表世界へ
「楽しそう」
見送りの為に学園長室前に来た漣の感想は、シンプルなものだった。
「いやいや、これは紅葉に気付かれないようにする、いわばカモフラージュだからね」
そう言う鷹雄は、涼しげな深青の浴衣姿になっていた。その隣には、シンプルだが品のある浴衣を着たまどかが立っている。
「うわ、なんかイヤミ」
美男美女のカップルにしか見えず、思わず静波は呟く。
「ま、ナンパ除けにはなるんじゃないか?」
そう言って豪快に笑ったのは、剛志だった。まどか絡みなのに、と思ったが、相手が鷹雄なら何も言うことはないらしい。彼は特に和装はせず、タンクトップにジーパンと、ラフな格好をしていた。
「能力を使う時は、動きやすいのが一番なんだよな」
確かに、肉弾戦の剛志が動けないのは困る。
「怪力マン、向こうでガラが悪い奴らに絡まれないでね」
真緒がそう言って笑う。真緒と菜緒は、お揃いの柄の甚平と浴衣を着ていた。しかし、どちらも可愛い少女にしか見えない。
「そっちも、ナンパ除けが要りそうだな……」
「何か言った?」
真緒に睨まれ、静波は慌てて首を振る。
「で、ヨシちゃんは?」
辺りを見回したが、愛の姿が見えない。祭りに紛れるのだから、いつもの制服ではないだろう。姿を見たくてキョロキョロしていると、鷹雄が言った。
「ヨシちゃんは、もう現場に行ってるよ。彼女の場合、ちょっと時間が必要だからね」
「……?」
言っている意味は分からなかったが、皆は納得しているようだ。恐らく、現場に行けば分かるだろう。
「いきなりこの人数をアポートすると、万が一祭りの現場で見られた時に困る。二人から三人くらいずつ飛ぶよ」
鷹雄の言葉に、静波は顔を引き締める。苦手なアポートの時間だ。
「……じゃ、静波は覚悟したようだし、まずは荒波と静波に行ってもらおうか。着いたら、祭会場を散策してくれ。なるべく、自然にね」
「何かあったら、どうしたらいい?」
「ああ、もし何かあったら……この笛を吹いて」
渡されたのは、風渡りの笛だ。この頼りない音色で皆を呼べるのか、やや不安だが。
「使鬼は、この音を聞き分けられる。あとは……通信手段がないからね。例の、ケータイ? あれが使えればいいんだろうけど」
笑う鷹雄に頷きながら、静波はこっそり懐の携帯を握り締めた。鷹雄達との通信手段としては使えないが、久しぶりに友人と何らかの交流がもてるかもしれない。
「じゃ、行くよ」
学園長の言葉と共に、襲い来る浮遊感。そして、視界がブラックアウトした。
気持ち悪さに唸りながら、薄目を開ける。周りには、薄く色づき始めた木々が見える。そして、荒波の姿が。
「静波、大丈夫?」
「ん……ここ、森の中か?」
近くには、人の気配はない。ただ、賑やかな音が遠くから聞こえた。
「会場、あっちみたい」
荒波が指さす先には、確かに灯りが見える。提灯だろうか? ゆらゆらと揺らめいている。
「とにかく、歩くか」
二人で、森を抜ける。迷いそうに思ったが、所々の枝に赤い布きれが、目印のように結び付けられていた。
「ほら、道に出た」
目印通りに先を歩いていた荒波が、得意気に言う。
「お前、変な所で素直だよな……」
静波は迷わないように警戒して歩いていたが、ただの杞憂だったようだ。道なりに歩いていると、賑やかな音が大きくなってくる。少しすると、提灯の灯りが見えてきた。
「へぇ、思ったより大きい祭りじゃん」
静波が以前に行った、実家近くの神社の祭りよりも大きい。浴衣の女子が、待ち合わせをしていた友達を見付けて呼んでいる。カップルと思われる男女が、指を絡め合って前を行き過ぎた。
「……目立たないように、散策だっけ?」
言いながら、荒波はチラチラと辺りを見回している。今まで見たことのなかった祭りに、好奇心が疼いているようだ。
「あれ、店なの? 金魚すくい?」
「……やるか?」
祭会場に続く道には、たくさんの屋台が並んでいる。金魚すくいの屋台の前に、二人で座った。
「……どうやるの?」
「おっちゃん、二回」
