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戦神神話  作者: 鈴神楽
世界の車窓から
59/68

存在価値を持つ者

紅雷、紅炎甲の代行者。彼は何故八百刃との勝負に拘るのか?

「今回はレパール線を、ミルミの森の側にある、ミルミースに向かう車窓から」

 極々普通に『世界の車窓から』の原稿を書くヤオ。

「ふと思ったのですが、この原稿って、神託に準ずる物になるのですか?」

 マーレの言葉に、吸射雀が嫌そうな顔をする。

『随分俗っぽい神託だよな』

『止めろ、本気で八百刃獣を辞めたくなる』

 白牙がそんな事を言っていると、例の如く、隣の車両が五月蝿くなる。

「いい加減、騒がすのは止めて欲しいね」

 呆れきった口調でヤオが言う。

「本当ですね」

 マーレも頷くと案の定、隣の車両から紅雷と蒼牙がやってくる。

「八百刃、今度こそお前に勝つぞ!」

『最強の魔獣の名は、私の為にあるのだ!』

 そんな二人に対して、ヤオは少し考えた後言う。

「真面目に勝負を受けてあげる。その代り、あちきが勝ったら、一つ頼みたい仕事があるんだけど良い?」

 紅雷は驚くがすぐさま気を取り直し言う。

「望む所だ!」

 ヤオは、席を立って言う。

「昨日、狼打の使いから聞いた話だと、この先のミルミの森に、フェニックステールが何かしらの、魔獣の実験をしてる所があるらしいよ。その正体を探って、先に実験を止めさせた方が、勝ちって言うのはどう?」

 蒼牙が反論する。

『お前の持ってきた情報で、勝負をしろというのか!』

 ヤオが笑顔で言う。

「あちきは受けたよ」

 その言葉に聞いて紅雷が否と言える訳が無かった。



「鬼眼蜂! お前が頼りだぞ!」

 紅雷が魔獣を探し出す能力を持つ蜂の魔獣、鬼眼蜂を放つ。

 先行する紅雷を、ゆっくりお茶を飲みながら見送るヤオ。

「いいのですか?」

 マーレの言葉にヤオが言う。

「何が?」

 マーレが紅雷を指さして言う。

「先行されているみたいですが?」

 苦笑するヤオ。

「今回の事件はフェニックステールが関わってるんだよ、単純に魔獣を見つければ良いって訳じゃないの。問題なのは、魔獣を見つけた後。あちきとしては、魔獣が見つける所までは、紅雷に任せにするつもりだよ」

