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プロローグ

吸血鬼は淫らな舞台を見る エピソードι(イオタ)

                                  赤いからす


プロローグ


 その吸血鬼の名は複数。

 第一号、一番、ONEという露骨な番号で呼ばれることもあれば、アルファというちょっとかっこいい名前を使われることもある。ただし、アルファと言われるときはアカウント名という確認通知のような言葉を前につけられることがある。はじめて聞いたときは【アカウント名アルファ】までが全部名前だと思っていた。

 自分から望んだのではなく、勝手につけられた。

 【アカウント名アルファ】を活用するのは制服の警官やアサルトスーツを着て銃を持っている奴らくらいなので、あまり気にしないことにしている。かといって親しみを込めてアルファと呼んでくれる仲間はいない。

 アルファは交差点の真ん中で、ぐるりと体を回転させ、“奴ら”の動きを探った。

 周りは殺風景なゴ―ストタウンで高層ビル群が死んだように眠っている。昔は世界一を誇る電気街だったらしく、奇妙なコスプレ衣装を着た店員が出迎えるコンセプトカフェなどが入った賑やかなビルが建ち並んでいたらしい。

いまでは建物の窓ガラス、タイヤが抜かれて傾いている車のフロントガラスがきれいに割られ、汚い言葉やアートディレクター気取りで描かれている落書きは、赤や黄色などで色使いは派手なのだが、寒々とした荒涼感を引き立たせているだけだった。肝試しのつもりなのか、馬鹿な人間の若者が侵入して、後々武勇伝として話のネタにでもするのだろう。

 財政破綻した日本がアメリカの五十一番目の州に編入されると通貨がドルに、街の名は英語表記に変更された。アメリカ国籍になった日本人は西洋人気取りで鼻を高くするなどの整形が盛んになり、肌の色も白や黒に変える者が急増した。若い年代から腐ってきているのではないだろうかと、大人達は若者に不満をもらす。アメリカ本土で政治家達に寄付金をばら撒いている標的射撃用自動小銃協会(通称TAA)の圧力で銃規制が緩和され、コンビニで銃が買える時代になると銃犯罪が横行し、理不尽な死による犠牲者は後を絶たない。

日本州の住民は居場所のない焦燥感に包まれていた。

しかし、いまだにアメリカの国旗には五十一個目の☆がつけられていない。

アルファはそんな時代に誕生した。

前合わせで縦に二列四つずつ、計八つのボタンが配置されている時代遅れのダブルのフロックコートを羽織り、上から爪先までの配色を黒で統一している。ただ露出している顔や首の肌は透けるように白い。

 そして、アルファの眼は満月を見ると怪しい赤い光を宿す。

 これまで血を吸うために襲った人間は数え切れない。血に飢えると生えてくる乱杭歯と恐ろしく鋭利に伸びた鍵爪で引き裂いてきた。

世間を恐怖に陥れ、震撼させ、優越感に浸っていたアルファはある噂を耳にした。

 普段のように暗闇に紛れ、獲物を待ち構えていたときだった。人影が現れて後ろから羽交い絞めにすると、強烈な悪臭が嗅覚を刺激して咄嗟に手を放した。アルファは美しい女しか襲わないことをこのとき誓った。

 悪臭の素が振り向き『あ、あんた……きゅ……きゅう、吸血鬼か?』と尋ねてきた。

 顔を見られたのですぐにでも鉤爪で切り刻んでやろうと思ったが、相手は顎に長い白髭を蓄えた老人だった。チェク柄のくたびれたスーツを着て、腰が四十五度に曲がり、手が震え、指先一本で突くと倒れそうなくらい硬直して脅えていた。

『だからどうした?』と唾を飛ばして訊き返すと、『こ、こ、殺さないでくれ……殺さないと約束してくれたら、あんたに有利な情報を教えてやる。おれはジャーナリストで……』と潔白なのに刑事に恫喝され、自白してしまいそうな表情で老人は勝手に話し始めた。

