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学園祭

準備期間が終わり、ようやく学園祭の始まり。のんびり過ごしていた静波と荒波だったが……













 バタバタした準備期間も終わり、ついに学園祭当日になった。


 「当日は、特能ボランティア部は警備にあたることになっている」


 鷹雄はそう言うと、みんなを見回した。


 「まあそう言っても、自由に学園祭の出し物を見てきていいよ。家族が来ている人は、家族と過ごすのもいい。ただ、少しだけ警戒して、何かあったらこの笛を吹くんだ」


 メンバーに渡された、銀の笛。受け取り、首に掛ける。


 「梨香には俺から渡してある。じゃ、ゆっくり学園祭を楽しもう!」


 鷹雄の言葉に、みんなが笑顔で頷く。


 チャイムの音が鳴り響き、学園祭が始まった。




















 特に当てもなく、静波と荒波は学園内を散策していた。


 「御祖母様、来られるかな?」


 荒波が呟く。静波はさあな、と返しながら、体育館に向かった。


 「……うわ」


 体育館には、大勢の女生徒がいた。壇上では、武具をつけた男子生徒達が、一糸乱れぬ型を披露している。


 「剣道部か……鎮もあの中にいるかな?」


 「そりゃいるだろ。……あーあ、剣道部って女子受けいいのか……知らなかった」


 ぼんやりと見ながら、静波が言う。女子受けは静波にとってそこそこ気になる部分だ。恐らく、特能ボランティア部も人気はあると思うのだが……


 「お? 荒波と静波じゃないか」


 後ろから声を掛けてきたのは、剛志だった。その後ろには、お揃いの法被を着た男子生徒達がいる。黒い衿には白い字で、『高殿宮まどか親衛隊』と書かれていた。


 「お前等も、この次の演劇部の映画を見に来たんだろ? でも、こんだけ女子がいたらなぁ……最前列は無理だろうなぁ……」


 剣道部を見ていた女子の歓声が、一際大きくなる。どうやら、終わったらしい。ちらほらと女子が体育館を出て行く中、法被の男子が我先にと空いた椅子に座ろうと走る。


 「荒波、どうする?」


 「うーん……気になるけど、座るところある?」


 キョロキョロしていると、剛志が手を振っているのが見える。行けば、二人分の椅子があった。


 「ほら、パンフレット!」


 手作り感満載のパンフレットを差し出される。表紙には、『白雪姫~愛と悲しみの黒い雪・二人の王女と運命の王子』と書かれていた。


 「……何か、演劇部のネーミングセンスって……」


 「白雪姫って、絵本で読んだやつ? 面白そうじゃない?」


 静波が首を傾げ、荒波が少し期待する。剛志は気合い十分といった様子で、やや前のめりになっている。


 「なあ、タケさん。タケさんは何の役?」


 訊けば、剛志はパンフレットを指さした。パラパラと捲る。


 「……? 王子の友人のネズミ? ネズミなんか、白雪姫に出て来た?」


 「……さあ?」


 よく分からないが、ネズミ役らしい。


 「ま、見てりゃ分かるだろ」


 どんどん人が多くなっていく。静波の隣に座った女子が、少しパイプ椅子を寄せてきた。


 「混んできたな……」


 隅に積んであるパイプ椅子を、生徒達は次々と手にとって座っていく。椅子がなくなれば、後ろの方に立って準備している生徒もいる。


 「……大盛況だ」


 先程の剣道部の演武は、まだ人が少なかったのだと知る。


 《只今より、全モニターより、演劇部の映画・『白雪姫~愛と悲しみの黒い雪・二人の王女と運命の王子』の一斉上演を開始します。上映会場は暗くなりますので、暗視能力者以外の方は無闇に動かないようお願いします》


