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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~蝦夷地編~
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二十六幕・アポルダージュ作戦

 アポルダージュ作戦が始まった――。

 明治元年三月二十四日深夜に鬼瓦京史朗の乗る回天は山田湾を出港して宮古湾へ向かう途上で高雄が再び機関故障を起こしてしまう。だが、航行自体は可能だったので、まず回天が甲鉄に接舷して奇襲をかけ、後から高雄が残りの艦船を砲撃するという作戦に変更された。

 二十五日早朝。

 夜明けが迫っていたため、夜の闇を利用する奇襲作戦である為に回天は速力の遅い高雄を置いたまま単独で宮古湾への突入を開始した。


「星条旗を掲げろ」


 と京史朗が言った時、官軍艦隊は機関の火を落としていた。

 アメリカ国旗を掲げた回天の接近にも気づかれる事はなかった。

 深淵に浮かぶ死神のような回天が甲鉄に接近した直後、アメリカ国旗を下ろしすばやく日章旗を掲げて接舷すると、甲鉄の隣で唯一獣のように警戒に当たっていた薩摩藩の春日から敵襲を知らせる空砲が上がった。


「よし! ここまでくれば上等だ! 突撃隊、敵艦への突入準備始め!」


 一気に臨戦態勢になる突撃隊はミニエー銃を持ちながら敵艦を眺めた――瞬間。


『――!?』


 大きな揺れと共に、乗務員達は床を転がる。

 回天はその名を再現するように天に向かって伸びていた。

 奇襲には成功したが、回天は舷側に水車が飛び出した外輪船で横づけできず、船首が甲鉄の船腹に突っ込んでそのまま乗り上げる形になってしまったのである。立ち上がる京史朗は艦首まで走り、その敵艦との高底差に愕然とした。


「不味いな……高さがかなりあるぜ。へたすれば骨折だ」


「それに突入できる数も一度に多くは無理だな」


 回天は形こそ大型の軍艦であるが装甲はほどこされてはいない。

 対する甲鉄は小型で重い装甲をまとっているため乾舷が低い。

 更にシアーが付いて艦首が高い回天とでは約三メートルもの高低差が生じてしまった。


「お先に行きますよ」


 伊庭八郎は顔色も変えず、紺色の羽織をなびかせ青風のように飛び降りた。

 京史朗と土方は類まれな決断力を持つ伊庭に負けまいと、下へ落ちた。

 なだれのように回天からは突撃隊が甲鉄の甲板に飛び降りる。

 だが、細い船首からでは乗り移る人数が限られ発砲を始める官軍の兵の銃弾により倒れる。

 ミニエー銃を数発撃ち、敵の射撃兵が増える前に血路を開く覚悟を決めた京史朗は叫ぶ。


「進めーーーっ!」



 混乱が続く敵艦・甲鉄の上では両軍の激戦が始まり出していた。

 数が揃い出す幕府軍は少しづつ優勢に立っている。

 まさかこんな作戦を思い立っても実行するなどは思いもよらない官軍は狼狽しながら射撃をして幕府軍を駆逐しようと射撃した。すでに突入組の十人は死傷しているが、この勢いで京史朗は操舵室を抑えて甲鉄は奪えるだろうと判断し動いた。


