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戦神神話  作者: 鈴神楽
新たな世界へ
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聖獣戦神、八百刃

ホープワールドの最後、そして真の戦神神話が始まる

「一度乗ってみたかったんだよね」

 そう言って、座席のクッションの具合を確認するヤオ。

「VIP席って、高いから手が出なかったんだよね」

「お待たせしました」

 そう言って、一人のウェイトレスが、ヤオの席の前に、豪華な卵料理を置いていく。

「嬉しい! 最高に幸せ」

 本気で嬉しそうに、食事を始めるヤオに、白牙が堪えきれない苛立ちを籠めて言う。

『お前は、何を考えてるんだ!』

 ヤオは嬉しそうに、食事を続けながら言う。

「とりあえず今は、目的地着くまでに、卵料理を全制覇できるか、かな?」

 白牙がヤオに飛びかかる。

『そんな、呑気な事を言っている時じゃないだろう!』

 ヤオはあっさり受け止めて、言う。

「残念だけど、今は、呑気な事を言うしか出来ないよ」

『どう言う事だ?』

 もがきながら白牙が聞くと、ヤオは料理を食べながら答える。

「象徴で、究極の技である、八百刃の発動した所を封印されたから、神名者としての能力は、殆ど使用不可能。だから、通常の移動手段を使うしかなく、その間に、英気を養うしか、今のあちき達に出来る事は無いよ」

 正論に戸惑う白牙だったが、一応反論する。

『お前の娘達は、今も、命懸けで戦っているのだぞ? お前独り、呑気にしていて良いのか?』

 ヤオの視線が怖くなる。

「あちきが、平気だと思ってるの?」

 白牙は机いっぱいに広げられた卵料理が、どれも一口、二口しか食べられていない事に、ようやく気付いた。

『すまなかった』

 素直に頭を下げる白牙。

「気にしない。それより、貴方も休んでおきな。最後に頼るのは、貴方の力だから」

 白牙が強く頷く。

「たとえ始まりの神でも、単独で、真名を滅ぼした、貴方で斬られれば、再生できないはず」

 ヤオは、遠く西方を見る。

「最後の要も打たれたよ。後は、あちきが力を取り戻して、神になるだけだね」

 白牙が頷く。



 駅を降りて、町を歩くヤオ。

「気付いた、白牙?」

 白牙は、周囲を見ていう。

『人々の様子がおかしい。まるで生気が感じられない』

 頷くヤオ。

「人間にも解りはじめたんだよ、この世界がもう、もたないって」

 ヤオは、淡々と仕事をする大人達の中で、不安そうにする少女を見つけて、近づく。

「どうしたの?」

 少女が目に涙を浮かべ、言う。

「お父さんもお母さんも構ってくれないの。少し前まで、一緒に遊んでくれたのに、ずっと仕事仕事って、全然遊んでくれない」

『どういうことだ?』

 ヤオは、その少女の頭を撫でていう。

「大丈夫だよ。もう直ぐ、みんな引越しするから、その準備のために忙しいんだよ」

 少女は必死に涙を堪えて、聞き返す

「本当?」

 笑顔で頷くヤオ。

「本当だよ。だから家にお帰り」

 泣き止み、帰っていく少女を見送るヤオに、白牙が言う。

『世界の終焉が近いからか?』

 ヤオは首を横に振る。

「始まりの神の一人、桃暖風が、その力を使わなくなったから、休んだり、遊んだりと言う事が、出来なくなった。邪神と言われる神もまた、必要な神なの」

『奴は、本当にこの世界を、見捨てるつもりなんだな』

 白牙が怒りを込めた瞳で、世界の中心を見る。

 しかし、ヤオはどこか悲しげな目で、世界の中心を見て居た。

「諦め、妥協。神になっても、心の業は逃れられない。どんなに強い力も、不老不死の魂も、心を強くはしてくれない」

 白牙が、ヤオの顔を見る。

 そこには、三百年以上の年月を、戦いの中で過ごして来た、悲しみが映し出されて居た。

『後悔しているのか?』

 ヤオはあっさり頷く。

「後悔しない時なんて無い。あの山賊が村を襲わなければ、私は、あのまま死んで居てもよかった。大切な人間を救う為に、戦う役目を背負わなければ」

 白牙は、何も言わない。

 白牙も気付いて居た、ヤオが本来は、人として普通に生きる事が、真の望みだったことくらい。

 ヤオは、その手を見つめて言う。

「でも、そんな仮定は意味無い。あちきは、あの時に選択した、大切な者の為に、他者の命を奪う、戦いを行うことを。だからあちきは、戦神になった。それこそが贖罪、業。そして貫き通さなければ行けない道。大切な多くの者の命を守る為に戦い、その戦いをする者達を守る、それが八百刃」

