新約と旧約の違い
同じ本でも読み手によってイメージが違うものです
センータ大陸の貿易都市、ロンレス
「ただいま無料で配布させてもらっています!」
そう言ってヤオは、手に持った『戦神神話』を通行人に配っていく。
『お前、前にも同じ事をしてなかったか?』
呆れた顔で言う白牙に、ヤオが何かを思いだす様な顔をする。
「ヤーリと一緒の時に、良くやったね。まー、今回はノルマ制だから、頑張って配らないとね」
必死に頭を下げて、『戦神神話』を配るヤオであった。
仕事が終わり、なんとかノルマをこなして、給料を貰ったヤオは、少ないお金と、にらめっこしていた。
「オムレツ食べたいけど、ここは倹約して、少しでも多く、借金返済に充てないといけないよね」
そんな世界の終末の関係者と、思えない悩みを抱いているヤオを、視界から外して白牙が外を眺めていると、ヤオと同じバイトをしていた女性が、複数の男性に絡まれて居た。
『ヤオ、ほっておいていいのか?』
ヤオは、少し考えてから言う。
「助けたら、夕飯くらい奢ってもらえるかも」
セコイ事を言いながらヤオが、女性の前に立塞がる。
「何のつもりかは知らないけど、乱暴な事をするなら、あちきが相手をするよ」
男たちは爆笑する。
「お嬢ちゃんがか? 笑わせてくれる! 俺達はロリコンじゃないから、ガキの相手はしないんだよ!」
ヤオの無言の蹴りが、その男の側頭部に決まり、壁まで吹っ飛ぶ。
「あちきだと、役不足って事?」
ヤオが睨みながら言うと、残った男達は逃げて行った。
「助かったわ、ヤオちゃん」
ヤオと一緒に働いていた女性、パレラの言葉に、ヤオが笑顔で答える。
「お礼なんて、夕飯食べさせてもらえれば十分です」
苦笑するパレラ。
「いいわよ、あたしの家まで来て」
ガッツポーズをとるヤオ。
「これで一食浮いたぞ!」
大きな溜息を吐き、白牙が言う。
『今頃、ヤオの娘達は、必死に戦ってる筈なんだがなー』
パレラはいかにも格安物件って、雰囲気なアパートに入っていく。
「ここよ。汚いけど我慢してね」
「お邪魔します」
ヤオが入ると、そこにはパレラと同じ二十歳くらいの男性が居た。
「早かったな」
不機嫌そうに言う男に、パレラが眉を顰めて言う。
「ポレロ、この時間に家に居るって事は、またクビになったの?」
その男性、ポレロは酒をあおる。
「客に、八百刃の信望者が居やがったんだよ!」
大きく溜息を吐いて、パレラが言う。
「ごめんなさい、彼はポレロ。八百刃様の事を憎んでるの」
「奴に様なんてつけるな! 奴は、俺達の希望を全て裏切った、最低の存在だ!」
ポレロの言葉に、ヤオが首を捻る。
「もしかして、元八百刃の信望者?」
ヤオが尋ねるとポレロが怒鳴る。
「思い出させるな! あんな奴の信望者だったなんて、屈辱な記憶をな!」
荒れまくるポレロに、パレラが溜息を吐いて言う。
「ヤオちゃんごめんなさい。彼がこんなだから、夕食はまた今度って事にして」
ヤオは思いっきり残念そうな顔をすると、ポレロが言う。
「食事くらい、俺が作ってやる」
台所に行くと、料理を始めるポレロ。
その料理風景を見てヤオが言う。
「ポレロさんって、有名な店で修行した事ない?」
パレラは驚いた顔をして答える。
「そうだけどよく解ったわね」
「手際とか見れば解るよ。見た目より人生経験豊富ですから」
齢、三百十四歳のヤオの言葉に、パレラが頷く。
「旅を続けていると、普通より人生経験が、豊かになるものね」
『完全に誤解してるな』
白牙が突っ込むが、当然、パレラの耳には届かない。
「美味しかった」
幸せいっぱいな顔をして、帰り道を行くヤオの前を、数人の男性が立塞がる。
「先ほどは、信望者が迷惑をかけたみたいで、申し訳ありません」
中央の男が、頭を下げる。
『さっきの連中の仲間みたいだが、何のつもりだ?』
白牙の呟きに、ヤオは状況をだいたい理解する。
「用心棒は、やらないよ」
その一言に、その男性が言う。
「何故です? まさか、旧約『戦神神話』を聖書とする邪教に、本当にとりこまれているのですか?」
白牙も理解する。
『こいつらは、新約『戦神神話』派の人間なのか。それで旧約『戦神神話』を配っていた女性に襲い、邪魔しようとしていたんだな』