 内容は日本州全ての住民に補助単位のナノより千分の一小さいピコマシンというウイルスサイズの機械装置を点滴静脈注射で投与しているというもの。その人間の血を吸血鬼が吸うとピコマシンから出る電磁波でシナプスというシグナルを伝達させる神経活動や生命維持に不可欠なミトコンドリアを操作し、体内のタンパク質を誘導して操り人形にする作戦をアメリカ政府が実行して吸血鬼を誘い込むための猟区域も確保済みだというのだ。元々そのピコマシンはガン細胞を無機質化するためにつくられたマインド・リーダーと名付けられていたものを改良したらしい。

 アルファはその話の信用性を疑った。まず吸血鬼の標本を手に入れないと実験などできず、プロジェクトを進めることはできないだろう。すでに捕まった吸血鬼がいるのかもしれないが、そんな話は聞いたことがないし、そんな間抜けな吸血鬼がいるとも思えない。

 最後に前から気になっていた『アルファという言葉の意味を知ってるか?』と質問をしてみた。

老人は『た、確か……ギリシャ文字の一番目だったと思う』と答えた。

 数字ではなかったが、α(アルファ)も文字配列の順番であることは間違いなく、気に入っていた名前に興ざめしてしまう。

 アルファは虫の居所が悪くなり、老人を鉤爪の餌食にした。理不尽な死とはいつも背中合わせなのである。切り刻んでついた血は舐めず、フロックコートできれいに拭き取った。怖気づいた目、引きつった表情で見られると、吸血鬼の核となる悪魔的要素の心に火がつく。老人の話が事実であれ、嘘であれ、人間の口から出た言葉に一瞬でも耳を貸した自分を腹立たしく思った。

だが、数時間前、夜中を一人で歩いていた若い女性の白い首に誘われて吸った血に、ピコマシンが混入していたらしく、自然と吸血鬼の猟区域と思われる場所に足を踏み入れていた。美しいバラには棘があったのだ。人間は自分達で犠牲を出すことにより、吸血鬼の魔の手から逃れることを選択した。

 政治のすばらしい判断力と勇気だ。

アルファはそれなりに高い地位の人間に会うことができたら拍手してやろうと思った。

 女の血を吸った数秒は頭痛があり、その後、なんの命令も下してないのに手足が勝手に動いて行きたくもない街に足を運んでしまっていた。雑草がアスファルトを突き破り、美しかったはずの街路樹のケヤキがあちこちで横倒しになって道路としての機能を失いつつある交差点の真ん中に気づけば立たされていた。

 嫌な予感がして歩き始め、ベコッとなにかが凹むような感触が足から伝わり、視線を下げると信号機についていたはずの青色の案内標識を踏んでいた。【Dead leadves】(デッド・リーヴズ)という過去の街の名が白抜き文字で表記されている。

 落ち葉……か。

 猟区域になる以前の街の名前が意外と情緒的だったことをアルファは知った。

 しばらくして、速いテンポの足音が遠くの方から聞こえてきた。

 アルファは即座に雑居ビルの陰に身を隠す。

 嫌な予感ほど的中するものだ。

 黒い影の集団が交差点で停止した。頭にヘルメット、首に骨折するときにはめるコルセットのようなプロテクター、防弾チョッキにアサルトスーツ、胸元に小型ピンマイク、凹凸の少ないすっきりとしたデザインのサブマシンガンを装備している。

「こちら黒衣くろご部隊。アカウント名アルファは旧デッド・リーヴズ街32番地通りの交差点で発見できず。GPSにて詳細の位置を確認されたし」

 一人の隊員がピンマイクに囁き、ヘルメットの耳の辺りを片手で押しながら頷くと「半径三〇メートル以内にいることは間違いない」と周りに声をかけた。隊員達はそれまで下に向けていた銃口を水平に固定し、脇を締めて構え、緊張感を走らせる。

