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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
15/42

九幕・新選組誕生

 壬生浪士組みぶろうしぐみが起こした大阪での相撲取りとの乱闘騒ぎの数日後。

 大阪町奉行・内山彦次郎は何者かによって暗殺され、大阪の天満橋に首を晒された。

 そこにある斬奸状にはこうある。


「この首の者。幕府役人でありながら私利私欲に溺れ、倒幕派志士を扇動して米価や油といった庶民の生活に影響が強い物の値を吊り上げている不届き者故に天誅を下した。大塩平八郎」


 その大塩平八郎という言葉に実際は大塩平八郎は生きていたんだ! という町人の噂話で京、大阪は内山殺しの話が一時的に盛り上がった。この大塩とは大阪町奉行所時代は清廉潔白な人物であり、数多の不正を次々と暴いた人物だった。後年、天保の大飢饉により各地で百姓一揆が多発し、大坂でも米不足が起こり大塩は大阪町奉行所に対して民衆の援助を求めたが拒否され、自らの蔵書五万冊を全て売却し市民の救済に当たり悪行をなす大阪町奉行所に反乱を起こしたが鎮圧された悲劇の英雄である。

 この一件での壬生浪士組の働きはこうである。

 薬売りに変装する監察方の山崎からの報告を茶屋で密かに受けた沖田総司・永倉新八・原田左之助の三人が夕涼みにお忍びで来た内山の帰り道を路地の曲がり角で護衛を始末し、後から来た近藤勇と土方歳三が大阪の相撲取りの件と大塩平八郎は誠の武士であったと宣言した後に殺害した。

 壬生浪士組が内山を暗殺した理由は、浪士組が大阪に夕涼みに出た時に芹沢が小野川部屋力士の一人を無礼打ちにしてしまい乱闘騒ぎを起こした大阪角力事件がきっかけであった。

 内山が小野川部屋に協力的だった事や近藤が当事者間で解決していると突っぱねた為に内山との確執が起きた事による怨恨により殺害された。

 不逞浪士を取り締まる殺人専門家である彼等は人を斬る事に何の躊躇も無く、自分達に邪魔する者があれば会津の威光を持ってしてその全てを斬るという気合いがあった。

 斬奸状を首の下に置いた土方は内山が倒幕派志士を扇動して米価や油といった庶民の生活に影響が強い物の値を吊り上げているという大義の下による天誅であるとした。

 奉行私室にいる京史朗は煙管の紫煙を吐き出しながら夜談よだんの報告を聞いていた。


「……あの土方にやられたな。近藤に沖田……内山の警護を傷一つ無く殺るなんざ相当な手練れだ。簡単にはいかねぇ。だが、内山殺しは追求させてもらうぜ」


 この一件は同じ奉行として見過ごせない。

 だが、会津藩が内山殺しを探る者をもみ消しだしていた。

 大阪の役人や岡っ引きも内山殺しは黙殺し、まるで内山彦次郎という奉行が存在しなかったような扱いになっているのである。

 そういう終わった事は終わった事という最近の不穏な時勢を忘れるような風潮に京史朗は怒りが溜まっていた。


「蔵書五万冊とも言われる私財を投げ打ってまで抗議に出た大塩平八郎は確かに英雄だ。だが今は待たなきゃならんのだ。異国が堂々と日本の土を踏む以上、多少の米価ぐらい我慢しやがれ町人共め」


(奉行……視野が狭くなっておられるな)


 夜談はそう感じた。

 京史朗は危機感が募ると幕府側の目しか持たなくなる為に、町人の気持ちを汲めない所があった。

 故に大塩平八郎をただの犯罪者としてしか今は見ていなかった。

 天保八年における大塩平八郎はすでに隠居していたが、米不足に喘ぐ大阪の地で跋扈する利を貪る豪商に対し怒りを持ち奉行所に掛け合うが大阪町奉行所はそれを民衆から信頼を得る為の売名行為とし、大塩はこの件において大阪奉行所を見限り自分の家族を離縁させ大砲や鉄砲を買い、近隣の農民に檄文を回し同士を募り決起した。しかし、決起前に内通者がおり大塩の決起は中途半端な規模のものになり十分な結果は得られなかった。

 大塩平八郎の乱の時の内山の働きは、美吉屋五郎兵衛方に潜伏していた大塩平八郎父子の発見、捕縛を指揮した。結果的には大塩には逃げられ火薬を使い自決されるという惨事を生み、その遺体の顔も判別出来ない事から大塩平八郎はまだ生きているという町人達の言葉も信憑性を持って人から人へと伝染したのであった。





