愛の返事に、静波の顔も明るくなる。


 「では、放課後に伊月穂乃香を、ここに連れてきてちょうだい」


 まどかの言葉に、三人は頷く。満江に睨まれて、荒波も頷いた。


 「おばちゃんは、まだ居てくれるのか?」


 怖い顔の満江に、弓彦が気安く声を掛ける。その顔のまま、満江は弓彦も睨んだ。


 「そうだね。伊月家の娘にも会ってみたいしね」


 「おばちゃん、顔怖い……」


 呟く弓彦を、更に睨みつける。


 「じゃあ、私はこの部屋でゆっくりさせてもらうよ」


 「こちらにどうぞ」


 まどかが、奥の部屋に案内する。


 「じゃ、俺達はとりあえず食堂に行こうぜ。腹減ったし」


 「お、いいねぇ」


 「オレも行く~!!」


 剛志の提案に弓彦と流が同意し、静波と荒波も頷く。五人は、食堂に移動した。






 「まどかさん」


 通された部屋の椅子に座り、満江はまどかに呼び掛けた。


 「はい、何でしょうか?」


 「あまり、気を張り詰めないほうがいいよ」


 満江の言葉に、まどかは表情を崩さずに答える。


 「別に、張り詰めていませんけれど」


 「さやかさんは、お元気かい?」


 突如出された姉の名に、まどかは一瞬動きを止めた。しかし、すぐにまた手を動かす。


 「さあ、どうでしょうか。三年ほど、会っていませんから……」


 答えながら、入学前に見た姉の姿を思い出す。美しく微笑む、高殿宮の跡取り娘の顔を。


 「……まどかさんは、まどかさんだよ。貴女らしさを、大切になさいな」


 満江の言葉に、まどかは息を呑む。その動揺は隠し、彼女は茶碗を満江の前に置いた。


 「私は、高殿宮の者として、恥ずかしくない行動をとるだけですわ」


 一礼し、まどかは部屋を出る。満江は茶を飲みながら、その苦さに苦笑を浮かべた。




















 まだ授業中なのか、食堂には誰もいなかった。学食も、まだ準備中のようだ。購買で紙パックのジュースを買い、五人は椅子に座った。


 「鷹雄、何しとるかな~」


 ストローを噛みながら、流が呟く。


 「そういや、流は鷹雄の遠縁なんだろ? 親は?」


 ふと、剛志がそう訊いた。流がストローを離し、遠くに視線をやる。デリケートな質問に困ったのかと、話題を変えようとした剛志だったが、流はすぐに口を開いた。


 「おかんは、事故で死んでしもうてな、おとんは知らへんわ。ただ、おとんからの手紙は、おかんに貰うたで」


 学生服の首元を探り、首に掛けていた 紐を引っ張り出す。小さな袋を開け、破れかけた紙を取り出した。


 「ほら」


 古い紙を広げれば、何やら読みにくい達筆の文章が見える。筆で書かれているのか、デジタルの字に慣れている静波には、さっぱり解読不能だ。


 「……何って書いてんの?」


 「さあ? 鷹雄に一回読んでもろうたんやけど、忘れたわ。神喰いがどうとか書いとったみたいやけど……鷹雄に、朱鷺也のおっちゃんには見せんように言われたしなあ」


 神喰いと言えば、今話題の『神殺しの力』の一つで、流が発動した能力のはずだ。重要なことが書かれていそうなのに、ここにいるメンバーは誰も読むことが出来ないとは……。


 「あ、そうだ。弓彦さんが『読んで』みたらどうだ?」


 手紙を弓彦に渡そうとすると、彼は大袈裟に顔をしかめる。


 「また何かの罠だったらどうすんだよ。オレっち、しばらくサイコメトリーしたくないんだけど」


 昏睡事件は、弓彦にとっては強いトラウマのようだ。