 黒衣という部隊の人数はざっと見て十数人。一度に相手にするとなれば、困難な数。

 一人ずつ地道に片付けていくしかない。

 アルファは誘い込むベストな場所を模索するため、その場を離れようとした。

 しかし、僅かに踏んでしまったガラス片と靴底の擦れる音がやけに大きく響いてしまう。

 ピンマイクで連絡を取り合っていた隊員が指をさし、指示された一人が部隊から離れ、アルファに近づいてくる。

 人間に背中を向けることになったアルファは鼻で笑って自嘲した。

「いたぞ!」

 声が飛び、見栄えなくサブマシンガンで撃ってくる。

襲ってきた弾丸はアルファが素早く翻ったフロックコートの裾に穴を開ける程度におさまった。

 かく乱させるために右や左に路地を曲がり、突き当たりの道が行き止まりになっていればフェンスを跳び超え、一対一で勝負できる狭い道幅を選びながら逃走。三六〇度隊員達に囲まれなければ勝機が見えてくる。

 病院と思しき建物の裏手に差し掛かったとき、アルファの口元が怪しく片側につりあがった。足幅しかないブロック塀によじ上り、ビルとビルの隙間を練り歩き、長さが四〇メートルほどの中間地点で足を止める。黒衣部隊は縦一列になって追ってきたが、先頭と二、三人目との距離が開いていた。

 アルファは先頭の隊員と対峙した。トリガーにかかっている人差し指が動くか動かないかの僅かな瞬間を狙い、身を屈め、一気に距離を詰める。

パパパツ……と銃口から火花が散ったが、アルファの右手によって銃口は夜空に向けられた。乱杭歯を剥き出し、隊員の首筋に突き刺すはずが、咬んだのは首に巻いてる硬いコルセット。習性が無駄な攻撃を生み、貴重な瞬間を浪費してしまった。

 えぇ~い、しかたない!

 次にアルファは全身の力を集中させた顎と乱杭歯で隊員の腕を咬む。ミシッと腕の骨が砕ける嫌な音がして、アサルトスーツが血で黒く染まる。

「いてぇ~」

 隊員は顔を歪めた。それが、彼が発した最後の言葉となる。眼球が取り残される勢いで急激に皮膚が乾燥し、枯れ木のように崩れ落ちた。

「悪い、少し血を吸いすぎた」

 アルファは勇気を持って先頭に立ち、挑んできた隊員に軽く詫びると、思い切り突き飛ばして二人目の体にぶち当てた。先頭だった隊員の体は土煙を上げてバラバラになり、隊員達がドミノ倒しになっていく。

 勝ち誇る暇なく、後方から弾丸が飛んできて、アルファはブロック塀から下り、路地裏を進む。

通りの奥へ走っていくごとに高層の建物が減り、色味のない古ぼけたモルタルの廃屋が続く白と黒のモノトーンの景色が広がった。アメリカの州になる以前の日本という国の過去を延々と見せられている気がした。

 倒れている自転車を飛び越えて角を曲がると、路地裏の景色とは不釣合いな三階建ての横長の建物が目に入る。ヨーロッパ風の黄色い石を積み上げた城砦を思わせるモダンな造りで、入口が分厚い板で封鎖されている。昔はピカピカのガラス張りのドアがずらりと並んで人々が出入りしていたことだろう。

劇場の類と思われる建物は、黒衣部隊を一人一人退治できそうなチャンスが眠っているように感じたアルファは、板を蹴り、中へ侵入。

大理石の受付ロビーカウンター、奥に開演前や幕間のくつろぎスペースであったはずの椅子が乱雑に転がっている。赤い革が張ってある観音開きのドアは手で軽く押すだけで滑るように開く。緩やかなカーブを描き舞台をどの位置からでも見やすく配置された観客席、二、三階は桟敷席、天使が笑顔で青空を飛んでいるフラスコ画の天井からシャンデリアがぶら下がっている。

 ドアが閉まると劇場内が闇に包まれた。

「こんなところにこんなものを造るなんて、人間はどうかしている」

 アルファは愚痴っぽいことを言いながら、傾斜のある階段を下り、舞台の方までいくと、どこで黒衣部隊を待つべきか思案していた。すると、壁に等間隔に並ぶブラケットランプが脅えるように明滅を繰り返してから、黄金色の落ち着いた明かりを点す。

