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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~蝦夷地編~
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二十八幕・二股口攻防戦

 明治二年四月九日、官軍が蝦夷地乙部に上陸を開始した。

 乙部に上陸した官軍千五百人は、三つのルートから箱館へ向けて進軍を開始した。

 そのうちの一つである二股口は箱館へ向かう上での最短経路だった。

 二股を抜けるためには谷を穿つ大野川沿いの道を進み、川が二又に分かれる地点で渡河し正面の台場山を越えるか、迂回するかしなければならなかった。

 官軍は、五百ほどの兵を率いて先発隊が進撃した。

 迎え撃つ幕府軍は陸軍奉行・鬼瓦京史朗、土方歳三が三百の兵を率いて、四月十日に二股に到着して台場山に本陣を置いた。

 鬼瓦・土方軍は、天狗山を前衛とし、台場山周辺の要地に胸壁を構築して官軍を待ち構えた。

 四月十三日午後。江差から進軍してきた官軍は天狗山を攻略し、箱館に通じる二股口に進撃してきたのに対し、幕府軍は胸壁を盾に小銃で防戦し、銃撃戦が展開された。

 そしてゲーベル銃を持つ右眼に黒い眼帯の京史朗は言う。


「敵は真下の崖の下だ! 徹底的に崖の下で潰すぞ!」


 この幕府軍の陣地は下を見下ろす崖になっており、官軍側には不利な地形であった。

 数では勝る官軍は前衛と後衛組に分け、人を入替えて攻撃を繰り返し長期戦に備えた。

 幕府軍も二小隊ずつが交替で休憩をとりながら小銃を撃ち続けた。


「よし、ここで二番隊の射撃の番だ。一番隊は休め」


 京史朗はそう言い、土方達に射撃を任せた。

 両軍の射撃は続き、京史朗は残弾の減りと怪しい雲行きに恐れた。


「……これから雨が降りそうだな。弾の火薬が濡れたら終わりだ。布をかぶせなきゃならんな」


 京史朗の予想通り、日没頃から雨が降り出した。

 幕府軍では弾薬が濡れないように弾薬箱に布をかけて守りながら、木の板で作った屋根の下から射撃を始めた。

 翌十四日午前――。

 銃弾を撃ちつくした官軍は幕府軍の徹底抗戦にこのままでは駄目だと見切りをつけ、稲倉石まで撤退した。十六時間に及んだ戦闘で、幕府軍は三万五千発の弾丸を消費した。戦闘が終わったこの日、土方は部下達に自ら酒を振舞って廻った。


