表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/32

表世界へ











 「楽しそう」


 見送りの為に学園長室前に来た漣の感想は、シンプルなものだった。


 「いやいや、これは紅葉に気付かれないようにする、いわばカモフラージュだからね」


 そう言う鷹雄は、涼しげな深青の浴衣姿になっていた。その隣には、シンプルだが品のある浴衣を着たまどかが立っている。


 「うわ、なんかイヤミ」


 美男美女のカップルにしか見えず、思わず静波は呟く。


 「ま、ナンパ除けにはなるんじゃないか?」


 そう言って豪快に笑ったのは、剛志だった。まどか絡みなのに、と思ったが、相手が鷹雄なら何も言うことはないらしい。彼は特に和装はせず、タンクトップにジーパンと、ラフな格好をしていた。


 「能力を使う時は、動きやすいのが一番なんだよな」


 確かに、肉弾戦の剛志が動けないのは困る。


 「怪力マン、向こうでガラが悪い奴らに絡まれないでね」


 真緒がそう言って笑う。真緒と菜緒は、お揃いの柄の甚平と浴衣を着ていた。しかし、どちらも可愛い少女にしか見えない。


 「そっちも、ナンパ除けが要りそうだな……」


 「何か言った?」


 真緒に睨まれ、静波は慌てて首を振る。


 「で、ヨシちゃんは?」


 辺りを見回したが、愛の姿が見えない。祭りに紛れるのだから、いつもの制服ではないだろう。姿を見たくてキョロキョロしていると、鷹雄が言った。


 「ヨシちゃんは、もう現場に行ってるよ。彼女の場合、ちょっと時間が必要だからね」


 「……?」


 言っている意味は分からなかったが、皆は納得しているようだ。恐らく、現場に行けば分かるだろう。


 「いきなりこの人数をアポートすると、万が一祭りの現場で見られた時に困る。二人から三人くらいずつ飛ぶよ」


 鷹雄の言葉に、静波は顔を引き締める。苦手なアポートの時間だ。


 「……じゃ、静波は覚悟したようだし、まずは荒波と静波に行ってもらおうか。着いたら、祭会場を散策してくれ。なるべく、自然にね」


 「何かあったら、どうしたらいい?」


 「ああ、もし何かあったら……この笛を吹いて」


 渡されたのは、風渡りの笛だ。この頼りない音色で皆を呼べるのか、やや不安だが。


 「使鬼は、この音を聞き分けられる。あとは……通信手段がないからね。例の、ケータイ? あれが使えればいいんだろうけど」


 笑う鷹雄に頷きながら、静波はこっそり懐の携帯を握り締めた。鷹雄達との通信手段としては使えないが、久しぶりに友人と何らかの交流がもてるかもしれない。


 「じゃ、行くよ」


 学園長の言葉と共に、襲い来る浮遊感。そして、視界がブラックアウトした。
















 気持ち悪さに唸りながら、薄目を開ける。周りには、薄く色づき始めた木々が見える。そして、荒波の姿が。


 「静波、大丈夫?」


 「ん……ここ、森の中か?」


 近くには、人の気配はない。ただ、賑やかな音が遠くから聞こえた。


 「会場、あっちみたい」


 荒波が指さす先には、確かに灯りが見える。提灯だろうか? ゆらゆらと揺らめいている。


 「とにかく、歩くか」


 二人で、森を抜ける。迷いそうに思ったが、所々の枝に赤い布きれが、目印のように結び付けられていた。


 「ほら、道に出た」


 目印通りに先を歩いていた荒波が、得意気に言う。


 「お前、変な所で素直だよな……」


 静波は迷わないように警戒して歩いていたが、ただの杞憂だったようだ。道なりに歩いていると、賑やかな音が大きくなってくる。少しすると、提灯の灯りが見えてきた。


 「へぇ、思ったより大きい祭りじゃん」


 静波が以前に行った、実家近くの神社の祭りよりも大きい。浴衣の女子が、待ち合わせをしていた友達を見付けて呼んでいる。カップルと思われる男女が、指を絡め合って前を行き過ぎた。


