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奉行・鬼瓦京史朗  作者: 鬼京雅
奉行・鬼瓦京史朗~京都編~
1/42

一幕・死油〈前編〉

「……悪い事はよ。見つからねぇようにやる事だ」


 青白い三日月が流れる雲を切り裂き、他者を否定するように傲岸不遜とそこに存在している。

 この時代はすでに大衆を先導する日本の国威を守ろうとする志士達からは幕府の終わりを示す幕末と呼ばれていた。

 そして、幕末の京都である地の三日月の真下には、一本の煙管を口にくわえて紫煙を吐き出す緋色の着流し姿の浪人が目塞き笠を頭にかぶり鴨川の橋の上を草鞋の音も立てず歩いて来る。それに対して振り返る盗品を担いだ返り血を浴びる盗賊の群れは一様に殺気立つ瞳をその男に向ける。

 盗賊達は昨今の江戸で起きた黒船来航以来の情勢の流れを利用し、外国からの脅威である夷狄いてきを打ち払う尊王攘夷そんのうじょうい思想を掲げ、その為の資金として金品を豪商から奪い去る押し込み強盗を働いたばかりで血の気が逆立っているのを知ってか知らずか浪人は悠々と言葉を繋ぐ。


「それが出来ねーんなら、堂々とやんな」


 群れをなす盗賊は焦り、各々に刀を抜いた。刃にはまだ豪商の一族を屠った生々しい血が生々しく残っている。浪人は刀の鯉口を切り、顔を上げて目塞き笠から覗く切れ長の一重瞼から発する怜悧な瞳を頭上の青白い月よりも怪しく輝かせた。


「……それが清濁合わせて、節義を貫く生き様よ」


 清いも汚泥も混ぜ合わせて節義を貫く生き様を言い放つその渋い声を出す浪人の言葉と共に、鴨川の橋の上で血が舞った。





 その昼時、京都・伏見奉行所の奉行詰所では着流しを脱いでふんどし一本姿の月代さかやきの剃り跡が青い男があぐらをかき、その後ろに薬屋のような商人風の総髪の男が男の左腕と肩の生傷を見ていた。


「奉行、働きの御様子ですな。一人で十人以上を斬るなど正に鬼の所業。余談ですが、この前行った遊郭でいい女がいなかった腹いせではないですよね?」


「阿呆が。ただの散歩ついでに斬っただけよ。相手の刃が脂で切れ味が鈍ってなかったら斬られてる所だ」


「総勢十八名を相手にしてこんな傷で済む人間が言う台詞じゃないですぜ」


「へっ、俺は鬼奉行だからな」


 言いながら伏見奉行所の監察方を勤める木戸夜談きどよだんにやっと塞がった傷口に焼酎をかけてもらい新しい包帯をする。


「最近は斬っても斬っても盗賊が減りやがらねぇ。もっと鬼になる必要があるな」


「もっと鬼に? 鬼の平蔵の申し子ですな」


「俺は鬼の平蔵こと長谷川平蔵じゃねぇんだ。俺は伏見奉行所の鬼瓦京史朗おにがわらきょうしろうだぜ」


 二人は最近の日本の情勢について話す。

 桜田門外における井伊大老暗殺からの政情不安。

 相次ぐ各藩を脱藩した者などによる不逞浪士ふていろうしの暗躍。

 そして、黒船来航以降の諸外国による日本開国を迫る武力外交。


「……色々あるが、徳川の世は終わらねぇよ。二百年以上続いたこの世が終わるわけがねぇさ」


 言うと、京史朗は夜談に市中の悪意を嗅ぎ回る事を下知してから目塞き笠を手に取り大小を腰に差して悠々と市中に出かけた。





  猥雑とした人が行き交う四条の茶屋・鬼京屋。

 そこを懇意にしている京史朗は床机に腰掛け茶をすすっていた。

 すると、その鬼京屋の看板娘である桜色の着物を着た椿が現れる。

  日向に咲き誇る向日葵のような明るい色香を漂わせ団子の皿を運んで来る。若草色の団子を食いながら椿の尻を触り、少々怒られながらも京史朗は変わり行く世の中などは無いのだと再確認しながら歩き行く町人を見る。


「……どうですか? 最近の市中の様子は?」


「椿の尻のようにいい感じだぜ」


「もうっ」


 椿はからかう京史朗を軽く怒る。

すると、その背後に黒い夜の文字がある背嚢を担いだ菅笠をかぶった男が現れ茶と団子を頼む。

 椿をまたからかった後、京史朗は鬼のような顔に豹変し呟く。


「……何かあったようだな夜談」


「はい。最近盗賊の間で流行っている舶来品はくらいひんと噂される麻薬である死油しゆの足取りが掴めました」


「死油?」


「最近盗賊の中で取り引きされてる絶大な金になるお宝が死油ですぜ」


 死油とは赤い小瓶に入った特殊な液体でそれを飲めば丸一日走り回っても疲れない体力がつき、夜の勤めにも精が出る盗賊界隈では刀でいう大業物と同じ宝だった。茶をすする京史朗は茶の熱さに舌を巻きながら言う。


