紫の鎖が砕ける時、桃色の風が吹く
紫縛鎖との決着をつける時、ヤオの奥の手、『八百刃』が発動する
センータ大陸の大高原、バラハッハ
「これで借金返済、終了!」
ヤオがガッツポーズをとるが、その足元で白牙が言う。
『娘の仕送りのおかげだがな』
遠くを見るヤオ。
「もう二度と、直接会うことは出来ないけどね」
哀愁を漂わせるヤオ。
『決着をつけに行くのか?』
白牙の言葉にヤオは頷く。
「紫縛鎖に、力を残しておいたら、多くの人間がこの世界に縛られる、桃暖風の寿命を、少しだけ延ばすためだけに」
『勝てるのか?』
白牙の問いに、難しい顔をするヤオ。
「正直解らない、紫縛鎖の思いは本物だから。あれは、あれで正しい戦いだよ。それでも、勝たないといけない」
ヤオは、人が居ない大高原、バラハッハに向うのであった。
「待っていたぞ」
そこには、他者を絶対的に縛り付ける意思を、具現化した存在、紫縛鎖が居た。
「待たせて、ごめんなさい。娘達の仕送りで、借金を返してたから」
紫縛鎖の視線が鋭くなる。
「全ては、桃暖風様を殺す為か!」
ヤオは首を横に振る。
「桃暖風って、邪神は居ない。少なくとも貴方が知ってる女性は、実名。この世界を生み出した、古き神だよ」
紫縛鎖が、手を大きく横に振る。
「そんな事は関係ない! 私にとって桃暖風様は、桃暖風様だ!」
苦笑するヤオ。
「名の大切さを知る貴方が、そう言うの?」
紫縛鎖は強く頷く。
「だからこそだ! 私を傍に置いておいて下さったのは、実名と言う神では無い。桃暖風様なのだからな!」
ヤオは、白牙の方に右手を向けながら言う。
「最後のチャンスだよ、残りの時間を、静かに桃暖風とすごさない?」
紫縛鎖が空中から、無数の紫の鎖を生み出して、答える。
「我は、紫縛鎖! 全てを、その鎖で縛り独占するもの! この力で世界全てを縛り、桃暖風を独占する!」
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
ヤオの右掌に『八』が浮かび、白牙が刀に変化する。
ヤオの、空間すら覆いつくそうとしている紫の鎖を、必要最小限だけ、斬り進む。
『力の総量で勝ろうとも、戦いで、八百刃様に、勝てるものは居ない』
白牙の宣言の正しさを示す様に、紫縛鎖の体が両断される。
「白牙の一撃は、神の再生も受け付けない」
勝負があったと思ったとき、鎖が紫縛鎖に巻きつく。
「傷を回復させる必要は無い。ただ、この時くっついていれば良い」
『馬鹿な、それで動ける訳が無い』
白牙の言葉に、ヤオは首を横に振る。
「紫縛鎖の象徴の力、縛る事だよ。白牙の切断の力で別れようとも、二つに分かれたものを一つに縛り付けるって限定で使えば、元と同じ様に動くよ。ただしそれは、再生を捨てる事。あのまま切断されて、この世界から滅びていれば、外の世界ではちゃんとした姿で戻れるけど、長時間、あの状態を続ければ、外の世界に再生後も、影響が出る」
「外の世界に出た時の事など関係ない。私に必要なのは、桃暖風様の隣に居られるという、事実のみ!」
再び鎖が放たれる。
『どうする?』
白牙の問いに、ヤオは紫縛鎖の鎖を、斬りながら答える。
「紫縛鎖の鎖の拘束力を超える切断を、行わないと倒せないけど、それはしたくない」
大きく距離をとるヤオ。
『このまま放置は、出来んぞ?』
ヤオは両手を、胸の前に並べる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒よ、真実の八百刃となれ』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』、左胸に『刃』が激しく光る。
そして、大地に視線を向ける。
『大地蛇』
大地が鳴動して、大地に住む強大な蛇、大地蛇が召喚される。
「負けんぞ!」
紫縛鎖の鎖が、大地蛇を捕縛する。
ヤオは天を見る。
『天道龍』
天を覆いつくすような巨大な竜、天道龍が召喚される。
「幾ら巨大でも、我が鎖に縛れねものは無い!」
天道龍も空中に捕縛される。
ヤオは次に、天道龍が作った影を見る。
『影走鬼』
影が一つの鬼と化し、紫縛鎖に向う。
「我が鎖は万物を縛る。例え、それが影と言う形無きものでも」
影走鬼が影ごと、捕縛される。
ヤオは前方を見る。
『炎翼鳥、九尾鳥』
圧倒的な炎を持った鳥、炎翼鳥と九色の尾を持った鳥、九尾鳥が召喚されて、左右から紫縛鎖に迫る。
「我が鎖は無限に増える。捉えきれないものなど、無い!」
炎翼鳥と九尾鳥が同時に捕縛される。
ヤオは、残った地面を見る。
『闘威狼』
召喚された狼、闘威狼は周囲の強烈な気を吸収して、どんどん大きくなっていく。
「我が鎖の能力を甘く見るな、相手の能力も捕縛出来る!」
闘威狼は鎖に捕縛されると、巨大化が止まる。
ヤオは目を閉じる。
『百姿獣』
粘体のまま、鎖を器用に裂けて進む、百姿獣。
「どんなに姿を変えようとも、我が鎖は縛り続ける!」
全体を覆うように縛られて、捕縛される百姿獣。
ヤオは、刀の白牙を、紫縛鎖に投げつける。
