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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~蝦夷地編~
41/42

三十幕・鬼

 すでにどんな敵も京史朗の敵では無かった。

 全ての弾丸は荒れ狂う鬼を忌み嫌うように避けて飛んで行く

 月影は官軍本部の入口の敵を引きつけ、京史朗の突破口を開いた。


「行けーーー! 伏見奉行所・鬼瓦京史朗! 最後の幕府の鬼よ……!」


 涙を流す月影は取り乱しながら捕縛され、その鬼の姿を見送った。

 官軍本部の内部に侵入した鬼が暴れている。

 洋館の中の人間の大半は外に出てきていた。

 京史朗は全身に返り血を浴び、まるで地獄の渦潮から目覚める悪鬼のような出で立ちである。

 ついに官軍本部本館・西郷の洋館に侵入し、馬から落馬した。

 洋館の入口にあるガトリングガンが火を噴いているのである。


「艦を奪う時もあれにやられたな。今回はそうはいかんぞ」


 疾風のように右眼に黒眼帯をする京史朗は駆けた。

 それをガトリングガンは狙い撃つ。

 夜はガスで灯る街灯の下の影で弾丸の射撃を防ぎ、左から官軍の兵が銃撃してくる。

 それを京史朗は拳銃で殺傷し、残る一人に向けて駆けた。

 それを見逃さないガトリングガンの射手は狙いを定める。


「うおおおおおおおおおっ!」


 斬った男を盾にし、洋館の右端に向かう。

 そこには官軍の兵がいる為、ガトリングガンも放たれる事は無い。

 死骸を捨て、その一団に飛んだ。

 朱色の影が走り、血が舞う。

 それは何故か血煙から赤い煙幕となった。

 ガトリングガンの射手は敵と味方の識別がつかず、手を止める。


「なるほどな。そこを押せばいいんだな」


 射手の背後にいる京史朗はガトリングガンに取り付き、それをその持ち主達に放つ。

 周囲の人間は一斉に倒れ、やがてガトリングガンの弾が切れた。

 それを洋館の二階にいる西郷は見据えている。


「鬼……正しく幕末の鬼でごわす。あれを生かしておいては新時代は迎えられんな」


 西郷は丸い瞳を細めた。

 暴れ狂う京史朗は三人を斬り、拾った銃で四人を殺す。

 すでに右肩に弾丸を五発以上浴びている為、右腕が上がらない。

 迫る敵に飛び掛り相手の首を噛み切った。


「まずい……毒にも狂気にもならねぇな。摩訶衛門よ」


 手に持つ刀の死んだ持ち主に向けて呟く。

 弾が切れた銃を捨て駆けた。

 ここまでで十八人を斬り捨て、八十五人をガトリングガンと銃で殺している。

 これだけの血と油を浴びても血神狂星丸の切れ味は落ちない。

 正に桔梗院玲奈の生み出した血神狂星丸はこの幕末の世を斬る妖刀であった。それを二階の窓から眺める西郷は怜悧な瞳で人外とも言える男の躍動を見つめていた。


「ここで死んでもらおう。半次郎どん。ライフルをもらおうか」


 ライフルを中村半次郎から渡される西郷は京史朗に狙いを定めた。

 そして引き金を引く。


「!? ぬおおおっ!」


 心臓に銃弾を受けた京史朗は目の前の敵を胴ごと切り裂いた。

 口から笑うように吹き出す血も拭えず言う。


「生きてる……か。心の臓を打ち抜かれても生きてるなんて摩訶不思議なもんだぜ。なぁ、摩訶衛門。って、最後に奴の顔を思い出したくはねーな」


 まるで摩訶衛門の死油の効果に支配されたかのように京史朗は生きている。何故生きているかはわからないが、その目的だけははっきりしている。その瞳は自分を狙撃した洋館の二階から見つめる大男を見据えていた。


