存在価値を持つ者
紅雷、紅炎甲の代行者。彼は何故八百刃との勝負に拘るのか?
「今回はレパール線を、ミルミの森の側にある、ミルミースに向かう車窓から」
極々普通に『世界の車窓から』の原稿を書くヤオ。
「ふと思ったのですが、この原稿って、神託に準ずる物になるのですか?」
マーレの言葉に、吸射雀が嫌そうな顔をする。
『随分俗っぽい神託だよな』
『止めろ、本気で八百刃獣を辞めたくなる』
白牙がそんな事を言っていると、例の如く、隣の車両が五月蝿くなる。
「いい加減、騒がすのは止めて欲しいね」
呆れきった口調でヤオが言う。
「本当ですね」
マーレも頷くと案の定、隣の車両から紅雷と蒼牙がやってくる。
「八百刃、今度こそお前に勝つぞ!」
『最強の魔獣の名は、私の為にあるのだ!』
そんな二人に対して、ヤオは少し考えた後言う。
「真面目に勝負を受けてあげる。その代り、あちきが勝ったら、一つ頼みたい仕事があるんだけど良い?」
紅雷は驚くがすぐさま気を取り直し言う。
「望む所だ!」
ヤオは、席を立って言う。
「昨日、狼打の使いから聞いた話だと、この先のミルミの森に、フェニックステールが何かしらの、魔獣の実験をしてる所があるらしいよ。その正体を探って、先に実験を止めさせた方が、勝ちって言うのはどう?」
蒼牙が反論する。
『お前の持ってきた情報で、勝負をしろというのか!』
ヤオが笑顔で言う。
「あちきは受けたよ」
その言葉に聞いて紅雷が否と言える訳が無かった。
「鬼眼蜂! お前が頼りだぞ!」
紅雷が魔獣を探し出す能力を持つ蜂の魔獣、鬼眼蜂を放つ。
先行する紅雷を、ゆっくりお茶を飲みながら見送るヤオ。
「いいのですか?」
マーレの言葉にヤオが言う。
「何が?」
マーレが紅雷を指さして言う。
「先行されているみたいですが?」
苦笑するヤオ。
「今回の事件はフェニックステールが関わってるんだよ、単純に魔獣を見つければ良いって訳じゃないの。問題なのは、魔獣を見つけた後。あちきとしては、魔獣が見つける所までは、紅雷に任せにするつもりだよ」
『姑息』
吸射雀の言葉を、ヤオは全然気にせず、近場の食堂に入っていく。
「ほら、腹ごしらえするよ、マーレもフェニックステールが何をやってるか知りたいんでしょ? まずは、お腹膨らませてからだよ!」
マーレが、釈然としない物を感じながらもその後に続く。
「待て!」
紅雷は必死に一匹の兎を追いかけていた。
当然、普通の兎ではなく、魔獣である。
「鬼眼蜂の能力を持ってすれば、魔獣を見つけることなんて簡単な事だ!」
余裕たっぷりな態度で追い詰める紅雷。
しかし、兎の魔獣は木の根元に隠れていた鏡に入ってしまう。
目を白黒させていると、ヤオが後ろから顔を出して言う。
「鏡の世界に入って逃げたね」
振り返り紅雷が怒鳴る。
「何時から居た!」
ヤオは呑気に答える。
「少し前から。でも紅雷、少しは相手の心理も読まないと駄目だよ。あの兎は、明らかに、ここに逃げ込もうとしてたよ」
苛立つ紅雷。
「五月蝿い! もう一度、鬼眼蜂で探し出せば良い話だ!」
ヤオは森の奥を指差す。
「あっちだよ。鏡の世界っていっても隣接した世界だから、どの方向に逃げたか位は、見えるよ」
極々当然の事の様に言うヤオ。
「そんな物なのですか?」
マーレが紅雷に聞くと紅雷は慌てて答える。
「今は、油断していたから出来なかっただけです。注意してれば俺でも出来ます!」
そう言ってから、森の奥に向う紅雷。
