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招かれざる客

学園祭の最中に響き渡る、非常事態を告げる笛の音。駆けつけた彼らが見た物は……?











 「あれは、アンタが呼んだのかい?」


 学園長室にある、鏡の前。写っているのは前にいる二人ではなく、外の風景だ。


 「生徒たちの父兄でしょう。私は客を呼んではいませんよ」


 学園長はそう言い、満江を見つめる。


 「満江さん、何故静波くんをこの学園に?」


 「……イヤな感じがする」


 質問には答えず、満江は鏡を……正確には、鏡に写った若い男を見ている。


 「裏警察の男だね」


 ラフな服装はしているが、胸には小さい紋章がついている。学園長は肩をすくめ、鏡を見た。


 「……悠樹くんだな。二年前、この学園を卒業した……沖田 悠樹(おきたゆうき)。確かに、卒業後に裏警察に就職したはずだ」


 悠樹と言う男は、ウロウロとしながら屋台や野外パフォーマンスを見ている。一見すると、ただ学園祭を楽しんでいるだけのように見えるが、満江の視線は厳しい。


 「どうして、裏警察の人間が……」


 確かに裏警察は、内部の機密保持のため、関係者はほとんど裏警察の寮からの外出をしないと聞いている。子供の頃は憧れを持っていた者も、その実態を知れば、口を揃えて言うのだ。

 『裏警察はまるで、監獄のようだ』と。


 「それは、悠樹くんに直接聞けばいい」


 学園長はそう言い、指を鳴らす。普段はこれでアポートするのだが、悠樹に変わった様子はない。


 「ん? ……妨害されているのか?」


 「そりゃそうだろ。裏警察の相手は能力者、相手に易々と先手を取られちゃ、話にならないじゃないか」


 「ふむ……何かで自身に掛かる能力を妨害しているのか……裏警察も、なかなか手を考えるものだ」


 何故か感心しながら、学園長は鏡を見つめる。そして、首を傾げた。


 「? 何か、様子が……」


 一瞬見えた悠樹の顔に、学園長は違和感を感じたようだ。学生時と社会人になってからでは、顔付きも変わるだろう。そう言おうとした満江は、鏡を見て言葉を飲み込んだ。


 「まずい」


 瞳が、紅い。ギラギラした光を湛えた目で、悠樹は何かを探すようにフラフラしている。


 「……沖田……彩奈(あやな)! 彼女を……」


 学園長が言いながら、力を溜めようとする。しかし。


 「それ、この娘かい?」


 一人の女子学生が、悠樹に近付いている。その後ろには、双子の特能ボランティア部の部員。


 「……とにかく、そこまで行こう」


 学園長と満江は、部屋から慌ただしく出て行った。


















 「兄さん?」


 真緒と菜緒と一緒に学園祭を楽しんでいた沖田彩奈は、ふと久し振りに見掛けたその姿に声を掛けた。


 「彩奈ちゃんのお兄さんって、裏警察の?」


 菜緒が訊くと、彩奈は頷く。


 「招待状、送っておいたの。裏警察は忙しいって言ってたから、来ないだろうって思ってたんだけど」


 彩奈の家は両親がなく、兄妹二人きりだと聞いていた。日頃自慢していただけあり、彼女の兄は背も高く、逞しい体つきをしている。


 「兄さん、来てくれたんだ」


 彩奈はそう言いながら、兄に駆け寄る。しかし、その顔を見た途端、足を止めた。


 「どうしたの?」


 菜緒も彩奈に駆け寄る。彼女の顔は青く、ジッと兄を見つめている。


 「……あの人、様子が変だよ」


 真緒がそう言い、笛を手に取る。気配を感じたのか、兄・悠樹が振り向いた。


 「…………っ!」


 ギラギラと光る、紅い瞳。写真で見た悠樹の顔は、穏やかそうな青年だったはずだ。しかし、今は野生の獣のように、殺気立っている。


 「兄さん……腕輪は!? どうして外しているの!?」


 彩奈が話し掛けるが、悠樹は理解しているのかどうかすら分からない。その頭からは獣の耳が現れる。


 「……獣化能力者……」


 見るのは、初めてではない。沖田の家系は獣化能力者であり、彩奈の獣化は授業で何度か見たことがある。しかし、あくまで授業中であって、彩奈は獣化しても理性はあったし、言葉も理解していた。