 「うーん、ここならではだな」


 静波が呟けば、隣の剛志に小突かれる。


 「しっ! もうすぐだぞ!」


 体育館が暗くなる。そして、映像が流れ始めた。






 《ああ……私の白雪よ……美しい雪絵、キミをずっと愛している……》


 王子の扮装をした鷹雄が、王女に扮したまどかと抱き合う。アップになり、男女問わず悲鳴に近い声が上がる。


 少しして、体育館が明るくなった。大きな拍手が鳴り響き、壇上に大柄な男子生徒が現れる。


 「どーもどーも、部長の室戸 (むろとしのぶ)でーす。よろしくよろしく」


 暑いのか、やたら汗を拭きながら、忍は挨拶をする。そして、次に現れたのは。


 「はーい!! 期待のニューアイドル、松山恵美ことメグでーす! みんなのハートにズッキュンメロメロ~!!」


 「「「ズッキュンメロメロ~!!!!」」」


 剛志達とは違う法被のメンバーが、何やら叫ぶ。その温度差に、静波は思わず引いてしまう。


 「さっきの映画のお姫様とは、随分印象違うね」


 荒波もそう言い、立ち上がった。


 「?」


 「もう行く」


 荒波はそう言うと、体育館を出て行く。静波も後を追えば、荒波はふうっと溜め息を吐いた。


 「……感動したのに」


 「えっ、感動してたのか……」


 映画の内容は、白雪姫をベースにしたのかどうだか……静波にとってはよく分からない話だった。

 あるところに、美しい女の子が産まれる。しかし双子だった為、一人は養女に出された。二人は別々に育ち、十八年後に偶然再会する。元の家で育った雪絵(まどか)は貧乏暮らしだったが、養女に出された沙雪(恵美)はお嬢様として何不自由なく暮らしていた。

 ありがちな話だったが、そこに王子である隼人(鷹雄)が現れ、二人は三角関係に。沙雪に苛められる雪絵だが、隼人は雪絵の優しさと美しさに惹かれ、結局は二人は結ばれる。


 「俺としては、あのまどかさんの貧乏な演技がちょっと……」


 「? そうだった?」


 二人は貧乏暮らしの経験はないが、静波は友人の話で何となくのイメージがあった。


 「貧乏ってのは、過酷なんだよ……多分」


 「ふーん……僕は、隼人が沙雪に惑わされずに雪絵を選んだことに感動したな。僕なら、騙されるかもしれない」


 根が素直で世間知らずの荒波なら、あり得そうだ。


 「で、ネズミ出て来た?」


 「……タケさんなら、チラッと出て来たな。まどかさんに、パーティー用のドレスを貢ぐ男の役で」


 二人で映画の話をしながら、校庭に出る。


 「おーい、双海の双子くん! 昼飯まだだろー!?」


 声を掛けられ、料理部の屋台に向かう。焼きそばやたこ焼きが並んだ台では、芳原がせっせと客を呼び込んでいた。


 「荒波、どれ食べる?」


 「んー……焼きそば」


 焼きそばと牛串を買い、設置されている飲食スペースに行く。食べていると、後ろから声を掛けられた。


 「隣、いいですか?」


 「あ、ヨシちゃん」


 愛がぺこりと頭を下げ、隣に座る。その隣には、友人だろう女子生徒が二人座った。


 「ねぇねぇ、君達あの双子くんだよね? ヨシの知り合いってことは、特能ボランティア部なの?」


 「可愛い顔してるじゃない? ヨシはどっちが好みなの?」


 「えっと、どっちが何って名前だっけ?」


 どんどん女子生徒達に訊かれ、静波も荒波も困ってしまう。愛が助けを出そうとするが、女子生徒達の方が勢いがある。矢継ぎ早に来る質問をかわしながら、静波は愛に話し掛けた。


