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悲劇の柱











 自習もさっさと切り上げ、静波と荒波は部室に向かった。


 「早いなあ」


 先に来ていた漣が、笑いながら言う。


 「漣こそ、早いじゃないか」


 「ん、俺、昼からここで寝てたからなあ」


 欠伸をしながら答える漣をよそに、静波はキョロキョロと部室内を見回した。


 「他には来てない?」


 「今のとこ、俺だけ」


 ナナコもヒョウキもいない。ヒョウキは授業中はまどかといるらしいと聞いているが、ナナコはいつも部室にいるはずだが。


 「ナナコがいないと静かだなあ」


 漣も同じことを思っていたようで、そう呟く。


 「おう、何やってんだ?」


 扉が開き、剛志が入ってきた。静波と同じように、キョロキョロと部室内を見回す。


 「ちびっ子たちがいないな。鷹雄先輩は?」


 「今日は授業も休んでる。弓彦も」


 「何だ、部長も副部長も休みか」


 剛志はそう言うと、どっかりとソファーに座った。


 「女子棟も、まだ授業が終わってないみたいだねぇ。ま、まどかが来れば部活にはなるんじゃない?」


 呑気な漣の言葉に、剛志も頷く。いつもはこのタイミングで愛か弓彦がお茶を出してくるのだが、今日は誰も動かずに、ただソファーでぼんやりしている。


 「静波、お茶」


 荒波が言い、漣と剛志が期待の目を向ける。


 「……いや、淹れたことないし」


 困ってそう言えば、荒波が溜め息を吐く。自分で淹れろよ! と言いたいのをグッと我慢し、静波は誰かが部室に来てくれるのを待つ。


 「遅くなりました」


 少しすると、愛がやってきた。一緒に、真緒と菜緒も入ってくる。


 「あ、まどかさんはまだなんですね」


 「案外、鷹雄とデート中だったりして」


 漣がけらけらと笑い、剛志が複雑な顔をする。


 「そりゃ、鷹雄先輩とまどかさんは婚約者だけどよ……夢くらい見させてくれよなあ」


 「えっ、そうなんだ?」


 初耳の情報に、静波は身を乗り出す。美男美女でお似合いの二人に見えるが、どことなく違和感を感じてしまう。


 「ま、天行寺家と高殿宮家は、妖遣い二大名家だからねぇ。聞いた話じゃ、昔は随分険悪だったらしいよ」


 「あ、それ聞いたことある」


 真緒も話に乗ってきた。


 「鷹雄さんとまどかさんの婚約は、薄れつつある妖遣いの血筋の強化ってのもあるけど、天行寺家と高殿宮家の和解のシンボルだって言われてるみたいだよ。ただ、まどかさんは婚約を受け入れきれてないから、まだ鷹雄さんを狙うチャンスはあるとか、女子がコソコソ言ってた」


