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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
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四幕・月光の暗殺者〈前編〉

 文久三年の一月の頭――。

 年を越した京都は昨年末から月光の暗殺者と言われる月影つきかげという義賊が京の界隈で民衆に金を与え、悪をなす一味や徒党を暗殺する行動が目立ち始めていた。

 それは一向に止む事の無い尊王攘夷そんのうじょういだ倒幕だと空論を喚く不逞浪士ふていろうし達の天誅騒ぎが悪化の一途を辿っているからである。各々の奉行所も取り締まりで多数の死人を出すようになり、思い切った取り締まりが出来ないようになって来ていた。

 その夜も月夜の中で黄色い忍装束が京町の屋根の上を駆け抜けていた。

 闇の中で悪の匂いを嗅ぎつける月影は一軒の場末の飲み屋で揉めている浪人が飲み屋の親父を路地に引きずり出し殴りつけている姿を見る。

 その浪人の一人の首筋に一本の苦無が刺さり声も無いまま生き絶える。刀の鯉口を切り一斉に振り向く五人の浪人は青白い満月を背に民家の屋根の上に立つ黄色い忍装束の覆面をした月影に見入る。ぱっちりとした二重瞼の睫毛が長い月影は左目の下の泣き黒子を嗤わせるように言う。


「不逞は不逞らしくしていろ。口先だけの尊王攘夷派が」


 怒り心頭の浪人達の一人が叫ぶ。


「我々は尊王攘夷の志を持ちこの京の都で日々天子様の為に働いておる。その大業を為している我等には町人などが口答えをしていいわけがないのだ!」


 その言葉で我に返る飲み屋の親父は屋内に飛び跳ねるように入り木錠を閉めてしまう。

 そして、一様に刀を抜く浪人達と同じ目線の地面に降り立ち、


「国の未来を案じるのは結構。しかし、お前達はただ話しているだけで行動が伴わない。男なら徒党を組まず一人で動いてみせろ。安政六年に処刑された思想行動家・長州の吉田松陰よしだしょういんを知らないのか?」


「そんな田舎侍知るかよ……」


 瞬間、男の首が一つ飛んだ。

 冷えた地面に転がる仲間の首を見て、仲間達はやっと恐怖と驚きの声を上げる。

 どうやら、この不逞浪士達は人の一人も斬った事の無い典型的な無為なる者達のようだ。

 溜息をつく月影は気品のある睫毛の長い瞳を動かし、左目の泣き黒子が雨に咲く菖蒲の花のような、陰で鮮やかさを誇る色香を漂わせるそぶりで言う。


「偽物は本物の邪魔をせず消えて逝け」


 青白い満月の下――月光の暗殺者は月に自分の姿を写し出すかのように躍動した。

 そして、この日も京の市民に小判がばら撒かれた。

 その義賊月影は満月を背にした屋根の上で言う。


「悪を行う事でしか輝けぬ弱き善を助ける為に私は存在する」





 最近活発になる義賊の月影の町人人気が上がり、それに対し動かない幕府に市民は官を見下すようになっていた。そこで夜に仕置人として自主活動をしていた京史朗も伏見奉行所を総動員し動き出している。 幕府も余裕が無く、奉行所には早く義賊を捉え不逞浪士の取締りを優先するようにとのお沙汰が下っていた。

 その最中、夜の個人的な仕置人としての取り締まりで京史朗はとうとう月影と遭遇した。

 三条小橋の路地で夜の闇が深まった気がして駆ける。

 すると、一人の浪人が死んでいるのを確認した。


「……奴がいるとなれば、そこに悪があるって事だ」


 急いで次の現場に駆けつけるがすでに三人の浪人が死体で転がり消され姿を消す。


(姿は消しても匂いが消せてねぇぜ――)