 「……目立たないように、散策だっけ?」


 言いながら、荒波はチラチラと辺りを見回している。今まで見たことのなかった祭りに、好奇心が疼いているようだ。


 「あれ、店なの? 金魚すくい?」


 「……やるか?」


 祭会場に続く道には、たくさんの屋台が並んでいる。金魚すくいの屋台の前に、二人で座った。


 「……どうやるの?」


 「おっちゃん、二回」


 金を渡し、ポイを二つ受け取る。一つを荒波に渡し、静波も並んでポイを構えた。


 「これで金魚を掬って、この器に入れるんだよ」


 スイスイと泳ぐ金魚に狙いを定め、静波はソッとポイを水に潜らせる。逃げる金魚を追おうとすると、ポイは無情にも破れてしまった。


 「……まあ、こんな感じ」


 「……成功例が見たかったな」


 荒波は言いながら、ポイを構える。所々にいる黒い出目金が気になるようで、目で追いながらポイを潜らせた。


 「……あ」


 やはり破れたポイを上げ、眉をひそめる。


 「……もう一回」


 「もういいよ。どうせ、金魚は持って帰れないし」


 負け惜しみを言いながら、荒波は腰を上げる。また辺りを見回し、歩き始めた。


 「おい、待てって……」


 静波も慌てて追う。


 「射的、だって」


 「……やるのか?」


 「んー……」


 景品は子ども用のようで、あまり興味の引かれる物はない。荒波がやりたいなら、と思ったが、彼はあっさり首を振った。


 「もっと奥に行った方がいいんじゃない? お祭りを見に来たんだし」


 「ま、そりゃそうか」


 こんな入口で止まっているわけにはいかない。人を縫いながら、奥に進もうとすると。


 「あり? 静やんじゃない?」


 不意に袂を引っ張られる。振り返ると、懐かしい顔。


 「あれ? リリコ?」


 前の高校の同級生、小田 璃莉子(おだりりこ)だった。浴衣を着て髪をアップにセットしているが、間違いない。


 「やっぱそうだ~!! 静やん、久しぶり~!!」


 「え? 何で、リリコがここに?」


 「何でって……ここ、学校から駅三つしか離れてないじゃん。っていうか、静やんいきなり転校したから、皆ビックリしたんだよ~!! もう、なんでシーナにしか言わなかったのよ?」


 まくし立てられ、静波はとにかく笑う。どうやら、ここは以前いた学校の近くらしい。毎日家からの送迎があり、放課後はほとんど家にすぐ帰っていた静波は、学校の周りのことはあまり詳しくなかった。


