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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
19/42

十二幕・蠢く闇

 伏見奉行所金庫番の金之助きんのすけの違法賭博などの裏金稼ぎで稼いだ金は新選組での夜談よだんの居場所を早期に作り出した。

 新選組隊内で金を使い、観察に取り立てられるよう細工は成功し、新選組内部でも信用以上に信頼された。最近では飲みに行く事誘われる事が多くなり、ある数人の夜談を見る目が変化している事に気づいていた。

 そして、奉行所でもその裏金で役人に町へ仕事として遊びに行かせ京の町を蠢く各藩の動きを探ろうとしている。

 金之助はまだ一部の人間には顔を覚えられている為に多くは遊ばない。


「おそらく近日中に大きな動きがあるはず。世の中の金の動きがやけに早くなっていますからね」


 そう夜談の後任の忍びになる金之助に言われた京史朗は三条小橋の旅籠が並ぶ雑踏に来ていた。

 すれ違う浪士も町人もどこかの藩の大物が化けているようで怪しさを感じた。


「薩摩の西郷吉之助さいごうきちのすけぐれぇ見た目がわかりやすいといいんだけどよ」


 そう呟く京史朗の後ろに現れた男に言った。

 新選組監察方の夜談が現れ、二人は歩きながら話す。


「こちらは何とか内部の信頼を得て観察方として働いています。山崎さんのおかげで動き易いですぜ」


「山崎は新選組の内情を探らせる間者にするつもりだったが、あれだけの鉄の組織となると山崎は使った途端斬られるだろう。だから夜談。お前は信頼を得て新選組の観察として動け」


「それでは奉行所の働きが……」


「こっちの心配はすんな。そして新選組のやりたいようにやらせて絶対に妨害はするな」


 京史朗には何か算段があるとふんで夜談は頷く。


「では、私が新選組にいる間はあの金之助の働きに注意して下さいね。そして、椿さんが子をもうけたら責任は取るのですよ」


「余談はいい。とっとと壬生狼みぶろに染まりやがれ」


 三条小橋の雑踏から夜談は去る。

 だいぶ会っていない椿の事を考えないようにし、京史朗は緋色の着流しの裾を揺らし群集にまぎれた。





 薩摩藩北部の山中。

 その一角の古びた小屋に一人の若い女と白髪頭の魔物のような男が、大柄の坊主頭の浴衣を着た無頼漢のような男と話していた。

 刀を作る工場であるその小屋は桔梗院玲奈ききょういんれなという妖刀作りの女の工場だった。

 村正を始めとする徳川を不幸に陥れる妖気を纏う刀はこの女の一族が作り上げていた。

 この桔梗院玲奈の作る刀で人を斬った者、手にした者は冥府魔道へ誘われ死んで行く。

 その地下で摩訶衛門は人体実験や新たな麻薬の開発を行っていた。

 薩摩の巨魁である西郷吉之助事、西郷隆盛はこの二人を重用して幕末の維新回転への影の歯車にしようとしていた。


「……もうすぐ京の町は薩摩の物になり、この日本そのものも薩摩が支配する世になる。将軍も、藩も、天子でさえもこの薩摩にひざまずくのだ。もうすぐ君達の出番も回って来る。時が来た時はよろしく頼むぞ」


 そう言う西郷は外に繋いでいた土佐犬と共に下山して行く。

 協力者の男の強欲な世界観を感じる摩訶衛門と玲奈は話す。


「西郷は薩摩中心の日本を作るにはどんな手段も使う男だよ。表面上の行動と本質の考えの乖離が甚だしいのはあの男の特徴だね。摩訶不思議、摩訶不思議」


「ふーん。表舞台に立つのも近いか……刀だけじゃなくて最近手に入れた火薬関係の新しい武器を作り実戦にも使えるようにしないといけないし」


「君の才能は血にも使って欲しいんだがねぇ」


 新しい人間の心臓から吸いだした血をアヘンで濃縮した麻薬・死油しゆの小瓶を眺めながら言った。そして、摩訶衛門の愛刀である血神丸けつじんまるの砥ぎが終わった為、玲奈は渡す。