金を渡し、ポイを二つ受け取る。一つを荒波に渡し、静波も並んでポイを構えた。
「これで金魚を掬って、この器に入れるんだよ」
スイスイと泳ぐ金魚に狙いを定め、静波はソッとポイを水に潜らせる。逃げる金魚を追おうとすると、ポイは無情にも破れてしまった。
「……まあ、こんな感じ」
「……成功例が見たかったな」
荒波は言いながら、ポイを構える。所々にいる黒い出目金が気になるようで、目で追いながらポイを潜らせた。
「……あ」
やはり破れたポイを上げ、眉をひそめる。
「……もう一回」
「もういいよ。どうせ、金魚は持って帰れないし」
負け惜しみを言いながら、荒波は腰を上げる。また辺りを見回し、歩き始めた。
「おい、待てって……」
静波も慌てて追う。
「射的、だって」
「……やるのか?」
「んー……」
景品は子ども用のようで、あまり興味の引かれる物はない。荒波がやりたいなら、と思ったが、彼はあっさり首を振った。
「もっと奥に行った方がいいんじゃない? お祭りを見に来たんだし」
「ま、そりゃそうか」
こんな入口で止まっているわけにはいかない。人を縫いながら、奥に進もうとすると。
「あり? 静やんじゃない?」
不意に袂を引っ張られる。振り返ると、懐かしい顔。
「あれ? リリコ?」
前の高校の同級生、小田 璃莉子だった。浴衣を着て髪をアップにセットしているが、間違いない。
「やっぱそうだ~!! 静やん、久しぶり~!!」
「え? 何で、リリコがここに?」
「何でって……ここ、学校から駅三つしか離れてないじゃん。っていうか、静やんいきなり転校したから、皆ビックリしたんだよ~!! もう、なんでシーナにしか言わなかったのよ?」
まくし立てられ、静波はとにかく笑う。どうやら、ここは以前いた学校の近くらしい。毎日家からの送迎があり、放課後はほとんど家にすぐ帰っていた静波は、学校の周りのことはあまり詳しくなかった。
「ま、静やんはお坊ちゃんだからね~。で、そっちは? ひょっとして、双子の弟くん?」
突然話を振られ、荒波は目を丸くする。
「……僕の方が、兄なんだけど」
「え? 静やん、弟がいるって言ってなかったっけ?」
「……双子の事情ってことで」
璃莉子は何となく納得してくれたようだ。荒波にニコニコ笑いかける。
「ほんと、そっくりだね。でも、キミの方が世間慣れしてなさそう~」
言われ、荒波は複雑そうな顔をする。確かに、世間慣れしていないのは事実だ。
「双子が揃ったね~。シーナが来たら、喜ぶよ」
「あれ? 椎名も来るの?」
親友の名を聞き璃莉子に訊けば、彼女はキョロキョロと辺りを見る。
「待ち合わせしてるんだけど……あっ」
璃莉子が手を振る。そっちを見ると、元気に手を振っていた男が、持っていた団扇を落とした。
「……静波! お前、何音信不通になってんだよっ!?」
「椎名……久しぶり」
男は勢い良く静波に抱き付き、バンバンと背中を叩く。
「……痛い。それに、暑い」
「……静波、誰?」
一歩引いたところで、荒波が訊く。引き剥がしながら、静波は答えた。
「椎名 悠理。俺の……親友から友達に降格中」
「おいおい」
「ちなみに、体勢がこのままなら、知り合いに降格」
その言葉に、悠理はようやく離れた。笑顔のまま、荒波を見る。
「俺、椎名悠理。名前は女みたいであんまり好きじゃないから、皆は椎名って呼んでるんだ。よろしくな」
「……双海荒波、です」
警戒する荒波をまじまじと見ながら、悠理は何やら頷いている。
「椎名、どうした?」
「いや、やっぱり双子は似てるんだなーってさ。髪切ってシャッフルしたら、どっちがどっちか分からなくなりそう」
そう言われると、何やら気分が悪い。双子とはいえ、歴とした別々の人間だ。
「悪い悪い」
静波の機嫌を察知し、悠理は謝った。そして、もう一度訊く。
「で? 何で、転校した途端、音信不通なんだよ?」
「悪いって……今の学校、全寮制で山奥だから電波届かないんだよ」
「にしたってさ、エラーメールばっかり返ってくるんだぜ? おかしいだろ? まさか、アドレス変えたのか?」