 「ヨシちゃん達は、どこか見てきた?」


 「さっき、映画観てきました。素敵なお話でしたよ。静波さん達も観ましたか?」


 「あ、うん。観たよ」


 「恋愛って、素敵ですね……。憧れちゃいます」


 「……今、好きな人とか…いないの?」


 訊きながら、静波は内心ガッツポーズを取る。自然な流れだ。


 「えっ……今は……えっと……」


 困ったように、愛が答えに詰まる。その援護なのか、友人の女子生徒が口を挟んだ。


 「静ちゃんは? 好きな子、いないの?」


 「えっ……あっ……」


 愛と同じ状態になり、思わず彼女と目が合う。お互いの困った顔に、つい二人で吹き出した。


 「あー、何よ、意気投合しちゃって。あ~や~し~い~な~」


 突っ込まれ、また焦る。話が二人に逸れ、荒波はこっそり安堵した。


 「そ、それより……あ、次は何か見に行くの?」


 慌てて話題を逸らそうと、静波は三人に訊いた。愛は友人達に目をやり、女子生徒達はパンフレットを広げる。


 「えっとね、占い部のテントに行ってから~、総夜様のライブに行って~、農業体験部の直売所を覗いて~、茶道部の野点に行こうかな?って話してたんだけど。ね、ヨシ」


 「あ、うん」


 頷く愛だが、静波には気になるワードがある。


 「総夜様って、誰?」


 そう訊くと、女子生徒達は驚いた顔で詰め寄った。


 「え、もう入学して大分経つのに、総夜様を知らないの!?」


 「ウソ~、信じられな~い」


 言われるがままの静波の肩に、愛がそっと手を置く。振り向けば、彼女は説明してくれた。


 「二年生の、四條 総夜(しじょうそうや)さんのことです。部活には入ってないんですけど、個人参加ということでライブをするそうなんですよ。とても人気で、ライブのチケットはすぐに完売したそうです」


 「……へぇ、そうなんだ」


 人気があるということは、イケメンで歌も上手いのだろう。何となく愛の口から聞きたくなかった情報に、静波はつい素っ気ない言葉で返す。


 「あ……すみません……」


 静波の言葉に、愛は突然謝った。驚く静波に、愛は悲しそうな微笑みを見せる。


 「あの、学園祭楽しんでくださいね」


 愛はそう言うと、そのまま去っていった。慌てて、女子生徒達も席を立つ。


 「……? いきなりどうしたの?」


 荒波に訊かれても、静波だってよく分からない。ただ、自分の態度に対して傷ついたのだろうということは、何となく感じた。


 「あーあ、ヨシりんは敏感だからなぁ」


 不意に、後ろから声を掛けられる。振り返ると、弓彦がニヤニヤしながら立っていた。手にはたこ焼きを持っている。


 「多分、静波を怒らせたと思ったな」


 「えっ、ヨシちゃんが? 俺を?」


 静波が勝手に妬いただけなのだが、愛はそう取らなかったようだ。


 「何で、そんな風に思うの?」


 荒波が不思議そうに訊く。弓彦は隣に座りながら、静波を見た。小さな声で呟く。


 「ここじゃあんまり聞かないけどさ、表世界の学校じゃ、掃いて捨てるほど聞くだろ? イジメとかさ」


 「え……」


 「ま、ヨシりんは言わないし、オレっちもつい視えただけの情報だから、これ以上は言えないけど。ただ、相手に必要以上に気を使わなくちゃならない状況にいた、それだけは確かだよ」


