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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
9/42

五幕・妖刀血神丸〈前編〉

 古い刀とは希少価値があり、その大半が使用されず大名や豪商が買い漁り自身の威光を高める財宝とする。町に出回る名刀は大半が贋物で、意地の悪い古道具商などは豪商から言われて作った贋物を本物だと言い平然とした顔で売りさばいていた。

 千年王城の都を警護するには業物がいると尊皇攘夷そんのうじょういを語る志士達はこぞって名刀をそれぞれの方法で手に入れ腰に帯びていた。その最中、大手の古道具商が殺害されるが、被害は一本の刀だけだった。

 そこに疑問を持つ京史朗は夜談よだんを使って調べさせた。

 その刀こそが徳川が忌み嫌う妖刀・村正むらまさと対を成す妖刀・血神丸けつじんまるだったらしい。




 最近の幕府要人五人連続殺害事件の煽りで京の町は夜間は出歩く者もめっきり減っていた。

 近いうちに江戸から将軍警護の名目で浪士組が上洛してくるらしく、伏見奉行所だけではなく関西の幕府機関は千年王城の都である京都の治安を江戸の連中になど預けてたまるかという維持で不逞浪士ふていろうしの取り締まりにあたっていた。

 その最中、単独で行動するとされる人斬り摩訶衛門まかえもんの潜伏先の一つを掴んだ伏見奉行所はその場所では逃げられたが、近日中にまた京界隈で仕事をするであろう形跡を確認した。摩訶衛門の持つ刀は徳川に厄災をもたらす妖刀村正と同等とされる血神丸という妖刀を帯びていた。刀の茎が斬った相手の血で腐り血を吸う刀とも言われる正真正銘の妖刀だった。

 刀匠は桔梗院玲奈ききょういんれなという女の刀匠らしく、その女は薩摩の田舎で刀匠をしているらしいが詳しい事はわからない謎の刀匠だった。それを奉行所私室で夜談から聞いていた京史朗は焼けた餅を醤油につけて食いつつ、


「妖刀ねぇ……徳川に仇なすのは妖刀村正だけで十分よ」


「摩訶衛門は西国諸藩の雇った人斬りというのが最近の確定情報です」


「なるほどな。人斬り摩訶衛門を通じて西国諸藩は妖刀を持ってして徳川を斬ってるってわけか」


 熱い餅を伸ばしながらほふほふと口の中へ入れた。

 夜談は新しい餅を火鉢の網の上に乗せる。


「次の摩訶衛門の仕事と潜伏先は不明になります。恐らく近日中にまた動きはあるはず……」


「そうだろうな。刀剣趣味の人斬りならば……よし、摩訶衛門をおびき寄せるか」


 京史朗は人斬り摩訶衛門の潜伏先がわからないならおびき寄せる事にした。

 その算段を夜談に話す。


「刀剣趣味ならそれを利用すればいい。血神丸の兄弟刀の血豪丸けつごうまるの噂を流してしょっぴくぞ」


 おびき寄せる方法は血神丸の兄弟刀である血豪丸の噂を流す事で摩訶衛門を捕まえようとしていた。

 摩訶衛門を捕らえる為に借りた古道具商の工藤屋敷で勝負する事になった伏見奉行所は役人が町人に化けながら京や大阪界隈で血神丸の兄弟刀のある古道具商の噂を流した。

 その血の誘いに薄闇から血と刀にしか興味の無い白髪頭に総髪の白の縦に赤線が流れる着流しを着ている侍の狂気を帯びた瞳が反応した。

 その白髪頭の侍は獲物を捉える虎のように瞳が縦に伸びて古道具商の軒先を見据えていた。





 満月が大空にそびえ立つ夜――。

 京都古道具商工藤屋敷の閉ざされた門の前に音も無く現れた陣笠をかぶる白髪頭の男は入口の門を居合で切り裂き、内部に侵入する。

 すでに寝静まっている邸内を堂々と人斬りは進む。

 無音で奥へ奥へと進んで行くと道場に出た。

 躊躇い無く道場へ入る。


「……」


 薄闇の先に刀掛けに立て掛けられる一本の白鞘の刀を手にした。


「……? 血豪丸じゃない?」


 手にした刀を抜こうとするが、その刀はただの竹光だった。

 背後の灯りと物音で全てを察する摩訶衛門の裂けた口元が嗤う。


「摩訶不思議、摩訶不思議。僕を騙すとは幕府の役人にしては度胸があるな。君達はどれだけの狂わしい生命の花を咲かせられるのかな?」


 道場内部には提灯を持つ捕物姿の役人達の群れがいた。

 その人斬りの甲高い声に道場の入口の中央にいる奉行は答える。


「僕? 流行り言葉を使うのかお前さんは?」


 僕とは志士達に最近流行している拙者に変わる新しい言葉で、団体を表す組という言葉も隊という言葉に変わりつつある所もあった。もっと狡猾で派手な衣装で狂った奴かと思いきや、この人斬りは案外話の通じる男である。