 「一番詳しいのは、影世界で暮らしてた人達なんだけどね。私達は、表世界から来たから、あんまり詳しくないの」


 菜緒の言葉に、確かに特能ボランティア部には、表世界から来た者が多いことに気付く。


 「ま、チャンスもなにも、鷹雄さんと結婚するのは妖遣いの一族の誰かなんだろうけどね。ま、女子はこういう無駄話が好きな生き物なんだよ」


 「もう、真緒ちゃん!」


 膨れる菜緒を無視し、真緒は退屈そうに欠伸をする。


 「……にしても、まどか遅いね」


 漣がそう言うのと同時に、愛が紅茶を運んでくる。少し肌寒くなり、暖かい紅茶が更に美味しく感じた。


 「ありがとう、ヨシちゃん」


 「弓彦さんの紅茶程じゃ、ありませんけど」


 愛はそう言うが、静波にとってはこっちの方がとても美味しい。もう一口飲んだ時、乱暴に扉が開かれた。


 「鷹雄はいるかしら!?」


 まどかが、息を切らせて立っている。珍しいその姿に皆が驚いていると、彼女は手紙をテーブルに叩き付けた。


 「え? 何?」


 漣が取り上げる。後ろから静波達も覗き込んだ。


 『悲劇の柱で待っている。天行寺流も連れてくるように』


 「これ、まどかに送られてきたの?」


 「咲子っていったかしら? その子が持ってきたのよ。鷹雄にも、届いたのじゃないかと思って……」


 少し落ち着いたのか、まどかはそう言うと紅茶を飲んだ。漣はまだ手紙を凝視している。


 「漣、どうかしたか?」


 「どっかで見た字なんだよなあ」


 漣はそう言い、考え込んでいる。静波も見てみたが、よく分からない。


 「……悲劇の柱って?」


 荒波が訊くと、漣は手紙を睨みながら答える。


 「あの、旧校舎の柱が残ってる広場だよ」


 あの、二年前の話を聞いた場所か。


 「……こんな時に、鷹雄先輩も弓彦先輩もいない。広瀬先生も来ていないようですし、どうしましょうか……」


 困ったような愛の声に、皆の視線がついまどかに向けられる。


 「そう言えばさ」


 真緒が、まどかに呟く。


 「咲子って、あの式神嫌いの陰陽師でしょ? あの子に、誰から頼まれたのか訊かなかったの?」


 「……教室の机に入っていたと、言っていたわ。確認は、弓彦が目覚めてからになるけれど」


 このまどかの言葉に、皆がキョトンと彼女を見る。


 「……弓彦、何があったんだ?」


 漣が恐る恐る訊く。しかし、まどかは立ち上がった。


 「鷹雄は、悲劇の柱にいるかもしれないわ。行きましょう」


 「おいおい、待てよまどか。何か、焦り過ぎじゃね?」


 慌てて漣が制止する。何が何だか、さっぱり分からない。不安げな表情は皆同じで、まどかは一息ゆっくり吐いた。


 「……分かったわ。説明するけれど、先に誰かに悲劇の柱に向かってもらいましょう」


 まどかはそう言い、荒波に目を留める。


 「双海荒波、静波。先に悲劇の柱に向かってちょうだい」


 「え、でも」


 何があったのか、状況が分からないのは荒波と静波も同じ。正直、聞いておきたいのだが。


 「鷹雄が先走らないように、見張っていてほしいの。万が一の場合は、言の葉で動けないようにしておいてちょうだい」


 まどかの言葉に、何か緊急事態だということは分かった。


 「荒波、とりあえず行ってみよう」


 「……後で、ちゃんと説明してよね」


 荒波は不満げにそう言いながら、部室から出る。静波もその後を追った。




















 悲劇の柱がある広場に向かう。森の獣道を、漣に連れられて歩いた通りに進んだはずなのだが。


 「あれ?」


 着いた開けた場所は、あの部活棟別棟だった。あの古ぼけた建物の、丁度裏手に出てきてしまったようだ。


 「静波……もしかして、方向音痴?」


 「お前だって、止めなかったくせに」


 戻ろうと、来た道を振り返る。しかし、獣道はすでに藪に覆い隠されていた。


 「……中庭に戻ろう」


 荒波にそう言い、別棟の前に向かう。すると、


 「あ、静波」


 聞き覚えのある、明るい声。そちらを見ると、笑顔の流がいた。


 「何しとるん? 今日は、何やら騒がしいみたいやけど」


 「あれ? 鷹雄さんと一緒じゃなかったんだ?」


 荒波が訊くと、流はキョトンと目を丸くした。


 「何で? 鷹雄は部活中やないんか?」


 どうやら、鷹雄は流と接触していないようだ。まどか宛ての手紙には、流を一緒に連れてくるようにと書かれていたが。


 「どうする? 一緒に行く?」


 「……でも、後からまどかさんが呼びに来るかもしれないしなあ……。」


 二人でコソコソ話していると、流はワン太郎を呼ぶ。


 「なあ、オレのお願い、聞いてくれへんか?」


 「え? でも、俺達もちょっと……」


 突然の流の申し出を断ろうとする静波だったが、彼は聞いていないように話を続けた。


 「なんか、悲劇の柱の辺りが妙なんや。オレ、あの辺りには行きとうないし、静波と荒波でちょっと様子を見てきてくれへんか? ワン太郎に道案内させるし」


 悲劇の柱なら、今から向かう場所だ。ワン太郎を道案内につけてくれるのも有り難い。


 「いいんじゃない? 行ってきてあげるよ」


 荒波の返事に、流は頷いた。


 「ワン太郎、頼むで」


 ワン太郎は、一声鳴いて静波達を見る。その後をついて、二人は悲劇の柱に向かった。




















 「うわ……」


 漣と来たときから、そう時間は経っていないはずだが、その広場はすっかり模様替えしていた。


 「……これ、彼岸花だよね?」


 辺り一面には、紅い彼岸花。風に吹かれた花が、ゆっくり揺れている。その隅で、何かが動いた。


 「……誰?」


 女の声だ。声の主は、ゆっくりと二人の前に現れる。


 「……何の用?」


 そう言ったのは、地味な女だった。長い髪を、赤い紐でくくっている。その紐に付いた鈴が、小さく音を立てていた。大きな眼鏡の奥の瞳には、あまり感情を感じない。


 「……あなたは?」


 静波が訊くと、彼女は柱に手を置いて答えた。


 「春野梨香」


 「え」


 思わず、まじまじと顔を見る。癒し系の能力者というフレーズと剛志の『特能ボランティア部は美人揃い』との言葉で、勝手に大人びた美女を想像していた。目の前の彼女は地味で、周りの彼岸花の方が存在感がある。同じ地味なイメージの愛は、それでも野菊のように花を連想させる愛らしさがあるが、梨香はその暗い表情もあいまって、影のような女性だった。