 「いや、罠って……」


 この手紙に罠を仕掛けてどうするんだという気もするが、確実に罠でない証拠もない。


 「あのさ」


 黙っていた荒波が、ふと呟いた。


 「恭一なら、読めるんじゃないの?」


 「……あ」


 確かに、彼は写経部なのだから、ここのメンバーよりはこういう達筆には慣れているはずだ。


 「じゃ、とりあえず恭一を探すか」


 剛志が言いながら、キョロキョロと辺りを見回す。昼休みに入ったようで、ちらほらと生徒達の姿が見え始めた。その中の数人が、静波達を見ては何やら耳打ちをしている。


 「よう、昌志」


 弓彦は、友達だろう三年生の生徒に声を掛け、席を立つ。その空いた席に近付いてきたのは、クラスメートだった。


 「いい?」


 「鎮。どうした?」


 いつも難しい顔をしている鎮の眉間には、更に深い皺が出来ている。乱暴に椅子に座ると、彼はじろりと剛志を見た。


 「よく冷静でいられるな」


 「……鷹雄先輩のことか?」


 「当たり前だろ」


 唸るようにそう言うと、鎮は机に突っ伏した。


 「何で、今まで敵対していた『世界』の敵の側についていくかな……このままじゃ、裏警察のエースになる僕は、鷹雄さんと戦う羽目になるじゃないか」


 「……気が早い」


 呆れ気味の荒波の言葉に、鎮はじろりと視線を向ける。


 「まだ一年生なんて、もう言えない状況なんだよ。裏警察も、『世界』の敵に対抗する部隊を作ることになった。その新部隊のメンバーを、学年を問わずに学生から募集しているんだよ」


 「え……ええっ!?」


 初耳の情報に、思わず静波は声を上げる。剛志も目を丸くして、鎮をマジマジと見た。


 「な、何だよ……とにかく、僕は裏警察の募集を受けようと思ってるんだけど、君たちはどうするんだい? 『世界』の敵と敵対するなら、ちゃんとした組織に入るべきだと思うんだけどね」


 鎮はそう言いながら、また溜め息を吐く。鷹雄の事が、気に掛かっているのだろう。


 「でもなあ……裏警察も、どうにも空気が合いそうにないんだよなあ。警察嫌いだし」


 剛志はそう言い、チラチラと鎮を見る。


 「ま、これでこの学園は閉鎖になるかもね」


 鎮はようやく顔を上げ、いつもの皮肉気な笑みを浮かべた。


 「『世界』の敵側と、裏警察側と。どちらかを選ばないといけない雰囲気に、なってきているんだよね。ま、本当はそんなことはないんだけど……そうやって、状況が皆を追い込みつつある」


 一カ月後、『世界』の敵が……鷹雄がここに来る。そして、学園は二つに分かれる。そこまで考え、静波はふと気になった。


 「鎮、裏警察はいつまで募集をするんだ?」


 「今日から二十日間。その後、多分奇襲作戦を立てると思うよ」


 「あ、やっぱり。そうくるよな……」


 『世界』の敵が、ここに来るという確かな情報があるのだ。裏警察が、このチャンスを見逃すはずがない。


 「ま、僕の考えだけどね。多分、そうなるんじゃない?」


 鎮は、持っていたパンを食べ始める。それを見た流が、急に立ち上がった。


 「オレ、腹減った! なあ、誰かお金貸してくれへん?」


 「は?」


 「やって、鷹雄にいっつも貰うてたんやもん。オレ、お金持ってへんし」


 無邪気な笑顔でタカってくる流に、静波は溜め息を吐きながら五百円玉を渡す。嬉しそうに駆けていく流を見ながら、静波はふと視線に気付いた。


 (……流を、見ている?)


