真摯な信仰
大いなる慈悲が満ちる町しかし異教徒にとってその町は?
ローランス大陸で慈悲神、天包布信仰を国教とするルーフェス聖王国の大都市マルセイ
ヤオが道端で飢えていた。
「お腹空いたよー」
弱々しげに呟く。
この町に着くまでは、自然に生えていた植物を食べ、狩猟をして居たが、何故か今回は高く売れる獣が取れず、二束三文で買い叩かれ、初日の食費で消え、何とか住み込みで働くも、毎度のドジでクビになり、路上で飢えるヤオが居た。
「もしかしてあちきここで飢えて動けなくなってしまうかも」
『火葬されないように気をつけろよ』
魔獣で本来は食事がいらない白牙が平然と突っ込むがリアクションは無い。
白牙が見てみると、口はパクパクとしているので喋る体力がなくなっただけらしい。
実際のところ白牙は全然心配していない。
神名者は不老不死、多少やせた所で死ぬ事は無い。
さっき言った様に火葬されない様に気をつければ平気なのだ。
そんなヤオの前に一人のシスターが通りかかる。
「貴女はここでどうしたんですか?」
そう言って、ヤオの体に触れると、ヤオはバランスを崩して倒れてしまう。
「キャー!」
シスターは叫び声が、町の中に響き渡る。
『また面倒事になりそうだな』
はっきり他人事の様に言う白牙であった。
「本当に助かりました」
久しぶりのスープを啜り終えたヤオがそう言って頭を下げる。
「別に構いません、困っている人を助ける事こそ慈悲の神、天包布様の教えなんですから」
そう言って微笑む、シスターアリヤ。
『自分以外の存在の教えで、助かる神名者ってヤオ位だろうな』
白牙の呟きを無視して、ヤオが言う。
「このご恩は働いて返させて貰います」
その言葉にアリヤは首を横に振る。
「良いのです。弱き者に恵みを与えるそれこそが天包布の教えなんですから」
『人に弱き者呼ばわりされる神名者ってヤオだけだろなー』
やっぱり白牙の言葉を無視してヤオが言う。
「すいません。あちきは天包布の信徒でないんです。自分は自分の思考があるので、それに合った行動をとらせて下さい」
頭を下げるヤオ。
その言葉に周りの視線が怖いが、アリヤは頷く。
「解りました。それでは子供達のお世話をお願いします」
ヤオが胸を叩く。
「任せて下さい」
「えーと子供達のお世話はもう良いです」
困った顔でアリヤが言う。
「でも子供達とも仲良くなったしー」
子供達も同調するが、アリヤが言う。
「でもね、ヤオちゃんがお世話すると何故か仕事が増えるのよね」
そういって周りを見ると、その部屋にあった筈の花瓶が全て粉砕されて居て、天包布の像の腕が取れ、止めとばかりにドアが幾つか穴が開いていた。
常に側から離れない筈の白牙が廊下から呟く。
『ヤオに子供の世話をさせるなんて、鬼に金棒持たせてじっとしていろと言っている様なもんだ。まー実際子育て経験者だから子供には影響無いがな』
白牙はその時の事を思い出して、慌てて記憶の底に押し戻した。
「それじゃあ次は何をすれば?」
「そうですねー」
ヤオが聞いてアリヤが考えてた時、一人の神父が入ってきた。
「君かね、天包布の信徒で無いと言うのは」
そう言って、ヤオに近づく。
「はい。色々複雑な事情がありました、信仰する神様はいません」
『まーその信仰対象になろうとしてる神名者だから当然なんだけどな』
白牙の突っ込みが聞こえない神父は指を鳴らすと、両側から信徒が現れて、ヤオを掴みあげて、外に追い出す。
「待ってください、その子は、飢え死にしそうに成っていたのです。ここで外に出したら死んでしまいます」
アリヤが神父に願う。
「異教徒だよ。君も知っているだろう、この町では天包布様を信仰しない者は、人間では無いと」
アリヤは口を噤む。
それこそ、ヤオがこの町で働けなくなった一番の理由であった。
ただドジなだけなら、大抵の場合は、笑って許して貰えた、普段はちゃんと仕事しているからだ。
しかしドジをして色々話している間に天包布の信徒で無い事が解ると、失敗を理由に首になってしまうのだ。
「しかし、天包布様の教えには全ての人に平等なる慈悲を与えなさいとあります」
アリヤは強い思いを込めて、そう聞くと、神父は首を横に振る。
「異教徒は人では無いのだよ」
その言葉に白牙の視線も厳しくなる。
『随分天包布の思考を曲解してやがるな』
そして、ヤオは困っているアリヤに頭を下げて言う。
「ありがとうございました。あちきはもう町を出ますから大丈夫です」