言われてみれば、電波の届く位置に来たはずなのに、静波の携帯は沈黙を守っている。懐から取り出してみると、電波は入っていない。
「? あれ?」
あちこち歩いてみるが、やはり電源は入っているのに電波マークはない。これは……
「まさか、勝手に解約された?」
そうとしか思えない。確かに、携帯の使えない全寮制の学校に、あと何年いるのかも分からないが、まさか勝手に解約されているとは……
「くっそー。マジかよ……あのクソオヤジめ」
「うわー。現代人とは思えない生活になってるんだな。お疲れ様」
茶化すように悠理に言われ、じろりと睨む。
「で? 新しい学校はどうなんだよ? 彼女とか出来たか? 静波の好みは、正統派ヒロインな感じの可愛い系だろ?」
マイペースに話を進める悠理に、静波は取りあえず携帯をしまう。そして、ふと疑問に思った。
「っていうか、お前はどうなんだよ。リリコと二人で祭りって、お前ら付き合ってんのか?」
確か、璃莉子と悠理は仲は良かったものの、そんな恋愛感覚な感じではなかったような……
「ん? 何でだよ? リリコはほら、ヒデと……」
「こら、シーナ、うるさいわよっ」
璃莉子が聞きつけて、悠理を小突く。その周りには女子がいて、どうやら団体行動をするようだと感じた。
「で? 静波、こんな所に何でいるんだよ。確かお前、家の近くのナントカ神社以外の祭りには行けないって、言ってなかったっけ?」
「あ、そうなんだけど……」
まさか、学校の近くとは知らなかった、とは答えられない。そうなると、今度はどうやって来たのか、という話になってしまう。
「ちょっと、家を抜け出したんだよ」
そう答えたのは、荒波だった。
「家が窮屈だから、静波に頼んでお祭りを見に来たんだ」
「なるほど。近くじゃすぐにバレるもんな」
悠理は頷き、静波に笑う。
「なんだかんだ言って、兄弟思いだな」
「いや、別に……」
言葉を濁す静波の脇腹を、グリグリと肘で押してくる。
「ねぇ、静やん。せっかくだし、一緒に行こうよ」
璃莉子がそう言った。周りの女子は可愛いし、本当なら頷くところだ。しかし、今回はそうはいかない。
「いや、今日はちょっと……」
「えー? 何でよ? 久しぶりに会ったのに~!!」
頬を膨らませる璃莉子に、悠理が何やら耳打ちした。パッと彼女の顔が輝く。
「じゃ、頑張れよ」
そう言い、悠理は静波と荒波の背中を押して歩き始めた。気になって振り返れば、彼女は近付いてきたイケメンに頬を染めている。
「……あれ、確か……」
「そ、うちの学校一のモテ男、ヒデ。呼んでくれって言われたから、これで俺の用事も終わりってわけ」
どんどん歩き、開けた場所に出る。中央には舞台があり、何やら難しげな話の人形劇をしている。周りは灯籠の光が照らし、神秘的な雰囲気になっていた。
「今日さ」
人通りが少ない、少し奥に入ったベンチ。そこに腰を掛け、悠理は不意にそう言った。
「?」
「何か、オヤジがバタバタしてたんだよな。この辺に来るなって言ってたしさ……」
「? お前の親父さんって……」
「ああ、日本の治安を守る公務員。平たく言えば、警察」
警察。そう言えば悠理は、家が堅苦しいせいで二次元にハマったと言っていた。
「で、何があるのかなーって、野次馬根性出してみたわけ。もしかしたら、異次元から美少女逃亡犯が現れたり……研究所から逃げてきたケモ耳女子を、匿ったり出来るかもしれないしな!」
「……へぇ」
相変わらずの妄想に、懐かしさよりも苦笑いが出てくる。しかし、今日は本物のケモ耳少女が現れる可能性があるとは、さすがに言えなかった。
「静波、このままこの人といたら、マズいんじゃない?」
こっそり荒波が耳打ちしてくる。確かに、『世界』の敵との戦闘になれば、悠理を巻き込むわけにはいかない。しかし……
(警察が、この辺にいるのか? 犯行予告は、表世界にも届けられてた……いや、無差別殺人の予告なんか出たら、祭りどころじゃないよな……でも、イタズラだと判断する可能性も……?)