 玲奈の少し広い額に微笑む白髪の男は紫の鞘の刀を受け取った。


「これで斬りたい男が京都にいてね。僕と本気で戦って生きている唯一の男さ。その男にも君の刀を持って欲しいんだ」


「私が打った刀と刀が戦えば折れた方の刀の使用者が死ぬ。それは貴方かもしれないわよ摩訶衛門?」


「それこそが摩訶不思議の醍醐味だよ」


 嗤う摩訶衛門は、小屋の外に人の気配を感じた。

 今の摩訶衛門の感度は小鳥の囀りや地に落ちた葉の音さえも聞き逃す事は無い。


「また隠密が現れたねぇ。全くこの国は幕府の犬が多すぎるよ。摩訶不思議、摩訶不思議」


 西郷を追跡してきたらしい幕府の隠密はこの魔境小屋の中を調べ、中の人間は殺すようだ。

 玲奈は額を抑え、一本の刀を取った。

 しかし、摩訶衛門は新しい血は他人に渡すつもりは無く一人で外に出る。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……三人か。精鋭だろうが僕の敵では無いねぇ」


 そう呟くが周囲の森に反応は無い。

 相手の殺気の不穏さを感じ、幕府隠密は同時に姿を現した。

 瞬間、木の後ろに隠れていた隠密は首を飛ばされる。

 そのまま落ち葉を踏みつけ駆け抜ける摩訶衛門はもう一人に目を付けるが、苦無を投げられ刀で弾く。 その隙をつき、残る一人が白髪の男の真下に現れた。


「……!」


 顔面を血で染める摩訶衛門は真下の男に重なり合うように倒れた。

 それを見つめる隠密の一人が言う。


「殺ったか……」


「あぁ、殺ったよ?」


 立ち上がる摩訶衛門は左手で目の前の隠密の腹を刺していた。

 鋭利に磨がれた爪は刀のようなものであった。

 そして、最後の一人になる幕府隠密は森の中で感じた臭いを疑問としてぶつけた。


「臭うな……貴様……ここで何をしている? この場所の匂いは何だ?」


「この匂いは血神丸のなかごが腐った匂いだよ。多種多様の人間の血が僕の血神丸の底力を引き出している」


「そうか……死ね――」


「僕はまだ死なんよ。君より摩訶不思議だからねぇ」


 嘲笑うように、残る一人の幕府隠密を摩訶衛門は始末した。

 そして、赤く充血する隠密の死体の眼球を食った。

 それを玲奈は怜悧な瞳で見据えていた。


「玲奈……やはり刀の製作を依頼しよう。地獄の羅生門すら食い破る鬼が持つ刀の依頼だ」


 摩訶衛門は玲奈に京史朗の刀の制作を依頼した。

 同じ刀匠が打つ刀で決着をつけたくなったのである。


「鬼が持つ刀……鬼神龍冥丸きじんりゅうめいまるとでもしておこう。それの制作を頼むよ。人相はこいつだ」


 瓦版のような紙に墨汁で描かれた伏見奉行所奉行・鬼瓦京史朗の人相書を渡した。

 京史朗を思い興奮する魔物は股間の怒張を抑えきれずにいる。

 それを見つめる玲奈は言う。


「ふーん。それほどの手練れなら実際会う必要があるわね。創作の刺激の為に京都に行こうかしら」


「あの土地は血にまみれているよ。君にとってもいい経験になるかもしれない。男達に血まみれで殺されないようにねぇ」


「貴方以上に血にまみれている人間がいるのかしら?」


「それはそうだ。でも、君の呪いを僕も感じたいんだよ」


「私が打った刀と刀が戦えば、折れた方の刀の使用者が死ぬ。時代も動いているし、楽しみになってきたわね……」


 薄い唇を笑わせ、玲奈は鬼の男の人相書を見据えた。






