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RAGNACAVALRY  作者: 奈月遥
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天使のたまご

 かちゃかちゃと食器を鳴らしながら、レイは朝ご飯を口に放り込んでいく。

 その様子を見て、お母さんは溜息を吐いた。

「ほら、レイちゃん。ご飯の時くらい、それ置いてきなさい」

 昨日のたまごを抱えて椅子に座っているせいで、手が片方しか使えていないレイは、それでもふるふると首を振った。

 その拍子にたまごがくるりと傾いて落ちそうになるから、レイは座ったまま足踏みして太ももに乗ったたまごの位置を直した。

「もう。なんで今日は言うこと聞いてくれないの?」

 いつもの素直な娘の頑なな態度に、お母さんも困り切っていた。

 ぅくん、とご飯を飲み込んで、レイはお母さんの方に顔を上げた。

「だってね、お母さん、たまごはあっためてあげないといけないでしょ?」

「でも、お母さん、そんなたまご見たことないわ。おもちゃじゃないの?」

「おもちゃじゃないよ。天使のたまごだもん」

「天使のたまごぉ?」

 優しい手つきで抱えたたまごを撫でるレイを見て、お母さんも目を丸くしてしまった。

 それからまた、レイはかちゃかちゃと音を立てながらご飯を再開する。

「ごちそーさま」

 なんとか食べ終わったレイは、いつもより汚れが目立つお皿を重ねる。たまごはというと、器用に二の腕で挟んで動かないように気を付けていた。

「ああ、もう、わかったわ。お母さんが温めてあげるから、レイちゃんはちゃんと食器を持って。両手で持たないと危ないわよ」

「うん。お願い、おかあさん」

 お母さんはレイからたまごを受け取ると、娘がそうしていたように両手で包み込む。

「あらやだ。ほんとに温もりがあるのね。それに、すべすべで見た目よりも柔らかい」

 つるりとした見た目からは予想できないくらい生き物の感触を持ったたまごに、お母さんは目を瞬かせた。

「おかあさん、たっちゃんが泣いてるー」

「あ、起きちゃったのね!」

 たまごに気を取られて、部屋からこぼれてくる赤ちゃんの声に気づかなかったお母さんは、慌ててしまった。

「ん」

 それを見て、レイはお母さんに向かって両手を伸ばした。そのままたまごを連れていかれたら、困ってしまう。

「ああ、はい。たっちゃん、今行くから、待ってて、お願い」

 お母さんはレイにたまごを返すと、すぐに赤ちゃんのタツミがいる部屋へと急いだ。

 その後ろ姿を見つめていたレイの腕の中で、たまごが微かに震える。

「今のは、おかあさん。泣いてたのは、たっちゃん。まだ赤ちゃんなの。見に行く?」

 レイがたまごに話しかけると、たまごはもう一度震えた。

 レイはそれに頷いて、お母さんが入っていった部屋に歩いていく。

「ほら、たっちゃん、お母さんはここにいますよ~」

 お母さんはまだ泣いているタツミを抱き上げて、体を揺らしてあやしていた。

 その様子を見て、レイも真似して体を揺らしてみた。

 腰を捻って、左足を軸に右足を爪先立ちにして、ゆらゆら。

 くるりと、また腰を捻って、足を逆にして、ゆらゆら。

 踊るみたいに、でも、雲の流れみたいにゆったりと、繰り返す。

「え、いや?」

 レイはぴたりと動きを止めて、腕の中のたまごを覗き込む。

「あー! ああ!」

「あら、あらら? どうしたの、たっちゃん?」

 タツミの泣き声が一際強くなって、お母さんもすっかり困ってしまう。

「あぅ、ああ! あー!」

 タツミはお母さんの腕から身を乗り出して、レイの方へ手を伸ばす。

 お母さんはタツミを落とさないようにするだけでも必死だった。

「え、え? お姉ちゃんがどうしたの?」

 タツミが高い位置から落ちると危ないからと、お母さんはレイの前に屈んだ。すると、タツミはレイの抱くたまごに向かって手を伸ばしている。

「たっちゃん、たまごに触りたいの?」

「あう、あー」

「やさしくだよ」

 レイはタツミの紅葉みたいにちっちゃな手が届くように、たまごを持ち上げる。

 たし、とタツミの手のひらがたまごに触れた。


 レイよりもさらに小さくて、熱っぽい手のひらがわたしの表面に触れる。

 微睡みの中で、それが誰なのかは、はっきりと分からない。

 タツミ? レイの弟、赤ちゃん?