何がなんだか、分からなくなってくる。
「ん? どした?」
悠理は首を傾げたが、すぐに納得したように頷いた。
「大丈夫だよ。多分、オヤジが大袈裟に言ってるだけだろうし、何も起こらないと思うぜ」
そうだといいのだが、こちらにはしっかりと目にした『犯行予告』がある。何か起こるのは、確実なことだ。
「椎名、俺達……」
取りあえず、離れなければ。そう思い静波が声を掛けると、悠理は別の方向を見て頬を緩めている。そちらを見ると、
「あ」
そこには、真緒と菜緒がいた。団扇を手に、のんびり歩いている。菜緒がチラリとこちらを見て、微笑んだ。
「おい、静波! 双子美少女だぞ!! しかも、俺を見て笑ったぞ! 一目惚れか……何かのフラグか? ここから、ラブコメファンタジーの始まりか!?」
「うわぁ……」
面倒なスイッチが、入ってしまった。荒波も、げんなりとした顔になっている。
「待て待て……何でファンタジーになるんだよ?」
「双子でそっくりな美少女ってだけで、すでにファンタジーだろ!! どっちかがクローンなら、更に良しだが……あの、クールな表情の方は、それっぽいよな」
真緒が聞いたら激怒しそうなことを妄想しながら、悠理は一人悦に入っている。
「……っていうか、お前の一番下の弟達も、双子だったはずじゃ……」
「男の双子と美少女の双子は、価値が違う!」
片方は偽女子だっ!!と叫びたい。
「天然っぽい子が、まず俺のことを好きになるだろー、そしたら、後からあのクール系が、俺のことが気になってくるんだよなー。そしたら、双子で修羅場っちゃって……」
「……ねぇ、このまま撒いちゃおうよ」
こっそりと荒波が囁く。
「……その方が、いいかもな」
呟き、少しずつ後退る。悠理は、まだまだ妄想の世界に目を輝かせている。
(椎名、悪い!)
心を決めて人混みの方にダッシュする。その途端、目の前にいた人物にぶつかった。
「きゃっ」
「あ、すみませ……」
慌てて頭を下げる。チラリと目の前を見ると、豊満な胸。
「……坊や、大丈夫?」
そう聞き返され、静波は頷く。
「ごめんなさい。つい、前も見ないで……」
「いいのよ、気にしないで」
女は、悠然と笑う。赤い口紅が、やたらと印象的な女だ。浴衣姿が多い祭会場内で、露出的な姿は相当目立っていた。
「キミ、可愛い顔してるわね」
「え? ……な?」
突然言われ、静波は目を白黒させる。女はずいっと身体を近付け、蠱惑的な笑みを深くした。
「名前、何って言うの?」
「……え」
ナンパか? ナンパされているのか? こんな色っぽいお姉さんに、俺が?
パニックになる静波を押しのけ、荒波が女の前に立った。冷めた目で、じっと見つめる。
「あんた、何者? 影世界の人でしょ?」
女はただ、静かに笑う。静波は、荒波と女を交互に見る。
「……そうね、紅葉、と言えば分かるかしら」
くれは……紅葉!