 伏見奉行所の役人達は四条の蕎麦屋で起こっている乱闘騒ぎに駆けつけていた。

 店主に無理難題を押し付けた不逞浪士が逆に店主から激怒され、店内がめちゃくちゃになり周りの店にも影響が出るほどの騒ぎになっている。

 頭から血を流す店主はここまでの騒動になるとは思わず路地で自分の店の乱闘騒ぎを見据えていた。

 店の入口は伏見役人が固め、浪士達の逃げ場を無くしている。

 店内では伏見奉行所の奉行が暴れていた。


「あー、天ぷら美味いな……お前も食うか?」


「黙れ幕府の犬があっ!」


 浪士の食い残した海老の天ぷらを食う京史朗は抜き打ちをかました。

 胸元を浅く斬り蹴りをかまし、気絶させた。

 そして海老の尻尾を吐き出し、それに驚き瞳を閉じる男を殴りつける。


「おら、外でお縄につきやがれ」


 その男を外に吹っ飛ばした。

 奉行所の役人達は倒れる男たちを捕縛する。

 残るは二人かと思っていると、いきなり丼を投げられ陣笠で防ぐ。


「おー……危うく火傷するじゃねーかよ!」


 陣笠を投げ、まだ熱い蕎麦つゆが残る丼を手で持ち男の頭からかぶせた。


「死ねや役人――っ!」


 背後には刀を突き出す浪士が迫る――が、まるで閃光のように振り返る京史朗の刃が男の胸を切り裂く。男は倒れた。


「おい、死んでねーだろ。そんな浅い一撃で死んだら不逞浪士なんざやめちまえ」


 全ての不逞浪士を生きて捕縛する

 伏見奉行所の役人達は十人の不逞浪士を捕縛した。

 そして、その捕物からの帰りに町人に変装して京界隈を探索している金之助に出会い、また敵がいたという一報がもたらされる。

 少し前を歩く役人達は浪士を捕縛している為に動けない。

 京史朗は敵は一人という事を知り、急いで金之助と共に路地を曲がる。


「奉行、今日は面倒な日ですな」


「あぁ、確かに今日は面倒な日だぜ……!」


 そこにはとんでもない人物がいた。


「――? 野郎!」


 すぐさま振り返るが、そこに金之助の姿は無い。


(あの野郎……)


 目の前に居る白い蓮華が描かれる着物を着る椿の顔を見て驚く。

 ここは鬼京屋がある四条通りだった。

 二人はしばし見つめ合い、椿は言った。


「只今熱いお茶をお持ちします」


「おう」


 一言返事で促されるままに鬼京屋の床几に腰をかけた。

 道を歩く雑踏の人々の話し声が耳にやけに響く。

 すると、京史朗の感性を刺激する女の匂いを感じた。

 一気に熱い茶を飲み干す京史朗は長居は無用と考え本音を話す。


「……俺はいつ死ぬかわからん。気が立ってるとわからんが、腕にいつの間にか出来た傷がある。戦いってのはいつもこんなもんよ」


 戦いに絶対の強者は無く、誰もがいつ死んでもおかしくないと京史朗が言いたいのはわかった。

 しかし、この女は引かない。


「ならば私も死地までお供しましょう」


「……」


 その女の覚悟を受け止め、舌が痺れる京史朗は答えを出した。


「なら、ついて来い。俺の行く道が冥府魔道でも臆するんじゃねぇぞ?」


「望む所です」


 一度別れた二人は強い絆を持ってして切れた縁を取り戻した。

 そして京史朗はまた鬼京屋に通う事になった。

 魔都となる京の町には各藩の大物志士が集まり、三条小橋の丹虎や池田屋などで会合をしていた。

 元治元年の五月は終わり、激動の六月が幕を開けた。



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