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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
16/42

十幕・魚の城の小魚

 その翌日――。

 芹沢鴨ら水戸派を中心とした二十人を超える隊士が京都の生糸問屋大和屋庄兵衛に金策を謝絶されたことで、芹沢はいつものように尽忠報国じんちゅうほうこくの鉄扇で肩を叩き腹を立て、屯所から大砲を持ち出し大和屋の蔵の全てを焼き払おうと業火を燃やす。


「はははっ! この尽忠報国の士・芹沢鴨が祇園祭の前座をしてやろうぞ! これは次の祇園祭にて使われる行事故に町人共よ、この祭り事を刮目して見ていたまえ!」


『……』


 それを見ていた京の町人は戦場でしか使われない大砲を堂々と使う新選組筆頭局長の傍若無人さに声も無く見守るばかりであった。

 それを町人の群れの最後尾で見つめる義賊兼暗殺者がいた。


(これは生かしてはおけないわね……)


 紫陽花が描かれた翡翠色の着物の袖から苦無を取り出した月影が動く。

 その手を、更に背後から現れた町人風の浴衣姿の夜談が止める。


「やめておきなされ。ここで芹沢の怒りを増やせばこの豪商だけじゃすまないですぜ」


「伏見奉行の犬か。奴等を探るという事はあの奉行が何かを企んでいるという事。私からもその企みに加担させてもらおうか」


 笑う月影の上を一匹の雀が飛んで行く。

 駆け付ける火消しや大阪奉行所の役人に対しても腹心の新見、平山、野口が刀を抜いて火消しを決して寄せ付けず、蔵は焼き払われた。燃え上がる火炎はやがて鎮火したが、近藤一派と会津藩の怒りに消えない焔を灯した。

 そしてその夜、月影は芹沢の回収するはずだった大和屋の金を京都中にばらまき、伏見奉行所にも投げ込んだ。奉行所は町人と同列に扱われ、大阪奉行暗殺の件も含めて幕府は落ちたなと町人も噂し出す。

 この事件を近藤派は表面上は無視し、後日会津藩黒谷本陣に呼び出され松平容保から直々に近藤派に対し今後における芹沢鴨への処遇の言葉があった。


「筆頭局長芹沢鴨を始末せよ」


 その言葉に土方は口元を嗤わせ、


(まずは芹沢という城の二ノ丸を落とすかな。そうすれば本丸を落とさずとも城は自壊するだろ……)


 そして新選組の鬼は敵城攻略の算段を練った。





 四条の鬼京屋で鮭定食を食べながら京史朗は芹沢の暴挙について夜談と話していた。

 中は客がまばらで混んではいないからか入口では椿が常連の男の客と話している。


「……奴等が暴発して会津ごと消えるのを待つ。千年王城の都に余計な魚はいらねぇのさ」


 骨だけに解体された鮭を眺め言う。

 天ぷら蕎麦を食べ終わる夜談はぬるい茶を飲みながら最近の仕事で感じていた疑問を言った。


「奉行。壬生狼になぜ手をだすのですか? そのままにしてても、勝手に潰れるか潰されるでしょう?」


「奴等は、そんなたまじゃねぇのさ」


「何故……そこまで彼等を? 黒船来航時の命の恩人だからですか?」


「志の高い男だからさ」


 入口の椿の横顔を見ながら遠い目をする。


(奴等を京都の影から無理矢理日向に出す。この混沌とした情勢下では非常の人間が必要だ。俺の手の平で踊ってもらうぜ……)


 ぬるくなる茶を飲む京史朗は、


「……で、女の件はどうなった?」


 そして呉服屋大丸のお梅の話になる。

 芹沢は大丸から衣装をこしらえた時の借金を踏み倒そうとしており、その娘であるお梅も芹沢に犯されそうになった事もあった。そのお梅を芹沢に仕向けようというのが京史朗の考えであった。


「大丸は幕府に楯突く浮浪に金を流してやがるからな。そろそろお灸をすえにゃならん」


「おそらくお梅は芹沢に手篭めにされ死にますぜ。その前に他の新選組の連中に芹沢一派ごと消される恐れもありますな」


「お梅は悪い女じゃねぇが、今まで親に流されるままに数々の愚行をおかしてきた疑いがある。ここでも流されて善も悪も認識出来ねぇようじゃ、ここで死ぬしかねーな」


 外から聞こえる椿の笑い声と同時に、一切の感情をはさまず京史朗は言い切った。





 新選組屯所・近藤私室。

 そこには近藤と山南、土方の三人が畳の上にある一枚の紙を見つめていた。


「近藤さん。芹沢局長には了承を取り付けてある。今の内にこれを発表してくれ」


「土方君。それは本当かね?」


 不審な顔をする山南は最近の芹沢は屯所にいても借金取りに来ていた呉服屋大丸の娘をお梅を愛人にし、遊興にふけっていてまともに会話などしていない事でどうこんな厳しい法度を説明したのか疑問に思う。