「『世界』の、敵……」
「そうよ」
あっさりと肯定した女-紅葉は、荒波に微笑みかける。
「坊や達が、青葉の言っていた『言の葉遣い』でしょ? 双子で、一年生。そして、天行寺鷹雄の手駒」
「手駒じゃない」
憮然とした荒波が言う。
「そうかしらね? 自分じゃ分からないだけかもしれないわよ?」
紅葉はそう言いながら、静波の方を見た。この女に見つめられたら、何だか頭がボーッとしてくる。
「ふふふ……可愛い子」
紅葉はそっと静波の頬を撫でる。その手が心地良く、静波は目を閉じた。
「ちょ、静波?」
駆けつけた真緒が、慌てて声を掛ける。しかし、そんな声など気にならないほど、思考は心地良い『何か』に包まれている。
「坊や、名前を教えて?」
再度、紅葉が訊く。その声に答えようと、静波が口を開いた途端。
「やめなさいよね!!」
紅葉に飛びかかる、小さな影。紅葉は軽やかにそれを避ける。
「お久しぶりですね、紅葉さん」
「あら、鷹雄。それに、まどかも」
木陰から現れたのは、鷹雄とまどかだった。小さな影は、鷹雄の側で尾を逆立てたナナコだ。
「気安く呼ばないでちょうだい」
まどかは冷たく言うが、紅葉は笑みを浮かべてさらに話し掛ける。
「そんなに怖がらないで。今日は、貴方達を敵にするつもりはないのだから」
「……? 何を言っているの?」
まどかは眉をひそめる。犯行予告を出した女が、敵になるつもりはないという。意味が分からず、鷹雄も黙って紅葉を見つめる。
「では、どうして彼を『魅了』したのかしら?」
まどかはそう言いながら、静波を見た。ぼんやりとした瞳で、静波は紅葉を見ている。
「ああ……天樹様が、名前を知りたがっていたからよ。危害を加えるつもりはないわ」
敵対していないと示したいのか、紅葉は指を鳴らす。静波の瞳に光が戻り、大きく一息吐いた。
「……?」
「静波、大丈夫?」
荒波に声を掛けられ、静波は頷く。
「とにかく、静波は離れて。真緒、菜緒、『別れ』の歌を」
静波は少し離れる。すると、腕を引き寄せられた。
「おい、静波! 何がどうなってんだ?」
「あ、椎名」
そう言えば、彼から離れるために行動していたはずだった。
「何が起きてるんだよ? それに……」
悠理の目は、しっかりとナナコを捉えている。
「あのキツネっ娘は、お前の知り合いなのかっ!? あんな小さい子にコスプレとか……あのイケメン、どんだけロリコンなんだよ!?」
「ちが……止めとけ」
鷹雄に聞かれていないことを、心底祈る。
「それに、あの双子、お前のこと知ってる感じだったぞ? なあ……」
更に言い募る悠理をどうしようかと考えていると、美しいメロディーが聞こえてきた。悠理の目が、ぼんやりとしてくる。
「おい、椎名……」
どうしたのかと訊こうとしたが、悠理はクルリと踵を返す。そのまま、どんどんと屋台が並ぶ参道の方に歩いていった。いや、悠理だけではない。この場にいる皆が、同じ行動を取っている。
「……もういいよ」
鷹雄の言葉で、メロディーは止まった。周りには、もう誰もいない。特能ボランティア部と、紅葉以外には。
「これ以上歌うと、俺達にまで掛かるからね」
そう言うと、鷹雄は真緒と菜緒に指示を出す。二人は頷き、参道の方へと走っていった。
「あの二人には、人払いをしてもらうよ。これで、貴女の目的は阻止できる」
鷹雄の言葉に、紅葉は不思議そうな顔をした。
「私の目的? ……そうね、私としては、この状態は好ましくないわね」
ガランとした祭会場は、提灯の光と置き去りにされたラジカセから流れる音楽だけが、ただ祭りらしさを保とうとしている。紅葉は灯籠に腰掛け、肩をすくめた。
「私はただ、これを送りつけてきた人に、会いに来ただけなんだけど」
持っていたバッグから、金属製の輪を取り出す。何かの武器かと警戒したが、それは見覚えがあった。
「それ……確か、彩奈って子が着けてた……」
確かに、細い腕には不釣り合いな腕輪を着けていた。こんなデザインだったはずだ。
「……彼女に、何を……」
迫る鷹雄に、紅葉は不思議そうな顔をする。
「その子が誰かは知らないけれど……私達が、学園に入れるわけはないでしょう? これは、大きさからしても男性用だと思うしね」
太い腕輪を、無造作に鷹雄に投げて寄越す。受け取るのと怒号が飛んだのは、同じタイミングだった。