『白牙』
白虎の姿に戻った白牙に、無数の紫の鎖が迫る。
しかし白牙は、それを爪で切り裂き、そしてその牙で紫縛鎖を縛り付けていた鎖を、噛み切った。
「無駄だ、俺はこの体を縛りつけ続ける」
ヤオは、左胸の『刃』の文字に、両手の『八百』の文字を合わせる。
『八百刃発動』
ヤオの呪文に答えて、八百刃獣達は、無数の刃の力に転じる。
それは、周囲を覆っていた紫縛鎖の鎖を、全て切り裂いた。
「これで終わりだと、言うのか?」
二つに分かれたままの紫縛鎖の言葉に、ヤオが告げる。
「貴方は、鎖縛り付ける事で、切断されたって事実を誤魔化していた。一瞬でも、その誤魔化しが完全に無くなれば、世界に、この世界を生み出した神々に、察知される。そうなれば貴方は、この世界で滅びたと認定されて、この世界に居る力を失う」
悔しげな顔をする紫縛鎖。
「全ては、古き神々の思い通りだと、言うのか!」
ヤオは答えない。
「私は、決して古き神に、屈しない。桃暖風様を、犠牲にした奴等には!」
そして消えていく紫縛鎖。
『この世界で神と呼ばれる者達も、所詮は、古き神々にとっては、人と変らない創造物と言う事か?』
ヤオは困った顔をして言う。
「白牙、良い事教えてあげる。神様なんて、居ないんだよ」
『神名者のお前が、それを言うのか?』
白牙が睨むように言うと、ヤオが頷く。
「だから言うんだよ。あちき達が目指しているのは、単なる管理人の役目。人より大きな力を持っていても、本質は使われるものでしかないんだよ」
淡々と言うヤオに、白牙が戸惑う。
『今更、何を言いたいのだ?』
ヤオははっきり告げる。
「単純な事だよ、この世界の人々を見捨てるって選択肢は、最初から無く、そして、この世界を出ても、その役目が終わらないと言う事」
白牙を真っ直ぐ見るヤオ。
「もうすぐ、あちきの自由な時間も終り。でも不満は無い。だって大切な娘や、子孫の為だもん」
微笑むヤオに、白牙が苦笑して言う。
『神様になって、少しは、そのドジが直れば、俺達の苦労が減るな』
「うるさいよ!」
怒鳴るヤオ。
そんな平和な一時が、地下から噴出す桃色の風で、打ち砕かれた。
『残念だが、この世界の人間には、滅びてもらう。外の世界に、余計な人間を抱え込める余裕など、無いのだからな』
桃色の風は、八百刃となって拡散していた、八百刃獣達を侵食していった。
『私は、この瞬間を待っていた。最強たる汝を、正面から敵対して勝つのは、私でも不可能。しかし、同時にそれは、私達の苦労が実った事を意味する』
突然現れた、ピンクの髪の青年を見て、ヤオは信じられない顔をしていう。
「まさか、桃暖風?」
八百刃獣としての力の大半を、桃色の風に取り込まれた白牙が、何とか子猫の姿を、維持しながら言う。
『馬鹿な、桃暖風は、実名の偽名だったのではないのか!』
「そうだと思ってた、でも桃暖風の気配が、その男からする」
思案するヤオを見ながら、白牙が言う。
『名に重複は存在しない。これは神の理だぞ!』
「そして偽名も本来は出来ないのも。あちきは、古き神の実名だから、それすらも可能にしていたと思っていたけど、勘違いだったみたい」
何か思いついた顔をするヤオから、ピンクの髪の男に視線を移しながら白牙が言う。
『名の重複も、可能にしてたのか?』
ヤオは首を横に振る。
「きっとこいつが本当の桃暖風で、その名を、実名の仮の姿として、貸していたんだよ」
ピンクの髪の男、桃暖風が言う。
『その通り、私こそ、この世界で最初に生まれし神、救魂神、桃暖風なり』
その強力な言霊に、怯む白牙。
しかしヤオは真っ直ぐ前に立ち、告げる。
「なんで、邪魔をするの?」
桃暖風は諭す様に言う。
『今も言った。外の世界に、この世界の住人を受け入れる余裕など、無い。その様な事をすれば、世界のバランスが崩れる。容認できない事態なのだ』
ヤオは、真っ直ぐ、その顔を見ながら言う。
「あちきが護る。外の世界も、この世界の住人も!」
桃暖風は、暖かい瞳で答える。
『汝のその魂こそ、私達には必要なのだ。しかし、その魂に、無謀な事をさせる訳には行かない。だからこそ、その力、一時的に封じさせて貰った』
舌打ちをするヤオ。
『代行者の力も、核であるお前が居なければ、意味が無い。これで、異世界への道は繋がらない。ここは、堪えるのだ。お前には、外の世界の多くのものを救う、役目があるのだからな』
あくまで説得を止めない、桃暖風。
「あちきは諦めない。だからあちきは、貴方を倒す! そうすれば、力も回復する筈だよ」
大きな溜息を吐き、桃暖風が言う。
『無駄な事を。私は世界の中心に居る。そこで、実名様の最後を見届ける為に』
消えていく桃暖風。
『最後の最後に、もっとも厄介な奴を、敵にすることになったな』
白牙の苦々しい言葉に、ヤオは頷く。
「でも負けられない、たとえ相手が始まりの神だって。だってあちきには、娘達や、大切な人達の明日がかかってるんだから!」
そしてヤオは、その力の大半を、桃暖風に封じられた状態で、世界の中心へ、始まりの神、桃暖風の元へ向うのであった。