『姑息』

 吸射雀の言葉を、ヤオは全然気にせず、近場の食堂に入っていく。

「ほら、腹ごしらえするよ、マーレもフェニックステールが何をやってるか知りたいんでしょ? まずは、お腹膨らませてからだよ!」

 マーレが、釈然としない物を感じながらもその後に続く。



「待て!」

 紅雷は必死に一匹の兎を追いかけていた。

 当然、普通の兎ではなく、魔獣である。

「鬼眼蜂の能力を持ってすれば、魔獣を見つけることなんて簡単な事だ!」

 余裕たっぷりな態度で追い詰める紅雷。

 しかし、兎の魔獣は木の根元に隠れていた鏡に入ってしまう。

 目を白黒させていると、ヤオが後ろから顔を出して言う。

「鏡の世界に入って逃げたね」

 振り返り紅雷が怒鳴る。

「何時から居た!」

 ヤオは呑気に答える。

「少し前から。でも紅雷、少しは相手の心理も読まないと駄目だよ。あの兎は、明らかに、ここに逃げ込もうとしてたよ」

 苛立つ紅雷。

「五月蝿い! もう一度、鬼眼蜂で探し出せば良い話だ!」

 ヤオは森の奥を指差す。

「あっちだよ。鏡の世界っていっても隣接した世界だから、どの方向に逃げたか位は、見えるよ」

 極々当然の事の様に言うヤオ。

「そんな物なのですか?」

 マーレが紅雷に聞くと紅雷は慌てて答える。

「今は、油断していたから出来なかっただけです。注意してれば俺でも出来ます!」

 そう言ってから、森の奥に向う紅雷。

『実際は難しいだろう。いくら隣接していると言っても異界だ、常時、周囲の世界全てを感覚に捉えてなければ、不可能な事だ』

 武道獅子の言葉に、白牙が言う。

『それが可能だから、最強なんだ』

 超技能を披露したのに関わらず、何時もと変らないヤオの態度に、マーレは何時もの事ながら驚いて居た。

「あの人に、底はあるのでしょうか?」

 武道獅子も白牙も答えられない。

 その時、木の根っこ足を取られてこけるヤオ。

『なんか物凄く、浅い底も無数にある気がするぞ』

 吸射雀の言葉に、誰も反論できなかった。



「この村に、隠れているな!」

 紅雷は、森の奥にあった小さな村に着いた。

『ここらで引き離さないと、また負けるぞ!』

 蒼牙の忠告に、紅雷が振り返ると、ヤオは村を見回して、珍しく難しい顔をしていた。

「ヤオさん、どうしのですか?」

 マーレが聞くと、ヤオは、頭をかきながら答える。

「厄介な事態になったよ」

 それを聞いて、紅雷は胸を張る。

「村に入ったから、探し出すのが大変になったと言いたいみたいだが、俺には関係ない! 鬼眼蜂、魔獣を探し出せ!」

 それに対して、鬼眼蜂は何時もと違って、村の中を迷走する。

「どうした鬼眼蜂?」

 紅雷の質問にヤオが答える。

「この村全体から魔獣の気配がするんだよ、多分、これが本命のフェニックステールの企みだね」

 その言葉に紅雷が驚く。

「村全体に魔獣が潜んでいると言うのか、しかし魔獣の姿は無いぞ?」

 ヤオは頷く。

「ついでに言うと、人の姿も無いね」

 マーレが慌てて、近くの家の中を覗くが、誰も居なかった。

 そのまま数軒の家を覗き込むが、子供一人すら見つからない。

『周囲に、人の気配は無いぞ』

 武道獅子の言葉に、気配を探る能力を持つ者は、全て頷く。

「一番魔獣の気配がする、あの館を調べるのが、良いでしょうね」

 ヤオの呟き終わる前に、紅雷が館に向って走り出す。

「今度こそ、俺が勝つ!」

 そんな後ろ姿を見送りながら、ヤオが言う。

「慌てても、得る物は無いのにね」

 そう言いながら、近くの家に入り、先程の兎を見つける。

「貴女はどうしてここに来たの?」

 その兎は意を決したように答える。

『私は、鏡界兎キョウカイト。この村で、子供達と悪戯をしながら暮らしてた。でもある日、変な連中が来て、家をすみやすくする物だと、全ての家に変な物を付けて行った。変な奴等が言うとおり、家は寒かったら暖かくなり、暑ければ涼しくなった。部屋から害虫も居なくなった。でも突然、住んでる人が消えていく事件が、連続したの。そしていつの間にかに、誰も居なくなった』