「罠にはめられたのはおれのほうか……」

 全部で六箇所ある入口から小波のごとく黒衣部隊の隊員が無駄の無い動きで流れてきて、サブマシンガンでアルファに狙いを定めた。

「どうした?さっさと撃てよ。これだけの人数で蜂の巣にされれば、さすがのおれでも回復時間に余裕がないから、燃やすなり首を切り落とす時間が稼げるぞ」

 アルファはご丁寧に自分の処刑方法をレクチャーした。

「そんなに早死にすることはないでしょう」

 笑いを含んだ声が聞こえ、アルファは目を凝らす。

「誰だ?」

 問いかけてもすぐに答えは返ってこなかった。

 隙間を空けた黒衣部隊の壁から、背の高い細身のシルエットが浮き上がり、フエルト素材の中折れ帽、首周りが襟のないタートルネックになっている紺色のスーツをかっちり着込んだ男が現れた。

「はじめまして、ガンマといいます」

 ブラケットランプに照らされた顔は蒼白く、目、鼻、口、耳などの各パーツが鋭利な刃物のように細く、狡猾なキツネを連想させた。

「血のニオイがプンプンするな。おまえ吸血鬼か?」

 アルファは警戒心を張って身構えた。

「鼻が利くね」

 ガンマと名乗った吸血鬼が感心する。

「ということはおまえが標本か」

「標本?」

 ガンマが眉を寄せた。

「標本というのは学習用の実物見本のことを言うんだ」

 アルファが笑って小馬鹿にする。

「標本の意味くらいはわかります。しかし、私が名乗ったのにもかかわらず標本と呼ぶ理由がわからなくてね」

 ガンマは白い歯を見せて余裕のあるところを見せたが、目つきは険しい。

「ピコマシン?とやらがおれの体内で指示を出したらしく、この街に誘い込まれてしまった。吸血鬼の体をある程度把握してないとできない技だ。捕まった馬鹿な吸血鬼が実験されたと思ったが、人間に協力している愚かな吸血鬼が自ら標本となってたわけだ」

 アルファは呆れ顔で自分の出した答えに納得する。

「日本州の住民にピコマシンを注入していたことを知ってるのか……情報はもれるものなのかな」

「鼻だけじゃなく、耳も良いのだよ」

 アルファは歩幅を少し広げ、足に踏ん張りを利かせる体勢をとる。

「正確には約八割の住民にピコマシンの注入が終ったところで……」と、ガンマが途中で言葉を切り、スーツのポケットから細長いチョコレートバーのようなものを取り出した。「これを使えば通話もできるし、ピコマシンを操作することも可能なのです」と得意気に見せびらかす。

 チョコレートバーのようなものから、シュッと音をさせ透明なフィルムが出てくると、難しそうな数式やらグラフ的なものを表示させた画面が裏側からでもはっきり見えた。

「そんなおもちゃをもらってうれしいか?」

「あなたはこれで操られたんですよ」

 ガンマが最新の通信端末を売り込む言い方をした。

「いまは自由に動けるけどな」

 アルファは乱杭歯をむき出す。

「細かい手足の動きを時間差なしにリモコンで操作するみたいにはできません。電磁波で脳に命令して“あそこへ行け!”“こっちへ行け!”と広範囲にアバウトな命令しか指示できません。それも何らかの不具合で拒否されることも多い」

「所詮人間がつくったものは、その程度のものだ」

 アルファが鼻をフンと鳴らす。

「へぇ~一気に血を吸って人間を干からびせるとはね」

 指で直接触れて操作した画面にガンマは見入っている。透明な画面にはアルファが先頭の隊員を突き飛ばした瞬間が動画として映っているようだ。カメラアングルからすると、二番目の隊員のヘルメット辺りに装備されていた小型カメラからの映像が送信されてきたものなのかもしれない。