「土方! 八の字! ここは頼んだ! 俺は後ろの五人と操舵室へ向かう!」


『おう!』


 一人を斬った京史朗は背後の五人と、甲鉄の内部に侵入する扉の一つに向かう。

 すると、そこからは黒光の死の香りを放つ鉄の塊が現れた。

 おいおい……といった顔で京史朗は絶句した。

 幕末三大兵器の一つ、ガトリングガンが現れたのである。

 ガトリングガンの登場により、敵艦に乗り移る前に回天甲板上で倒れる兵が続出しだしていた。

 春日をはじめ周囲にいた官軍艦船も次第に戦闘準備が整い、回天は敵艦に包囲されて集中砲撃を浴び出している。それを見た土方は腕とこめかみから血を流し言う。


「……引き際だな。そろそろ撤退するぞ鬼瓦」


「撤退する前に、あれをどうにかしなきゃならんだろ――つあああっ!」


 ミニエー銃の銃剣で突いたまま敵の男を盾にしてガトリングガンに向けて突っ込んだ。

 それを見た土方は回天にいる兵に縄を投げさせ、撤退だと伝えた。

 駆ける京史朗はガトリングガンから放たれる弾丸が腹部を突き抜け、左肩をかすめる。


「ぐっ……のおおおおっ!」


 そのまま死体を投げ、ガトリングガンの弾切れを起こさせる事に成功した。

 敵は最強の武器を失った事で狼狽した。

 そして残り少ない幕府軍に向かって叫ぶ。


「野郎共撤退だ! この作戦は失敗した! 生きて回天に戻るのを任務にしろ!」


 その言葉を聴いて幕府軍は土方が準備していた脱出用の縄に捕まり撤退していく。

 流れで、撤退を始める京史朗の目の前に、ガトリングガンより恐ろしい魔物が舌を出して待っていた――。


「ぐあああああっ!」


 突如、京史朗の右眼が斬られた。

 短髪白髪の紅い眼帯の男は嗤い、無言のまま京史朗の心臓に刀を向けた。


「鬼瓦さん!」


 伊庭八郎は短髪白髪の男に脇差で斬りかかる――が、自分の左腕が飛んだ。


「八の字―――――――――っ!」


 それを見た京史朗はもう見えないであろう血が流れる右目を抑え、死んだはずの亡霊を見た。

 白髪頭の眼帯の魔物を――。


「久しいね。我が愛しの鬼瓦京史朗」


「摩訶衛門……心臓を刺し、炎に焼かれ死んだはずだ。どうして生きてる?」


「残念ながら僕の心臓は左ではなく右なのさ。だから僕はこうも人とは違うのだろうよ」


「……へーえ。本物の化け物のようだな」


 久しぶりに見る摩訶衛門は、短髪白髪で服は赤いシャツに黒皮のコート、そしてブーツを履いている。顔は右眼に紅い眼帯をしており、火傷を化粧で隠しているらしい。どこかで見た奴だな?と思う土方は和泉守兼定を貰った人物という事を思い出せぬまま、回天から伊庭に叫び、伊庭は右手で縄をつかみ腰に巻きつけ回収された。

 それを見た京史朗は伊庭の腕を失いながらも元気そうな姿を見て安堵した。


(……ここで時間を稼ぐ。強さを増しているこいつは他の奴じゃ相手にならんからな)


 そして、宿命の二人は対峙する。


「焼けた肌はだいぶ完治したよ。死油しゆによってね。この新しい刀・血神狂星丸けつじんきょうせいまるもよく斬れる」


「時間が惜しい。来い」


 時間も無くすでに右眼が見えないので一撃で仕留める必要があり、腰を沈め居合いの構えに出た。

 両手を挙げる摩訶衛門は焼けている肌に化粧をしているらしく、肌が歪む顔で言う。


「ここは互いに停戦だよ。このままではこの艦も攻撃されてしまうからね」


「……なら引き上げるぜ。決着はまたの機会だ」


「あぁ、君の目玉は美味いねぇ」


 言うなり京史朗は回天に引き上げ、回収され引き上げられる。その最中、床に落ちている京史朗の目を魔物は食べていた。


「野郎……人の右眼を食いやがったのか。どうだ?味はよ?」


「だから美味いと言っただろう?残る左眼でお互い何を見れるか楽しみだよ鬼瓦京史朗」


「この左眼は明日を見る。お前の食った右眼は伏見奉行所の過去を見てる。お前が殺した奉行所の魂がお前にきっちり復讐するから覚悟してやがれ摩訶衛門」


 そして回天甲板に乗り移り、摩訶衛門に生かされた事を恥じながらも、京史朗は生き残れた事に感謝した。

 回天艦長・甲賀源吾は腕、胸を撃ち抜かれてもなお指揮をふるっていたが、弾丸に頭を貫かれて戦死し、形勢不利と見た海軍奉行・荒井郁之助が自ら舵を握って回天は宮古湾を命からがら離脱した。

 奇襲を受けた官軍は直ちに追撃を開始した。

 回天は撤退途中に蟠竜と合流し、二十六日夕方に箱館まで退却した。

 しかし、機関故障を起こしていた高雄は甲鉄と官軍・春日によって捕捉されてしまいその乗組員は田野畑村付近に上陸し、船を焼いたのちに盛岡藩に投降した。

 そして、回天の砲撃によって損傷した艦隊を立て直す為に官軍は江戸へ戻った。

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