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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
12/42

六幕・罪と罰〈後編〉

 三日後――。

 五日前に十人もの町娘を襲い、強姦し殺した悪人を伏見奉行所はようやく捕まえた。

その中には先日に起きた自作自演のかどわかし騒動のお松もおり、その悲しみから山田屋の跡取りである健作は自害したらしい。

 鴨川の河原をたむろする乞食の群れの一人として潜んでいた重罪人・西脇琢磨にしわきたくまを捕縛した京史朗は憮然としたまま河原から奉行所へ引き返す。


「……」


 一日中雑談の一つもせず、奉行所の全員から恐れられている京史朗はこの捕り物の最中も最低限の言葉しか発せず、ただ底光のする鋭い一重瞼を周囲を威圧するように放っていて役人達も黙々と自分の仕事をこなす。奉行所へ連行する西脇のへらへらとした態度を見て鬼奉行はやっと重い口を開いた。


「……やけに意気揚々としてるな。お前は間違い無く打首獄門だぜ?」


「俺にはおてんとさんがついているから無罪方面だ」


「ほう? その気組みだけは買うぜ」




 翌日になり夜談よだんが息を切らしながら奉行私室を訪ねて来た。

 西脇は殺しを働いて獄門首になるはずだったが、早々に六角獄舎から解放されたらしい。

 鬼の眉が重く動く。


「……そいつはえれぇ事態だな。十人殺しても無罪放免なんて何を考えてやがるんだどっかの誰かさんは?」


「そのどっかの誰かさんはまだ検討もついてませんが、おそらくは幕府の要人でしょう」


「当然だな。こんな事をして許されると思うなよ。これじゃ、義賊の月影を捕まえるなんざ止めだな。奴の方が現実を知ってやがるぜ」


 夜談の調べでは西脇は京の罪人を捕らえる六角の獄舎に繋がれるが何故か打首獄門ではなく、生かされる事になった。これは無罪放免と同じである。西脇は名を変えて江戸で暮らす事になるらしい。すでに煙管さえ手に取らない京史朗は火は入っているが網の上に何も乗らない火鉢だけを見据え瞬きさえしない。言葉に詰まる夜談は余計な一言も発せずに鬼の唇が動くのを待つ。


「最近、勝手気ままにやってる老中の縁者だな。おそらくな」


 この西脇を捕まえた時に一番早く駆けつけた男がその老中の配下の密偵だった。

 本人は西脇を幕府要人の暗殺者の下手人の一人かも知れぬと言っていたが、ただ老中の縁者かどうかを確認しに来ただけであろう。愛人の子への歪んだ愛情がこの件の本質だと京史朗は想像し、とんだおてんとさんだ……と思う。


「……」


 相変わらず火鉢を見据えたまま夜談を忘れるように思案し、この所の政情を思う。

 治安維持の強化に勤めていてもこんなことをしていては、この京だけではなく幕府全体が失墜するだろう。

 この異人から国を侵略されようとされ、国内も天誅や暗殺騒ぎが増す世の中では我が身可愛さから出たものなどは何の役にも立たないのである。もう幕府自体が家禄に飽きてしまっていて怠惰と妥協による行政の行く末がこの現実である。

 溜息をつき、もう一度江戸に逃げようとした男女の事を思い浮かべる。


「江戸ねぇ……俺があの二人を江戸に送ってやればよかったのか……」


 思いのままいつの間にか握っていた煙管を片手でへし折った。





 その一刻後、急に伏見奉行所に護衛の任が言い渡された。

 急用で江戸へ行く駕籠の中の老中からの突然の指名らしく、それを密かに京の外れまで護衛する事になった伏見奉行所にいる京史朗は私室で役人からの報告を聞いていた。話しが終わると夜談が現れこの一件の本筋を聞いて来る。


「……あまりにも急すぎですぜ。これはかなり臭い一件だ」


「そうだな。だがそれでいいんだよ。奴等のやり方はな」


「どういう事です?」


「こいつは警告だな。余計な事はしてくれるなと、徳川家康を侮辱する老人からのな」


 呟いた京史朗は急いで身支度を整え、駕籠に乗る護送者の護衛についた。

 憮然とした顔のまま伏見奉行所の面々は歩いて行く。

 その嫌な威圧感がある集団の中央の駕籠からは男の話し声がずっと響いていた。


「安心するぜ。俺を捕らえた奉行に護衛されるなんてよ」


 駕籠の中の人間は老中ではなく、この若い男の無駄口は絶え間なく続いて行き周囲の全員が西脇に対しての殺意が沸く。しかし、この護衛の任はあくまでも奉行所の役人としての仕事の為に西脇の戯言は聞き続けなければならない。鬼の一重瞼が細まり、歪めた口から微かな怒りを吐き出す。


「無駄な喧嘩を売ったな……この場所には伏見奉行所の連中しかいねぇんだぜ?」


「そんなのは知っているよ。知ってるからこそずっと喋ってるんだぜ? まさかそんな事すら知らなかったのかいお奉行さん」


「そうかもなぁ!」


 片手で駕籠を押し倒す京史朗は飛び出た西脇の顔面を蹴り付ける。


「ぐっ! ……何だ? 俺にそんな事をして許されるとでも思うのか!?」


「安心しろ。俺はお前を許すつもりは毛頭ねぇ」


「何だと? 何だあの群れは……」


 鴨川の河原の乞食の群れが一斉に刀を持ち襲いかかって来た。

 唖然とする西脇は京史朗に早く奴等を始末しろと叫ぶ。

 どんなに喚き散らしても周囲の誰もが西脇の声を聞かない。


「早く! 早く俺を駕籠に乗せて逃げろっ! あんな乞食共はただの化物と同じだぞ!」


「その化物以上に、お前は醜いぜ」


 抜く手も見せず京史朗の刃は一閃し、一つの首が宙に舞った。

 その後もしばらく乞食達は騒ぎ各々にどこかへ消えて行った。


「くだらねぇな。くだらねぇよ……」


 そのまま京史朗はその場所から立ち去った。

 この一件の全ては奉行所の役人に自作自演の賊をやらせて賊が来たとし、混乱の最中に斬るという算段だった。これは京史朗以上に、奉行所全体の総意で行われた事である。

 そして、この一件の賊も捕まらぬ為に京史朗は一月の自宅謹慎になった。

 謹慎の間に過去に捕らえた岡っ引きの金之助きんのすけが戻り、伏見奉行所の非常時の裏金が増えて行く事になる。闇が深まり混沌を増す政情に京は呑まれて行く。

 そして、文久三年三月――。

 千年王城の都に江戸から将軍警護を目的とした浪士組が京に到着した。

 騒乱の火蓋はすでにこの京だけではなく、日本のあちこちで起こっている。

 京に心が囚われる京史朗はそれに抵抗するように幕末の騒乱の火中である伏見奉行所・奉行という表通りと京町仕置人という裏通りを駆け抜ける事になり、自分と対を成すもう一人の鬼と出会う事になる。

 戦火を生み出す湿った風が、ゆっくりと京の町を包むように流れて行った。


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