「……西郷は二階か」


 そして洋館に突入し、内部に現れる洋装の兵に向けて地獄からの咆哮を轟かせる。


「伏見奉行所奉行・鬼瓦京史朗まかり通る! うおおおおおおおっ!」


 洋館内部でも屍山血河を築き、京史朗は二階に向かう。

 二階に上がる最中、炸裂弾を使い階段に穴を開け塞いだ。

 一つしか無い階段が粉々に破壊された為に上へ登る術が無くただ見つめるしかできない。

 これにより、この官軍本部にいる総指揮官の部屋は孤立した事になる。


「さて、ここに諸悪の根源がいるらしいな」


 そこで京史朗は土方にもらったマッチを使い煙管を吸う。旨い煙を吸い、右眼の黒眼帯に触れて伏見奉行になった時に貫禄を見せる為に吸い出した事を思い出す。


(……あの頃はこの煙も嫌いだったな。伏見奉行時代の仲間の顔やなんやかんやが浮かんで来やがるが、今は進まなきゃならん。さーて、行くか)


 重厚な扉を最後の炸裂弾で吹き飛ばして残骸を蹴破り、官軍である薩長連合の巨魁である西郷隆盛の元へたどり着いた。





「悪い事をするなら見つからねぇようにやる事だ」


 そう呟いた黒眼帯の鬼は、周囲の人間を見ず見える左眼で官軍の親玉の丸い大仏のような男のみを見据えた。

 官軍総大将・西郷隆盛は言う。


「一人で来たのか……鬼め」


「鬼? そりゃ、ただの褒め言葉にもなってねぇぞ」


 悠々と煙管の煙を吹かし、ゆっくりと口から紫煙を吐き出して自分自身に言い聞かせるように言った。


「俺は伏見奉行所奉行・鬼瓦京史朗源狂星おにがわらきょうしろうみなもときょうせいだ」


「何が伏見奉行だ。伏見奉行所は鳥羽伏見の初日に燃え尽きたはずだ」


「黙ってろ、半端者の半次郎」


 京史朗は視線も向けず、中村半次郎に言う。

 斬りかかろうとする中村に対し、西郷は抑えた。

 今の敵の勢いならばこの場の全員は殺されてもおかしくは無い。

 いや、中村などは自分が死んだ事にすら気づかず殺されるであろう。

 何故ならば、敵は鬼だからである。

 そして目の前の鬼と直接話す。


「幕軍の中でも月代さかやきを剃り、和装なとどいう古い時代に取り残されたのはお主だけであろう」


「確かにそうだ。鳥羽伏見で負けて江戸でも会津でも負けて以降、大半の奴が月代を剃らず総髪にしてザンギリ頭になった。だが、俺はそうはいかねぇのさ。伏見奉行所奉行としてここは譲れねぇよ。時代に取り残されたまま死んで行った仲間の為にもな」


「仲間……か。そのおてて繋いで仲良く一緒にが通じる時代は終わったのだ。新時代は集団ではなく個の力になる」


「西郷吉之助……いや、西郷隆盛。古い時代に取り残されてんのはお前も一緒だぜ? ここまで影でこそこそとどぶ鼠のように這い回って来たお前がいきなりお天道様の前に出て何が出来る? 時代の影にいる奴は所詮時代の影なのさ。人の心は集まらねぇよ」


「心無くとも時代はもう徳川を求めておらんでごわす。次の時代は鉄鋼の時代。人の心は機械に使われるのかもしれんな。意思がなければ」


 すでに京史朗には未来の事などは見えない。

 今しか見るつもりが無い。

 その今を西郷に突きつける。


「意思があろうが無かろうが俺は知らん。この戦の全てにおいて長州は正義だ。奴等はこの幕末の世を正々堂々と幕府に立ち向かって来た。問題はお前等だよ薩摩の西郷どん」


「どういう事かね?」


「お前等は常にどっちつかずだ。蛤御門じゃ、幕府についてたのに事実上天下分け目の鳥羽伏見の戦いじゃ官軍を名乗り、あれだけ殺した長州と組んでやがる。しかも、お前は表では長州討伐と言いながら裏では人斬り半次郎まで使って助けてやがった……中立っつー中途半端さがお前や半次郎の中途半端ななりと一緒だな」