 「……あなた達は、新入生でしょう? 確か、言の葉遣いの双海家の双子」


 梨香はそう言い、暗い目を二人に向ける。


 「ねぇ、『ナギ』はどっち?」


 「……は?」


 突然の質問に、静波は首を傾げた。荒波も、不思議そうに彼女を見る。


 「……まあ、いいわ」


 梨香は勝手に話を打ち切り、柱の周りをくるくると回る。髪に付けている鈴が、小さくチリリンと鳴った。


 「……何してるんですか?」


 「鎮魂の音色を奏でているのよ」


 梨香は答え、手を合わせる。


 「……三年になるわね。過ちが起きてから」


 それはおそらく、皆が二年前に起きたと言っていた、あの事件のことだろう。


 「で? この時期の悲劇の柱には、誰も来たがらないはず。犬の散歩中に、迷い込んだのかしら?」


 ワン太郎は、荒波の側で行儀よく座っている。


 「いや、まどかさんに言われてここに来たんです。鷹雄さんを、止めてくれって」


 静波が説明すると、梨香は不思議そうに首を傾げた。


 「鷹雄を、止める? まどかがそう言ったの?」


 「あ、はい……。ここに来るかもしれないって。まどかさんに手紙が来て、そう言われて……それ以上のことは、何も分からないけど」


 正直、色んな事情を聞きたいのは二人も同じ。とにかく、梨香に訊いておかなくてはいけないことは、


 「鷹雄さん、ここに来ましたか?」


 「いいえ。私が来てからは、見ていないわ」


 梨香は即答し、何か考え込んでいる。


 「……手紙には、何と書かれていたの?」


 梨香の質問に、荒波が答えた。


 「確か、悲劇の柱に天行寺流を連れて来るようにって」


 「……まさか」


 彼女は呟き、暗い笑みを浮かべた。


 「あの化け物が、この時期にここに来るはずがない。ここは、あの虐殺が起きた場所なのよ?」


 「……まどかさんが呼んでも?」


 荒波の質問に、梨香は肩を竦める。


 「さあね。でも、あいつがこの学園に現れてから、恐ろしいことが次々と起きていくわ。……まるで、あいつが呼んでいるみたいにね」


 梨香は、流に良い感情はないようだ。憎々しげにそう呟いた彼女は、静波と荒波を見つめた。


 「双海家の『禁忌の双子』、天行寺家の『古の血』……次は何がここに集まるのかしら? そして、何が始まるのかしらね……?」


 含み笑いを浮かべ、彼女は背を向けて去っていく。呼び止めることも出来ず、二人は梨香を見送った。その後、顔を見合わせる。


 「……鷹雄さん、来てないってさ」


 「……いや、聞いたし。っていうか、何かもっと嫌な言葉も聞こえたし」


 「……天行寺家の古の血って、多分流のことだよね? 話の感じじゃ」


 「……もっと、身近的に嫌な言葉、お前も聞いたよな? な?」


 静波が問い詰めれば、荒波も嫌々ながらも頷く。


 『双海家の禁忌の双子』


 「きんきって……大阪とか」


 「どう考えても、禁じられてる感じの禁忌でしょ」


 荒波はそう言い、大きめの石の上に座った。静波は辺りをウロウロして『禁忌の双子』について考えてみたが、全く心当たりはない。


 「……あ」


 荒波が呟いた。ワン太郎が、背を低くする。獣道を掻き分けて進む音が近付いてきて、広場に鷹雄が現れた。


 「あれ? まさか、静波と荒波がこの手紙を?」


 手には、手紙を持っている。見覚えがないものに首を振ると、鷹雄は辺りを見回した。


 「この時期なら、梨香がいるかと思ったんだけど」


 「あ、さっき初めて会ったよ。あと、まどかさんにも手紙が来たんだ」


 荒波が言うと、鷹雄の眉がひそめられる。


 「ここに来いって?」


 「うん。流も一緒にって」


 鷹雄は自分の手紙に目を通している。様子をジッと見ていると、彼は手紙を見せてくれた。