 歩み始めるヤオ。

 その後を無言でついていく白牙。



 世界の中心、そこにあるのは、小さな遺跡であった。

『ここは、初めて実名が降り立った場所。多くの竜が、この地より解き放たれた。そして、この地に住まう人の中から、我等が生まれた』

 湖畔の様な、静かな瞳の青年の姿をした神、桃暖風がそこに居た。

 ヤオが周囲を見る。

「始まりの神の力が、昇華していく、本当に、この世界は終わりなんですね?」

 桃暖風が頷く。

『実名は、精一杯の事をした。君が迷ったこの二百年の間、どれだけ大変だったか、判るかい?』

 ヤオは小さな溜息を吐く。

「知りませんが、想像はつきます。この世界を、他の世界の神に準ずる者達から、護っていたのは、実名様の力ですね?」

 桃暖風は、悲しげな目で、遺跡の中心を見ながら言う。

『私は何度も進言した、八百刃を無理やりでも、神にすべきだと。でも彼女は、それを受け付けなかった』

 ヤオも遺跡を見て言う。

「実名様は、感情や、あちきの気持ちを考えて待っていた訳ではありません。あちきが、真の戦神に成る為に必要と、判断した為、待っていたのです」

 苦笑する桃暖風。

『その通りだ。正直、今の君の力を考えれば、その考えは正しいとしか言えない。君だったら、力だけが増大した、愚かな者達を、確実に滅ぼせるだろう』

 ヤオの方を向く桃暖風。

『神の名に、なぜ色がよく使われるか知っているかね?』

 ヤオは淡々と答える。

「神とて万能ではありません。色は力の特化させる為の象徴、白牙や蒼牙が強大な力を持つのも、元になった神の色による、特化能力を継承したからですね?」

 桃暖風は、ヤオをじっと見て言う。

『八百刃、色を持たない名。主神である時空神とて、時空を安定させる事に特化しているのに対して、制限をつけず、多くのものを意味する八百万を冠した刃。それは、無限の力を得る為の、符号だったのだな』

 ヤオは桃暖風を見て言う。

「大きな勘違いです、八百刃の意味それは、一人ではないと言う事。一本の刃で、通じない敵には、二本の刃。二本で通じなければ、三本の刃。多くの者の力を合わせて、敵を倒す。それが八百刃です」