 「ま、静やんはお坊ちゃんだからね~。で、そっちは? ひょっとして、双子の弟くん?」


 突然話を振られ、荒波は目を丸くする。


 「……僕の方が、兄なんだけど」


 「え? 静やん、弟がいるって言ってなかったっけ?」


 「……双子の事情ってことで」


 璃莉子は何となく納得してくれたようだ。荒波にニコニコ笑いかける。


 「ほんと、そっくりだね。でも、キミの方が世間慣れしてなさそう~」


 言われ、荒波は複雑そうな顔をする。確かに、世間慣れしていないのは事実だ。


 「双子が揃ったね~。シーナが来たら、喜ぶよ」


 「あれ? 椎名も来るの?」


 親友の名を聞き璃莉子に訊けば、彼女はキョロキョロと辺りを見る。


 「待ち合わせしてるんだけど……あっ」


 璃莉子が手を振る。そっちを見ると、元気に手を振っていた男が、持っていた団扇を落とした。


 「……静波! お前、何音信不通になってんだよっ!?」


 「椎名……久しぶり」


 男は勢い良く静波に抱き付き、バンバンと背中を叩く。


 「……痛い。それに、暑い」


 「……静波、誰?」


 一歩引いたところで、荒波が訊く。引き剥がしながら、静波は答えた。


 「椎名 悠理(しいなゆうり)。俺の……親友から友達に降格中」


 「おいおい」


 「ちなみに、体勢がこのままなら、知り合いに降格」


 その言葉に、悠理はようやく離れた。笑顔のまま、荒波を見る。


 「俺、椎名悠理。名前は女みたいであんまり好きじゃないから、皆は椎名って呼んでるんだ。よろしくな」


 「……双海荒波、です」


 警戒する荒波をまじまじと見ながら、悠理は何やら頷いている。


 「椎名、どうした?」


 「いや、やっぱり双子は似てるんだなーってさ。髪切ってシャッフルしたら、どっちがどっちか分からなくなりそう」


 そう言われると、何やら気分が悪い。双子とはいえ、歴とした別々の人間だ。


 「悪い悪い」


 静波の機嫌を察知し、悠理は謝った。そして、もう一度訊く。


 「で? 何で、転校した途端、音信不通なんだよ?」


 「悪いって……今の学校、全寮制で山奥だから電波届かないんだよ」


 「にしたってさ、エラーメールばっかり返ってくるんだぜ? おかしいだろ? まさか、アドレス変えたのか?」


 言われてみれば、電波の届く位置に来たはずなのに、静波の携帯は沈黙を守っている。懐から取り出してみると、電波は入っていない。


 「? あれ?」


 あちこち歩いてみるが、やはり電源は入っているのに電波マークはない。これは……


 「まさか、勝手に解約された?」


 そうとしか思えない。確かに、携帯の使えない全寮制の学校に、あと何年いるのかも分からないが、まさか勝手に解約されているとは……


 「くっそー。マジかよ……あのクソオヤジめ」


 「うわー。現代人とは思えない生活になってるんだな。お疲れ様」


 茶化すように悠理に言われ、じろりと睨む。


 「で? 新しい学校はどうなんだよ? 彼女とか出来たか? 静波の好みは、正統派ヒロインな感じの可愛い系だろ?」


 マイペースに話を進める悠理に、静波は取りあえず携帯をしまう。そして、ふと疑問に思った。


 「っていうか、お前はどうなんだよ。リリコと二人で祭りって、お前ら付き合ってんのか?」


 確か、璃莉子と悠理は仲は良かったものの、そんな恋愛感覚な感じではなかったような……


 「ん? 何でだよ? リリコはほら、ヒデと……」


 「こら、シーナ、うるさいわよっ」


 璃莉子が聞きつけて、悠理を小突く。その周りには女子がいて、どうやら団体行動をするようだと感じた。


 「で? 静波、こんな所に何でいるんだよ。確かお前、家の近くのナントカ神社以外の祭りには行けないって、言ってなかったっけ?」


 「あ、そうなんだけど……」


 まさか、学校の近くとは知らなかった、とは答えられない。そうなると、今度はどうやって来たのか、という話になってしまう。


 「ちょっと、家を抜け出したんだよ」


 そう答えたのは、荒波だった。


 「家が窮屈だから、静波に頼んでお祭りを見に来たんだ」


 「なるほど。近くじゃすぐにバレるもんな」


 悠理は頷き、静波に笑う。


 「なんだかんだ言って、兄弟思いだな」


 「いや、別に……」


 言葉を濁す静波の脇腹を、グリグリと肘で押してくる。


 「ねぇ、静やん。せっかくだし、一緒に行こうよ」


 璃莉子がそう言った。周りの女子は可愛いし、本当なら頷くところだ。しかし、今回はそうはいかない。


 「いや、今日はちょっと……」


 「えー? 何でよ? 久しぶりに会ったのに~!!」


 頬を膨らませる璃莉子に、悠理が何やら耳打ちした。パッと彼女の顔が輝く。


 「じゃ、頑張れよ」


 そう言い、悠理は静波と荒波の背中を押して歩き始めた。気になって振り返れば、彼女は近付いてきたイケメンに頬を染めている。


 「……あれ、確か……」


 「そ、うちの学校一のモテ男、ヒデ。呼んでくれって言われたから、これで俺の用事も終わりってわけ」


 どんどん歩き、開けた場所に出る。中央には舞台があり、何やら難しげな話の人形劇をしている。周りは灯籠の光が照らし、神秘的な雰囲気になっていた。


 「今日さ」


 人通りが少ない、少し奥に入ったベンチ。そこに腰を掛け、悠理は不意にそう言った。


 「?」


 「何か、オヤジがバタバタしてたんだよな。この辺に来るなって言ってたしさ……」


 「? お前の親父さんって……」


 「ああ、日本の治安を守る公務員。平たく言えば、警察」


 警察。そう言えば悠理は、家が堅苦しいせいで二次元にハマったと言っていた。


 「で、何があるのかなーって、野次馬根性出してみたわけ。もしかしたら、異次元から美少女逃亡犯が現れたり……研究所から逃げてきたケモ耳女子を、匿ったり出来るかもしれないしな!」


 「……へぇ」


 相変わらずの妄想に、懐かしさよりも苦笑いが出てくる。しかし、今日は本物のケモ耳少女が現れる可能性があるとは、さすがに言えなかった。


 「静波、このままこの人といたら、マズいんじゃない?」


 こっそり荒波が耳打ちしてくる。確かに、『世界』の敵との戦闘になれば、悠理を巻き込むわけにはいかない。しかし……


 (警察が、この辺にいるのか? 犯行予告は、表世界にも届けられてた……いや、無差別殺人の予告なんか出たら、祭りどころじゃないよな……でも、イタズラだと判断する可能性も……?)