 「……特能ボランティア部全員で、ここに来いって書いてるけど」


 「学園内では有り得ないと思うけど、罠の可能性もあるからね……。まず俺が確認しておこうと思ってさ」


 弓彦のこともあるし、と呟く。


 「そう言えば、弓彦さんに何かあったんですか? まどかさんも、そんな感じで言ってたんだけど」


 静波が訊くと、鷹雄は表情を暗くした。


 「……敵の罠でね。今、魂が分離して昏睡状態だ。俺のミスだよ」


 苦しげにそう言うと、鷹雄は柱に手を置いた。側のワン太郎に気付き、首を傾げる。


 「流も、いるのか?」


 「あ、いや、ワン太郎だけ。ここから妙な気がするから、見てきてほしいって頼まれたんだ」


 静波の答えに、鷹雄はほっと表情を緩めた。


 「ここに流を呼びたくないからね。特に、この時期には」


 鷹雄はそう言うと、草むらに腰を下ろした。三人で、ただ彼岸花を眺める。


 「曼珠沙華、ともいうんだよね。この花」


 「そうだね。天上の花だと言われていたらしいよ。……ここもある意味、この世とあの世の境かもしれないけどね」


 悲しげな鷹雄の言葉に、静波も荒波も黙り込む。その時、ワン太郎がいきなり吠え始めた。


 「どうした?」


 鷹雄の声に、ワン太郎は唸る。獣道から、また人影が現れた。


 「やあ、鷹雄」


 「広瀬先生」


 軽い笑顔を浮かべ、広瀬がやってきた。静波と荒波を見て、更に辺りを見回す。


 「君達だけかい?」


 「……この手紙」


 鷹雄が差し出した手紙は受け取らず、広瀬は首を傾げる。


 「ちょっと早かったかな……? でも、あんまりモタモタしててもなあ……」


 「? 何の話ですか?」


 静波が訊くと、広瀬はいつもの笑顔を向ける。鷹雄の前に立ち、話し始めた。


 「突然なんだけどさ、鷹雄、君はいつ卒業するつもりかな?」


 「……え?」


 「君は、もう卒業資格を持っている。でも、もう随分前から悩んでいるんだよねぇ……進路について」


 黙り込む鷹雄の肩を、ぽんぽんと叩く。


 「天行寺家の跡取りとしての立場、学園の生徒会長としての立場、特能ボランティア部の部長としての立場……その全てが、君を縛り付けている。だから、僕から最後のアドバイスをしようと思ってねぇ」


 広瀬の言葉に、鷹雄は弾かれたように顔を上げた。


 「この手紙は、まさか、広瀬先生が……!?」


 「ん、まあね」


 優しく微笑み、広瀬は更に言葉を続けた。


 「特能ボランティア部が出来てから、五年だったかな……。君をずっと見守ってきた。君はいつだって仲間のことを思い遣り、人のことばかり優先させてきた……だから、卒業だって先延ばしにしてきたんだろう?」


 黙ったままの鷹雄は、ただ広瀬を見ている。


 「……裏警察に入るか、『世界』の敵の仲間になるか、影世界でただ傍観を続けるか……君の選択は、この三つ。さあ、どうしようか?」


 広瀬は、いつもと同じ笑顔だ。それが、何か違和感を感じる。


 「責任感の強い君は、弓彦を助ける為に裏警察に頼る道も考えている。だけど、それは僕は反対だ」


 「……どうして」


 ようやく、鷹雄が言葉を発した。絞り出すような声に、広瀬が答える。


 「そりゃ、裏警察はそれを貸しにして、君を勧誘するだろうからさ。でも、そんな事をしても何の解決にもならない」


 「……どうして」


 鷹雄は再び呟く。


 「答えは自分で見付けるべきだ、と教師らしく言うべきだろうけどね。でも、僕はまだ伝えるべき事実があるからね。それを伝えなくちゃ、フェアじゃない」


 「……もったいぶるな」


 鷹雄の声には、徐々に怒気が込められてきている。逆撫でするように、広瀬は軽い笑みを崩さない。


 「じゃ、言うよ。……弓彦に呪いを掛けたのは、紅葉ではない」


 呪い?