 目の前の悠樹には、理性があるように見えない。とにかく非常事態だと、真緒は笛を吹いた。


 ピーーーーーー……

  ピーーーーーー……


 頼りない音だが、風に乗って部室には聞こえるはずだ。後は、とにかく悠樹を刺激しないようにしなければ。


 「腕輪がないの」


 彩奈は菜緒にそう言った。自分の腕を見せる。


 「これ。これがないと、大変なことになっちゃう!」


 彼女の腕には、太い腕輪が填まっている。シンプルな装飾のそれは、恐らく何かの制御装置なのだろう。


 「兄さん、とにかく落ち着いて!」


 彩奈が言うが、悠樹の獣化が止まらない。顔が獣毛に覆われ、腕や脚が太くなる。そんなことなど気にもしていないように、悠樹は辺りを見回し、更に動き始める。


 「ねぇ、彩奈ちゃん。お兄さんの目的って、何?」


 何か心当たりはないか、とにかく訊いてみる。彩奈の呼び掛けには、なんの反応もない。となれば、他の誰かを探しているに違いない。


 「……恵美さん」


 彩奈は小さく呟いた。恵美と言えば……


 「あの、演劇部のニューアイドルの?」


 「あの、めろめろ~とかって言ってる、ちょっとバカっぽい一年生の?」


 真緒の毒舌にも反応せず、彩奈は頷いた。


 「恵美さんは、兄の婚約者なの。私に会いに来たんじゃなければ、それにこの状態なら……多分、恵美さんに会いに」


 「……めぐ、み……」


 悠樹が、ゆっくり呟いた。正気を失っているように見えるが、獣化しただけなのだろうか? 様子を窺う真緒に、彩奈が囁く。


 「……ちょっと言いにくいんだけど、今、繁殖期に入ってるの。私達の家系は、獣の本能がまだ生きているから……だから、この腕輪で欲求を制御してるんだけど」


 「……要するに、発情期ってこと?」


 真緒の言葉に、彩奈は顔を赤くする。婚約者を探していると言うことは、目的は……


 「……学園祭の風紀が乱れるよ。とにかく、止めないと」


 真緒がどうしようかと考えていると、悠樹が突然空を仰いだ。鼻を動かし、一気にダッシュする!


 「待って、兄さん!」


 彩奈もその後を追い掛けるが、獣の脚に追い付けるはずがない。


 「真緒、菜緒、何があった!?」


 そこに、笛を聞きつけた鷹雄がやってきた。少し遅れて、静波と荒波、弓彦も現れる。


 「獣化能力者が、婚約者に発情中。このままだと、学園祭の風紀が乱れる」


 「真緒ちゃん! ……あの、彩奈ちゃんのお兄さんが、演劇部の恵美さんを探しているの。ただ、真緒ちゃんが言ったような状態なんだけど」


 菜緒の言葉で、大体の状況は察したようだ。鷹雄は顎に手をやり、考え込む。


 「私、追い掛ける!」


 彩奈はそう言うと、目を閉じた。深呼吸を繰り返すと、彼女の姿が変貌していく。


 「……うわぁ」


 初めて獣化能力者を見た静波と荒波は、ただ呆気にとられる。少しすると、そこには白い獣が立っていた。


 「……こっち」


 言うと、彩奈は四つ脚で駆けていく。その後を、真緒と菜緒が続いた。


 「……相手は、沖田悠樹。いざという時は、言の葉で彼を止めてくれ」


 鷹雄に言われ、荒波は頷いた。






 あっさりと見失ったものの、弓彦が残留思念を追ったお陰で、ようやく沖田悠樹を見つけ出した。


 「信じられない。こんな所で獣化までして……さっさと裏警察に帰りなさいよ!」


 演劇部の部室内でヒステリックに叫んでいたのは、ニューアイドルの恵美だった。その姿は、「ズッキュンメロメロ~」とか言っていた時とは、比べられないほど刺々しい。


 「大体、アンタが私を置いて裏警察に就職した時点で、婚約なんか解消したはずよ! なのにこんな所まで押し掛けてきて……最低!」


 恵美は罵ると、悠樹に向かってジュースを投げつける。頭からジュースを被っても、悠樹は獣化したまま立っていた。恵美の言葉を、聞いているのかいないのかも分からない。言い終わった恵美が一息つき、そばのコップを手に取る。その時だった。


 ガバッ!