 何がなんだか、分からなくなってくる。


 「ん? どした?」


 悠理は首を傾げたが、すぐに納得したように頷いた。


 「大丈夫だよ。多分、オヤジが大袈裟に言ってるだけだろうし、何も起こらないと思うぜ」


 そうだといいのだが、こちらにはしっかりと目にした『犯行予告』がある。何か起こるのは、確実なことだ。


 「椎名、俺達……」


 取りあえず、離れなければ。そう思い静波が声を掛けると、悠理は別の方向を見て頬を緩めている。そちらを見ると、


 「あ」


 そこには、真緒と菜緒がいた。団扇を手に、のんびり歩いている。菜緒がチラリとこちらを見て、微笑んだ。


 「おい、静波! 双子美少女だぞ!! しかも、俺を見て笑ったぞ! 一目惚れか……何かのフラグか? ここから、ラブコメファンタジーの始まりか!?」


 「うわぁ……」


 面倒なスイッチが、入ってしまった。荒波も、げんなりとした顔になっている。


 「待て待て……何でファンタジーになるんだよ?」


 「双子でそっくりな美少女ってだけで、すでにファンタジーだろ!! どっちかがクローンなら、更に良しだが……あの、クールな表情の方は、それっぽいよな」


 真緒が聞いたら激怒しそうなことを妄想しながら、悠理は一人悦に入っている。


 「……っていうか、お前の一番下の弟達も、双子だったはずじゃ……」


 「男の双子と美少女の双子は、価値が違う!」


 片方は偽女子だっ!!と叫びたい。


 「天然っぽい子が、まず俺のことを好きになるだろー、そしたら、後からあのクール系が、俺のことが気になってくるんだよなー。そしたら、双子で修羅場っちゃって……」


 「……ねぇ、このまま撒いちゃおうよ」


 こっそりと荒波が囁く。


 「……その方が、いいかもな」


 呟き、少しずつ後退る。悠理は、まだまだ妄想の世界に目を輝かせている。


 (椎名、悪い!)


 心を決めて人混みの方にダッシュする。その途端、目の前にいた人物にぶつかった。


 「きゃっ」


 「あ、すみませ……」


 慌てて頭を下げる。チラリと目の前を見ると、豊満な胸。


 「……坊や、大丈夫?」


 そう聞き返され、静波は頷く。


 「ごめんなさい。つい、前も見ないで……」


 「いいのよ、気にしないで」


 女は、悠然と笑う。赤い口紅が、やたらと印象的な女だ。浴衣姿が多い祭会場内で、露出的な姿は相当目立っていた。


 「キミ、可愛い顔してるわね」


 「え? ……な?」


 突然言われ、静波は目を白黒させる。女はずいっと身体を近付け、蠱惑的な笑みを深くした。


 「名前、何って言うの?」


 「……え」


 ナンパか? ナンパされているのか? こんな色っぽいお姉さんに、俺が?


 パニックになる静波を押しのけ、荒波が女の前に立った。冷めた目で、じっと見つめる。


 「あんた、何者? 影世界の人でしょ?」


 女はただ、静かに笑う。静波は、荒波と女を交互に見る。


 「……そうね、紅葉、と言えば分かるかしら」


 くれは……紅葉!