 桃暖風が、その手から桃色の風を生み出す。

『しかし、その力も、今は封じさせて貰った。その力を取り戻したければ、神になるのだ』

 ヤオは、首を大きく横に振る。

「貴方が封じたのは、あちきの神名者としての能力です。八百刃の力では、ありませんよ」

 桃暖風が苛立ち始める。

『もう止めろ! これ以上、実名様を無駄に苦しめさせないでくれ!』

 ヤオは哀れむ瞳で、桃暖風を見る。

「悲しいですね、大切な者の死を助けるというのは」

 桃暖風の風が荒れる。

「愛して居たんですね?」

 ヤオのその一言が引き金だった、普段は人を優しく包み込む風が、その時だけは、命を奪う暴風としてヤオに迫った。

 その時、白牙がその牙で、桃色の暴風を噛み砕いた。

 ヤオは、その両手を、自分の左胸の上に並べる。

『我が名をここに告げん、我が名は八百刃』

 その呪文に答え、切り裂かれた桃色の暴風の切れ目から、封じられた八百刃の力が、八百刃に戻っていった。

 そして、ヤオの両手と胸に『八百刃』の文字が、浮かび上がる。

 呆然とする桃暖風。

『馬鹿な、我が力が、魔獣単独の力に敗れる訳が無い』

 その時、遺跡が光り、美人では、無いが、まるで母親のように、全てを慈愛する表情をした女性が現れる。

『実名様!』

 驚いた顔をする桃暖風。

 その女性、実名は、告げる。

『あの風に、桃暖風の力がありません。だからこそ、魔獣にも切り裂けたのです』

 ヤオは、辛そうな顔をする。

「貴方は、怒りで、あちきに攻撃した。桃暖風の名には、攻撃の力は無い。貴方の感情を、利用させて貰いました」

 その一言に呆然とする桃暖風。

 そしてヤオが、強い意志をこめた瞳を向けて言う。

「所詮、神もまた心を持つ存在でしかありません。そしてあちきは、その心の為に、この世界の人々を救います!」

 右手を真上に掲げる。

『始まりの四本の線は、世界を分けよ』

 ヤオの右掌の『八』が激しく輝き、世界を分断する、四本の線が放たれる。

『終わりの四本の線は、世界を繋げ』

 再びヤオの右掌の『八』が激しく輝き、八百刃の代行者が命懸けで生み出した、四つの異界への要に向かって伸びた。

 ヤオは左手を右手に添える。

『我と願いを同じする者達の力を束ねよ』

 ヤオの左掌の『百』が激しく輝いた。



「始まったみたいだ」

 神の世界、そこで一部始終を見ていた狼打が、隣で、この時の為に力を貯めていた新名に、告げる。

 新名が頷き、その力をヤオに向けて解放する。

「この世界の全ての神々の力、貴女にお貸しします」

 新名の言葉が示すように、ホープワールド中の神の力が、新名を媒介に、ヤオに流れていくのであった。



 神々の力を感じたヤオは、ホープワールド全てに向けて告げる。

『この世界、ホープワールドは、終焉の時が来ました』

 ヤオの中に、世界中の恐怖が流れ込んでくる。

『貴方達は、新たな世界に、移り住まなければいけません』

 今度は、不安が、ヤオに流れ込んでくる。

『しかし、忘れないでください、貴方達は決して、一人では無い事を。大切な人の手を思ってください。その思いが、貴方達を繋げます』

 様々な繋がりが生まれたのを感じ、ヤオは、最後の呪文を唱える。

『ホープワールドと汝らを繋ぐ縁を我が断ち切らん!』

 ヤオの左胸の『刃』が激しく輝いた。



 世界中の存在が、次々と、ホープワールドとの縁を断ち切られ、ホープワールドから開放され、新たな世界に旅立って行った。



 全ての存在が消えた後、殆どの力を消耗したヤオが居た。

『意味が無い!』

 桃暖風が抗議の声をあげる。

『八百刃が力を失っては、意味が無いのだ!』

 ヤオは苦笑する。

「あちきは力を失ってなんか居ない。逆に力を、確実な物にしたんだよ」

 その言葉に実名も頷く。

『貴女の言葉を聴いた人々、貴女の強い信望者が、異世界で、貴女の事を強く信望する事で貴女の力は、このホープワールドを出ても、決して無くならない物になりました』

『しかし、神に成るための力を失ってしまった。ホープワールドに、信望する者が居なくなった以上、再び貯める事も叶いません』

 桃暖風が反論した時、その場に新名が現れた。

『その力は、私が返しますから大丈夫です』

 そう言って、新名はヤオを見る。

『二百年前にお借りした力、返す時が、ようやく来ました』

「義理堅いんだね」

 いつもの呑気な口調で言うヤオ。

「ヤオと違って、ちゃんと利子もつけて返すからな」

 隣に現れた狼打の言葉に、痛い所を突かれた顔になるヤオ。

 そうしている間にも新名の力が、ヤオに注ぎ込まれていく。

 それに伴い、ヤオがどんどん神へと昇華していく。

 白牙が驚いた顔をする。

『どういうことだ? この位の力だったら、今までと大差ない筈だが?』

 狼打が白牙の横に来て言う。

「この世界に、ヤオの事を知っている人間が、居ないからだ」

 そして、完全に神と昇華したヤオ、八百刃が寂しそうに言う。

『これで、この世界も終わりなんですね?』

 実名が頷く。

『そう、これで私の役目も終わりです』

 どんどん姿が消えていく実名。

 それにあわせて、桃暖風もその姿が崩れていく。

『桃暖風すいません、私に名を貸したため、貴方も、この世界と共に滅びる運命です』

 桃暖風は、首を横に振る。

『気にする必要はありません。最初から、そのつもりでしたから』

 実名は、八百刃の方を見る。

『聖獣戦神、八百刃。貴女はこれから多くの者と戦っていくでしょう。貴女ならば勝てます。何故ならば、貴女こそ、このホープワールド、希望の世界の象徴なのですから』

 八百刃は笑顔で答える。

『当然ですよ、あちきには大切な護りたいものが、いっぱいありますから』

 実名は、微笑んだ後、寂しげな顔をして言う。

『紫縛鎖には、真実を何も告げず、一方的に利用してしまいました。一言だけ、伝言をお願いして、良いですか?』

 八百刃が頷くと、実名が告げる。

『紫縛鎖、傍にいてくれたのが、貴方だった事を、私は幸運に思います、とだけ伝えて下さい』

『了解』

 実名と桃暖風が完全に消えた後、神々と、その使徒以外誰も居なくなったホープワールドが崩壊していく。

 滅びた筈の神々が現れて、ホープワールドの神々を導いていく。

『八百刃よ、お前の仕事は多いぞ』

 蒼貫槍の言葉に頷く八百刃。

 世界の狭間で八百刃は、振り返り見つめる、自分が生まれ、神名者として過ごした、ホープワールドの終わりを。

 その脳裏には、死んでいった自分の養子や、道半ばで消えた神名者、ホープワールドの大地に帰って行った者達の姿が、思い出される。

『ありがとう』



 そして八百刃の本当の神話が今始まる。

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