 軒下の闇の奥にいる人間を京史朗は抱き寄せるように片手をおもむろに伸ばし捕まえた。

 右手で胸を抑え左腕で縛り上げようとするが、何故か急に力が抜けて京史朗は股間が怒張した事に茫然とした。その隙に月影は距離を取る。体内で巻き起こる精気を抑えつけ、唾を飲み込んだ京史朗は言う。


「さらしを巻いて胸を抑えているようだが、いまは緩んで大きなお椀みてぇな胸が膨らんでいるな」


「貴様……」


 その黄色い忍装束越しでも豊かな月影の胸は自身の腕で隠される。

 その照れを感じながら京史朗はこの女を抱きたいと素直に思った。

 そして、言う。


「お前さん、女だな?」


 それに対し月影は胸を隠すのをやめた。

 さらしが緩んで抑えていた大きな胸が元の形に戻ると、その月明かりに照らされる月光の暗殺者は妖艶な香りがする女そのものでしかない。


「俺は伏見奉行所の鬼瓦京史朗。一対一で決着をつけるから来い」


「一人でやるのか? 役人なのに?」


「お前さんはここまで一年以上一人で庶民の生活を個々に解決してきた。それを称してだよ」


「正義の居所は幕府にもあるか……とんだ食わせ者もいるようね。幕府もまだ捨てたもんじゃないのかしら?」


「お前さんの素顔を見てから、幕府の今後について一緒に考えようじゃねぇか」


「それは無理ね。私の大義は倒幕にある。そして、この日本を世界と同等以上に戦えるように市民を一つの個人として立てるようにお膳立てをする必要がある。安政の大獄で処刑されたあの人の意思は松下村塾しょうかそんじゅく系の男達だけが担うわけじゃないのよ……」


「何を言って……うおおおっ!?」


 突如、何かを地面に叩き付けた月影に驚く。

 周囲には紫の煙が広がり、瞳や肺に強い刺激が走る。


「毒も混ぜた煙か」


 紫の煙が空間を満たし、月影は夜の闇に消えた。





 四条にある鬼京屋の店の入口の床机に座る京史朗は憮然とした顔で熱い茶を舌で舐め冷ましている。

 先ほどから椿は熱っぽく黄色い義賊について聞いてもいないのに語っている。


(よくもまぁ、自分と同じ女を絶賛するもんだ。あいつを女と知ってんのは俺だけだから仕方ないか)


 あの夜に月影が女というのを知ったが、京史朗は黙っていた。

 誰もが男と思う月影が女だとわかれば、それに対処できない幕府の威信は失墜するであろう。

 そんな事を考える京史朗の考えとは裏腹に椿はまるで稀代の英雄と言わんばかりに月影を絶賛している。これはまるで戦国の英雄・織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった面々のような評価になっているとしか言いようが無い。女という奴は……と剃り跡の青い月代をかく京史朗は、


(戦国の数多の武将は勝者であっても敗者であっても稀代の英雄・豪傑だ。けどよ……俺は稀代の激情を持ってこの不穏な京を内部と外部の圧力から鎮めてやるのさ……)


 あまりに月影にのめり込んでいる為に多少の嫉妬もあるが、自分のお役目という物差しで言う。


「椿、俺が役人ってのを忘れるなよ?」


「……すみません」


「まぁ、意見は色々あるがあまり義賊といっても長期化した活動なら幕府の役人としても動かざるを得んからな」


 内心では義賊は好きだが、幕府の役人である以上はここは鬼にならなけらばならない。

 今日は義賊でも明日には心変わりしている事など相応にしてあるからである。


「椿、そんな顔をするな。今度は二人で清水寺に行こう。新しいかんざしも買ってやるぜ」


 頬を赤くする椿の尻を触り茶屋を後にした京史朗は奉行私室に夜談を呼び寄せ、三両を渡す。


「夜談こいつで月影の衣装を揃えろ」


「衣装を?」


「おうよ。月影に京の町の悪を教えてやるぜ」


 笑う京史朗は煙管をくわえ新しい俳句が思い浮かばないかと筆を取った。


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