 静波と荒波は顔を見合わせる。鷹雄は、更に広瀬を睨み付ける。


 「……どういうことかしら?」


 突然話に割って入ってきたのは、まどかだった。その後ろから、真緒と菜緒、漣、剛志の姿もある。そして、もう一人。


 「流……」


 「鷹雄、どうしたん? 顔色、悪いで?」


 心配そうな流に駆け寄り、鷹雄は頭を撫でた。


 「俺は、大丈夫だから。ワン太郎と一緒に、部室に戻って……」


 「ダメだよ、鷹雄」


 広瀬が、鷹雄の言葉を遮った。


 「流には、ここにいてもらわないと。その為に、わざわざまどかに連れてきてもらったんだからね」


 「何を……」


 混乱した鷹雄は、今度は広瀬に詰め寄る。その肩を掴み、広瀬は宥めるように叩いた。


 「さて、天行寺流くん。君にやってもらいたいことがある」

 「……なんや、急に?」


 眉をひそめる流に、広瀬は微笑んだ。空に視線を走らせ、一点を指差す。


 「あそこに、君の『力』をぶつけてほしいんだ」


 「……は?」


 意味が分からず、流は指差された方を見る。そこはもうオレンジに染まった空で、徐々に夕闇に包まれつつあった。


 「なんで、そんなこと……」


 「君に拒否権はないよ」


 広瀬の手が、鷹雄の首に掛かる。驚いた鷹雄が身を捻ろうとしたが、何故か身体が動かない。


 「先生、何を……!?」


 まどかも、いや他の誰もが目を疑っている。何故、顧問の広瀬が鷹雄の首を絞めようとしているのか?


 「流くん、早くしてほしいな。僕だって、鷹雄を殺したくはない」


 いつも通りの口調が、笑顔が、夕焼けに染まり狂気を感じる。広瀬は本気だ。眼鏡の奥の瞳が、それをハッキリ伝えている。


 「……もう、なんやねん、意味分からんわ!!」


 流は、腕を振り上げる。そのまま、念動力を空に飛ばす。広瀬はそれを見ていたが、更に指に力を入れた。


 「は……がはっ……」


 「鷹雄! 先生、止めて下さい!!」


 鷹雄のもがく声に、まどかが叫ぶ。しかし、広瀬は首を振る。


 「本気を出さなきゃ、鷹雄は死ぬよ。またここで、人を殺したいのかい?」


 その言葉に、流の目が見開く。歯を食いしばり、広瀬を睨み付ける。その身体に恐ろしい威圧感を感じ、静波は思わず流を見つめた。


 「鷹雄から、手ぇ離せやあああああっ!!」


 流の念動力が、広瀬に向けられて放たれる! 広瀬は涼しい顔をしてそれを見ていたが、彼に届く前にエネルギーは上へと弾かれた。そのまま、広瀬が指差した空へ飛んでいく。エネルギーが見えるわけではなかったが、そのまま消えるはずのそれは、何故か空にぶつかった。