 そこまで聞くと、静波はガタリと立ち上がった。そのまま、愛の去った方角に走っていく。


 「……行っちゃった」


 焼きそばをのんびり食べながら、荒波はポツリと呟く。たこ焼きを頬張りながら、弓彦は「せーしゅんだねぇ」と笑った。




















 聞いた行き先を思い出しながら、静波は占い部のテントを目指した。校庭から中庭に行けば、テントがいくつも並んでいる。


 「……この辺にいれば、わかるかな?」


 辺りを見回したが、愛と友達の姿はない。テントには列が出来ているものとそうでないものがあり、中でも長蛇の列が出来たテントには、老若男女問わず並んでいた。


 「あら、静波さん」


 声を掛けられる。見れば、物部桜がニコリと微笑んだ。


 「奇遇ですね。もしかして、私のテントに御用でしたか?」


 「いや、ヨシちゃんに話があって……」


 言いながらも、会って何が言いたいのかは、静波本人もよく分からない。困ったような静波の顔に、桜も困ったように眉をひそめた。


 「何かお困りのようですが、申し訳ありません。私もこれから用事がありまして……」


 「あ、ゴメン。別に大丈夫だから」


 「本当にすみません。何せ、総夜様のライブの為なので……」


 「?」


 総夜様と言えば、愛達も行くと言っていたような……


 「ちょ、ちょっと待って」


 「いえ、待てません。何せ、先着順で良い席が埋まってしまいますので」


 仕方なく、静波は桜について行く。


 「あのさ、ライブって……」


 「あぁ、やはりもう並んでますね。私の予知夢によれば、この時間に行けばまだ良い席が取れるはず……」


 桜の言葉通り、ライブ会場なのだろうカラオケ部の部室前には、大勢の女子生徒が立っている。桜もチケットを持って列に並んだ。


 「……いるかな?」


 愛の姿を探す。すると。


 「あ、静ちゃん!」


 愛の友達から声を掛けられた。愛もぎこちない笑顔で立っている。


 「あ、ヨシちゃん……」


 本人を目の前にし、静波は少し視線を逸らした。しかし、意を決してちゃんと向き直る。


 「さっきは、ゴメン」


 「……え?」


 静波の謝罪に、愛はキョトンとした顔になった。友達の女子生徒が、愛の肩を叩く。


 「ヨシ、静ちゃんと話してきなよ」


 「ライブ、あんまり興味なかったんでしょ? チケットは誰かに売り飛ばしとくから、さ」


 愛は少し困っていたが、チケットを友達に渡す。そして、静波に言った。


 「あの……場所、変えましょうか」


 確かに、女子生徒が大勢いるこんな所で謝罪されても、変な注目を浴びるだけだろう。己の浅慮さに、静波は後悔する。


 「……食堂に行きましょう」


 愛の言葉に頷き、静波は食堂に向かった。






 「あのさ」


 食堂はまばらにしか人がいない。昼食時にしか来ない為か、人の少ない食堂に違和感を感じる。しかし、話はし易いだろう。静波は切り出した。


 「さっき、ヨシちゃんにイヤな思いさせたよな。だから、謝ろうと思って」


 「え……でも、私の方こそ……」


 呟く愛に、静波は首を振る。


 「ヨシちゃんは何も悪くないよ。ただ、俺が勝手に……」


 ヤキモチを、と言おうとして言葉に詰まる。

 別に、静波と愛は付き合っている訳ではない。しかも、愛に対する気持ちは好意ではあるが、特別な想いなのかと訊かれると、まだ曖昧な答えも出ない気がする。


 「……静波さん?」


 急に黙り込んだ静波に不安になったのか、愛の困ったような声が聞こえる。


 「……だからさ、勝手に俺が……悪いから、ヨシちゃんが謝らなくていいんだ。本当にゴメン」


 無理やり言葉を飲み込み、静波は謝った。愛はその真剣な表情を見て、困ったような顔のまま微笑む。


 「いいんですよ。謝らなくて。でも……分かりました」


 愛はそう言うと、静波の手を取る。


 「お互いにもういいっていうことでいいんですよね? じゃ、仲直り」


 にっこりと暖かい笑顔に、静波もつい笑顔になる。ちゃんと謝れて良かった、と心底感じた。


 《ただいまより、四條総夜くんの単独ライブが、カラオケ部部室にて行われます……》


 校内放送が流れる。


 「ゴメンな、ライブ行けなくなって」


 静波が言うと、愛は笑顔のまま答えた。


 「本当は、あまり興味は無かったんです。人混みは苦手だし、総夜さんのファンの方って……熱心な人が多いみたいで。だから、ちょうど良かったんですよ。静波さんが連れ出してくれて」