「摩訶衛門……意外にも白を好むか。頭が白髪だからかい?」


「それは死んでからわかることさ」


「いい答えだな。お前さんが死ぬ前に答えを聞かせてくれよ」


「殺すつもりで来るのか?」


「悪いが、お前を捕まえるにゃ犠牲が出すぎるからな。御講義からもお前は死体にしていいとお達しがある。悪いが斬らしてもらう」


 裂けたような口を大きく開き、縦に伸びる眼球が伏見奉行所の面々を驚かせるように摩訶衛門が豹変する。


「やっとまともな幕府の役人に会えたな……僕を楽しませてくれよ」


「確かに……お前さんは生かしておくべき存在じゃねーな。楽しむ暇を与えずに殺してやるよ」


「目の前の全てを忘れて殺し合いをする時ほどの幸せはこの世に存在しない。君にはわからないのかい?」


 まともに会話が出来るだけで、所詮人斬りの本質は狂かと確信する京史朗は鯉口を切り白刃を抜く。

 同時に奉行所の役人達も抜刀した――瞬間。


「摩訶不思議! 摩訶不思議いぃぃぃぃっ!」


「五月蝿せぇぞ三下ぁ!」


 飛び上がったまま体重ごと乗せてくる重い血神丸の一文字斬りを防いだ。

 歯を食いしばる京史朗の足が床板を軋ませ、左右の役人が摩訶衛門を強襲する。

 そのまま一気に背後に後退した人斬りは陣笠の先端が切られた事に興奮した。

 そして、多勢に無勢な魔物はこの伏見奉行所の奉行の血を求め始めた。

 嫌な汗が吹き出る京史朗はその不気味な男の刀を見据える。


「……」


 血神丸の刀の反りは浅く、肉厚な刀身は美しい波紋が吸った血を吸収するかのように胎動しているとしか思えないような感覚を感じさせる。


(この野郎、いきなり会話をしなくなったな……それに奴の不気味さに仲間が呑まれてやがる。早期に決着をつけねぇと面倒な事になりそうだ)


 周りの身体が硬直する仲間達を見て思う京史朗は、


「闇を干せ」


 と言った。

 同時に道場内の篝火が消えて深淵の闇が訪れる。

 夜目が効くように訓練されている奉行所の役人達は動かない摩訶衛門を見据えている。

 京史朗の舌打ちの合図で一斉攻撃の算段が立っている為に京史朗は左右を眺めて闇に対応出来ない人斬りの最後を作り出す為に舌打ちの合図をした――刹那。


「頭上に不思議いぃぃぃぃっ!」


「天井を突き破っただと!?」


 突如、摩訶衛門は頭上に飛んで真上の天井を斬って逃げた。

 狂気だけでは済まされない馬鹿力である。

 正に妖刀に相応しい持ち主の姿だった。

 奉行所の面々は一様に驚くが武器を構えたまま奉行の下知を待つ。

 すると一人の役人が、


「奉行、ここは外の夜談との連携で一気に叩きますか?」


「いや、たしかに二階にゃ人はいねぇが外に逃げるなら外の人間と戦わないと出られん。外の連中は動かせねぇ。奴が夜目に慣れたとしてもこの精鋭ならやれるはずだぜ」


 すでに古道具商の工藤屋敷の周囲には伏見奉行所の役人達と町の用心棒も合わせた精鋭五十人が屋敷を取り巻くように配置されており、篝火は消され夜の闇が支配している為に逃げる側も簡単には逃げられない。