 守らなくてはいけない。そんな気がする。


 きゃっきゃっ、と楽しげに笑うタツミが、たまごに触れた喜びをお母さんに伝えている。

「たあ、ご。たあーご」

「そう、たまごだよ」

 舌足らずなタツミの言葉に、レイも誇らしげだ。

「さぁさ、たっちゃん。ミルクの時間よ」

「まんま、まぁま」

「はいはい。レイちゃんもおいで」

「はーい」

 タツミを抱いてリビングに行くお母さんの後を、レイはとてとてと付いていく。

 お母さんが廊下に出ていってすぐ、レイの抱えていたたまごが急に熱くなってきた。

「え、え、え?」

 それから光が漏れてくる。桜色から亜麻色、それに新緑になびくあの光だ。

「わ、わ、わ!」

 レイは驚いてしまって、手にしたたまごを体から離すと、レイの手のひらに伝わっていた、つるりとした感触が一瞬どこかに消えて、代わりにふんわりとした感触が降りてくる。

 たまごの表面は真っ白な翼になっていて、その奥から桜色の珠が覗いている。

「う、生まれた……」

 レイは呆然と、手のひらに納まった翼の生えた珠を見詰めるしか出来ない。

「レイちゃん、どうしたの? 早くいらっしゃい」

 リビングからレイを呼ぶお母さんの声に、レイはぎ、ぎ、ぎ、とぎこちない動きでやっと首だけを向けた。

「お母さん、生まれた!」

「え、なにが?」

 レイがどんなに声を上げても、お母さんは何も知らないから戸惑うしかない。

 それでもレイは必死にその感動を伝えたかった。

「生まれたのー! たまごからー!」

 レイは対して距離もない廊下を駆けていく。

 そんなレイの腕の中で、生まれたそれはくるくると回って、辺りを確認していた。


 これで、守れる。レイもタツミも。

 それに色んなことを分かる。

 前は分からなかったことが――いや、感じられなかったことを感じることが出来る。

 これも、レイが一緒にいてくれるから。

 わたしは、レイの想いに応えたい。


「たまごから、孵ったの? その丸いボールみたいなのが?」

 タツミに母乳を与えながら、お母さんはレイの話を聞いて首を傾げている。

「ボールじゃなくて、トライゼロ」

 トライゼロはぱたぱたと翼を羽ばたかせて、レイの上に浮かんでる。

「とらいぜろ?」

「名前。ゼロが三つ並んでたから、きっとそんな感じだと思うの」

「これの名前? あ、ごちそうさま、たっちゃん?」

 乳房から口を放したタツミはとても満足げに見える。

 お母さんはうとうとしているタツミの頭を肩に乗せるように抱き直して、とんとんと背中をさすった。

「これじゃなくて、トライゼロー」

 なかなかわかってくれないお母さんに、レイはむぅと眉を寄せる。

 そんな姉の不機嫌さを気にしないで、けぷ、とタツミがゲップした。

 お母さんはタツミを横に抱いて、寝かし付け始める。

 トライゼロはタツミの顔を覗き込むように、体を傾げた。

「ねぇ、レイちゃん、この子どうするの?」

「どうって?」

 レイが首を傾げると、トライゼロも真似をして、こてんと転がった。

 そんな二人を、お母さんは厳しい目付きで見詰める。

「その子は生きてるの?」

「……たぶん」

 確証はないけれど、レイは生きていると感じている。こんなにも温かいものを、レイは生物以外知らない。

「レイちゃん、とりあえず、座って」

 お母さんに促されて、レイはお母さんの前の椅子に座る。

 トライゼロはレイの周りをくるくると忙しなく回って、所在なげにしているから、レイは両手を広げて迎え入れた。

 その細い腕にすっぽりと入りこんで、トライゼロはすりすりと座りを正した。

「ねぇ、レイちゃん。お母さん、そんな生き物見たことないわ。育て方もわからないの」

「わ、わたしがめんどうみるよ!」

 レイはもう、トライゼロと離れるなんて考えられなかった。

 でもお母さんの厳しい表情は変わらない。

「レイちゃん。その子が暴れたりしたらどうするの?」

「暴れたりしないよ! この子は優しい子だよ!」

 がたん、とレイは机を叩いて立ち上がる。その拍子に、レイの目から涙がテーブルに落ちる。

「もういい! わたしたちだけで生きていくもん! いくよ、トライゼロ!」

 そのまま走り出したレイは、お母さんを振り返ることもなく玄関から飛び出してしまった。

「待って、レイちゃん!」

 タツミを抱いたお母さんはレイを追いかけられずに、レイの背中と彼女を追いかけるトライゼロを見送るしか出来なかった。


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