ヤオが呆れた口調で言う。
「くだらないね。新約とか、旧約なんて関係ない、あちきは八百刃の信望者じゃないからね」
男性の顔が引きつる。
「八百刃様を信じていないのに、『戦神神話』を配っていたのですか?」
ヤオは笑顔で答える。
「けっこう良い、バイト料だったから」
それ以上は答えず、男性達を置いてその場を離れる。
「なんて事があったから、パレラさんも気をつけたほうが良いよ」
翌日のバイトの後、報告の為と偽って、食事をたかりに来たヤオの言葉に、パレラが言う。
「そもそも、旧約とか新約とか、どう違うの?」
ヤオは肩を竦めて言う。
「本人たちは、全然違うって言ってるよ。正直、最初の『戦神神話』とは、どちらとも、違ってるんだよ」
首を傾げるパレラに、説明を続けるヤオ。
「端的に言えば、旧約の八百刃は、正しい戦いをする人を護る為にやってきて、新約だと悪い戦いをする奴等を倒す為にやってくるって風に、なってるよ」
パレラが呆れた顔になる。
「それって、そんなに違うもん?」
首を横に振るヤオの足元で、白牙が呟く。
『どちらにしても、本物とは、全く異なるがな』
「旧約『戦神神話』何て、嘘八百だ!」
ポレロが怒鳴る。
その反応にヤオが言う。
「信じて居た八百刃様が、助けに来なかった?」
ポレロはバイト先からヤオが持たされた旧約『戦神神話』に、包丁を突き刺す。
「親父は、自分達が正しいと言って戦った! 正義の為と、母さんさえ犠牲にしたのに、八百刃は、助けに来なかった! こんなもんに書かれているのは、全て嘘なんだよ!」
ヤオは、激情するポレロの手から料理をとって、つまみ食いをしながら言う。
「そうだね、所詮は八百刃様頼みしか出来なかった、貴方のお父さんが馬鹿だったって、訳だよね」
ポレロは、ヤオに掴みかかるが、ヤオは平然と言う。
「あちき、何か間違った事を言った?」
ポレロは激しく苛立ちながらも、ヤオを開放して答える。
「間違ってない。全ては八百刃なんて幻想に頼った、親父が間違っていたんだ!」
ヤオは、パレラに頭を下げて言う。
「注意も出来たんで、今日は帰ります」
「ごめんなさい」
パレラも雰囲気が悪い事を気にして、ヤオを帰した。
パレラの家から、仮宿までの帰り道に、白牙が言う。
『奴の父親は、何が間違っていたのだ?』
ヤオは大きく溜息を吐く。
「大切な者を犠牲にするって、考えが間違ってる。八百刃の名には、大切な者を護るって意味も、含まれているんだよ。例え我侭でも、大切な者を護りながら、自分の信念も貫こうと、戦ったら、あちきの感性に引っ掛ってるよ」
『いつもの様に、その意思を媒介に、遠く離れていても、八百刃獣を送れたか?』
白牙の言葉にヤオが頷く。
「あちきの力は、全てを護る為にある。その為の八百刃獣なんだよ」
『全てを助けようとする、そんな我侭に付き合わされるのが私達なんだな』
白牙の言葉にヤオがあっさり頷いた後、少し考えてから言う。
「でも白牙って、その仕事やってない、楽な役回りだよね」
白牙の動きが止まる。
ヤオは振り返ると、白牙が遠い目をして呟く。
『八百刃獣の誰に聞いても、私が楽をしてると言う奴は、居ないぞ』
「どうして?」
首を傾げるヤオに、白牙は何も答えなかった。
「お腹が空いたよ」
バイト代で、借金をいくらか返した帰り道を、よろよろしながらヤオが歩いていると、ポレロが一冊の本を手に、質屋の前に立っていた。
「本を質にいれるのかな?」
ヤオが呟いた時、パレラが駆けて来る。
「ポレロ、それは、ポレロのお父さんが命懸けで護った本でしょ! それを売るなんて駄目よ!」
その一言がポレロに決心をさせた。
「良いんだ! こんなものは最初から必要が無かったんだ! こんな『戦神神話』の原本なんて!」
その時、数日前、ヤオの前に現れた男と、その取り巻き、新約『戦神神話』派の人間が現れる。
「それですか、かの有名な八百刃様が自ら信望者に配ったとされる、『戦神神話』の原本と呼ばれるものは。渡してもらいましょう」
手を差し出す男。
「何で渡さないといけない! これはそこの質屋に売るんだ。きっと高く買ってくれるぜ」
それに対して、男が金貨の袋を差し出して言う。
