宗教戦争と王子
天包布を信仰する国の王子と八百刃の出会いは?
ローランス大陸で慈悲神、天包布信仰を国教とするルーフェス聖王国の首都セイラーン
「王子決断を」
臣下の言葉の言葉にルーフェス聖王国の王子、ホリが溜め息を吐く。
「貴殿は、自分が何を言っているのか解かっているのか?」
その臣下であり大神官であるオルダは言い切る。
「はい、神名者、八百刃を天包布様に逆らう神敵として、滅ぼすのです」
重苦しい空気の中、ホリが言う。
「神名者に逆らうという事はどういうことだか解っているのか?」
オルダは頷く。
「しかし、八百刃は、天包布様の信徒を害なしています。例え相手が誰であろうと、天包布様の意思に逆らえし者は滅ぶべきなのです」
頷く臣下達を見てホリは激しく現実逃避をしたくなっていた。
「常識が無い奴が多くて困るよ」
ホリが庶民の酒場で愚痴を言っていた。
「まーな、宗教家なんてそんなもんだよ」
そういう主人はこの町でも数少ない天包布を信仰していない人間であり、この酒場は数少ない、そんな人間が集まれる場所である。
「少し考えれば解るだろう、神名者、八百刃に喧嘩売って勝てるかどうかなんてよ」
その言葉にマスターが言う。
「相手は神名者の上、戦いを司っている。その上、強大な力を持つ使徒を多数引き連れていると言われてるからな」
「はい注文のウインナーの盛り合わせです」
ウェイトレスのヤオがホリのテーブルの前に皿を置く。
「本当に末恐ろしい事だ」
頷くホリの後で、下げた皿を割るヤオが居た。
「我々は長い間、迫害されてきた。しかしそれも今夜までだ。今夜こそ我等の思いが天に届く時がきたのだ」
そう言う男の胸には八百刃の信望者の証、白い八方の刃の紙細工を付けていた。
「偉大なる八百刃様はおっしゃった、正しい戦いをする者の側に常に自分が居ると、我等の戦いが正しい限り我等は、守られているのだ!」
多くの賛同者が居た、その中には、セイラス草原でヤオに助けられた人間も居る。
それは、絶対な信頼となり、その盛り上がりを更に高める。
この集まりの主催者ダルダは微笑む。
「そう何人も神名者には勝てない。例えそれが王族だとしても」
「飲み過ぎた」
そう呟きゲロゲロするホリの背中をさするヤオ。
「大丈夫ですか?」
その言葉にホリは頷く。
「まーね」
そしてヤオが差し出すレモン水を飲むと落ち着いた様にホリが言う。
「マスターから聞いたよ、君は天包布の信者じゃない上、一人で旅してるんだよね」
ヤオが頷くとホリが続ける。
「実際問題八百刃様の事をどう思う?」
その言葉にヤオが言う。
「難しい問題ですね」
ホリもそれは同意だった。
神名者の事を人の身で語れるわけが無いのだから。
しかし、ヤオの考えは違う。
「神名者八百刃自体を恐れるのは変な話なんですから」
「どういうことだ、相手は神名者で物凄い力の持ち主だろう。恐れるのに値する存在だと思うが?」
ホリの疑問に対してヤオははっきりと答える。
「だって、神名者、八百刃自身が自分の意思から戦う事はないですよ。神名者、八百刃は正しい戦いの守り手であって、戦う人間その者ではないんだよ」
そのヤオの言葉に唖然とした顔をした後、ホリが爆笑をした。
「どうしたの?」
必死に笑いを我慢しながらホリが言う。
「いやー八百刃様の能力を恐れて、基本的な事を忘れていた。そうだな、正しき戦いの守り手なんだよな。ありがとう」
そして城に戻っていく。
『ヤオ、今のは、この国の王子だったな?』
やってきた白牙の言葉にヤオが頷く。
「会うのはこれが二回目だね」
その言葉に白牙が言う。
『相手は覚えていないだろう、赤ちゃんの頃の話なんだからな』
そして戦いの気配が蠢くこの場所にヤオが言う。
「不思議な話だよね、戦いを嫌う天包布を崇拝する王国の首都で、何年かに一度は大きな戦いが起こるんだから」
『戦いは何処にでも起こっている。ただお前が呼ばれる正しき戦いがこの国では多いと言う事だろ』
戦いが起こる予感を秘めた夜は過ぎていく。
「天包布様の教えの元、全ての民に等しき慈悲を与える宣言をする」
ホリのその言葉に臣下の人間は戸惑い、オルダが代表で聞き返す。
「何故その様な当たり前の事を今更、宣言を我等の国民、信徒には、その教えは深く広まっています」
それに対してホリが首を横に振る。
「全ての民、異教徒も又、等しく慈悲を与えるのだ」
その言葉に誰もが驚く。
「王子どうか再考を、異教徒は、慈悲に値しません」
その言葉にホリが強固な意志を込めて言う。
「天包布様の言葉にはどんな人間も等しき存在とある。我はその言葉を信じる。そして、その考え方を広める上で、敵対するものは、神敵とする。我々は正しい教えを広めている。その信念のもと戦う以上、我々は決して間違った戦いにはならない。それでもしも八百刃様が敵になろうと言うならば、八百刃様は神名者として我等と相対する者であり、全力を持って滅ぼす対象である」
その言葉にオルダは頷く。
「そうですか、ついに決心をして下さいましたか」
大きく頷く、ホリ。
「宣言の準備を開始しろ」
一斉に動き出す臣下達、そして、その中から隠れるようにオルダの配下の人間が町に向った。
正午の鐘が鳴り響くなか、ホリは多くの民衆の前に立っていた。