 ホッとしたような笑顔に、静波の胸が一瞬高鳴る。


 「じゃ、俺と一緒に……」


 学園祭を回ろうよ、と言おうとした。しかし、


 「おや……静波じゃないかい。荒波はどうしたの? 一緒にいなくちゃいけないじゃないか」


 聞き覚えのある声に、静波はゆっくり後ろを振り返った。そこには、この間まで毎日見ていた顔。


 「ば、ばぁちゃん……来てたんだ」


 「何だい、招待状を送っておいて来たんだ、はないだろう? で? こんな所で逢い引きかい?」


 二人の祖母であり、現双海家の頭首・双海満江。きっちりと結い上げた白髪と上品な和服姿が印象的だ。


 「あ、初めまして。……三好です」


 愛が頭を下げる。満江も丁寧に頭を下げ、微笑んだ。


 「双海満江です。静波がお世話になっているようで……」


 「いえ、こちらこそ、静波さんにはお世話になっています」


 二人の会話をぼんやり見ていた静波だったが、そういえば荒波はどこだろうと思う。飲食スペースに置いてきた気がするが。


 「で、静波。荒波はどこだい?」


 満江に言われ、静波は首を傾げて愛想笑いを浮かべる。しかし、そんなことをして満江の追求を逃れたことはない。


 「……探してくる。ばぁちゃんは、どうする?」


 「私も行くよ。ここで待っていても、どうしようもないからね」


 満江の言葉に、こっそり溜め息を吐く。上手く行けば、愛と学園祭を回れていたのに……


 「あの、私もご一緒してもよろしいですか?」


 遠慮がちに、愛から声が掛けられる。静波が答える前に、満江が返事をした。


 「いいよ。一緒に行こうじゃないか」


 「ありがとうございます」


 愛の予定を変えてしまった静波としては、ホッとする返事だった。愛に微笑むと、彼女も笑顔を返す。


 「多分飲食スペースにまだいると思うんだけど……」


 移動するにも、荒波は人見知りだし行動力はあまりない。そう考えていたが、飲食スペースに戻ってもその姿は無かった。


 「あれ? 別れた時はここにいたんだけどな……」


 「もしかしたら、誰か友達と移動したんじゃないのかい?」


 言われても、特別仲のいい友達はいない。行動のほとんどは静波と一緒だし、どちらかと言うと友達と付き合うのは静波の役割だった。


 「あ、でも」


 別れた時、確か弓彦がいた気がする。彼は部活の先輩だし、気安い雰囲気を持っている。誘われれば、荒波も一緒に行くかもしれない。


 「先輩と一緒にいるかも」


 そう言うと、満江はふうん、と呟いた。


 「荒波も、人慣れしなきゃねぇ。いつまでも、静波と一緒にいられるわけじゃないんだから」


 「じゃ、別に探さなくても……」


 「……静波、決して荒波と離れるなと、私は言ったはずだけどね」


 厳しい一言に、静波は首をすくめる。口で勝てる相手ではない。しかも、満江は言の葉遣いとしても優秀な遣い手だ。


 「でも、ばぁちゃんは俺には直接『荒波と離れるな』なんて、言わなかったじゃないか……」


 「あんまりうるさいと、言の葉掛けるよ」


 「ごめんなさい。もう離れません」


 静波は素直に謝り、愛に尋ねた。


 「弓彦さん、どこに行きそうか分かるかな?」


 「弓彦さんなら、人混みは避けると思います。前に、肩がぶつかっても『読んで』しまうって言ってましたから」


 「この時間帯で、人が少ない場所……」


 静波が考えていると、愛はポンッと手をたたいた。


 「静波さん、部室なら誰もいませんよ。弓彦さんは副部長だから、合い鍵も持ってますし」


 「なるほど。行ってみよう」


 他に手掛かりがないのなら、行動あるのみだ。静波達は、特能ボランティア部の部室に向かった。






 「あ、御祖母様」


 部室では、荒波がのんびりとお茶を飲んでいた。おそらく、弓彦が淹れたアイスティーだろう。


 「お久しぶりです。御身体は大丈夫ですか?」


 「やあ、荒波。私ゃこの通り、ピンピンしてるよ。それより、なんで静波と別行動をしているんだい」


 「……静波が、勝手に行っちゃったんで。僕は、止めようとはしましたよ」


 荒波の言葉に、満江の視線が静波に向けられる。


 「……ごめんなさい」


 静波は謝ることしかできない。しばらく視線で攻撃していた満江だったが、また荒波の方に視線を戻した。


 「まあ、お前も外の世界が見られて良かったよ。私の頃は、外のことなんか何一つ知らなかったからね」


 「まだ僕も勉強中です」


 荒波の言葉に頷き、満江は部室の中を珍しげに眺める。


 「広い部屋だねぇ。ここは?」


 「特能ボランティア部の部室です。僕と静波も在籍しているんです」


 荒波の答えに、満江は一瞬だけ顔を強張らせた。


 「それは、荒波が決めたことかい?」


 「? はい。僕がこの部活に入ることを決めました」


 「……そうかい」


 満江はそう言うと、ソファーに座る。そこに、お茶菓子を持った弓彦が現れた。


 「あり? おばちゃん、誰?」


 見知らぬ女性にいきなり『おばちゃん』呼ばわりだが、『お婆ちゃん』と呼ばれなかった満江は背筋を伸ばして答えた。


 「双海満江だよ。荒波と静波の祖母でね、荒波に会いにここに来たんだ」


 「あー、なるほど」


 弓彦はお茶菓子を満江の前に置き、にこりと笑う。


 「アイスティー、淹れてくるよ。静波とヨシりんも飲むだろ?」


 答えも聞かずに、部室の奥に入っていく。


 「なんだい、あの男は……。自分は名乗りもしないで」


 憤慨する満江に、静波は苦笑いを浮かべた。弓彦は悪い人ではないが、あの気安さは万人受けしない。特に、祖母のような名家の頭首などという人間には、無礼千万にしか見えないだろう。