 干された闇の中で蠢く摩訶衛門は二階から闇夜の外を見てまた中へ戻る。


「後は時間との勝負だ。奴が動いた時が奴の潮時だぜ」


 工藤屋敷の正面にて床几に座る京史朗は煙管を懐から取り出し紫煙を吐き出す。

 先に動いた方が負ける戦いの為に役人達は交代で休憩しながら白髪の魔物の動きを待つ。

 確実に時間が流れ摩訶衛門は夜明けまでまだ半日もある為に痺れを切らしていつか出て来るであろう。

 そして、三人一組で回していた各々の休憩が終わり一刻ほどが立つと一つの物音がした。


「……動いたな。各自持ち場を離れるな! 俺が現場へ見に行く!」


 持って来た火鉢で焼いていた餅を近くの男の口に押し込み京史朗は闇の中を駆けた。





「どうなってやがる……」


 闇を干したのはいいが、奉行所の役人は同士討ちをした者もおり無残にも二組六人が鬼籍に入っていた。そして、少し先にいる三人一組に二回の舌打ちで味方だと告げるが相手の反応が無い。すでにここも鬼籍に入っている。


「……こっちもだと? こうも簡単にやられるはずがねぇ……。奴の衣装は白地に細い赤の縦縞の着流しだぞ? 夜目がきくなら見間違えねぇはずなんだが……」


 小声で呟くその背後に、血を浴びた人斬りの真っ赤な顔が浮かんでいた。

 摩訶衛門の刃は仁王立ちの鬼の首を飛ばす。


「後ろです奉行っ!」


「――!」


 突如現れた夜談に助けられ地面を転がり傷は避けた。

 だが、夜談は眉間を割られて昏倒している。

 その夜談に手ぬぐいを傷口に当て血を止めようとするが、目の前の人斬りの衣装は黒い着流しになっていた。


「お前……まさか!」


「そのまさかかもな」


 摩訶衛門は通常は白を基調とした着流しだが、裏面は黒であり闇に乗じて表裏にしていて初めの印象に誰もが騙されていた。狂った人斬りが白い小綺麗な出で立ちで現れる事により白を着ている印象を強く与え、夜目が効くという相手の力量を逆手に取り黒い着流しで屠る。

 裂ける口が更に裂けるように不気味な人斬りは腰に二本の長刀を帯び、片手に一本の刀を持ったまま言う。


「僕が一刻もあの屋敷にいたのはこの大業物、和泉守兼定いずみのかみかねさだの二代目・之定のさだを頂くためだよ。あの道場を戦場にしたいなら二階の方はそのままにしてあるだろうからねぇ」


「之定か……大業物だな。菊一文字は無かったか?」


「そんな名前の刀はこの世に存在しないよ」


「存在しないだと? ……」


 反応の無い夜談を軽く叩きながら立ち上がるのは無理と考え、会話の隙から斬り込む事にした。

 そして摩訶衛門は黒鞘の刀を抜く。


長曾根虎徹入道興里ながそねこてつにゅうどうおきさと。これは売れないねぇ……」


 京史朗の斬り込む勢いをへし折るかのように無理矢理地面に叩きつけて名のしれた名刀を簡単にへし折った。


「虎徹だと? そりゃ大業物の刀じゃねーか!? お前は刀剣趣味じゃねぇのか?」


「贋作に興味は無いね。僕は刀の匂いを嗅げば本物が贋作かを見分けられるんだよぉ」


 とてつもない贋作の見分け方をする摩訶衛門の剣の腕、状況対応能力、戦いの駆け引きに辟易する。


(狂ってるのもこいつの演出でしかねぇな。こいつは誰よりも殺人に冷静だ。空気を吸うぐらいの当たり前さで殺しやがる……)


 ゆっくりとまるで水面の上を歩くように人斬りは迫る。

 意識の無い夜談を背に京史朗は目の前の妖刀を携えた男の裂けた口元と縦に眼球が伸びる目に辟易した。同時に妖刀が動いた――。


「ぐっ! 野郎共火を灯せ――」


 一撃をかろうじて防ぎ、首に下げている呼子を使い周囲の役人に合図を出す。

 一斉に篝火に火が灯り干された闇は消え去った。


「これじゃあ……一対一を楽しめないね」


「さしでの勝負がしてぇなら乗るぜ?」


「奉行所の役人の言う約束は信じられんよ」


 言うなり、摩訶衛門は脅威的な跳躍力で屋敷の塀に乗り上がり消えて行った。

 夜の闇を切り裂くように一匹の雀が飛んで行き、絶望の夜は伏見奉行所の敗戦で幕を閉じた。


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