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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~蝦夷地編~
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二十二幕・五稜郭の幕府軍

 鳥羽伏見の戦いでの敗戦から大阪城を抜け出し、上野で恭順をする徳川慶喜に変わりに幕府軍の全権を任された勝海舟と、官軍首脳部総司令・西郷隆盛の会談により、江戸での決戦は回避され江戸城は無血開場となりその戦は北へ、北へと転戦していく。

 戊辰戦争第一の役である鳥羽伏見の大敗北から残る新選組は、関東で近藤勇が捕縛され断首された事により幕府陸軍の一隊として編成される。近藤勇斬首から二ヶ月後には持病の労咳ろうがいにより天才剣士・沖田総司も死去している。辞世の句は「動かねば 闇にへだつや 花と水」

 そして、伏見奉行所の鬼奉行も新選組と行動を共にしていた。

 時に明治元年十月二十日。

 現在は北海道と呼ばれる蝦夷地鷲の木に幕府軍は上陸した。

 京史朗は星型の西洋要塞である五稜郭へ向かった。

 幕府軍の拠点とすべき五稜郭を確保する為、大鳥圭介おおとりけいすけ総督の下で本道を進み箱館の五稜郭を占領した。そして、函館で戦力を整えながら軍備を整えていると抵抗を始める松前城の兵を駆逐し、松前城も奪ってやろうという幕府軍は松前城攻略組として鬼瓦京史朗と土方歳三の二人を指名し、城塞攻略にとりかかった。




 松前藩松前城の攻略戦前の軍議――。

 松前城の攻略として、鬼瓦隊と土方隊の二隊を中心に動く事になった。

 この地において、幕府はフランスから買い入れていた官軍と同じ紙くず拾いのような格好である洋服という制服に身を包み、幕府軍という権威を見出そうとしていた。その権威の服装を受け入れない人間達がいるのが問題になっていた。土方は制服を着なければ戦には参加させないと言い切り、それに反発する和装の人間を京史朗は抑えていた。一人の和装の男が土方に言う。


「我々は会津の兵としてそんな異人の着る衣装などは着れない。合印さえあれば幕軍としてわかればいいだろう?」


「その時代は鳥羽伏見で終わっただろう。この軽装で動きやすい洋服が着れなければもう戦にならんのだ。もうこれまでの戦でわかっているだろう?」


 怜悧さしか無い土方の人を人と思わない瞳に男は反論する。


「戦は格式でやるものだ。それが殺す相手に対する礼儀。それがなければ武士の心を忘れたただの獣である」


「今まで官軍が武士らしい節義を尽くした事があったか? 無いだろう?」


「……」


「新選組のような法度があれば君を斬りたい所だが、そうもいかんのが今の状況だ」


 その言葉に和装の連中は鯉口を切った。

 すでに言葉では両者の解決は無い――。


「がたがたうるせぇぞ土方!」


 瞬間、京史朗が叫んだ。

 その叫びで周囲の混乱は停止した。

 勢いに乗る京史朗は続ける。


「俺達はお前達のように簡単に異人の服なんざ着るような俗物じゃねーんだよ! こちとら天子の鎮座する千年王城の京の街で暮らして来て徳川の歴史の一部なんだぜ。戦とは格式と気組みでやるもんだ。俺達はこのなりで行く」


 和装の集団の前に出た京史朗は和装の一人として言った。

 実にくだらんと鼻で笑う土方は、


「……出立は明日だ。各々方最後の晩餐を存分に楽しむがいい」


 戦に行く衣装について和装・洋装でもめたが、和装部隊と洋装部隊という棲み分けで収まった。

 和装部隊の隊長に鬼瓦京史朗。

 洋装部隊の隊長に土方歳三。

 そして、松前城攻略部隊の和と洋の部隊の隊長は松明が灯る陣地の床机に腰掛けて話す。


「さっきの台詞。あれじゃ、抜ける奴も出てくるぜ? まぁ和と洋が一つになったのはよかったが」


「これからはもう鉄砲の時代だ。十年かけて鍛えた達人の剣技も一日目の鉄砲屋には勝てん」


 その土方が言う事が現実というのを認めたくはないが、現実として剣の時代ではない事はこの京から北への転戦で認めざるを得ない。すでに刀を差している者はほぼおらず、ミニエー銃の先にある銃剣か脇差か刃の出番は無い。そう思いつつ京史朗は煙管の煙を吐き出し、言う。


「戦国以降、鉄砲は足軽の持つものと揶揄された結果が二百年以上の時を経てこの鳥羽伏見に出た。存外、家康公は細かい所まで人間の行動も考えも支配してたようだ」


 戦国の大乱が起こる予兆である織田信長の父親・織田信秀が斎藤道三という美濃の蝮と幾度となく激闘を繰り広げている最中から鉄砲というものが戦場で跋扈した。そして、それは斉藤道三の明瞭な思考により戦国の世の中心となったが、徳川家康はそれを卑怯という名目で人間の心に刷り込んで武家社会に浸透させた。それにより血で血を洗う大乱の戦国は終わりを告げ平和な世が訪れたが、世界はその間にも文明は進み今では鋼鉄艦、ガトリングガン、アームストロング砲などを生み出し新しい領土を奪う植民地開拓時代になっていた。

 それに気付く事もなくただ安穏と過ごして来た結果がこの日本のあり様である。

 二百年以上前に鉄砲の戦い方が確立されたにも関わらず、鳥羽伏見の最前線で戦った会津藩・新選組の刀槍部隊の屍を積み上げるような無残な敗北が家康の意思による進化を止めた時代の終焉として現れた。

 そして土方は言う。


「……家康は悪くない。誰でも血で血を洗うような戦ばかり続けば平和を望むだろう。人間の本質は堕落を望む亡霊だからな」


「平和なんて、鬼には関係無い世界の話だな」


「そうだ。俺は血で血を洗う世界こそが似合う鬼。戦場こそが俺が輝く舞台だぜ」


 土方は敗戦したばかりの将の中で唯一笑っているのがこの言葉で頷けた。

 この男はどうやら地獄の閻魔さえも敵であれば滅ぼすであろうと思い、京史朗はやせた胸元を抑えゆっくりと息を吐く。やはりこの男は自分に似ているな……と自嘲するように笑った。



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