 「まあまあ、俺達、世話になってるんだからさ」


 大目にみてほしい、と言外に伝えれば、満江は不承不承文句は止めた。代わりに、静波に訊く。


 「で、あの男の名前は?」


 「瀬戸弓彦さん。今は三年生」


 「瀬戸? 聞いたことないね……」


 首を傾げる満江に、荒波が言った。


 「表世界から来たと言っていました。能力者だったから」


 「……そうかい。表世界からねぇ」


 それ以上弓彦のことは訊かず、満江はお茶菓子に手を伸ばした。そのまま、弓彦を待つ。


 「お待ち遠さん。おばちゃん、どうぞ」


 満江のこめかみが、ピクリと動く。気付いているのかいないのか、弓彦は呑気な笑顔のまま静波と愛にもアイスティーを振る舞った。


 「もう少ししたら、鷹雄も戻ってくるってさ」


 「鷹雄さんが?」


 「ん。何か、おばちゃんに挨拶したいって」


 影世界の繋がりがあるのだろうか?

 満江を見れば、彼女は澄ました顔でアイスティーを飲んでいた。


 「ばぁちゃん、鷹雄さんと知り合い?」


 「天行寺鷹雄だろう? 知ってるよ。子供の頃、何度か家に来ていたしね」


 「え? そうなの?」


 寝耳に水の話に、静波は思わず荒波と顔を見合わせる。小さい頃に鷹雄に会った覚えなど、全くないのだが。


 「まあ、あんたたちはまだ、産まれてそう経ってない頃だったからね。鷹雄が三つくらいの頃の話しさ」


 そりゃ、覚えがなくて当然か。


 「あの頃は、まだ影世界にいたからね……双海家も」


 満江の言葉に、静波は気になっていたことを思い出した。訊こうと口を開いた時。


 「満江先生、お久しぶりです」


 鷹雄が部室に来た。言葉を遮られ、静波は口を噤む。


 「……先生?」


 荒波が呟くと、鷹雄は満江と握手をしながら言った。


 「満江先生は、俺の能力開花の手助けをしてくれた先生なんだよ」


 ソファーに座ると、弓彦がタイミング良くアイスティーを持ってくる。「ありがとう」と言いながら、鷹雄はカップを取った。


 「影世界には、この光輪学園が出来るまで、学習の場がなかった。まあ、一般教養なんかは家庭学習や表世界への留学でなんとかなるんだけど、能力についてはそうもいかない。特に、名家と呼ばれる血筋にとっては、跡取りが能力を持っているかどうかは、かなり重要な問題なんだ」


 確かに、跡取りが能力を持っていないとなれば、かなりヤバい状態になるのだろう。


 「で、影世界にはそういう名家の子を集めて能力があるかどうかを見極める、まあ塾と言えばいいのかな? そういう場がいくつかあるんだ。その中の一つが、満江先生のいる双海家なんだよ」


 「えっ、そうだったのか?」


 驚いて満江を見れば、彼女はクスリと笑う。


 「昔の話だよ。現に、鷹雄が私の最後の生徒だし、そのすぐ後に双海家は引っ越したからね」


 「あの時は驚きました。満江先生が、いきなり都会に引っ越しなさるなんて……父には、俺が何かしたんじゃないかとか、色々追及されましたよ」


 静波と荒波には、この間まで住んでいた家にしか思い出はない。まさか、産まれてすぐに引っ越ししていたとは知らなかった。ただ、鷹雄の言ったような都会ではなかったが……


 「都会なんかじゃないけど、引っ越し先が表世界と影世界の境の辺りだったからね。柳谷や天行寺には、あれこれ言われたよ」


 満江はそう言うと、遠い目をした。色々と当時のことを思い出しているのだろう。


 「……鷹雄は、結局表世界には出なかったのかい?」


 満江の質問に、鷹雄は苦笑いを浮かべた。


 「十歳の頃から、この学園に入れられてしまって……。ただ、学園長の用事の時に頼み込んでついていったりで、何度かは表世界にも行きましたよ。お陰で、漣や弓彦みたいな友達に出逢えました」