「強欲な人だ。これで良いのでしょう?」
「駄目よ、ポレロ!」
制止するパレラを振り切り、ポレロが本を差し出そうとした時、新約『戦神神話』派の男が告げる。
「そうです。貴方の父親も、貴方みたいに聞き分けがよければ、良かったのですがね」
ポレロの手が止まる。
「お前、親父を知っているのか?」
肩を竦める新約『戦神神話』派の男。
「散々困らせられました。折角、原本を高額で買い取ると言ったのに、受け入れなかったのですから」
その一言に、ポレロが怒鳴る。
「まさか、母さんを殺したのは、お前達か!」
新約『戦神神話』派の男は、心外そうな顔をして答える。
「勘違いなさってはいけません。貴方の母親は、愚かな夫の代わりに、八百刃様の天罰を受けたのです」
「貴様!」
詰め寄るポレロだったが、新約『戦神神話』派の男の周りに居た、暴力担当役が、ポレロを押さえつける。
押さえつけられながらも、ポレロが怒鳴る。
「お前だけは絶対許さない!」
男は鼻でポレロを笑いながら、ポレロが持っていた『戦神神話』に近づき拾い上げようとしたが、ヤオが先に拾う。
「なつかしい、これってあちきが昔、配っていた『戦神神話』だよ」
その一言に男が戸惑う。
「冗談はよしなさい。それを貴女が配ったって、証拠は何処にあります!」
ヤオは、最後のページをめくり、そこに書かれてある、ヤオのサインをみせつける。
「廃棄とかしてないかって、全部にあちきの直筆のサインさせられたんだよ」
そのサインはとてもここ二・三日にしたものでは無い、古さがあった。
よろける男。
「まさか、あれだけの金を使ったのに真っ赤な偽者?」
呆然としている新約『戦神神話』派の男達の中から、ヤオはポレロを拾い出して、パレラ達の家に戻った。
「どうするの?」
ヤオの質問に、ポレロが立ち上がって言う。
「奴等を倒す!」
パレラが慌てて、ポレロに縋りつく。
「止めて、復讐なんて意味は無いわ!」
ヤオも頷く。
「そうかもな。でも俺は奴等の考えを認められない。たかが本の為に、人を殺せる奴等をほっておけるか!」
そう言ってパレラの肩を掴み、ポレロが断言する。
「もう二度と、大切な者を奪われる訳には行かない。だから俺は行く!」
駆け出すポレロ。
ポレロの思いに、何も、止めることさえ出来なくなったパレラ。
ヤオはポレロを見送った後、問題の『戦神神話』をめくりながら言う。
「にしても、本気で懐かしいね」
しみじみとヤオが言うと、少しでも気分を紛らわせたいのか、パレラが話しかけてくる。
「随分と古そうだけど、何年前に配ったの?」
「およそ二百年前だよ」
ヤオの言葉に戸惑うパレラ。
「どう言う事?」
ヤオは説明を続ける。
「これは、ニュームスの販売した奴で、親戚であるヤーリが配布してたの。あちきは、ヤーリの護衛をしながら配布を手伝ってたの。まさかそんなものを、ありがたられる時が来るなんてね」
聞いたことある、有名人の名前に驚くパレラ。
ヤオは窓の外を見ると一人で頷く。
「うん。ちゃんと正しい意思で戦ってるね」
ヤオは、胸を開き両手をその上で広げる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を我が名に準ずる者の元へ降臨させん、水流操竜』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』、胸に『刃』が浮かび、何か強力な力が発動した。
次の瞬間、ポレロが向った先から逆さに落ちる滝の様な現象が発生した。
ポレロは自分の死を半ば覚悟していた。
しかし、それでも認められなかった、本一冊の為に、人を殺そうとする連中を。
「下賎な人間め! お前には我等の憤りの、捌け口になってもらう」
さっきまでの落ち着いた雰囲気は無く、完全に悪人顔になった新約『戦神神話』派の男の顔を真っ直ぐ見て、ポレロが言う。
「俺は、負けない。お前等みたいな奴等が居る限り、大切な者を失う事になる! だから俺は戦い勝つ!」
起き上がろうとしたが、男達は、四方から杖で突き、倒す。
地面に押し付けられるポレロが、なおも叫ぶ。
「俺は、絶対に負けない!」