 「キャアアアアアッ!!」


 恵美の叫び声と、コップが割れた音。悠樹が恵美を抱き締めている。一瞬、想い人への熱い抱擁にも見えたが、恵美は完全に嫌がっている。その目が光り、彼女の毛が逆立った。


 「この……最低男!」


 尖った耳と、長い尾。悠樹が犬科の獣なら、恵美は猫科の獣に見える。獣化した二人は揉み合いになり、牙を剥き出しにして争っている。とても、間には入れない。


 「『沖田悠樹、松山恵美から離れろ』!」


 荒波が叫ぶ。その言の葉に反応し、悠樹が恵美から離れる。しかし、恵美は気が収まらず、離れた悠樹の肩に噛み付いた!


 「ぐぁあああっ」


 苦しげに、悠樹が叫ぶ。肩からは血が流れ、その血の臭いで悠樹の気が更に高ぶる。


 「何よ……婚約なんて、家が勝手に決めたことじゃないの……。私は、アンタなんか、最初からイヤだったのよ!!」


 「な、何ですって!?」


 恵美の言葉に毛を逆立てたのは、悠樹ではなく彩奈だった。怒りで、牙を剥く。


 「兄さんは、あんたみたいなハデな女でも、本気で愛そうとしてたのよ!? 安定した収入の為に、それにあんたに頼まれたから、裏警察に入ったんじゃない!!」


 「誰がそんなことを言ったの? 私はただ、裏警察なら収入は安定してるわねって、アイツに言っただけじゃない。大体、裏警察に入れば、ずっと寮暮らしだって聞いたのに……」


 悠樹は牙を剥き出して唸っているが、言の葉の効力で動けない。とにかく、悠樹と恵美、そして彩奈を落ち着かせなくては。


 「……修羅場ってやつだよね。どうしようか?」


 鷹雄も、困惑した顔で首を傾げる。


 「とにかく、獣化を解いてくれ」


 鷹雄の言葉に、彩奈と恵美が獣化を解く。ちゃんと服まで戻るんだ、と静波は何となくガッカリした。


 「静波、顔」


 「あ、出てたか?」


 慌てて顔を引き締める。ここに愛がいなくて良かった。


 「こっちは……獣化は解けないのかな?」


 悠樹はまだ獣のままだ。肩からは、まだ血が流れている。


 「……このままなら、戻るわよ」


 恵美は、素っ気なく言った。ニューアイドルを演じるつもりも、もうないようだ。


 「気を失うか、死ねば獣化は解けるわ。……ほんと、どうしてこんな所まで来たんだか……しかも、獣化までしちゃって」


 「……何よ、兄さんを厄介払いして、他の男に乗り換えようとしてたくせに」


 女二人が、また火花を散らす。


 「私には、総夜様の方がピッタリなのよ。アンタみたいなガキが、総夜様の婚約者だなんて、認めるわけないでしょ!」


 「はぁ? それがあんたの本音? 兄さんが邪魔だったんでしょ? だから、裏警察の寮に入れて……」


 いつもは頼りになる鷹雄だが、修羅場の経験はあまりないようだ。どうしようかと、手をこまねいている。静波も荒波も困って顔を見合わせ、弓彦はどこか面白そうに二人の言い争いを見ていた。


 「……ここだったか」


 扉を開けて、学園長が演劇部に入ってきた。満江もその後ろから来る。


 「……悠樹くん、久し振りだね」


 穏やかな学園長の呼び掛けにも、悠樹は毛を逆立てたままだ。紅い瞳は、ジッと恵美を見ている。


 「……すまない」


 学園長は一言呟き、悠樹の腹に一撃入れる。重い拳を急所に受け、悠樹は息を詰まらせた。そのまま、崩れ落ちる。


 「兄さん!」


 彩奈が駆け寄る。獣化が解け、元の青年の姿に戻った悠樹は、ぐったりとしていた。満江が、肩の止血を施す。


 「これで正気に戻ってくれればいいが……」


 「しかし、腕輪はどうしたんだい?」


 満江は、制御の腕輪のことは知っているようだ。知らない静波たちは、首を傾げる。


 「自分で外すような子じゃないんだが……」


 「め、ぐみ……」


 学園長が言い終わる前に、途切れ途切れの声が聞こえた。驚いた学園長が、振り返る。


 「めぐ、み……ぼく、は……」


 学園長の重い拳を受けた悠樹が、うっすらと目を覚ましている。紅かった瞳は、落ち着いた茶色に戻っていた。


 「兄さん!」


 彩奈の呼び掛けに、悠樹は視線を彷徨わせる。しかし、どこも見ていないようだ。焦点があっていない。


 「あや、な…ぼくは……うら、けいさつは……もう、いや……げんか」


 「沖田悠樹、探したぞ」


 乱暴に、部室の扉が開かれる。そこにいたのは、冷たい雰囲気の男だった。


 「失礼。裏警察の者です」


 男はそう言うと、悠樹に近付いた。その気配に気付き、悠樹は怯えたように身を震わせる。


 「や……もう……」


 「沖田悠樹、大人しく寮に戻れ。これ以上の規則違反は……」


 「うわぁああああっ!」


 悠樹が叫び、再び獣化しようとした時。


 パァンッ……!


