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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
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十三幕・池田屋事件〈中編〉

 ついに、三条小橋の池田屋に京都大火を計画する大物浪士が集まっている事を発見した。

 池田屋の二階では長州、肥後、土佐藩の大物浪士がいる。


 肥後藩・宮部鼎蔵、松田重助

 土佐藩・北添佶摩、伊藤弘長、越智正之、石川潤次郎、越智正之、野老山吾吉郎、望月亀弥太 

 長州藩・吉田稔麿、広岡浪秀


 などの志士が酒を飲んで大いに話し合っていた。

 そこに新選組監察方の山崎が池田屋の配膳になりすまし、浪士達の刀をまとめて一階の物置まで勝手に運んでしまい、同監察方の夜談は内部からしまる各所の木錠を外していた。

 志士一同は京都大火決行への話し合いは盛り上がるが、その主役の一人である長州の桂小五郎は早く着いてしまった為に他の同志の所におり、今は池田屋にはいなかった。

 桂は会合への到着が早すぎたので、一旦池田屋を出て対馬藩邸で休んでいたため、難を逃れた。

 逃げの小五郎と呼ばれ、維新史上最も命を危険に晒した一人でありながら維新を刀傷一つ負わず生き抜いたのはこの男だけかもしれない。


「……騒々しい連中だ。茶が不味く感じるぜ」


 池田屋の主人に頼んで三条小橋付近に不逞浪士がいるからと一階の奥の狭い物置になる四畳半に京史朗は鎮座していた。二階と一階を隔てる木の壁に耳を当て、浪士の訛りなどでどこの国かを判断した。


「肥後に土佐……そして長州か。中々の手勢だな。月影の奴も近くにいるかもしれん」


 物置の中から長州の隠密らしい月影の冷たく香る美しい女の顔を思い出した。




 そして、外の暗闇を熱き魂で切り裂く揃いのダンダラ羽織をなびかせ駈けてくる新選組がいた。

 新選組は精鋭を揃えた近藤組と数を揃えた土方組に分かれ、京の町をしらみつぶしに探索していた。

 その最中、夜談は各所の木錠を外すと外に出て仲間に知らせようとすると、近藤組はもう池田屋まで来ていた。

 池田屋に到着した近藤組はまだ会津側も幕府の援軍も来てない事を嘆き、彼等の判断力の無さを考えこの精鋭十二人のみで斬り込みをかける事にした。


 内部突入組。

 近藤勇・永倉新八、沖田総司、藤堂平助。そして近藤の養子の近藤周平。


 外の守り兼脱走者始末組。

 原田佐之助・武田観柳斎・谷万太郎・浅野薫・奥沢栄助・安藤早太郎・木戸夜談。


 近藤組が新選組精鋭とはいえ相手が倍もいる状況とこの人数では捕縛は考えている余裕は無かった。監察の山崎は闇に紛れ会津藩への応援要請と、土方組を探し増援を池田屋に向かわせる為に駆ける。