 そう言えば、弓彦は特能ボランティア部にいるのは『鷹雄との友情』だと言っていた。漣も同じ理由なのかもしれない。


 「ま、父には内緒なんですがね」


 「そりゃあそうだろう。あの朱鷺也(ときや)が許すわけがない」


 朱鷺也、というのは鷹雄の父親なのだろう。話を聞きながら、静波はあれこれと考える。


 祖母は、鷹雄の能力を開花させた直後、今の家に引っ越した。そのことに色々言ってきたのが、鷹雄の父親の朱鷺也や学園長の柳谷。朱鷺也は息子が表世界に出ることを嫌っているが、柳谷は鷹雄を内緒で表世界に連れ出している。


 (……よく分からなくなってきた)


 表世界と影世界の関係は、おそらくあまり良好ではないのだろう。その辺りが、朱鷺也が表世界を嫌う理由かもしれない。


 「どうしたんだい? 静波。難しい顔をして」


 満江に訊かれ、静波は溜め息を吐く。


 「別に。大体、俺達に影世界のことなんか、何も教えてくれなかったじゃないか。ずっと表世界で暮らしてたのに、何で急に影世界に戻ってきたのさ」


 静波の疑問。それは、祖母や両親が何故二人に影世界のことを教えなかったのか、ということだった。


 「何の能力もない俺はともかく、荒波は言の葉遣いなんだから、影世界でこれからも暮らすことになるんだろ? だったら、引っ越しなんかしなきゃ良かったじゃないか」


 つい言ってしまってから、静波は青ざめた。言わなくていいことを、言ってしまった気がする。


 「……そうだったのか」


 鷹雄は呟き、静波の肩に手を置いた。


 「ようやく分かったよ。キミが言の葉を遣わなかった理由。流が荒波しか指名しなかった理由」


 しまった、という思いが静波の中で駆け巡る。満江の条件なのだから、静波が退学になることはない。しかし、特別扱いを受けていることは、ここにいるメンバーにはバレてしまった。


 (特能ボランティア部にも、もういられないかも……)


 そう思ってから初めて、静波はこの部活を気に入っていることを思い知った。愛や鷹雄はもちろん、弓彦や漣、まどか、真緒と菜緒、剛志……仲良くしてきた仲間の顔が過ぎる。ただ、梨香だけはまだ会っていないので、名前だけが浮かんだが。


 「……静波、顔色が悪い」


 荒波に言われ、静波は大きく息を吐く。心配そうに見ている愛が、静波の手を取る。


 「心配しなくていいよ」


 そう言ったのは、鷹雄だった。いつもの微笑みを浮かべ、静波を見る。


 「キミは、もう特能ボランティア部のメンバーなんだから。キミ自身が辞めたくなるまでは、俺達と一緒に戦ってほしい」


 「でも……俺には、何の能力も……」


 皆の優しさが、かえって辛い。目を伏せる静波に、愛の手の力が強くなる。


 「……忘れているようだけど」


 そんな空気を気にせずに発せられたのは、満江の言葉だった。


 「静波は、荒波と決して離れないこと。これは荒波をこの学園に入学させた時の絶対条件だからね。荒波がその部活にいるんなら、静波も一緒にいること。分かったね?」


 「…………うん」


 頷く静波に、荒波が視線をやる。


 「……静波さん、学園祭……一緒に回りませんか?」


 愛がそう言い、彼女にしては強引に手を引く。満江はそれを黙って見送り、荒波はその後をそっとついていった。






 「静波さん、大丈夫ですか?」


 愛に訊かれ、静波は無理に笑顔を作る。しかし、すぐに見破られてしまった。


 「……私、分かります」


 愛はそう言い、静波をじっと見つめた。綺麗な茶色の瞳が、少し揺れている。


 「私は、表世界でずっと異質な存在でした。両親は不仲で、私を邪魔者だとしか思っていなかった。集団の場に行けば、何故か弾き出されてしまう……ずっと、自分が悪いんだと思ってました。だから、私は自分自身を消してしまいたかった」


 突然の話に、静波はただ黙って聞いていた。愛の声が、僅かに震えている。


 「私の能力が発動した時、私はついに孤独になったんだって思いました。だけど、望んでいたはずなのに……その孤独は、私に苦しみしか与えなかった」


 愛の能力については、まだ聞いたことがない。だが、喜べる能力ではないようだと悟る。


 「静波さんは、能力者の家系に産まれて、能力を持たないことに劣等感を持っているんですよね? 私は、『普通』でいられない自分に劣等感を感じています。悩みは違うけど、苦しい気持ちは同じなんじゃないかと……あの、勝手に思っちゃって……」