「なぜ人間の味方をする?」

 アルファが詰め寄る。

「この世に悪魔的な象徴はひとつだけあればいいと思いませんか?」

画面をチョコレートバーに引っ込め、ポケットにしまいながらガンマが訊き返す。

「人間達が吸血鬼に好き勝手させるわけないだろ!」

 周りの隊員達にわざと聞こえるような大声で言う。

「それは、あなたを始末することで好き勝手にさせてくれる領域が広がるのです」

「人間を襲わないと契約でも交わしたのか?それとも血液を定期的に配給してもらえるように頼んだのか?」

 アルファの鼻筋に皺が寄る。

「その両方です」

 ガンマの目が極端に細くなった。腹の底では大声で笑っているようだ。

「吸血鬼の風上にも置けない奴だ」

「何をそんなに怒っているのですか?」

 言ったあとで、クククッとガンマの口から卑しい笑い声がこぼれる。

「いや、怒ってない」

 胸の内と正反対のことを口にしたが、自然と握り拳ができた。

「確認したいことがあるのですが……」ガンマが急に改まる。「生みの親の居場所と他にどれだけの数の吸血鬼がいるか知ってますか?」

「知っていても教えるわけないだろ!」

 吐き捨てたアルファには怒りと焦りが滲む。へりくだった言い方で訊いてきたが、他の吸血鬼の存在を知り、始末する目的のために人間の手先になって本気で悪の象徴になりたがっている。ガンマの悪魔的要素は強欲の塊で、そのためには手段を選ばないだろう。

「わかりました。その答えで十分です」

 ガンマは薄く笑い、肘を曲げて手首を振る。それが合図だったのか隊員達が一斉にサブマシンガンを撃つ。アルファの体を的確に弾丸が捉え、埃っぽい白い煙が体を包み、弾が切れると五十連発できるマガジンをチェンジしてフルオート連射。

空になったマガジンの二度目の交換をしてさらに撃つ姿勢をとった黒衣部隊に、ガンマは右腕を横に水平に伸ばして一旦静止させた。

 そのとき、一瞬だけ視界が赤くなったのをガンマが訝りながらも口にして疑問視することはなかった。ただ一人の隊員が「いま視界が赤くならなかったか?」と隣の隊員に尋ねたが、首を捻るだけだった。

「歳を取り過ぎたかな。再生するのに時間がかかるようになってしまった」

 無数の弾丸を浴びたアルファは片膝をつく。穴だらけになったフロックコートからは血が止めどなく流れている。

「面白いこと言いますね。吸血鬼は三十歳くらいで成長がとまるのに」

 ガンマが斜め後ろへ手を伸ばすと、黒衣部隊の一人が日本刀を差し出し、中折れ帽と交換した。

「とどめを刺してくれるのか?」

 アルファは立ち上がろうとするが、力が入らずにガクッと両膝を折って床につけてしまう。

「首を斬り落とさないと安心できないな」

 ガンマが鞘から日本刀を抜き、片手で試し振りした。ビュッと斬った風が首筋を撫でた気がしたアルファは両目を閉じた。ブラケットランプの僅かな光源を拾い集めた日本刀の刃が鈍く輝く。

 観客席の階段を駆け下り、ガンマが腰の高さで日本刀をスイングする寸前、アルファが突然両目を開き、眼球に力を込め、天井のフラスコ画に向かって顔を上げた。

「おれの血はこの劇場と共にある!」

 アルファの叫びに怯むことなく、光沢を携えた日本刀の刃が横にスライドされると、アルファの頭は傾斜のある階段をバウンドしながら無残に転がる。

「わけのわからないことをする奴だ」

 血がべったりついた日本刀をアルファの胴体が着ているフロックコートで拭い取る。

「ガンマさん、ここを焼き払いますか?」

 鞘を持った隊員がガンマに尋ねた。

「そうだな」

 ガンマが返事をした直後、劇場がグラッと左に傾いたのを発端に、足場が不安定になるほど大きく揺れはじめた。



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