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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
3/42

二幕・岡っ引き〈前編〉

 鉛色の雲が流れる京の昼下がり。

 奉行所の奉行私室では愛刀のまだ世には無名だが、肉厚で丸太とて断ち切る月光水月げっこうすいげつに打粉をうち、切れ長の一重瞼を細くしながら研ぎ澄まされた銀色の刀身を見据えていた。

 死油のようなものを使う人間には刀と刀の力勝負は出来ない事を知る京史朗はそれでも刀槍で京の町の治安維持をしようと躍起になっている。

 その私室の障子に人影が写り込み入れ……と京史朗は打粉をうったまま呟く。

 薬屋姿に化けたままの伏見奉行所監察方の木戸夜談きどよだんは障子を開ける音も立てず入って来る。刀を鞘に納め、火鉢に火を入れて餅を焼きながら京史朗は京都全体の出来事における報告を聞く。

 最近は京都市中にて、一人の岡っ引きの活躍が持ちきりになっていた。

 この政情不安の中、夜道は不逞浪士が天誅と称して血の雨を降らせる中で奉行所の子飼いの犬である岡っ引きもその十手の輝きを見せる事なく、まるでただの町人のように息を潜めて生活していた。

 その最中、一人の岡っ引きの活躍が浮かび上がる事はめでたい話であった。

 焼けてきた餅を箸で一つ夜談の皿に渡す。


「ほう、大阪あたりで岡っ引きが活躍しているのか。奉行所だけじゃどうにも市中の取り締まりができねぇ今じゃ小回りのきく岡っ引きの方が早く下手人に行き着くのかもな」


 餅を口に入れようとしていた夜談の動きが止まる。


「……気を悪くするな。俺達は個人的に奉行所で取り締まる事案以外の取り締まりをしていたが、そんな岡っ引きが出てくれば奉行仕事に集中出来て楽でいいさ」


 その京史朗の言葉は意外な形で裏切られる事になった。




 四条にある茶屋・鬼京屋で床机に腰掛け熱い茶を冷ます京史朗は流れていく京の雑踏を見据える。

 桜色の着物がよく似合う独特な色香を放つ椿は向日葵が咲いたような笑顔で団子を運んで来る。

 少し先で瓦版を配る男にまとわりつく群衆が現れ、何かの事件か? と京史朗は思いながら茶をすする。それを見ている椿は素早く群集に入っていき一枚の瓦版を取って戻ってきた。気が利く女だと思いつつ尻をなでながら瓦版を受け取る。


「また月影つきかげさんが出たようですね。月影さんは市民の味方です」


 優しい笑みで椿は京史朗に語る。

 瓦版に描かれるやけにうなじが色っぽい目だけが見え、左目の下に泣き黒子がある頭巾をかぶる忍のような格好の月影に京史朗は言う。


「椿、その月影ってのは義賊なのかい?」


「えぇ、多く金を持つ金持ちから金を奪い生き死にがかかる市民に金を無償で配る義賊です。彼のおかげで命を救われた人間は数多くいるらしいですよ」


「義賊か。またおかしな奴が出てきたか。面倒なもんだぜ」


 勢いのまま茶をすするが、まだ熱く舌が痺れる。


「何度も言いますが、熱いお茶が苦手ならぬるいのも出しますし、お冷もありますよ?」


「問題ないさ。次からも熱いのを頼むぜ椿」


 よくわからない人と思う椿は男の誇りは難しいと思った。

 そして、黒い背嚢はいのうを背負った菅笠をかぶった男が現れ椿に茶と団子を頼む。

 背中合わせになる二人は互いが聞き取れるぐらいの声で話す。


「何? あの岡っ引きが捕まえた裏賭博の連中はあの岡っ引きに乗せられてお縄についたというのか?」


「そのようですぜ。あの金好きの岡っ引きはとんでもない野郎らしいです。余談ですが、あの男は日本各地を転々としてる人間でやけに黄色などの光物を好み、いけ好かない野郎ですぜ」


 報告に来た夜談が言うには今までの五軒における裏賭博の摘発は全て岡っ引きの算段らしい。

 大阪町奉行所の内山も証拠が無い為に下手人の言葉は黙殺している。

 その華々しい仕事ぶりを彩る細々とした捕物の下手人もどうやら岡っ引きの口車の成れの果てのようだ。煙管の紫煙を燻らせる京史朗は熱い茶をすすり思案する。床机の下に落ちる灰が一つの考えを生んだ。


「その岡っ引きの口車とやらに俺も乗ってみるか。奇想天外な事が待ち受けてそうだぜ」


 言うと、京史朗は茶を飲み干し椿の尻を触り鬼京屋を後にした。





 腰に十手を差し小粋に京の町を歩いていた背中に金の文字が書かれる黄色い羽織に股引姿の男はすれ違う町人に笑顔で対応し、出店の蕎麦屋の暖簾をくぐり入る。その背後を歩いていた緋色の着流しを着た男は小粋な男の足取りを追うように同じ蕎麦屋に入りざるそばを頼む。

 蕎麦屋の親父と楽しそうに話しながら天ぷらそばをすする男は最近の自分の活躍ぶりを話していた。どすっ……と小判が大量に入った巾着袋を台の上に置いた後から入って来た男に二人は見入る。


『……』


 店の親父は頼まれた注文に取り掛かり無言になり、天ぷらそばを食べる男も黙った。

 緋色の着流しを着ている手を懐に突っ込んだ堅気ではない様相の男が、隣にいる腰に鈍い銀色の十手を輝かせる岡っ引きに声をかけた。


「お前さんが最近一番京界隈で粋な男の金之助きんのすけさんかい?」


「そうだが? にしても、お前さんは堅気に見えねぇな」


「そうかい。確かに俺は堅気とはちと違う事を生業にしている男だけどな」


「十手持ちの前でそこまで言えるたぁ大した度胸だ。気に入った。そのざる蕎麦はおごらして貰おうか。何なら酒も奢るぜ?」


 隣の男を気に入った岡っ引きは緋色の着流しの男と仲良くなる。

 そして、二人はそばをすすりつつ岡っ引きが裏賭博を潰した出来事を話していた。

 すると、緋色の着流しの男は口元を笑わせながら、


「博打にゃ自信があるぜ?」


「……今までどんだけ稼いだ?」


 相手を玄人と判断した金之助は京史朗を舐め回すように尋ねる。


「連戦連勝よ」


 瞳孔をまるで動かさずに言う男に金之助は最大の稼ぎと最高の名誉が手に入ると思い口元を歪ませる。 そして、出店の蕎麦屋を出た二人は悪友のように町の人混みに消えた。


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