「被疑者、確認! 学生を避難させろ!!」
驚いた鷹雄が、振り返る。慌てて走ってきたのは、黒ずくめの姿の愛だった。
「う、裏警察の人達です!!」
「裏警察……」
鷹雄は呟く。静波は、愛をマジマジと見た。
(……クノイチ、みたいだ)
身体にフィットした黒い服はどこかエロチックで、浴衣とは違ったが制服とは違う印象を感じる。愛の清楚なイメージとはアンバランスで、そこも魅力的だった。
「あ、あの……」
視線を感じ、愛が身を捩る。
「そんなに見られると、恥ずかしいんですけど……」
「あ、ゴメンっ」
慌てて目を逸らす。そんな彼らの元に、見たことのある制服に身を包んだ女が、怖い顔で近付いてきた。
「光輪学園の生徒さん達ですね? 急いでこの場から避難してください」
言い方は丁寧だが、有無をいわさない圧力を感じる。しかし、鷹雄は怯むことはなかった。
「『世界』の敵との対戦経験は、こちらの方が上のはずですが。それに、犯行予告は学園に届いた。我々に対する挑戦に、背を向けるわけにはいかない」
「我々は、対異能者のエキスパートですよ、天行寺鷹雄さん。貴方達は、表世界の人々を逃がすことに専念していただきたい」
両者は一歩も引かない。間に立った紅葉は、呆れたように溜め息を吐いた。
「裏警察だろうと、学生だろうと、私にとっては構わないけれど……それより、天樹様に弓引く者を許しはしない。誰かしら? あの腕輪を送りつけてきたのは?」
裏警察の女は無表情で紅葉を見る。その背後から、見たことのある男が現れた。
「ふん、言い掛かりはやめてもらおうか」
裏警察の、白木谷という男だ。確か、幹部クラスだったはずだ。彼は、鷹雄の方を見、一礼した。
「その節はどうも。御迷惑をお掛けした」
丁寧な口調だが、やはり口先だけのように聞こえる。
「ふん、能力者でもない人間が、何故ここにいるのよ?」
紅葉はそう言い、手を上に上げた。手のひらに、風が集まっていく。
「目障りだわ」
集めた風を、白木谷に無造作に投げつける。風はまるで刃のように彼に襲い掛かった。
「風を遣う女か……」
白木谷は、余裕の表情でただ立っている。その前に制服の男が飛び出し、風を弾き飛ばした。
「あら、ご自慢の異能部隊ね。私を止められる自信があるようだけど……」
先程の風は、ただの小手調べだったようだ。紅葉は更に風を集め始める。ナナコの変身を解除しようとした鷹雄だったが、特能部隊の女が印を結ぶ腕を止めた。
「この場で使鬼を遣わないで下さい。人払いをしたとはいえ、目に付きやすくなります」
「……」
鷹雄はまどかに目配せし、解除を止める。確かに、表世界で使鬼を大っぴらに遣うわけにはいかない。
「さあ、学生さんは避難していただこう。使鬼遣いと言葉を遣う能力者じゃ、ここでは戦力にはならないと分かっただろう?」
イヤミ掛かった白木谷の言葉に、まどかが冷たい視線を送る。確かに、紅葉の本名が分からない以上、言の葉は遣えない。荒波も、分かってはいるが納得していない表情だ。
「佐川、誘導してやれ」
白木谷に言われ、佐川と呼ばれた女が鷹雄に頭を下げる。
「さあ、こちらへ」
紅葉は、異能部隊と睨み合っている。その視線がチラリと鷹雄に流れ、数秒目があった。
「……行こう」
鷹雄は、佐川の後を歩き始める。仕方なく、他のメンバーもその後を追い始める。
「鷹雄、いいの?」
咎めるまどかの声に、鷹雄は肩を竦めた。
「俺たちは、裏警察といがみ合う為に来た訳じゃない。それに、紅葉が無差別殺人を行おうとしていたとは、俺にはとても思えない」
そうは言っても、鷹雄もどこか納得はしていないようだ。しかし、祭会場を後にしようとした時、背後で大声が響き渡った。
「うぉりゃああああああ~っ!!」
「な、何!?」
騒ぎに、佐川が振り返る。聞き覚えのある声に、静波はその場に戻る。そこでは。
「どいつが紅葉だ~っ!! 性根を叩き直してやる~っ!!」
辺りを見回し、ニヤリと笑う男。そういえば、姿が見えないとは思ったが……
「何なんだ、お前は。一般人は……」
避難させようとする白木谷を押しのけ、剛志は紅葉の前に立つ。
「……チャンスかもしれない」
小声でつぶやき、鷹雄は踵を返す。静波達も、その後に続いた。