「何、山南さん。こんなもんは前から話してあるんだ。後で島原へ行き酔っている所に法度を見せて了承を取ればいいのさ」


「土方君……我々と芹沢一派で斬り合いをするつもりかね?」


 唇を歪ませる山南はいつになく怒った顔をした。

 鬼と仏の副長の顔が強張っていき、局長室の空気が重くなる。

 それに対し近藤は動く。


「山南さん。ここは歳の顔を立ててくれ。我々はまだ隊士の素性さえよくわからん烏合の衆の集まり。それを鉄の組織にするには並大抵の事ではならん。故郷に錦の旗を飾るまでは鬼で行こうではないか」


 その一言で山南は納得した。

 一人の志士として京の地で名を上げていずれは幕政に関わるのは自分の夢でもあるからである。

 そして新選組の規律になる法度が出来、島原に出向いている芹沢、新見の両局長に変わり三席である近藤勇が公表した。息を呑む隊士達は近藤の野太い声に聞き入る。


 新選組局中法度。

 一・士道に背くまじき事

 二・局を脱するを許さず

 三・勝手に金策致すことを許さず

 四・勝手に訴訟を取り扱うことを許さず

 五・私事の闘争を許さず

 右の条文に背く者には切腹を申し付ける。


 近藤の法度の五箇条に隊士達は身が震え声が出ない。


『……』


「……」


 土方は鋭い眼差しで隊士達の動揺を見据えていた。

 そして数人の隊士の名前を副長助勤ふくちょうじょきんの人間に伝えると、案の定その内の二人がその場を脱走し見張っていた沖田、永倉が捕まえ屯所まで連行した。

 そこで近藤は全隊士を集め茣蓙の上にその二名を並ばせ沖田と永倉は鮮やかに首を飛ばした。

 そして、その足で近藤一派は島原で遊びふける芹沢に法度の制定を知らせた。

 その文を見て芹沢は酔いが冷めたようにしばらく黙り、一様に近藤はいつでも抜き打ちを放てるように室内戦闘用の長脇坂に手をかける意識をしていた。

 自身の佩刀に手が伸びる芹沢に背後の近藤一派は息を呑むと、私が改めて公示を行うとして屯所まで戻り再公示となった。

 しかし、この隊士一同は近藤一派が汗水垂らしてかき集めた精鋭故に芹沢の存在は空の雲のような実態の無い空虚なものであった。

 そして、その空虚な池の中の小魚の一匹は消える事になる。




 文久三年九月十三日に次席局長・新見錦にいみにしきは切腹させられた。

 罪状は隊務を行わぬばかりか勝手に金策をし、新選組の名を汚した悪行の数々を近藤勇に詰め寄られ斬首は免れ武士としての切腹になった。

 切腹先は祇園にある料亭であった。


「……これは貴様等の思うように新選組を動かす為の算段だな。確かに我々は会津のお預かりになり少々羽目を外しすぎたか。芹沢先生の前に私を始末するとは考えたものだな。平山や野口ではあの人の言葉が理解出来ず、話し相手にならんからな。力で力を抑えつけるやり方がどこまで通用するか地獄で見ていてやるよ」


 程なくして新見は多少の狼狽を見せながらも切腹し果てた。

 すでに新しい畳を運んでいた近藤一派は新見の死体を片付けると同時に血のおびただしい畳を新しいものと交換し、料亭にも金を払って全てを忘れるように伝えた。

 そして、芹沢にその事が伝わったが芹沢の行動に変化は無く、堂々と愛人のお梅と屯所で朝からまぐわった。

 その変わらぬ芹沢に近藤一派は一様に筆頭局長を斬るには暗殺以外に無いと感じた。

 新見の時のように正面から行く手段では隊士達に事が露見すれば近藤勇を中心とした新選組はただの近藤の私兵となり、会津藩お預かりという名目で惹かれて来た連中は相次いで脱走する可能性も出てくる。

 隊士達も芹沢は空虚ではあるが、京での相次ぐ騒ぎの中心人物の一人であるこの男とは関わり合いたくないのである。

 一匹の雀を肩に乗せる庭師が新選組屯所である前川邸の植木を切り揃えている最中、目を光らせる土方は前川邸にて俳句を思案し、古い小池にいる魚の群れを見据えていた。

 その池の鯉の一匹が死んで浮かんでおり、池の主のような大きな鯉がその真下をゆっくりと通り過ぎた。

 両派の溝は決定的になりつつも時は流れて行き、ついにその時が来た――。


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