「酔って軍律を乱してもらっては困るので皆、一杯だけだ」


 と土方が言ったので、部下は笑って了承したという。

 官軍撤退を見た京史朗は弾薬補充もかねて五稜郭に戻る事にした。

 前線を土方に任せ、戻る途中の道で赤い霧にのまれる兵士がいる。


「何だ? あの赤い霧は……」


 通路になる道を赤い煙が覆い、兵が倒れていく。

 明らかに異常な事態に突如隣に現れた隠密の女は言う。


「これは身体の血の流れを悪くする死油煙幕。早く離れた方がいいわ」


「月影! まさかこの煙幕は摩訶衛門の?」


「この周辺に玲奈という女がいたのは見かけているわ。おそらく単独で行動して、幕府軍を混乱させるつもりでしょう」


 それを聞きつつ京史朗は月影と共に森の奥に逃げる。

 しかし、森を抜けると崖であった。

 いつの間にか死油煙幕によりこの崖に引き込まれていたのかもしれない。


「ふーん……予定通りの動きをしてくれてありがとう。貴方達もこの地形は全て把握できているわけじゃないのね」


 一本の木の陰から紫にかすみ草が描かれた着物ような洋服を着る桔梗院玲奈が現れた。

 あの白髪野郎はいない事に安堵し、京史朗の唇は動く。


「お前一人か……」


 死油煙幕を背後にする玲奈は薄く嗤う。

 すでに身体の自由が効かなくなり、月影の身体に影響が出始めていた。


「だいぶ疲れているわね。半日以上戦うなんて事をするからよ。ここで消えてもらうわ」


 鞠爆弾を取り出した玲奈は、微笑む。

 瞬間、月影は動いた。


「月影――」


 京史朗の言葉は月影には通じず、月影は玲奈と相打ち覚悟で迫った。

 素早く玲奈は足元で爆発させる。


「くっ!」


 爆風が月影を満たし、玲奈を見失う。

 状況が読めない京史朗は手を伸ばす――と、細い黒髪に触れてしまう。

 手触りのよい髪に息を呑み、前の砂煙が晴れると玲奈がいた。


「!?」


「鬼瓦!」


 やられそうになる京史朗を月影が助ける――が、


「お前は弾薬補充を五稜郭に頼みに行け!」


 京史朗は月影を蹴り、崖の上に戻す。

 そして――。


「――!」


 服の襟をつかんでいた玲奈と共に崖の下に転がり落ちた。





 死油煙幕事件から半刻ほどが立つ崖の下の洞窟――。

 焚き火の炎が灯る洞窟の奥には、二人の男女がいた。

 敵同士である京史朗と玲奈は談笑をしていた。


「私は足が折れているわね。貴方は右腕らしいけど」


「やりやがったなこの野郎。このままじゃどうにもならんな」


「共同戦線しかないでしょう。貴方はしばらくすればあの女が迎えに来るでしょう」


 仕方なく、この女に京史朗は従った。

 この状況で暴れても無駄だと判断したのである。

 ぱちぱちっ……と音を立てる焚き火に、京史朗は残り少ない枝を投げる。

 そして、玲奈に何故刀匠なのに刀を使わないのかを聞いた。


「……自分の刃物は呪われているから使いたく無いの。飛び道具の方が好みだわ。人の才能とは矛盾しているものね」


 刀よりも爆弾のようなものが好きだが、どうにも刀の方が自分の才能が出てしまう事を玲奈は不快に思いつつ生きていた。自分が生み出した刀が妖刀だというのも納得がいかず、折れた相手が死ぬという流説が本当だった事も玲奈を歪める要因だったらしい。しかし、刀鍛冶として生きて来た桔梗院の家柄に従い、その歴史の中でも最高級品を生み出す玲奈に西郷は目をつけていた。徳川を終わらせる一刀を生み出す女として――。


「あの西郷とは、薩摩の工場にある森で出会った。そして、薩摩で暴れていた人斬り摩訶衛門を紹介されたわ」


 そこで摩訶衛門の話になった。

 普通の人間ではありえない右の心臓という人間を超えた存在が現れたという薩摩隠密の話があった。

 その特異体質者はその能力を存分に発揮し、薩摩の町で暴れ出した。


 訓練された隠密ですら倒せない摩訶衛門を、西郷はこれからの駒に必要と考え飼う事にしたのである。 そしてその人斬りは血を追い求める自分の習性から血に興味を持ち、科学的な行動をし始め玲奈の工場の地下に摩訶衛門専門の死体工場を作り上げ、死油という麻薬を生み出した。


「……そして摩訶衛門はその死油を京都の町で高値で売り出し、豪商に金を出させ量産を始めたのよ」


「なるほどな。そこを俺の伏見奉行所が取り締まったのか」


「そうらしいわね。あの男はそれから貴方と戦い宿敵と認定し、私に貴方の刀の製作を依頼した。でも、鳥羽伏見の最後に敗北したのを私は回収して強化した」


 玲奈は鳥羽伏見で敗北した摩訶衛門を死油により強化していた。

 度を越えた死油は心臓を活性化させ肌の再生を早めたが、同時に老化も進んでいた。

 すでに一年と生きられぬ身体になる摩訶不思議を求める魔物は、新たに生まれた刀と共に復活したのである――。


「……そうか。で、お前の懐にあったこいつは見覚えがあるんだが?」


 宿敵の過去を聞き、京史朗は玲奈の懐からくすねていた黒い鉄の筒を出す。

 高杉と刻まれた拳銃を。


「これは高杉晋作が坂本に送った銃で、坂本が寺田屋で壊した銃よ。私のお気に入り」


「んな自慢話はあの世でしな……」


「ここが私達のあの世かもね」


 玲奈の薄い唇が動き、黒い眼帯を抑える京史朗は身震いした。

 寒い風が吹き込んで来る。

 すでに焚き火の炎もいつまでもつかもわからず、また木を回収しに行くのも厳しい状況にあった。


「……」


 顔が青ざめ、骨折をする玲奈をほっておくわけにもいかず京史朗は着物を脱ぎ、地面に敷いた。

 そして玲奈は脇腹に手を当てているのを知っていた為、服を脱がせ傷口を見ると肋骨付近に打ち身の痣があった。玲奈の服を互いの布団がわりにし、京史朗は素裸の敵の女を自分の上に乗せ抱いた。