嘲りの声があがった時、近くにあった川が大きく持ち上がり、竜がその中から現れる。
『我が名は、水流操竜。八百刃様の使徒、八百刃獣の一刃なり』
言葉を無くす一同に、水流操竜が告げる。
『その男の戦いは正しいと、八百刃様が認めた。我が助力する』
無数の数流がどんどん、新約『戦神神話』派の人間を吹き飛ばしていく。
男達は慌てて言う。
「お待ち下さい、偉大なる八百刃様の使徒、八百刃獣の水流操竜様! 我々は敬虔な八百刃様の信望者です! 罰を与えるのなら、八百刃様を信じない、その男なのではないのでしょうか!」
必死の言葉に、周りの男も頷くが、水流操竜は全く意に介さない。
『愚か過ぎる。その様な言葉が出る事が、八百刃様に対する反意だと言う事すら、解らぬ様だな』
言葉を無くす男達に、水流操竜が最終宣告をする。
『八百刃様は正しき戦いの護り手。助けるものに、自分への信望など求めん。八百刃様の意を捻じ曲げる、貴様等の痕跡を地上から無くそう』
次に放たれた水流が、新約『戦神神話』派の建物を、完全に押し流した。
その状況を呆然とポレロが見ていたが、その視界に、必死に逃げる、両親を殺した男が入る。
取り巻きが居ないそいつを、ポレロが殴る。
「止めてくれ!」
哀願する男に、ポレロが憎しみを込めた瞳を向ける。
しかし、近場の柱を殴りつけて、ポレロが言う。
「二度と俺や、俺の知り合いの前に現れるな!」
そのまま背中を向けて、新約『戦神神話』派の建物跡地を、去って行った。
「しかし、実在したんだな」
パレラの部屋に戻った、ポレロの言葉に、パレラは興奮した表情で告げる。
「あたしは、本人に会ったわ! 彼女が八百刃様だったのよ!」
ポレロが聞き返す。
「彼女って、誰だ?」
即答しようとしたパレラであったが、問題の彼女を思い出すことが、出来なかった。
「あれ、どうしてだろう。何か凄く身近な雰囲気がしたんだけど……」
「神名者を身近に感じるなんて、変だろうが。とにかく、俺は疲れたんだ、寝るぞ」
首を傾げるパレラをほっておいて、ポレロはベッドに入っていく。
「あーあ、一食損したな」
ヤオは、ポレロ達のアパートの近くの空き地で、ポレロ達を逆恨みにして、襲撃を企てた奴等を、懲らしめてから言う。
『仕方あるまい、八百刃と気付かれた以上、ヤオとしての記憶は消えていく。それは神名者の、決まり事だ』
白牙の言葉に、ヤオは頬をかきながら、手の中にある金貨の袋を見る。
そこに、新名の使徒、狼打と新狼が現れる。
「ヤオ、遂に始まったな」
狼打の一言に頷き金貨の袋を見せる。
「あの子達は覚悟を決めたみたい。借金の返済用に、こんな大金を渡してきた」
首を傾げる狼打に、白牙がフォローを入れる。
『普段だったら、ヤオに大金を持たせると、何故か大損するから、自分達で借金を返していたんだ。送ってきてた金は、当座の生活費って、意味合いが大きい』
手を叩く狼打。
「成る程、納得だ」
「ちょっと前に会いましたが、元気そうでしたよ」
新狼の言葉に、ヤオが微笑む。
「良かった。ところで狼打、新狼を借りていい?」
いきなり言葉に驚く新狼。
「どういうことですか?」
「移動手段という訳か?」
新狼と違って、人だった時もある狼打の言葉に、ヤオが頷く。
「南の要になったナーンは、あの子達の移動手段だったからね。良いよね?」
「俺を、代行者の足代わりに、するのか?」
不機嫌そうな新狼に、狼打が告げる。
「足代わりで終わるかどうかは、お前次第だ。がんばってこい」
新狼は、少し不満気な顔をするが、空駆馬に乗って瞬間移動する。
「ありがとうね」
頭を下げるヤオに、狼打が言う。
「これは、貴女だけの戦いでは無い。この世界に生きる、全ての者の為の戦い。一人で、背負い込まないで欲しい」
頷くヤオに、狼打は振り返り言う。
「そのお金は、早く借金返済に回したほうが良いぞ。下手に持ってると、無くなるからな」
「そんな訳は、ないよ!」
ヤオがそう言った時、金貨の袋が破けて、落ちていく。
「わー、待って!」
必死に金貨をかき集める、ヤオを見ながら、狼打が白牙に言う。
「無事に、借金を返し終わると、思うか?」
白牙は、大きな溜息を吐く。
『聞かないでくれ』