 「『世界』の、敵……」


 「そうよ」


 あっさりと肯定した女-紅葉は、荒波に微笑みかける。


 「坊や達が、青葉の言っていた『言の葉遣い』でしょ? 双子で、一年生。そして、天行寺鷹雄の手駒」


 「手駒じゃない」


 憮然とした荒波が言う。


 「そうかしらね? 自分じゃ分からないだけかもしれないわよ?」


 紅葉はそう言いながら、静波の方を見た。この女に見つめられたら、何だか頭がボーッとしてくる。


 「ふふふ……可愛い子」


 紅葉はそっと静波の頬を撫でる。その手が心地良く、静波は目を閉じた。


 「ちょ、静波?」


 駆けつけた真緒が、慌てて声を掛ける。しかし、そんな声など気にならないほど、思考は心地良い『何か』に包まれている。


 「坊や、名前を教えて?」


 再度、紅葉が訊く。その声に答えようと、静波が口を開いた途端。


 「やめなさいよね!!」


 紅葉に飛びかかる、小さな影。紅葉は軽やかにそれを避ける。


 「お久しぶりですね、紅葉さん」


 「あら、鷹雄。それに、まどかも」


 木陰から現れたのは、鷹雄とまどかだった。小さな影は、鷹雄の側で尾を逆立てたナナコだ。


 「気安く呼ばないでちょうだい」


 まどかは冷たく言うが、紅葉は笑みを浮かべてさらに話し掛ける。


 「そんなに怖がらないで。今日は、貴方達を敵にするつもりはないのだから」


 「……? 何を言っているの?」


 まどかは眉をひそめる。犯行予告を出した女が、敵になるつもりはないという。意味が分からず、鷹雄も黙って紅葉を見つめる。


 「では、どうして彼を『魅了』したのかしら?」


 まどかはそう言いながら、静波を見た。ぼんやりとした瞳で、静波は紅葉を見ている。


 「ああ……天樹様が、名前を知りたがっていたからよ。危害を加えるつもりはないわ」


 敵対していないと示したいのか、紅葉は指を鳴らす。静波の瞳に光が戻り、大きく一息吐いた。


 「……?」


 「静波、大丈夫?」


 荒波に声を掛けられ、静波は頷く。


 「とにかく、静波は離れて。真緒、菜緒、『別れ』の歌を」


 静波は少し離れる。すると、腕を引き寄せられた。


 「おい、静波! 何がどうなってんだ?」


 「あ、椎名」


 そう言えば、彼から離れるために行動していたはずだった。


 「何が起きてるんだよ? それに……」


 悠理の目は、しっかりとナナコを捉えている。


 「あのキツネっ娘は、お前の知り合いなのかっ!? あんな小さい子にコスプレとか……あのイケメン、どんだけロリコンなんだよ!?」


 「ちが……止めとけ」


 鷹雄に聞かれていないことを、心底祈る。


 「それに、あの双子、お前のこと知ってる感じだったぞ? なあ……」


 更に言い募る悠理をどうしようかと考えていると、美しいメロディーが聞こえてきた。悠理の目が、ぼんやりとしてくる。


 「おい、椎名……」


 どうしたのかと訊こうとしたが、悠理はクルリと踵を返す。そのまま、どんどんと屋台が並ぶ参道の方に歩いていった。いや、悠理だけではない。この場にいる皆が、同じ行動を取っている。


 「……もういいよ」


 鷹雄の言葉で、メロディーは止まった。周りには、もう誰もいない。特能ボランティア部と、紅葉以外には。


 「これ以上歌うと、俺達にまで掛かるからね」


 そう言うと、鷹雄は真緒と菜緒に指示を出す。二人は頷き、参道の方へと走っていった。


 「あの二人には、人払いをしてもらうよ。これで、貴女の目的は阻止できる」


 鷹雄の言葉に、紅葉は不思議そうな顔をした。


 「私の目的? ……そうね、私としては、この状態は好ましくないわね」


 ガランとした祭会場は、提灯の光と置き去りにされたラジカセから流れる音楽だけが、ただ祭りらしさを保とうとしている。紅葉は灯籠に腰掛け、肩をすくめた。


 「私はただ、これを送りつけてきた人に、会いに来ただけなんだけど」


 持っていたバッグから、金属製の輪を取り出す。何かの武器かと警戒したが、それは見覚えがあった。


 「それ……確か、彩奈って子が着けてた……」


 確かに、細い腕には不釣り合いな腕輪を着けていた。こんなデザインだったはずだ。


 「……彼女に、何を……」


 迫る鷹雄に、紅葉は不思議そうな顔をする。


 「その子が誰かは知らないけれど……私達が、学園に入れるわけはないでしょう? これは、大きさからしても男性用だと思うしね」


 太い腕輪を、無造作に鷹雄に投げて寄越す。受け取るのと怒号が飛んだのは、同じタイミングだった。


 「被疑者、確認! 学生を避難させろ!!」


 驚いた鷹雄が、振り返る。慌てて走ってきたのは、黒ずくめの姿の愛だった。


 「う、裏警察の人達です!!」


 「裏警察……」


 鷹雄は呟く。静波は、愛をマジマジと見た。


 (……クノイチ、みたいだ)