 軽い破裂音が、部室に響いた。


 「……え?」


 鷹雄の呟きが、部室に響く。肩からとは比べられないほどの出血が、部室を濡らしていく。悠樹の身体は、床に崩れ落ちた。


 「いや……兄さん!」


 駆け寄ろうとする彩奈を、男が止める。指を鳴らすと、外に待機していたのか、数人の男達が部室に入ってきた。悠樹の身体を運び出していく。


 「兄さんを、どこに連れて行くつもりなのっ!?」


 「外に、裏警察の車両がある。ヒーラーも待機している。治療をして、寮に戻るだけだ」


 素っ気なく言い、男は学園長に頭を下げた。


 「柳谷学園長ですね? 私は、裏警察の白木谷(しらきだに)と申します」


 手帳を見せる。そこには、『裏警察警視 白木谷洋介(ようすけ)』と書かれていた。


 「……突然拳銃とは、如何なものですかな? 白木谷警視。ここは平和な学園内で、悠樹くんも落ち着いてきた所だった」


 「すみません。お騒がせするつもりはなかったんですがね」


 口先だけで謝り、白木谷は唇を歪ませる。


 「沖田悠樹に関しては、危険だと判断したもので。何せ、制御の腕輪がなかった。いかにこの学園の者達が能力者であっても、裏警察で鍛錬を重ねてきた『兵士』に、敵うわけがないでしょう。とりわけ、あのような化け物に変身するような輩には」


 「化け物、ですって!?」


 彩奈が白木谷を睨み付ける。その奥では、恵美も嫌悪の目を向けていた。


 「これは失礼。妹さんでしたね。お兄さんは、規則違反の件でしばらくは謹慎処分になるでしょう。手紙なども処分が解けるまでは出せなくなりますので、ご理解下さい」


 事務的にそう言うと、白木谷は皮肉気な笑いを浮かべる。一礼し、部室から出て行った。


 「兄さん……」


 彩奈は力無く、その場に座り込む。恵美は、居心地が悪そうにソワソワしていた。


 「……解決した、のかな?」


 鷹雄の呟きに、答える者はいない。後味が悪いまま、演劇部の部室を後にした。






 「兄さん、大丈夫かな?」


 部室から出て少しすると、彩奈は落ち着いてきたようだ。その言葉に、一緒に来た真緒と菜緒は、視線を交わす。白木谷の言うことが本当なら、今頃手当てを受けているはずだ。


 「きっと大丈夫よ。ね?」


 菜緒は、とにかく明るい口調で彩奈を慰める。彼女は悲しげな目で、菜緒を見つめた。


 「……私が、招待状なんか送ったから……」


 「違うよ! 彩奈ちゃんのせいじゃないから!」


 菜緒は必死に励ますが、きっとまだ彩奈には届かないだろう。そう思いながら、真緒は一緒に歩いていく。


 「……私ね、兄さんが少しでも休めるようにって、チケット送ったの」


 彩奈はそう言いながら、辺りを見た。屋台の呼び込み、ゲームに興じている子ども、賑やかなBGM……先程の騒ぎは無かったことのように、学園祭は続いている。


 「……私達ね、あ、私達って、獣化能力者のことなんだけど」


 彩奈はベンチに座った。菜緒も、隣に座る。


 「だんだん、獣化能力を持った子どもが減ってきたの。どうしてなのかは分からない。ただお陰で、能力を次代に残すために、家同士の婚約が強制になったわ」


 ぼんやりと、中庭の噴水を眺める彩奈の横顔からは、何の感情も読み取れない。


 「影世界じゃ、けっこう珍しくないことなんだけどね。妖遣いの家系だって、昔は血族婚が当たり前だったし」


 濃い血が、異能を現代まで継続させている。そう信じる老人も、まだ多い。


 「私も兄さんも、婚約者と結婚して、跡取りを生み育てて、影世界で何も変わらない生活を送るって、ただ思ってた。でも……」


 彩奈が、菜緒の方に顔を向けた。その目は、微かに潤んでいる。


 「光輪学園に来て、そんな生き方に疑問を持つようになったの。今まで信じてきた当たり前が、まるで歯車の一部のように感じたわ。表世界から来た子達は、閉鎖的だった私達に、色々なきっかけを作ってくれた」