 月は変わり八月になり、壬生浪士組は八月十八日の政変の警備に出動し、その働きを評価された。

 そして、新たな隊名である〈新選組〉を会津中将・松平容保まつだいらかたもりから拝命する。

 そして隊士一同は新選組という名に恥じぬよう揃いの羽織を作成していた。

 羽織は袖口を山形のダンダラ模様に白く染め抜いた浅葱色の羽織を着用し、隊旗は新選組の隊服と同じ形の赤に〈誠〉の一文字を染め抜いたものであった。

 羽織の作成は呉服屋大丸であり現在の大丸であった。

 隊旗は高島屋で作られており、大丸も高島屋も現在では百貨店となっている。

 その時の隊士一同の堂々たる姿を会津藩家臣、広沢富次郎は「鞅掌録」の中でこう語っている。

〈浪士時に一様に外套を製し、長刀地を曳き、或は大髪頭を掩ひ、形貌甚だ偉しく、列をなして行く。逢ふ者皆目を傾けてこれを畏る〉

 かくして、壬生浪士組は新選組として更に京や大阪で激動の時代に呑まれて行く事になった。





 夜の四条を巡回している新選組の一団は提灯を片手に若い隊士を先頭に歩いて行く。

 全身から血の香りが浮き立つその者達の目につかないように四条の住人や通行人は無言のまま壬生狼が何事もせず通り過ぎるのを待つ。

 最近は芹沢の町人に対する無礼打ちなどの横暴が目立ってきており会津側の機嫌を損ねかねないような行動に近藤一派は苛立ちを募らせていた。


「近藤さん、芹沢先生は今日も隊務をせず新見さん達と島原へ向かわれたそうです。我々も島原へ向かいますかね?」


「総司。我々までが遊んでいては何の為に会津藩のお預かりになったのだ? 新選組がこれからも存在するには日々の隊務をこなす以外には無い。そして、それが出来ぬ者はやがて消えるだろう」


 凄みのある近藤の顔面を見て、沖田は大きく頷いた。

 すると、京の町の特徴である細い路地を曲がる。

 この地形に関してはいきなり待ち伏せや鉢合わせなどもあり巡回中の隊士も数人が死んでいた。

 それにより土方は死番しばんといって交代制で先頭を歩き路地を曲がる時の前方確認や、敵のいる屋敷などの初めの突入をその人間の度胸を見る為に新人隊士に任せていた。

 ここで臆してたまたま生き残ったとしても、屯所に戻って斬られるという事を最近入った連中は理解して来ている為に若い隊士はいつでも刀を抜けるような気構えで路地を曲がった。


「……? お前……」


 路地を曲がった瞬間、先頭の提灯を持つ若い新人隊士が斬られた。

 すぐさま近藤、沖田は抜刀し月明りに淡く照らされる不逞浪士ふていろうしの輪郭を見据えた。


『……』


 そこには一人の黒い羽織袴の手拭いで顔を隠す浪人がいた。

 鬼のような一重瞼の鋭い長身の男の背後には同じように顔を隠す男達が一斉に刀を抜いて壬生狼に斬りかかる。


「臆するなぁ! 会津中将の威厳を我等新選組が見せつけやろうではないか!」


 敵の一人を袈裟斬りにして死体にした近藤は叫ぶ。

 すでに沖田は二人を電光石火の突きにより始末していた。

 壬生浪達は十人に対し不逞浪士側は二十人もいる為に激闘が開始される。

 この男達はこの壬生狼である新選組に恨みを持つ者が多く、それは芹沢一派が生み出した遺恨でもあった。不逞浪士側の黒い羽織袴の男は思う。


(酔っ払いの浪人共もそれなりにやるな。この調子で頼んだぜ)


 そして、不逞浪士達の頭の伏見奉行所奉行・鬼瓦京史朗は近藤勇と鍔迫り合いを繰り広げた。


「大阪町奉行の内山殺しはお前達だな壬生狼?」


「……」


「答えないという事は、下手人はお前か近藤? 内山を恨んでいる奴はいるが、殺害までの期間を考えるとお前さん達しか考えられねぇんだよ」


「……貴様は生かしておけんな」


 鬼神の如き近藤の腕力で押し切られ京史朗は近藤の愛刀である虎徹に斬られまいと、足を踏ん張り負けじと刃を繰り出す。蹴りを出そうと動く近藤の右足に気を取られ剣圧で押し切られ民家の軒先に転がる。そこに影のように動き、すでに五人を斬り伏せている沖田の刃が地面ごと突き刺すように心臓に迫る。