 滑らかだった口調が詰まり始め、愛は視線を外した。つい言ってしまったことに、後悔や戸惑いがあるようだ。困ったような彼女とまだ手をつないでいることを思い出し、静波はその手に力を込めた。


 「……ヨシちゃん、ありがとう」


 励ましてくれようとした気持ちは、痛いほど伝わってきた。自分の辛かったことなど、言いたくもなかっただろうに。


 「俺さ、ここに来るまで、能力が無くて良かったって思ってた。……思おうとしてただけかもしれないけど」


 窮屈な荒波の生活を見ていれば、自分の自由な環境が幸せだと思っていた。双海家での待遇の差はあったが、能力の有無にこだわるほどの不満などなかった。……この学園に来るまでは。


 「ここで、皆と一緒にいて、自分の能力を必死で磨いたり、制御したりしている姿を見て……やっぱり、劣等感みたいなのが俺の中に少しずつ出てきた……見ない振りはしてたんだけどさ。正直、ばぁちゃんを恨んだよ。ここに来なけりゃ、こんな思いせずに済んだのにって」


 路上パフォーマンスをしている奇術部が、脱出マジックを披露している。箱の中には剛志がいて、大袈裟に怖がっていた。


 「表世界に帰りたいって思ってた。でも、いつの間にか……そうでもない自分もいたんだ。変だよな、学園に来てから、まだ一か月くらいしか経ってないのにさ」


 頼れる仲間、仲良くなった友達……まだ日が浅いのに大切に思えるのは、影世界の空気のせいなのかもしれない。知らないはずなのにどこかノスタルジーを感じるこの世界は、やはり静波の『故郷』なのだろう。


 「俺、この学園では何も出来ない役立たずだ。でも……能力がないからって、何もかも諦めなくてもいいよな」


 静波はそう言うと、空を見上げた。表世界よりも澄んだ空は、どこまでも遠く見える。


 「何が出来るか……自分を試してみたい。だから、頑張ってみるよ。特能ボランティア部で」


 静波の答えに、愛は微笑んだ。その笑顔に、静波はまた胸がときめく。


 「良かったです……本当に」


 愛はそう言うと、静波の手を引いた。


 「茶道部の野点、この近くでしているんですけど……良かったら、行きませんか?」


 「あ、うん。行ってみようか」


 照れくさくて視線を逸らし、二人は中庭を歩いていった。






 茶道部の野点で足が痺れ、漫談部の寄席で笑い、写経部の達筆を眺め、静波と愛は部室に戻ってきた。


 「やぁ、お帰り。満江先生は、学園長室に行ってから帰るって言ってたよ」


 鷹雄はそう言い、二人の背後に目をやる。


 「荒波、楽しんできた?」


 荒波に付けられていたことに気付かなかった二人は、驚いて振り返る。


 「楽しかったよ。静波の鼻の下を伸ばした顔を見るのも」


 荒波はそう言って、ニヤリと笑う。別にただ学園祭を回っただけなのだが、何だか覗きをされた気分になり、静波は口を尖らせた。


 「なんだよ、一緒に来たかったら、言えば良かったのに……」


 「別に。僕は、御祖母様の言い付けに従っただけ。静波と離れたら、僕も叱られるんだから」


 荒波はそう言うと、チラリと鷹雄を見る。


 「静波、お帰り。明日からも、よろしくね」


 鷹雄に言われ、静波は頷く。これからの事なんて、どうなるかは分からない。でも、やれることから探してみようと、静波は思っていた。


 「ま、とりあえず一件落着、かな?」


 荒波が言い、ソファーに座る。その時。


 ピーーーーーー……

  ピーーーーーー……


 か細い、頼りない高音が聞こえた。何の音かと辺りを見回す静波と荒波に、鷹雄が立ち上がって呟く。


 「緊急事態だ」


 そのまま、部室から出て行く。弓彦と愛もその後に続きながら、二人に言った。


 「緊急時に吹けって渡されたろ? 風渡りの笛の音だよ。何かがあったんだ」


 首から掛けた笛を思い出し、静波は荒波を見る。彼も頷き、皆の後を追った。










緊急事態に向かった特能ボランティア部のメンバー。そこでは何が……?


読んでいただき、ありがとうございます!

次もよろしくお願いします。

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