「我は王位継承者としてここに宣言する。我等の大いなる神、天包布様の教えにそって、全ての者、例え異教徒で有ろうと等しき慈悲を与える事を」
どよめきが起る。
「我が考えには困難は多いかも知れない。しかし我等はこの道を進む。何人が前に立ち塞がろうとも前進する事を誓う」
その言葉に、一人の男、白い八方の刃の紙細工付けた男、ダルダが言う。
「それこそ我等異教徒を排除する宣言だ! 我等はその様な王族を許すわけには行かない。我等は八百刃様の名の元に、邪悪な存在であるルーフェス聖王国の王族を排除する!」
その一言に、その場に居た男達の半分が賛同し、ホリに襲いかかろうとする。
「王子早くお逃げ下さい!」
それに対してホリは一歩も下がらず宣言する。
「我は恐れぬ。我は自分の道が正しいと信じている。その道を阻む物は何人たろうと怯むつもりは無い」
神官騎士達が一斉に武器を構え応戦しようとした。
その時、天に一匹の大きな竜、天道龍が現れた。
誰もが驚き動きを止めるその中、ヤオがホリの前に現れる。
「また会ったね」
その言葉にホリが驚く、昨日酒場にあった少女がこの場に現れるとは思わなかったからだ。
「君はどうしてこんな所に、君も八百刃様の信望者だったのかい?」
その言葉に対する答えは、少女の後からあがった。
「皆みろ、八百刃様が来てくださったぞ」
「間違いない、あの竜も八百刃様の使徒に違いない」
それを聞いて、ホリが驚く、目の前に居る少女こそ、昨日まで自分が恐れていた八百刃だと知って。
「君は信望者の味方をするんだね?」
ホリの質問はもう答えが決まっていた、誰もがここで、ホリと王族の死を覚悟した。
「昨日も言った筈だよ、あちきは、正しき戦いをする者の守り手だって」
ホリは真っ直ぐヤオを見ていう。
「我は自分の正しいと思った道を進んでいるつもりだ」
そして、自分は八百刃によってその命が無くなる覚悟を決めてその瞳を見ると、ヤオは微笑み言う。
「あんたって本当にお母さん似だね」
その言葉に驚くホリ。
「母上と会ったことがあるのですか?」
ヤオは頷く。
「あんたが生まれて直ぐ、この国は多くの異教徒が攻めてきた。その時、貴女のお母さんはそのリーダーが刃を突きつけていたのに決して怯まなかった」
ホリはその後の話しを思い出した。
「確かその戦いは大いなる御加護の元に、勝利を齎された……。まさか貴女が」
強く頷くヤオ。
「あちきは、何時でも正しき戦いをする者の守り手だよ」
そして一人の男に目を向ける。
「そして間違った戦いをする者を排除するんだよ」
オルダが一歩後退する。
「あなたに聞くよ、あなたは正しい戦いをしている自信ある?」
その言葉にオルダは後退しようとした時、一匹の子猫が前に立ち塞がる。
『諦めな、八百刃は全ての邪悪な意思を見抜く、お前が自分の権力を強める為、王族を排除しようと、そこのダルダって男と共謀して今回の事件を起した事ははっきりしてるんだ』
ざわめきが起る。
そしてオルダが言う。
「馬鹿な大神官である私がそんな事をする訳がないだろう」
それに対して、白牙が、口で紐を引っ張り、一人の男を引っ張り出す。
「その男に見覚えあるでしょ、ダルダって奴と繋ぎをとるのに使った男だよ」
そしてホリが怒りを込めて言う。
「貴殿はそれでも大神官か!」
オルダが叫ぶ。
「うるさい、私は力があるのだ、この国では大神官こそ神の代行者であり、絶対なのだ! 王族などただの飾りだ! 皆の物、あの似非神共々王子を殺せ!」
その言葉に神官騎士達が襲いかかろうとしたが、ヤオの視線に動きを止める。
「何をしている!」
たった一人、神官騎士に隠れていた為、ヤオの瞳を見ていないオルダが怒鳴るが、誰も反応はしない。
そして神官騎士達が、その場に崩れ、オルダはヤオの顔を見る。
そこには絶対的な力を持った存在が居た。
「貴女は、戦いを汚そうとした、八百刃の名を汚してまで、あちきはそれを許すわけにはいかない」
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
ヤオの右掌に『八』の文字が浮かび、白牙が刀と化し、その一振りは、オルダの服を両断した。
「ホリさん、後は任せたよ」
ホリは大きく頷いた。
その後、オルダの関係者は全員逮捕投獄された。
反対派の勢力に対してはホリが頭を下げ、今後異教徒にも等しい慈悲を与えることを改めて宣言する事で全てが丸く収まった。
そしてヤオは目が点に成っていた。
「あのーこれで全部ですか」
掌に持たされた十枚の金貨を見てヤオが呟く。
「ええ、我国は天包布様を崇める国、他の神や神名者にお金を出せないんですよ。これは俺のポケットマネーだ」
ホリが朗らかに宣言する。
「にしても、王族の人間がこれしかポケットマネー無いんですか?」
ヤオの責める視線に、ホリはそっぽを向いて言う。
「イヤーこの前酒場のギャンブルで大負けした所為で余りお金ないんだ」
大きく溜め息を吐く。
『諦めろ、こいつ以外からお金取れ無いことは前回の事で理解してるだろう』
白牙の言葉に頷くヤオ。
「次会えた時にはもう少し払いますよ」
その言葉にヤオは首を横にふる。
「そうならない事を祈るよ。あちきが居るって事はそこに戦いがあるって事だもん」
寂しそうな顔をするホリを後に、ヤオは次の戦いの場に向うのであった。