「そんな、一人で町の外に出たら危ないわ」
慌てるアリヤにヤオは首を横に振る。
「大丈夫です。何時もやってる事です」
そしてヤオが去ろうとした時、神父に石が投げつけられる。
神父について居た信徒が石の飛んできた方向を睨む。
そこには先程までヤオと遊んでいた子供の一人が居た。
「パルくん、なんでそんな事をするの?」
アリヤの問い掛けに、パルは涙を流しながら言う。
「そいつは僕の家から全部持っていったんだ。お母さんも、無理やり……」
その一言に神父も少年に見覚えが有る事を思い出した。
「異教徒の子供か、子供だから改宗の可能性があると思って居ましたが、駄目でしたか、この子供の町から追放して下さい」
信徒達が神父の言葉を実行しようとすると、アリヤが前に立ち塞がる。
「パルくんは、この教会の子供です。手を出させません!」
「異教徒の子供を教会で暮らさせる訳には行かないんですよ」
神父が信徒達に急かした、その時、ヤオが信徒の一人を手刀一発で気絶させる。
「手伝いますよ」
アリヤが驚き、慌てて言う。
「駄目です。信徒に手を出したらあなたはこの街の人間全てを敵に回す事になりますよ」
逆にヤオが問いかける。
「それでも貴女は、パルくんを守るつもりですよね」
アリヤは一瞬の躊躇もせず頷く。
「私は、全ての弱い者に慈悲を与える為にシスターになりました。その為に障害が発生しても、立ち向かうことこそ大切だと思います」
ヤオは頷く。
「どんな教えの元でも正しき戦いをする以上はあちきが貴女を助けますよ」
神父が怒鳴る。
「愚か者め、間違った戦いは否定される行為。それは天包布様を御心に反する事だと言うことが解らんのか!」
神父が笛をならすと、神官騎士達が現れる。
「天包布様の御心に反する者に粛清を!」
一斉に神官騎士達が、襲いかかって来る。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、白牙』
ヤオの右掌に『八』の文字が浮かび、白牙は刀になり、剣を向けて来た神官騎士の剣を鎧ごと切り裂く。
「言っておくよ、戦いが正しいかどうかの判断は天包布の管理する所では無いよ。あちき、八百刃の管轄だからね。それを勝手な判断で決め付けると言う事は、あちきに対する確かな反抗だね」
神官騎士達は怯むが神父が言う。
「そんな訳無い、こんな小娘が神名者、八百刃な訳が無い。やれ!」
その言葉に神官騎士達が頷き、斬りかかった。
そこには、神官騎士の鎧の欠片が撒き散らされて居た。
神父はここに来て初めてヤオが神名者八百刃だと理解した。
「さっきも言ったけど、貴方はあちきの管理する戦いの正しさに対して勝手な判断をして、それに神の名を使った。天包布の名を私利で使ったんだよ、それは天包布の教えにも反する行為だね。天罰を受ける覚悟はある?」
そう言ってヤオが白牙を振り上げる。
「お許し下さい」
神父は必死に祈りを捧げるが、ヤオは冷たく言い放つ。
「残念だけどあちきの目の前で、間違った戦いをした者をほって置くことは、あちきの信望にも関わることだから無理だよ」
その時アリヤが神父の前に立ち塞がる。
「おやめ下さい、八百刃様」
「どいて、これは罰だよ。それを邪魔するというならば間違った戦いと判断するよ」
その言葉にアリヤが強い意志を込めた瞳で言う。
「私が信仰する天包布様は常に慈悲を持てと言っています。そして天包布様の御心にそむいたとなれば、私達の中で罰を与えるべきです。そして私の思いは八百刃様でも曲げられないと考えています」
子供達が涙ながらにシスターに囲む。
ヤオは大きな溜め息を吐いて言う。
「了解、その神父は天包布の信徒、先に天包布の裁きを行うのが正当だね」
白牙は子猫に戻る。
そしてその場をヤオ離れる。
「動けないよ」
大立ち回りで体力を消耗したヤオはマルセイの町の外れで倒れていた。
「これを」
その声に顔を上げるとアリヤが居て、その手には少しの食べ物と、お金があった。
「えーと前に言ったと思いますけど、あちきは天包布の信徒じゃないから慈悲を受ける訳には」
ヤオの言葉にアリヤが言う。
「受けてください。これは私の戦いです。常に天包布様の御心にそって、誰にでも助けを与え続けると言う。八百刃様は正しい戦いをする者の守り手でしたら、私の戦い手助けとして、これを受け取ってください」
ヤオはパンを齧り付き言う。
「了解しました」
そしてヤオはアリヤから貰ったお金を手に旅立った。




