表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~蝦夷地編~
36/42

二十五幕・鋼鉄艦を奪う鬼

 雪が日本に白銀をもたらす明治二年一月から二月にかけて、幕府軍は箱館・五稜郭の整備にあたった。

 明治元年の江戸城無血開城に対して激昂し、徹底抗戦を主張した榎本武揚えのもとたけあき率いる幕府艦隊は江戸を脱した後、蝦夷地の箱館地区を占領し箱館政権を立ち上げたまでは良かったが、幕府軍旗艦の開陽を暴風雨で失い、海上戦力で官軍に対して劣勢に立たされていた。


 その巨額の資金が必要になる海軍戦力を補充しようと幕府軍は、官軍主力の甲鉄艦への斬り込みによって奪取する作戦を決行を考えていた。

 そして明治二年三月の終わりに幕府軍は官軍艦隊・甲鉄、春日、丁卯、陽春の軍艦四隻が宮古湾に入港すると情報が入ったため、京史朗は官軍の甲鉄艦奪取を目的とした宮古湾海戦に参加する事になった。 


 この作戦はアボルダージュと呼ばれるいわゆる接舷攻撃で、敵艦に乗り込みこれを奪い取るという海賊のような野蛮な戦闘事例である。

 陸軍奉行・鬼瓦京史朗の発案で閃いた土方は海軍奉行・荒井郁之助、回天艦長・甲賀源吾らにかけあった。官軍が宮古湾に停泊中している甲鉄を奪取する作戦をそのまま土方が榎本武揚に進言し、これを承認した。


 敵艦内部斬り込みのための陸兵を乗せた回天・蟠竜・高雄の三艦が第三国の旗である外国旗を掲げて宮古湾に進入し、攻撃開始と合わせて日章旗に改めて甲鉄に接舷する。そこを陸兵が斬り込んで敵艦を占拠するというものであった。これは騙し討ちでしかないが戦いの前に自国の旗を掲げれば良しと万国公法で認められていた。




 そして、作戦準備が整い、幕府軍艦回天には総司令官として海軍奉行・荒井郁之助、検分役として陸軍奉行・鬼瓦京史朗。陸軍奉行並・土方歳三らが乗船し、百名の陸兵もそれぞれ三艦に乗り込んだ。目標である甲鉄への接舷は蟠竜と高雄のスクリュー式小型艦二隻で行い、大型で接舷が難しい回天はその援護にあたる作戦だった。


 三月二十一日。箱館を出港した三艦は、回天・蟠竜・高雄の順に互いを大綱で繋いで一列縦隊で進んでいる。海は現状荒れてはいないが、いつ何時天候の変化や潮の満ち干の影響などで艦が安定しなくなるかはわからない。


 京史朗は土方の進言したこの鋼鉄艦強奪作戦は今更ながら無謀さを感じていた。

 実際に海に出ると、接岸でもしていない限りは水の上にいる以上流動的でどれだけの軍勢を敵艦に送れるかもわからず、帰還出来る保証も無い。


「……要するに、作戦が成功するまで戻るなって事だな?」


「そうだ。それだけの覚悟がなければこのアポルダージュは成功しない」


「……?」


 京史朗は土方の訳のわからん言葉を聞き返した。

 京都を出てから土方は時折こういう事を言うのが苛つく原因でもあった。


「あぽるだーじゅ?」


「アポルダージュだ。意味は敵艦を奪うという意味らしい」


「ならそう言いやがれ。この合理主義野郎が」


「貴様のような時代遅れに言われる筋合いは無い。斬るぞ?」


「いーじゃねーか」


 頭に血が登る二人はミニエー銃を捨て、刀を抜く。

 船首で起こる騒動に兵達は気づき出していて集まり出す。


『……』


 この軍勢の中で未だ刀を差している人間などこの二人しかいない。

 すでに脇差しと銃剣でしか刃は扱わないが、この二人だけはそうはいかないらしい。


「どうした土方? お前さんの好きな便利な銃は使わないのか?」


「一騎打ちなら刀以外あるまいよ」


 その言葉に京史朗は笑った。


「くくく……」


 つられるように土方も笑う。


「ふっ……」


『――はっーはっはっ!』


 銃という便利な物がありつつも、それを捨て刀を抜く自分達に笑った。

 その二人の男にこの作戦の無謀さを理解したか? と兵達は思うがそうではないようだった。


「どうせ艦隊が無きゃ官軍には勝てん。やれるだけやってやるか。元々は俺が思いついた事だかんな」


 そう言い、船首に立つ京史朗に土方は微笑んだ。





 翌、二十二日。

 偵察のために鮫村に寄港して京史朗達は情報を得て宮古湾を目指してさらに南下した。

 その夜暴風雨に遭遇し、三艦を繋いでいた大綱は断絶されて艦隊陣形は壊れてしまう。

 二十四日には嵐がおさまり回天と高雄の二艦は合流したが、暴風雨で機関を損傷した高雄は修理を必要とする状態になっていた。そのまま二艦は宮古湾の南に位置する山田湾に入港する。


 その頃、はぐれている蟠竜は互いを見失った際の取り決めに従って鮫村沖で待機していた。

 山田湾に停泊する京史朗達の元に官軍艦隊が宮古湾鍬ケ崎港に入港しているという確かな情報が入ってきた。煙管を吸う京史朗は、隣にいる中年の男の舶来品である煙草に興味を持つ。


「甲賀艦長。その煙は旨いのかい?」


「まずますだな。煙管と違い、この棒に火が灯れば吸えるのが便利だ。それよりこれからどうするんだ奉行? 機を逃せばこのまま蝦夷地は終わるぞ」


「……蟠竜はもう数にはいれられん。このままやるしかないな」


「当然の事よ」


 回天艦長・甲賀はそう言い、京史朗達は蟠竜との合流を諦めて作戦を実行に移すことになった。

 高雄がまず甲鉄を襲撃し、回天が残りの艦船を駆逐するという作戦である。


 作戦決行は二十五日早朝の夜明け前になった。

 一方、官軍では、所属不明の艦船が、宮古湾沖に出現したとの情報を得ていたが官軍海軍は幕府軍を甘く見ていて警戒をしていなかった。官軍も勢いにこそ乗ってはいるが、結集する戦力内の様々なやり方などの違いもあり、全ての利を生かせているわけではなかった。

 そして翌日――幕府軍によるアボルダージュ作戦が決行された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