 あまりにも似合っていない西郷の黒い制服姿に言及する。

 自身でもそれはわかっている為、その挑発には乗らないがすでに半次郎は刀の鯉口を切りいつ鞘走りさせてもおかしく無い。まるで半次郎を警戒もしない京史朗はまるで自宅の縁側にいるように煙管の灰を床に落とし煙を吐く。


「聞いた話だとこの戊辰戦争と言われる一連の戦争じゃ物足りねぇみたいだが?」


「日本は一度焦土に帰らねばならん。それが夷狄と対等になりそれを追い越す原動力になる」


「焦土にしなきゃならんのはお前の腹の脂肪だ馬鹿野郎。お前も京都の都が火事で焼けたあの蛤御門の悲劇を知ってんだろ? あれを見て、あの苦しむ人々を見て何でそんな事を思えるんだ!? 未来、未来で現実を直視しねぇから、この国に住む人間の痛みを裏に隠れて見てねぇからそうなるんだよ!」


 その言葉に西郷は答えられない。あまりにも率直な意見に返す言葉も無い。

 しかし、西郷は西郷の夢と理想でこの幕末を駆け抜けて来た。

 徳川の膿を吐き出して来たという自負もある。

 西国諸藩の最大の勢力として、表に立ち獅子舞のように暴れる長州を支えて来たという屋台骨としての自信もある。故に西郷はこの幕府軍の陸軍奉行という役職の単身乗り込んで来た阿呆とも鬼とも思える男の言葉に揺らぐ事は無い。京史郎は紫煙を吐き続ける。


「……お前はつまらん存在だ。図体が大きい事も親分肌もお前の尺を現しては無い。猿山の大将が弾が飛んで来ない所で安穏と政治家気取りでお友達の人斬りとつるんで日本を変える……近いうちにお前はその付けが回って消えんだろ。節義の無い奴は日の当たる新時代のお天道様は拝めねぇのよ」


 瞬間、鬼と大仏は大きな声で笑った。

 そして黒眼帯の鬼は最後の言葉を吐く。


「……悪い事はよ。見つからねぇようにやる事だ。それが出来ねーんなら、堂々とやんな……それが清濁合わせて、節義を貫く生き様よ」


 清いも汚泥も混ぜ合わせて来た鬼の言葉が周囲の人間に響く、刹那の瞬間――西郷の肉厚な眉間を断ち切り、京史朗は数多の白刃に突き刺され絶命した。

 その瞳は一心に前だけを見据え、倒れる西郷の後ろにあった窓から函館の空に浮かぶ太陽が洋館内を照らしていた。

 その光が京史朗のすでに現世から放たれた横顔を鮮やかに照らし、鬼の殺気の全てが抜けていくように瞳から一筋の雫が流れ――伏見奉行所・奉行の人生に幕が降りた。

 鬼を殺害した官軍は鬼の具現化に恐れその洋館ごと燃やし尽くし遺体の処理をした。

 燃え上がる洋館は鬼が具現化したかのような炎で鉛色の空の天を焦がしていた。




 墓も無く遺体も地上の肥やしになる鬼瓦京史朗源狂星おにがわらきょうしろうみなもときょうせいの存在は、半年ほど過ぎた頃に戦の爪痕から復興する京の都で語られていた。それは京史朗の愛した椿の生まれて一月になる子供にである。京史朗と椿の子供にはそんな事もわかるはずは無く、ただ母親の与える豊かな乳を求める。

 鬼瓦京史朗源狂星――享年三十五才。

 鬼と呼ばれた人生に相応しい生き様だった。


 辞世の句。

〈獅子狂い我が道阻む怯懦者きょうだもの。されどこの鬼はとどまる事を知らず狂い成す〉


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