 「彩奈ちゃん……」


 確かに、菜緒も言ったことがある。


 『彩奈ちゃんって、どんな男の子が好きなの?』


 表世界では普通に交わされる他愛ない言葉も、彩奈には新鮮なものだったのだろう。キョトンとした顔で菜緒を見つめた後、困って俯いたのを覚えている。


 「……いっぱい考えた。私は本当に、総夜さんのことが好きなのか。……答えは出なかったけど、恵美さんが入学してきて、総夜さんに話し掛けたり微笑んだりするたび、分かったの。この人は、本当に総夜さんの事が好きなんだって」


 兄の婚約者が、自分の婚約者に恋している。複雑な心境は、菜緒には分からない。ただ、色々悩んだだろうとは感じた。


 「……どうすれば、良かったんだろう? 私はただ、兄さんに休んでほしかった。恵美さんに、兄さんの方を見てほしかった。……どうして、どうして腕輪を外してしまったの?」


 涙はどんどん溜まり、ついに彩奈は顔を覆う。


 「でも、お兄さんは、本当に自分で腕輪を外したの?」


 「そうだよ。それは、ハッキリしていないんだ。もしかしたら……嵌められたのかもしれない」


 真緒の言葉に、彩奈は顔を上げた。


 「……誰に、何故?」


 「それは……」


 確かに、悠樹を嵌めることで誰かが得をするのかは、分からない。考えられるのは、婚約破棄したい恵美だが、彼女はずっと学園内にいたはずだ。


 「そう言えば、真緒ちゃん」


 菜緒が首を傾げる。


 「裏警察の怖い人達、どうやって学園に来たのかな? バスじゃないと、入ってこられないはずよね?」


 「……後で、学園長に聞けば?」


 素っ気ない真緒の返事に、菜緒はしゅんとする。


 「……とにかく、兄さんに手紙を書いてみる」


 彩奈は、そう言って立ち上がった。


 「そうすれば、腕輪のことも何か分かるかもしれないし。……私が出来る事なんて、それくらいしかないし」


 彼女の目には、まだ悲しみが残っている。だが、その目は空を見つめていた。


 「兄さんにも、今まで信じてきた生き方とは別の人生が、きっとあるって……私、手紙で伝えていくわ。ずっと……」


 立ち上がった彼女の姿に確かに強さを感じ、菜緒と真緒は 二人で顔を見合わせて微笑んだ。


 パァン……パァンパァン……


 学園祭の締めくくりとなる花火が、屋上から上げられる。まだ日が高く音だけだったが、盛況の内に学園祭は幕を閉じる。

 良いことも悪いことも、歓声に包まれていった……。




















 「終わったな」


 学園から離れながら、白木谷はタバコを吹かした。


 「……全く、手間を掛けさせた割に、大した成果もなしか」


 運転手は、桜井の人間だ。裏警察にも、それくらいのコネはある。小型輸送車の中には運転手と白木谷、そして数人の能力者がいる。そして、拘束された悠樹が。


 「……いや、確か……ガキの中に、妙なのがいたな」


 悠樹の周りで起こった事は、悠樹の身に付けていた紋章で聞いていた。その中で、確かに声が聞こえた。


 《『沖田悠樹、松山恵美から離れろ』!》


 その言葉で、確かに悠樹は止まった。紋章には、能力妨害の効果もあったはずなのに。


 「……言葉の能力者、か。後で調べるとして……お前はもう用済みだ。脱走なんかしやがって……」


 白木谷は、悠樹に向き直った。冷たい微笑みを向け、意識のない悠樹に囁く。


 「銀の弾丸でなくて悪いな、狼男」


 輸送車の中で一度、二度と破裂音が響く。その音は遠くからの花火の音と混ざり、静かに消えていった。











表で裏で、進行していく『悪意』。それらは、光輪学園をゆっくりと取り巻いていくのか……?


読んでいただき、ありがとうございます!


ついに、残酷描写をやってしまった……

と、ちょっとドキドキしています。小心者なので。


次も、読んでいただけると嬉しいです!

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