 流がすれ違った生徒が、振り返って彼を見ている。明らかに、嫌悪の視線を送る生徒もいる。その中で、一人の女生徒が流の前に立ちふさがった。


 「あなた、何でこんな所にいるのよ!」


 「? 姉ちゃん、誰?」


 立ち止まった流が、不思議そうに訊く。女生徒は、キッと流を睨み付けた。


 「あなたの所為で、由梨は死んだのよっ!! もう忘れたっていうのっ!?」


 その言葉を聞き、流が動きを止めた。何か言おうとし、しかし唇を噛む。俯いた彼に、女生徒は更に詰め寄った。


 「その顔を見るだけで、何人の生徒があの苦しみを思い出すと思ってるの!? 人前には出ない約束、忘れたとは言わせないわよっ!!」


 「落ち着いて下さるかしら?」


 女生徒の肩に、後ろから手が置かれる。彼女は勢い良く振り返り、一瞬息を飲んだ。


 「ま、まどかさん……」


 「落ち着いて下さったかしら? 鬼北 (きほくあゆみ)さん」


 歩と呼ばれた女生徒は、まどかの威圧感に押されて一歩引く。しかし、それでも強い語気で迫った。


 「約束を破ったのは、あいつよ!? 鷹雄さんが卒業したからって、いきなりウロウロし始めて……」


 「流を呼んだのは、私達特能ボランティア部よ。文句なら、私が聞きますわ」


 まどかの迫力に、歩は言葉を詰まらせる。そこに口を挟んだのは、流だった。


 「オレ、部室に戻るわ。また用があったら、呼んでな」


 呼び止める間もなく、流は食堂から出て行く。歩はそれを無言で睨み、そのまま購買に向かって歩き始めた。


 「あ、おい……」


 憤慨した剛志が歩を呼び止めようとしたが、まどかがそれを止める。


 「お止めなさい」


 「あ、でも……」


 「彼女の気持ちも、正しいわ。傷は深いほど、癒えにくいものよ」


 まどかは、隣の席に腰を下ろす。後ろにいた愛も、その隣に座った。


 「あ、何か買ってきましょうか?」


 「ありがとう。日替わり定食をお願いするわ」


 「ラブちゃんは?」


 「あ……すみません。じゃあ、同じものをお願いします……」


 剛志は二人の注文を聞き、席を立つ。何事もなかったように、まどかは本を取りだして読み始めた。


 (……何か、気まずい)


 食堂の賑やかさに囲まれたこのテーブルには、やたら静かな空気が流れている。愛も何か言おうとしたり、チラチラと皆の顔を見たりしているが、この静寂を打ち破るまではいかない。


 「……あ」


 ふと、荒波が声を上げた。背の高い男が、側を通っていく。


 「あ、恭一!」


 呼び掛ければ、恭一はイヤホンをしたまま振り返った。


 「どうした? 我に何か用事か?」


 「ちょっと、いいか?」


 手招きすると、恭一はやってきた。剛志が座っていた椅子に座り、まどかと愛をチラリと見る。


 「何の用だ」


 素っ気ない口振りの恭一に、荒波が手紙を渡した。


 「これ、読める?」


 「あ、お前……返してなかったのか」


 それは、流の持っていた手紙だ。荒波は悪びれることなく肩をすくめる。


 「だって、あいつさっさと出て行っちゃったじゃないか」


 まあ、そうなのだが……


 「……昔の影世界文字だな」


 恭一が、手紙を見てポツリと呟いた。


 「? 影世界文字?」


 「ああ。今ではほとんど見かけない。恐らく、五名家には伝わっているだろうが……」


 そう言いながら、含んだ笑いを浮かべる。


 「お前達も、双海家の人間じゃないか。読めないのか?」


 「あー……」


 五名家、というのは双海家も入っているようだ。ということは……


 (五名家って、多分『神殺しの力』が伝わってる家のことなんだろうなあ……)


 そんな事を思いながらも、静波は首を振る。期待はしていなかったようで、恭一は手紙を読み始めた。しばらく目で追い、時に瞬きしている。


 「……要約して伝えよう」


 短い手紙を、恭一はそう言いながら荒波に手渡す。まどかも、いつの間にか本を閉じて恭一を見ている。


 「この手紙は、神前 (かんざきながれ)という者に宛てた手紙だ。差出人は、天行寺 鷲司(てんぎょうじしゅうじ)。内容は、流が鷲司の息子であること、いずれは天行寺の名を継ぐこと、その為に命を狙われる可能性があること、そして、その身に宿る『神喰い』の力のことが書かれていた」