 そしていつになく顔がこわばる近藤は隊士全員を見渡し、池田屋の前で言う。


「諸君、刃向かう者は全て斬れ。我々新選組が日本の表舞台に立つときよ」


 あまり騒ぎ声を立てられない為、近藤は低く呻くように言い全隊士は頷く。

 これからの死闘がいつ終わるかも分からぬ為、刀の目釘を湿らせてから刀を返り血の滑りで落とさぬよう手拭いで縛りつける。

 咳をしている沖田に近藤は声をかける。


「総司。最近、咳をしているな。中で咳こんだら死ぬぞ? その身体で突入組は出来るのか?」


「んんっ、私は副長助勤筆頭ですよ? この新選組の大舞台に活躍出来ぬなら、私は腹を切りますよ。後世の笑い者になりたくはありませんからね」


「流石は天然理心流の麒麟児と呼ばれた俺を超える男だ。では諸君、討ち入りだ」


 鬼人のような顔つきに変化した近藤は池田屋の戸を強く叩き、無理矢理主人に開けさせる。

 殺気のみを身に纏う新選組隊士五人は内部に突入した。

 驚いたその主人は二階へ向かって叫び声を上げ、それを見る近藤は殴りつけて気絶させた。

 そして、研ぎが済んだばかりの蒼白く血を求める虎鉄を抜き、その手におさまる刀を落とさぬように紐で巻きつける。気絶する主人を夜談が縄にかけた。

 白いダンダラ羽織を着る近藤は二階のざわめきが消えた事に気付き、一階を担当する沖田等の内部突入組に言う。


「武運を祈る!」


『おうっ!』


 そのまま近藤・永倉が二階へ上がり、沖田・藤堂と近藤周平は一階を探索し出した。

 階段を駆け上がる近藤は、一人の小柄な瓢箪ひょうかんという言葉を体現した男と目が合った。

 呆気に取られるその肥後の松田重助は叫んだ。


「――し、新選組だ! 新選組が現れた――」


「ずえええええええああああああああっ!」


 大きく目を開け、息が止まる松田重助が袈裟に斬られ、臍にまで達するほどの切り込みを入れられていた。


「みぃ……ぶろぉ……」


 転がり落ちる死骸を、背後の永倉が裏拳ではたき入口で槍を持つ門番になる原田に渡した。


『……』


 局長の全身全霊の一撃に入口を守護する隊士は絶句し、原田は笑う。

 今宵の虎鉄は正に血に飢えているとしか言い様の無い切れ味である。

 いや、その主人である近藤勇こそが虎鉄の真の切れ味を時代の流れを乗せて掴んでいた。

 その物音に気付き、志士達は蝋燭を一本だけ残し消した。


「諸君! 賊が現れたようだ。冷静にここを脱し、また落ち合おうぞ!」


 すぐさま長州の吉田稔麿よしだとしまろが叫ぶ。

 そしてその座長である肥後の宮部鼎蔵が言う。


「どうやら刀はこの宿の人間に押入れにもってかれているようだ。皆、脇差でここを脱しよう。三全世界に必要なのは夷狄いてきを打ち破る狂の信念。死して不屈になりし我が同士・松陰吉田寅次郎しょういんよしだとらじろうは言った!」


 その宮部の激に全員は感銘を受ける。


「夢無き者に理想無し、理想無き者に計画無し、計画無き者に実行無し、実行無き者に成功無し! 故に! 夢無き者に成功無し! 我等には夢がある! そうだろう同士よ!」


『――おうっ!』


「では壬生狼みぶろを駆逐しつつ長州藩邸にて落ち合おう」


 思想を維持する精神は狂気でなければならない――という狂の提唱者・吉田松陰よしだしょういんの親友であったこの男はそう同士達に諭し動いた。

 全ての障子が開け放たれ、池田屋内部の全てが混乱の渦に呑まれた。


『うおおおおおおおおおおっ!』


 と幾度も互いの気合いが聞こえ、その度に志士達は少しずつ新選組に斬られた。

 新選組隊士は通常よりも長い脇坂を差しており、長刀だと刀の切っ先が天井などに当たってしまう室内の戦闘でも有利な実戦形式の刀を携行している。これは近藤が城で脇坂を差して登城した時に、近藤勇の脇坂は何故、あんなにも長いのだ? と周囲の幕臣達に人斬り集団の親玉として畏怖されたものでもあった。

 この殺人専門家にとっての刀は武士の魂ではなく、ただの消耗品に過ぎないという事を今までの闘争で理解しきっていた。いかな名刀とて、刃は刃こぼれし折れる事もあるのである。

 そして一階の物置から飛び出た、一人の黒い羽織袴の中に鎖帷子を着た黒覆面の一匹の鬼が一人の隊士を突き刺した。


「……ぐっ! 背後からとは卑怯な!」


「殺し合いに卑怯も糞もねぇ。お前は知らねー顔だな。お勤めご苦労さん」


「! その声、伏見奉行所奉行……」


 一度市中見回りで出くわした事のある男の軽薄そうでいて、相手の心に釘を刺す声で近藤周平は相手の人物を看破した。そのまま近藤の養子の周平は絶命した。


「さて、新選組潰しを始めるぜ」


 その黒い羽織袴の覆面の男は、第三の勢力として暑さと闇の煉獄地獄である池田屋に蠢く生き物の全てを冥府へ誘うように、這い寄る道化のように近くにいる人間を一人、また一人と倒して行った。


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