 身体にフィットした黒い服はどこかエロチックで、浴衣とは違ったが制服とは違う印象を感じる。愛の清楚なイメージとはアンバランスで、そこも魅力的だった。


 「あ、あの……」


 視線を感じ、愛が身を捩る。


 「そんなに見られると、恥ずかしいんですけど……」


 「あ、ゴメンっ」


 慌てて目を逸らす。そんな彼らの元に、見たことのある制服に身を包んだ女が、怖い顔で近付いてきた。


 「光輪学園の生徒さん達ですね? 急いでこの場から避難してください」


 言い方は丁寧だが、有無をいわさない圧力を感じる。しかし、鷹雄は怯むことはなかった。


 「『世界』の敵との対戦経験は、こちらの方が上のはずですが。それに、犯行予告は学園に届いた。我々に対する挑戦に、背を向けるわけにはいかない」


 「我々は、対異能者のエキスパートですよ、天行寺鷹雄さん。貴方達は、表世界の人々を逃がすことに専念していただきたい」


 両者は一歩も引かない。間に立った紅葉は、呆れたように溜め息を吐いた。


 「裏警察だろうと、学生だろうと、私にとっては構わないけれど……それより、天樹様に弓引く者を許しはしない。誰かしら? あの腕輪を送りつけてきたのは?」


 裏警察の女は無表情で紅葉を見る。その背後から、見たことのある男が現れた。


 「ふん、言い掛かりはやめてもらおうか」


 裏警察の、白木谷という男だ。確か、幹部クラスだったはずだ。彼は、鷹雄の方を見、一礼した。


 「その節はどうも。御迷惑をお掛けした」


 丁寧な口調だが、やはり口先だけのように聞こえる。


 「ふん、能力者でもない人間が、何故ここにいるのよ?」


 紅葉はそう言い、手を上に上げた。手のひらに、風が集まっていく。


 「目障りだわ」


 集めた風を、白木谷に無造作に投げつける。風はまるで刃のように彼に襲い掛かった。


 「風を遣う女か……」


 白木谷は、余裕の表情でただ立っている。その前に制服の男が飛び出し、風を弾き飛ばした。


 「あら、ご自慢の異能部隊ね。私を止められる自信があるようだけど……」


 先程の風は、ただの小手調べだったようだ。紅葉は更に風を集め始める。ナナコの変身を解除しようとした鷹雄だったが、特能部隊の女が印を結ぶ腕を止めた。


 「この場で使鬼を遣わないで下さい。人払いをしたとはいえ、目に付きやすくなります」


 「……」


 鷹雄はまどかに目配せし、解除を止める。確かに、表世界で使鬼を大っぴらに遣うわけにはいかない。


 「さあ、学生さんは避難していただこう。使鬼遣いと言葉を遣う能力者じゃ、ここでは戦力にはならないと分かっただろう?」


 イヤミ掛かった白木谷の言葉に、まどかが冷たい視線を送る。確かに、紅葉の本名が分からない以上、言の葉は遣えない。荒波も、分かってはいるが納得していない表情だ。


 「佐川、誘導してやれ」


 白木谷に言われ、佐川と呼ばれた女が鷹雄に頭を下げる。


 「さあ、こちらへ」


 紅葉は、異能部隊と睨み合っている。その視線がチラリと鷹雄に流れ、数秒目があった。


 「……行こう」


 鷹雄は、佐川の後を歩き始める。仕方なく、他のメンバーもその後を追い始める。


 「鷹雄、いいの?」


 咎めるまどかの声に、鷹雄は肩を竦めた。


 「俺たちは、裏警察といがみ合う為に来た訳じゃない。それに、紅葉が無差別殺人を行おうとしていたとは、俺にはとても思えない」


 そうは言っても、鷹雄もどこか納得はしていないようだ。しかし、祭会場を後にしようとした時、背後で大声が響き渡った。


 「うぉりゃああああああ~っ!!」


 「な、何!?」


 騒ぎに、佐川が振り返る。聞き覚えのある声に、静波はその場に戻る。そこでは。


 「どいつが紅葉だ~っ!! 性根を叩き直してやる~っ!!」


 辺りを見回し、ニヤリと笑う男。そういえば、姿が見えないとは思ったが……


 「何なんだ、お前は。一般人は……」


 避難させようとする白木谷を押しのけ、剛志は紅葉の前に立つ。


 「……チャンスかもしれない」


 小声でつぶやき、鷹雄は踵を返す。静波達も、その後に続いた。









 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