「この状況で交わるつもり? 貴方に抱かれるとは思わなかったわ」


「寒いなら仕方あるめぇよ。一物の怒張は整理現象だから勘弁しろよ」


「私は男に抱かれた事は無いわ。中々……いい気分ね……」


 玲奈は京史朗が今一番敏感な所に触れ、唇を塞ぎ強く抱きしめてきた。

 そのまま京史朗は守りになるのが嫌で馬乗りになり敵の女を抱いた。

 殺さなくてはならぬ女だがやはり女の肌は良いと改めて京史朗は思い、性交が始めてだという玲奈に自分の全ての熱を捧げた。





 そして、二股口台場山本陣では戦闘が続いていた。

 四月十六日・官軍の第二陣である部隊二千五百名が江差に上陸すると、二股方面には弾薬と食糧も補給された。土方の守護する二股口を突破するのは厳しいと考えた官軍はこの翌日から厚沢部から山を越えて内浦湾に至る道を山中に切り開き、ここから一斉に部隊を送り込み幕府軍の背後から二股口を攻める作戦であった。


 官軍が新たな突破口を開拓する間、京史朗は五稜郭に搬送され怪我を回復させる。

 四月二十三日。官軍の天狗山陣地に幕府軍の前衛隊が発砲をし、戦闘が始まった。

 それを聞いた土方はまた崖の下に集まり出す官軍を見た。


「また官軍が下に集まってきたな。一体何を考えている?」


 すると、官軍は銃隊に援護させつつ決死隊に急な崖によじ登らせ始めた。

 両軍はそのまま夜を徹しての大激戦となった。

 一昼夜に及んだこの戦いで、土方は熱くなった銃身を桶水で冷やしながら小銃を撃ち続けさせる作戦を取った。こんな策を思いつくのは合理主義のこの男らしい策であった。


「この戦いで駆逐した敵の置き忘れた弾がまだ大量にある。銃身を冷やしながら撃ち続けろ!」


 間段無く射撃され、崖の上から撃ってくる敵に対して対抗策が無い官軍はこの闇夜を利用し少し離れた周囲から鈴の音を鳴らして包囲したと思わせる行動をとった。自軍が包囲されたと思った土方軍は動揺が伝染する。抜刀し叫ぶ土方は言った。


「奴らが我々を包囲しようとするなら、音を隠し気づかれないようにするはずだ。闇夜に慣れたこの新選組副長を信じろ!」


 官軍の狙いを看破した土方は部下を落ち着かせた。

 死屍累々を築く官軍は新しい兵を投入するが、土方の指揮する幕府軍を突破するまでにはいかなかった。そして二十五日の昼に撤退した。

 土方軍が死守していた二股口は連戦連勝であり約二週間にわたって官軍の進撃を阻止した。

 しかし、摩訶衛門と玲奈が官軍部隊として現れ戦局が変化する。

 そして、戦力的には多いはずの松前口が突破されそうだとの話が出た。

 そこに怪我が癒えたばかりの鬼瓦京史朗が言う。


「土方、俺は松前口に行く。二俣口はお前に任せるぜ」


「あぁ、死んで来い」


 二股口で土方軍が官軍の進撃を防ぐ一方、松前と木古内は官軍に突破されてしまう。

 幕府軍は矢不来で死兵である死油部隊に動揺し、そこから摩訶衛門に突破口を開かれてしまい京史朗は獅子奮迅の働きをしたが勢いが取り戻せなかった。そのまま矢不来は突破され、京史朗は撤退行動に出た。


 そして、二股口からの退路を絶たれる恐れがあった土方軍は五稜郭への撤退を余儀なくされやむなく二股口を退却し、五稜郭へ帰還した。

 これにより、官軍は最終決戦の地を五稜郭に定め、西郷隆盛は中村半次郎と共に星型の要塞を丸い目で見据えていた。


「かなり早い終わりになってしもうたが、徳川家康が作りし徳川幕府ももうすぐ終焉でごわす。もうすぐ……もうすぐで新時代の幕開け。そして日本の夜明けになる……」


 

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