「阿片みたいなもんか?」


「阿片は強烈な快感をもたらすものですが、死油は人間を化物にしちまういわば丘の黒船と同じですぜ」


「……そんな跳ねっ返りが俺に知られた以上、裁かなきゃならねぇな」


 鬼の形相の京史朗は底光りのする瞳を輝かせ煙管の煙を吹かした。

 二人は死油の関連があるであろう連中を思い浮かべ様々な思案をする。

 点と点、線と線を辿っていき様々な想像からの推理を吐き出す。

 夜談はその流れで一つの答えを出した。


「……もしかすると、最近の豪商狙いと死油が繋がってるんじゃないでしょうか? 死油が舶来品であるにしろないにしろ、手に入れるには多額の金がかかるはずですぜ」


「いや……確かにそうかもな」


「そうすると、京の町に金を使い京の人間から信を得ようとしている西国諸藩の奴等の仕業。この一連の事件は関ヶ原の恨みですかね」


 京における金の流れは依然、長州や薩摩あたりの西国大藩が担っている。

 その為、京の表も裏も長州や薩摩の藩士が我が物顔で千年王都の都を闊歩していた。

 だが、京史朗は煙管の紫煙を吐き出し口元を笑わせ、


「奴等はこの町で堂々と麻薬販売は出来ない。人心を得たい時に失う事はしないだろうよ。となると、豪商達自体が怪しくなるな」


「かしこまりました。至急、豪商を当たってみます。余談ですが、椿さんは最近更に美しくなられましたね。奉行のおかげですな」


「うっせぇ。とっとと行きやがれ」


「御衣」


 言うなり、団子をいつの間にか食い終わっていた夜談は歩いて行く町人達に薬屋姿で紛れて行った。猫舌の京史朗はやっと冷めた茶をすすりながら思う。


「この流れだと次の豪商狙いは相馬屋か時任屋あたりだな。とりあえずどっちかに山を張ってみるかな」


 椿に勘定を払い団子の串をくわえた京史朗も町へ消えた。





  相馬屋敷小判蔵。

 十数人の黒服の忍びのような盗賊がそこにはいた。

 月明かりからも存在を否定されるような集団は静まり帰る豪商の相馬の小判蔵の前で周囲を警戒する。

 そして、蔵に鍵を開けて侵入を果たした盗賊達は一様に小判箱を担いで外に出る。

 その屋根の上で月を肴に酒を猪口で一人飲んでいた顔に頬被りをした男は言う。


「どうだい? 稼いでるか?」


『――』


 突如現れた不審な頬被りをした男に盗賊達は脇差しや刀を各々に抜いて構えた。

 屋根の上の男は地面に激しい音を立てて着地した。

 盗賊の指揮役であるお頭の男は頬被りで顔を隠す男を警戒しつつ、金は一度置けと左手を押し出すように下げながら言った。


「用心棒か? いや、違うな」


 盗賊の一人が声で訛りが露呈しないように低く潰したように言う。


「用心棒? 確かに違うが、否定すんのは俺の役目だろうよ?」


 相手の問いに疑問を感じつつ頬被りの男は抜刀したまま下段に構えじりじりと距離を詰めて行く。

 瞬時に斬り合いが始まり、瞬く間に三人の盗賊が鬼籍に入る。


「……この程度の腕じゃ俺には勝てないぜ? 使ってみろよ。お前達が使ってる死油ってやつをよ」


『……』


 死油という言葉に盗賊は反応し黙り込む。

 すると、盗賊の一人がお頭の男に呟いた。


「頭、こいつ最近裏稼業で噂の人斬りかもしれやせんぜ?」


「人斬り摩訶衛門まかえもんか……撤収だ」


 その言葉と共に闇に溶け込むかのように見事に全員が消えた。

 被害額はおそらく三十両ほどであろうが、どうも京史朗の頭に嫌な幻影が残る。


(相手は俺一人だとわかってたが、他にも伏兵がいると読んでの撤退か……いや、それなら奴等は金を置いて逃げるはずだ。それにあの頭の言動が引っかかる……余談の多いあいつに任せるか)


 逃走するその影を京史朗の横を駆け抜けた忍のような黒装束が追った。

 刀身にこびりついた油を盗賊の衣装で拭い、刀を鞘に納めた。

 そして、にわかに騒ぎ出した相馬屋敷の面々に見つからないように引き上げた。


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