 寂しげな顔をする鏡界兎。

 マーレが驚いた顔をしてヤオを見る。

「まさか、フェニックステールが、この村に何かしたのでしょうか?」

 ヤオは改めて、回りを見回していたので、代わりに白牙が答える。

『それ以外の可能性が考えられるか? 何かの実験を行っていた、キーになるのは、家に取り付けた物だが、魔獣とどんな関係があるのかが解らない』

 ヤオは、壁に設置された箱を力ずくに取り外す。

「これは何ですか?」

 マーレの質問にヤオが答える。

「問題の魔獣、ベースになっているのはヤドカリだよ」

 ヤオの言うとおり、そこに居たのは、海岸に住む、貝殻を背中に背負って生活する、ヤドカリを大きくした魔獣が居た。

 しかしそのヤドカリの魔獣は、貝の代わりに、家の壁に体を埋め込んでいた。

 次の瞬間、家の壁という壁から、ヤドカリの鋏に見える物が生えてきて、ヤオ達を襲う。

「キャー」

 マーレの叫び声があがった。



「今、マーレさんの悲鳴が聞こえた様な?」

 紅雷が首を傾げると蒼牙が言う。

『今はそんな事を気にしてる場合では無い! 今度こそ八百刃に、白牙に勝たないと、紅炎甲様の代行者を辞めさせられる!』

 紅雷が頷く。

 ヤオに勝負を挑み、破れ続けた事が、紅炎甲の怒りを買い、紅雷は、紅炎甲からきつい叱りの神託を食らったばっかりであったのだ。

「今度こそ勝たなければ、俺の生きてる意味が無くなる!」

 そう言いながら、進む紅雷に壁や床から、無数のヤドカリの鋏が襲い掛かる。

「舐めるな!」

 紅雷は赤い雷を放射して、牽制すると、蒼牙に右手を向ける。

『我が雷撃と共に敵を貫く槍と化せ、蒼牙』

 槍へと変化した蒼牙を振るい、全てのヤドカリの鋏を打ち砕く。

「この程度の攻撃で俺が負けるか!」



 フェニックステールの本部。

『トーレ様、例の家寄居虫カキイチュウの実験は失敗しました』

 重厚な机につくトーレの前に立つ天狐の報告に、トーレが溜息を吐く。

「やはり無理だったか、魔獣を家に宿し、その中の人間に対する危害や病気を無くそうと、思ったのだがな」

 頷く天狐。

『ベースにした魔獣の影響で、内部に取り込んだ生物を消化しようとします。完全な失敗でした』

 トーレは頷くが、強い意志を篭った表情で言う。

「次の方法を考えるだけだ。私は決して諦めない!」



『大丈夫か?』

 ヤドカリの鋏を打ち砕きながら、武道獅子が尋ねると、マーレが無言で頷く。

 ヤオは、無数とも思えるヤドカリの鋏を避けつつ接近しながら、白牙に右手を向ける。

『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』

 ヤオの右掌に『八』が浮かび、白牙が刀に変化する。

 白牙が変化した刀は、ヤドカリの魔獣、家寄居虫の本体を貫く。

 そして鋏が動きを止め、家が、崩れ始める。

 ヤオ達が外に出て直ぐに、完全に崩壊してしまう。

『あっさり、崩れたな?』

 吸射雀の言葉にヤオが答える。

「こいつらはきっと、自分の中に生物を取り込み吸収するって行為を力にしてたけど、村人全員を取り込んだんで、力の補給が出来ず、力がどんどん落ちてたんだよ」

『フェニックステールの改造の結果、自ら動く事も出来ない上に、この数だ、必然だな』

 白牙の言葉に、マーレが涙を浮かべる。

「お父さんはどうしてこんな酷い事を! 村の人も、魔獣も、全てを不幸にしているだけじゃないですか!」

 ヤオは両手を上空に向けながら言う。

「間違ってると思うのなら、是正してあげなよ。多分、他の誰の言葉も通じないはずだから」

『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、九尾鳥』

 ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび、九つの持つ大鳥、九尾鳥が召喚される。

 そのままヤオは右手を九尾鳥に向ける。

『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、九尾鳥』

 九尾鳥が弓に変化し、その弓から伸びる九色の尾羽から金色の尾羽を引き抜くと、それは矢と変化する。

 ヤオは、天に向けて矢を射る。

 その矢は、空中で数多の矢に変化して、館以外の全ての建物を貫き、寄生していた家寄居虫を滅ぼす。

『凄い! あれだけの魔獣をたった一発で全滅させるなんて』

 鏡界兎が感嘆の声を上げて、ヤオに近づく。

『私も使徒に加えて下さい』

「別に良いよ」

 あっさり受諾するヤオ。

『残るは、あの館だけだな』

