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動き出した時間

今回から本格的に物語が動き始めていきます。

これまで、寡黙キャラになりがちだったルーガちゃんにも

スポットライトを当てて話が進んでいくので

これから続く話にもご拝読頂ければ幸いです。

父親と遊んだ日のことを思い出した。


一回だけ博物館へ出かけたときのこと。

父と母が揃っているわけではなかったが、とても楽しかったという記憶がある。


家族連れのところもあった。

母親と楽しそうに話している、当時の俺と同じくらいの子供。

絵に描いたような団らんとした雰囲気を漂わせている。


そのころすでに母はこの世にいなかった。

だから特別寂しいという感情が湧くことはことはない。


母との記憶が無いぶん、そこにある種の羨ましさを感じることはなく、これが当たり前だと思っていた。

そしてハッキリとは解らないが今もきっとそう感じているのだと思う。

感傷的になることは無いにすれ、自分を産み育てた母親を思い出せない自分に嫌悪感すら感じる。


父は学者ということもあってか、その点では博学な人物だった。

博物館へ行ったときも


これはこうなってだな、とか


これを発明したのは誰々…などという話ばかりしていた。


幼心にその話を夢中で聞いていたが、今思えば父の顔は笑っていなかったんだろうなと思う。

母親のいない不憫さを、一つの「家庭」とは違う形態になってしまったことを

一番責めていたのは他ならぬ彼自身だったのだから。


父に何か起こっているかもしれないという事実を熊羽たちから聞いた今でさえ、

不安を完全には払拭できていない。


むしろ昔の思い出が、よりその不安を鮮明なものにしてゆく。


ぼやけたピントが徐々に合わさっていくように。


              ★



カーテンの隙間から差し込む陽の光で目が覚めた。

四月も半ばというのに日差しは夏と同じくらいに強い。


いつもの部屋とは違う天井。違う香り。


そうだ…昨日は結局、家に帰らなかったんだっけ。


密度の濃い一日や熊羽との契約の一件での疲れからソファに座ったまま眠ってしまったらしい。

重い瞼を気力でこじ開けて、とりあえず立ち上がり背伸びをする。


身体を動かすのと同時に肩や腕に鈍痛が走った。

おそらく、多少なりとも車内で身体をぶつけたのだろう。

昨日の様子からしても緊張や不安が織り重なって、身体に気を使っている暇など無かった。


「ケガはない」と言ってしまったので、今さら熊羽やルーガに心配をかけさせるのも気が引ける。


鈍痛に顔をしかめないよう気を払いながらダイニングへ向かうと

熊羽とルーガはすでに普段通りの格好で


「遅いお目覚めだな。眠り姫」


「おはようございます。よく眠れましたか?」


と出迎えてきた。

熊羽のノリにはあえてツッコまず、ルーガに「ありがとうな。よく眠れた。」とだけ伝えておく。


ルーガは、パンとベーコンと目玉焼きの朝食セットを出してくれた。

二人はもう先に朝食を済ませているようだったが、昨日の昼から何も口に入れていない俺には

涙の出る美味さだ。


ベーコンはカリカリ感とジュージーさを最大限に引き出し、目玉焼きは半熟仕様で

パンに乗っけると、あり得ないくらいマッチする。

朝食は基本、和食派の俺ですら舌鼓を打ってしまった。


「ルーガ……ってその…料理上手いんだな…。」


初めて名前を呼んだので少し恥ずかしい。


当の先方も少し顔が赤くなって、もじもじしている。


案外人見知りなのか…?


「そっ、それ…私じゃなくてクマさんが作ったから」


「そうだったのか。食事関連はルーガの担当なのかなって思ってたから、意外だったよ。」


普通に受け答えしたつもりだったのだが、なぜか熊羽が焦っている。

ちょいちょいと人差し指で呼び出しを食らい、ささやくほどの声でカミングアウトされた。




「…………………ルーガなぁ…料理、ヘタなんだよ……」



ウワサされているとは露ほども知らず、

首を傾げて「むむぅ…??」といった表情をしているルーガ。


「……なななななななな、なんか意外すぎるな…」


「だろ? こんな話聞かれたら、二人で墓場行きだぜ…」


訝しんでいたルーガも我慢の限界に達したようで…


「二人で何コソコソやってんですかっ!!」


ヤバいな……リアルに墓場コース行きが決定しそうなので、平静を装っておかねば…。

熊羽もそれに同感らしく、ゴホンっ!とわざとらしすぎる咳払いをして口を開く。


「ん、あぁ…スズの件でな。何しろ昨日の今日で契約したもんだから、それの最終確認って奴だ。」


微妙に声が上擦って目が泳ぎまくっているあたり、この手のウソをつくのが下手なようだ。


「ふぅーん。」とやや納得しているルーガさん。

お前も騙されやすいな…おい…。


「涼牧 薫、本当にこの依頼でいいんだな?」


ウソからどうやら本題にトランスフォームさせたらしい。

話の繋ぎ方だけはプロ級である。


「あぁ。昨日は詳しくはなせなかったんだが、やっぱりたった一人の家族だからさ。アンタらの力借りなきゃ、何もできないどころか今頃生きてすらいない…」


偽りのない本音を吐いたつもりだった。

原因と目的がうっすら見えたとしても、俺一人でやれる事には限界がある。それも切々と感じている。


食品を提供してくれる人がいないと生きていけないように、社会的基盤とルールがないと

自由な暮らしが送れないのと同じように、依頼することで動く彼らが今は必要と思えた。


「それなら交渉成立、というわけだが…。」


安心もつかの間、いや一寸先は闇。


「5000千万だ。本当なら億くらいは取るな。だからその分をウチで稼いでいけ。」


本当に金を取られると思っていたが、違うようで助かる。

こんなの覚悟の上だ。

乗りかかった船、毒を食わらば皿までだ。


「わかった。これからよろしく頼む。」


相手が熊だろうと美少女だろうと、一礼をしておく。

いつもはキリッとしてクールな一面も垣間見せるルーガも、少し嬉しそうな表情になった気がした。


その理由は思い当たらないのだが。


こうして父の背後にある、「何か」を知るため、

俺は請負屋の一人として雇われることとなった。






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