 恭一の話に、まどかが立ち上がった。驚きの表情を露わにしている。


 「鷲司って……鷹雄のお祖父様よ!? じゃあ、流は……朱鷺也さんの弟?」


 「さあな。しかし、『神喰い』とは……随分妄想が激しいが」


 恭一は、『神喰い』を御伽噺だと思っているようだ。


 「まあ、後は……困ったことがあれば、双海 (ふたみなぎさ)という人物を頼れと書かれていたぞ。覚えがある名前か?」


 「渚?」


 双海、というからには、双海家の者であるはずだが、全く聞き覚えがない。


 「知らない。それより、流は鷹雄さんの叔父さんってことだよね? そのこと、流は知ってるのかな?」


 荒波は首を傾げる。鷹雄は、流を遠縁の子どもだと言っていたが、手紙を読んでいるはずだ。


 「……今は、それは重要な事ではなくてよ」


 まどかはそう言い、恭一を見上げる。


 「貴方、写経部なのでしょう? 伊月穂乃香を知っていますわね?」


 「穂乃香は、確かに知っているが」


 「放課後、特能ボランティア部の部室に連れてきて下さるかしら?」


 まどかの迫力に動じた様子は無かったが、恭一は頷いた。そして、席を立つ。


 「じゃあ、放課後にな」


 静波が声を掛けると、恭一は手を振って返す。空いた席に、剛志が座った。


 「いや~、混んでた」


 女子二人の前には、日替わり定食が置かれている。まどかは、恭一を見送ってから席に座った。定食を食べ始める。


 「で? どうだった? 恭一に読んでもらったんだろ?」


 「んー……とにかく、話は放課後ってとこ」


 荒波の返事に、剛志はそうか、と返す。


 「写経部には、行かなくていいみたいですね。また、放課後に部室で」


 愛の言葉に、静波は笑顔で頷く。そして、立ち上がった。


 「どうしたの?」


 「ん、部室行ってくる。流、腹減ったって言ってたしな」


 静波の返事に、荒波も立ち上がる。


 「ついでに手紙、返しとこうか」


 「そうしな」


 購買でパンをいくつか買い、静波と荒波は部室に向かった。






 「ありがとうなー!」


 特能ボランティア部の部室にいた流は、静波の持ってきたパンに目を輝かせた。五百円玉を返し、パンを受け取る。


 「お前、前は神前って名前だったのか?」


 訊いてみると、流はパンを頬張りながら頷く。


 「ん。表世界じゃ、おかんの名前やったからな」


 パンを飲み込み、流は静波に笑顔を向ける。


 「おや、静波。私には食事を持ってきてくれたのかね?」


 奥から、満江が現れた。静波はあっと思ったが、パンは全て流に渡している。


 「ふふ、構わないよ。柳谷に、昼食の誘いを受けているからね」


 「ばぁちゃん……人が悪いよ」


 大袈裟に息を吐く静波に、満江は意地悪に笑う。


 「ふふふ……良かった」


 ポツリと漏らした祖母の言葉に、静波は首を傾げた。


 「良かった?」


 「ああ。お前が、この学園に馴染んでいるようでね……」


 いつも厳しい顔の満江の穏やかな笑顔に、静波も荒波も目を瞬かせる。


 「……ごめんね、静波。お前に、こんな力を継がせてしまって……」


 その目尻に光るものが見え、静波は慌てて祖母の前に座った。


 「何言ってんだよ、ばぁちゃん。ばぁちゃんが謝ることじゃないし、いつもばぁちゃんは俺の味方しててくれたじゃないか。何で、ごめんなんて……」


 「御祖母様、大丈夫ですか? 泣かないで下さい」


 荒波の差し出したハンカチを、満江は受け取る。そして、溜め息を吐いた。


 「……私は、取り返しのつかない過ちを犯したんだよ。静波にも、荒波にも……あの子達にも」


 「あの子達?」


 静波は聞き返したが、満江は聞いていないように呟く。


 「……そして、渚にも」


 「あ」


 渚と言えば、先程流宛ての手紙にあった名前。


 「御祖母様、渚って……」


 荒波の質問に、満江は伏せていた顔を上げる。何か言おうとしたところで、突然その姿が消えた。


 「……アポート」


 そう言えば、学園長に昼食に誘われたと言っていた。


 「……渚って、誰?」


 静波の問いに答える者はなく、疑問が疑問を呼びながら、静波と荒波は仕方なく午後の自習に向かった。
















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