 白牙の言葉に、吸射雀が言う。

『どうせなら一緒にふっ飛ばしちゃえば良かったじゃないのか?』

 苦笑するヤオ。

「流石に紅雷諸共って、言うわけには行かないよ」

 武道獅子が溜息を吐く。

『己の分が理解していない代行者も、困ったものだな』

 頷く吸射雀。

「でも、紅雷さんは一生懸命です。馬鹿にしてはいけません」

 フォローするマーレにヤオが掌を叩いて言う。

「もしかして、紅雷にラブ?」

「そんなのでは、ありません!」

 怒鳴るマーレ。



 紅雷は、館の中心部に向って急いでいた。

 しかし、無限とも思える館に取り付いた家寄居虫、館寄居虫カンキイチュウの攻撃に、確実にスタミナを奪われていった。

『大丈夫か?』

 魔獣の為、無限に等しい体力を持つ蒼牙は、平気そうだったが、蒼牙が変化した槍を振るう紅雷の動きは、確実に悪くなっていった。

「もう少しだ! もう少しでやれる!」

「やっぱピンチになってる。外から矢を射らなくって、良かったわ」

 窓から入ってきたヤオが言った。

『いい加減、邪魔だな』

 ヤオと一緒に入ってきた白牙の言葉に、蒼牙が反発する。

『なんだと、言わせておけば!』

 紅雷も、周囲からの攻撃を無視してヤオの方を向く。

 ヤオは手に持っていた九尾弓の弓を引いて言う。

「紅雷は何の為に代行者になったの?」

「それは、……」

 紅雷から答えは返ってこない。

「紅炎甲の考えならばあちきが言うよ。百年前に受肉を行った事に対する代価として、自らの代行者を生み出して、魔獣を滅する役に当てた。紅炎甲が貴方を代行者にした理由だよ」

 それは紅雷も知って居た。

 しかし、他人から、ヤオからは言われたくなかった言葉でもあった。

「五月蝿い! お前には関係ないだろう!」

 素直に頷くヤオ。

「あちきに関係あるのは、貴方がなんで紅雷になり、戦っているのか、それだけ。あちきは、正しい戦いの護り手だからね」

「お前何かに、護られたくない!」

 紅雷が強く反発すると、ヤオが苦笑する。

「貴方の考えなんて関係ない、これはあちきが八百刃である理由であり、存在価値なんだからね」

 紅雷は、改めてヤオを見る。

 外見はやや幼い少女、しかし能力はずば抜けていて、最強の存在。

 そして自分には、無い存在価値を持つ者。

「もう一度聞くよ。 貴方は何で紅雷になり、戦っているの?」

 紅雷は、蒼牙を戻して言う。

「俺は自分を認めてもらいたかった。親に売られた俺に、存在価値などないと思って居た。そんな俺が、紅炎甲様の代行者に選ばれたんだ、新しい存在価値を手に入れられるかも知れないんだ! だから俺は戦い、勝って、自分の存在価値を確実の物にする!」

 ヤオが答える。

「無駄な事だよ」

「無駄とは何だ!」

 紅雷が怒鳴り、赤い雷で周囲の館寄居虫の鋏を打ち砕く。

「存在価値は、自分が最初に認めないと、他人には決しても認めてもらえない。貴方は、自分の存在価値を否定してる。それでは無意味だよ」

 諭す様にヤオが語り掛ける。

「どうすれば、自分の存在価値を信じられるって言うんだ! 親から見捨てられて、お前には勝てない、俺に!」

 紅雷の言葉に、ヤオが蒼牙を視線で示す。

「その子は、貴方についてきている。他の物から信を持たれている、自分を信じたら」

 紅雷は蒼牙を見る。

「お前は、俺を信じてくれるのか?」

 蒼牙が頷く。

『二人で、八百刃と白牙を倒すのだろう!』

「当然だ!」

 強く断言する紅雷に、ヤオが微笑む。

「その心意気だよ!」

 ヤオが放った矢は、壁を打ち抜き、館寄居虫を一撃で破壊した。



 ミルミースの駅でヤオは、マーレたちを見送る。

「それじゃあ、マーレの事を頼んだよ」

 ヤオの言葉に、マーレの隣に座る紅雷が頷く。

「勝負に負けた上の約束だ。死んでも護り通す!」

 列車が走り始める。

「借金は、出来たら利息は低くしてね!」

 ヤオの言葉に、こけるマーレ。

「無利子で良いです!」

 怒鳴り返すマーレに一生懸命に手をふるヤオであった。

○新八百刃獣



鏡界兎キョウカイト

鏡世界を自由に移動して、鏡の中から鏡像の生物を生み出す事が出来る。

子供と一緒に悪戯するのが趣味。

元ネタ:忍神さん(大感謝)



○その他魔獣



家寄居虫カキイチュウ

人の家を取り付き、中に住む人間を栄養にして育つヤドカリの魔獣。

大きいものは特に館寄居虫カンキイチュウと呼ぶ。

元ネタ:忍神さん(大感謝)

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