「ぬぅ……ああっ!」


 撃剣用の胴当てをしていた為に心臓に刺さる刃は軌道を外れ肩を軽く切っただけだった。


「運のいい人だ。けど終わりですよ」


「五月蝿せぇ三下っ!」


 地面を転がる京史朗は味方の浪士を投げ飛ばし沖田と近藤から離れる。

 この二人とは十年ぶりの戦いだが、まるで十年前から衰えぬ野獣のような太刀さばきを見て近藤達の実力を知る。

 大阪町奉行の内山殺しの下手人として見ていた予想は、相変わらず怒ると鬼瓦のようになる近藤の険しい顔を見て当たりだと確信した。


(間違いねぇ、内山殺しは奴らだ。芹沢以上に、近藤一派の方がやばい連中が多いもんだ)


 形勢はまだ五分にはあるが、後呼吸を五回もすれば味方の金で雇った烏合の衆は崩れ去るだろう。

 この男達は最近の時勢にならって押し借りや女を強姦している輩の為に死んでも問題は無い。

 一目散に京史朗は四条から逃げようとする――が、目の前に浅葱色のダンダラ羽織を着た一団が現れた。その先頭にいる二重瞼の厚ぼったい男が言う。


「不逞浪士の集まりだ! 三席局長組を援護しろ!」


 突如現れた土方組が不逞浪士達を挟み撃ちにする陣形を取った。

 焦る京史朗は屋根に登り逃げようと思うが、登っている間に捕まるであろう。

 すると、後ろに仲間の一人である伏見奉行所の金庫番である金之助きんのすけが手に持つ小判を投げつける。


「どこにいやがった金の字!」


「へへっ、こんな所で命は貼れんですよぶ……お頭」


 しかし、金之助が小判を投げるが相手には反応無く二人は完全に挟み撃ちに合う。


『……!?』


 すると、目の前が急に真っ白に染まった。

 民家の屋根の上には夜談がおり、煙幕を投げたのである。

 上から伸ばされる手に金之助はしがみつき、屋根によじ登る。

 そしてまだ煙幕で新選組を混乱させている隙に京史朗も夜談の手を借り登ろうとする――。


「? 光っ……つおおっ!」


 屋根に逃れる最中、一つの白刃が襲って来た。

 相手には煙幕が通じないのか確実に殺害しようという敵の突きに焦る。


「――ちいっ!」


 一撃目を刀で返すと、もう二撃目が眼前にある。

 それを金之助は小判で弾くが、またもや死神の切っ先が京史朗の顔面を貫こうとせまっていた。

 沖田の突き技は電光石火の三段突きなのである。


「しまっ――」


「奉行っ!」


 金之助の叫びも虚しく眉間に沖田の刃は刺さる――。


「中途半端な警護だな金の亡者」


 一本の苦無がその刃を弾き、沖田の一撃はようやく終わる。

 煙で標的を見失ってはいないが、近藤の集合の呼び笛が鳴った為に沖田は煙を払いつつ咳をしながら刀を納めた。

 危うい所で夜談に助けられた京史朗と金之助は町を駆けて逃げる。

 その最中、夜談はあまりにも奉行を援護しない金之助の戦い方に注意をしていた。


「おい、金之助。奴等が小判になびくと思ったか?」


「思ったさ。だが、これでいい事を知ったじゃん。芹沢一派は金で動くが近藤一派は金で動かんという事をな」


「そうだな。助けてもらった夜談には有難てぇが金之助の考えは正しいぜ」


 金に踊らされず、自ら志で動く近藤一派を京史朗はかつてない驚異として見た。

 摩訶衛門や月影は恐ろしいが単独で行動する輩。

 しかし、新選組は組織で動く殺人専門家。

 このままいけば大阪町奉行所だけではなく、全ての幕府機関よりも迅速に動くであろう。  

 それは心臓からの血流が全身に行き渡るような当たり前さで敵を始末出来る日本史上最悪の組織としか思えない。その組織の影の支配者の鬼を思い浮かべていると金之助は言う。


「ありゃ、どうにもならん奴等だぜ奉行。生半可に関わるとこっちが潰される」


「確かに金で動かない奴ほど厄介なものはないからな。たった一人でも命張ってる男ほど恐ろしいものは無い」


 組織としての新選組の影響力をこの町全体を通して改めて考えた。

 そして、その夜は無事に奉行所まで帰還できた。


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