 「……ようやく」


 空が、ひび割れている。広瀬は鷹雄から手を離し、背を叩いた。苦しげに息を吐く鷹雄は、何とか呼吸を整える。


 「……何が、起きているの?」


 まどかが呟く。みんな、驚きが隠せない。漣は鷹雄に駆け寄り、広瀬を睨み付けた。


 「桜井の結界は、本当に厄介だったよ」


 広瀬はそう言い、ひび割れた空の向こうを見ている。そこから、人影が二つ。


 「……ありがとう、聡」


 「姉さん」


 広瀬が、嬉しそうな声を上げる。人影の一つは、つい最近見た女性。


 「……紅葉……」


 妖艶な笑みを浮かべた紅葉は、広瀬の頭を優しく撫でる。


 「……どういうこと? 紅葉は、広瀬先生のお姉さん?」


 真緒の問いに、広瀬はただ笑うだけだ。そして、その背後にはもう一人。


 「……三年振りになるな、天行寺の妖遣い」


 「天樹……」


 黒い狐の面を被った、長身の男。ひび割れた空から地に降り、広瀬と紅葉の前に立つ。


 「さあ、天行寺鷹雄。我の手を取れ。我々の力で、影世界の自由を勝ち取るのだ」


 差し伸べられた手を見つめ、鷹雄は首を傾げる。


 「俺は、学園の皆を護る。その為の特能ボランティア部だ」


 「いつまでも、小さな世界にこだわる必要はないだろう?」


 広瀬が言う。


 「そろそろ卒業の時期だよ。君は、特能ボランティア部を通して見てきたはずだ。裏警察も、『世界』の敵も」


 「先生は、裏切るつもりですの?」


 まどかが問えば、広瀬は初めて表情を硬くした。


 「……迷っていたよ。ずっと、君たちの先生でいようかとも思っていたさ。……でも」


 握った手に、力がこもっている。苦しげに歯を食いしばり、広瀬は言った。


 「……奴らは、弓彦に危害を加えた。赦すわけにはいかない」


 「どういう、意味ですか」


 鷹雄の問い掛けに、天樹が空を見上げた。ひび割れた空から、人影が降ってくる。


 「ほら、罠を仕掛けた犯人だぜ」


 青葉がその後を追って降りてくる。地に落とされたのは、拘束された女だった。裏警察の制服を着ている。見たことがない顔だったが、鷹雄には見覚えがあるようで、顔を強ばらせた。


 「……どうして、沙耶(さや)さんが……」


 「封印の能力者、だろ? この女を殺せば、お前の仲間は目覚めるぜ」


 青葉はそう言い、沙耶と呼ばれた女の首に懐刀を当てる。


 「やめ……!!」


 まどかが止めようとしたが、遅かった。血液が飛び散り、青葉も返り血で赤く染まる。


 「この女は、学園の卒業者で、裏警察に就職した。その後、裏警察の狗となり、我々に……そして影世界に敵対してきた」


 天樹のくぐもった声が響く。沙耶はしばらく痙攣していたが、やがて動かなくなった。突然のことに、静波は気分が悪くなる。しかし、目が離せない。悪い冗談にしか思えないが、生臭い血の臭いが、これが現実だといやでも知らせてくる。


 「さあ、使鬼に確認させるといい。お前の仲間が目覚めたかどうか」


 まどかが小さく合図をすると、ヒョウキが頷いて駆けていく。鷹雄は沙耶をしばらく見つめていたが、怒気を孕んだ眼で天樹を睨み付けた。


 「よくも……!!」


 「かつての仲間を殺された怒りか? だが、我々もこれ以上の邪魔者を増やされるわけにはいかない。……いや、被害者と言うべきか」


 天樹はそう言い、溜め息を吐く。そして、もう一度手を差し伸べた。


 「さあ、我々と共に、新しい世界を創ろう」


 「……断ったら?」


 鷹雄は怒りを隠してもいない。天樹は、狐面の奥で笑った。


 「仕方ない。その選択を尊重し、ここで皆殺しにする」


 紅葉の周りに風が集まり、青葉の背後に大きな影が現れる。鷹雄が指を鳴らすと、ナナコが大きな白狐に姿を変えた。


 「……交渉決裂か」


 天樹のその言葉が、開戦の合図だった。紅葉の風が刃となり、特能ボランティア部に襲いかかる!


 「きゃああああああっ!」


 「菜緒、こっちだ!」


 真緒が、菜緒の手を取り柱の影に隠れる。その柱を砕こうとする風の刃を、剛志が拳で殴りつける。しかし、その拳から血が吹き出した!


 「ちっ、やっぱり風は殴りにくいな!!」


 「くそっ、バリアーだっ!」


 漣が炎のバリアーを張るが、やはり風との相性は悪すぎる。炎は刃に切り刻まれ、辺りの彼岸花に燃え移る。


 「アホかっ! 火事になるで!」


 慌てて流が小さい火を踏み消すが、風の勢いで鎮火しそうにはない。炎に包まれた広場で、徐々に特能ボランティア部は追い詰められていく。


 「静波、逃げて……!」


 荒波の言葉に、静波は首を振る。大体、炎が周りを囲んでいて、どこに逃げればいいのかだって分からない。それに、弟を見捨てて逃げられない。愛だって、ここで戦っているのだ。


 「ほらほら、逃げ場なんかないぜ!」


 青葉の操るジャオウが、鎌首をもたげる。見ないようにしながら、静波は何とかこの戦況が好転しないかと考えた。しかし。


 「『双海 静波、この場から離れろ』!」


 荒波の、凛とした声が響いた。暴風の中、真緒と菜緒が歌っているが、その声は遠いためか聞こえない。しかし、荒波の声はしっかりと静波の耳に届いた。


 (何で……こんな時に……っ!!)


 この場から、逃げたくない。その想いが頭を過ぎった時、静波の中の『何か』が、音を立てて溢れ出した。











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