『実際は難しいだろう。いくら隣接していると言っても異界だ、常時、周囲の世界全てを感覚に捉えてなければ、不可能な事だ』
武道獅子の言葉に、白牙が言う。
『それが可能だから、最強なんだ』
超技能を披露したのに関わらず、何時もと変らないヤオの態度に、マーレは何時もの事ながら驚いて居た。
「あの人に、底はあるのでしょうか?」
武道獅子も白牙も答えられない。
その時、木の根っこ足を取られてこけるヤオ。
『なんか物凄く、浅い底も無数にある気がするぞ』
吸射雀の言葉に、誰も反論できなかった。
「この村に、隠れているな!」
紅雷は、森の奥にあった小さな村に着いた。
『ここらで引き離さないと、また負けるぞ!』
蒼牙の忠告に、紅雷が振り返ると、ヤオは村を見回して、珍しく難しい顔をしていた。
「ヤオさん、どうしのですか?」
マーレが聞くと、ヤオは、頭をかきながら答える。
「厄介な事態になったよ」
それを聞いて、紅雷は胸を張る。
「村に入ったから、探し出すのが大変になったと言いたいみたいだが、俺には関係ない! 鬼眼蜂、魔獣を探し出せ!」
それに対して、鬼眼蜂は何時もと違って、村の中を迷走する。
「どうした鬼眼蜂?」
紅雷の質問にヤオが答える。
「この村全体から魔獣の気配がするんだよ、多分、これが本命のフェニックステールの企みだね」
その言葉に紅雷が驚く。
「村全体に魔獣が潜んでいると言うのか、しかし魔獣の姿は無いぞ?」
ヤオは頷く。
「ついでに言うと、人の姿も無いね」
マーレが慌てて、近くの家の中を覗くが、誰も居なかった。
そのまま数軒の家を覗き込むが、子供一人すら見つからない。
『周囲に、人の気配は無いぞ』
武道獅子の言葉に、気配を探る能力を持つ者は、全て頷く。
「一番魔獣の気配がする、あの館を調べるのが、良いでしょうね」
ヤオの呟き終わる前に、紅雷が館に向って走り出す。
「今度こそ、俺が勝つ!」
そんな後ろ姿を見送りながら、ヤオが言う。
「慌てても、得る物は無いのにね」
そう言いながら、近くの家に入り、先程の兎を見つける。
「貴女はどうしてここに来たの?」
その兎は意を決したように答える。
『私は、鏡界兎。この村で、子供達と悪戯をしながら暮らしてた。でもある日、変な連中が来て、家をすみやすくする物だと、全ての家に変な物を付けて行った。変な奴等が言うとおり、家は寒かったら暖かくなり、暑ければ涼しくなった。部屋から害虫も居なくなった。でも突然、住んでる人が消えていく事件が、連続したの。そしていつの間にかに、誰も居なくなった』
寂しげな顔をする鏡界兎。
マーレが驚いた顔をしてヤオを見る。
「まさか、フェニックステールが、この村に何かしたのでしょうか?」
ヤオは改めて、回りを見回していたので、代わりに白牙が答える。
『それ以外の可能性が考えられるか? 何かの実験を行っていた、キーになるのは、家に取り付けた物だが、魔獣とどんな関係があるのかが解らない』
ヤオは、壁に設置された箱を力ずくに取り外す。
「これは何ですか?」
マーレの質問にヤオが答える。
「問題の魔獣、ベースになっているのはヤドカリだよ」
ヤオの言うとおり、そこに居たのは、海岸に住む、貝殻を背中に背負って生活する、ヤドカリを大きくした魔獣が居た。
しかしそのヤドカリの魔獣は、貝の代わりに、家の壁に体を埋め込んでいた。
次の瞬間、家の壁という壁から、ヤドカリの鋏に見える物が生えてきて、ヤオ達を襲う。
「キャー」
マーレの叫び声があがった。
「今、マーレさんの悲鳴が聞こえた様な?」
紅雷が首を傾げると蒼牙が言う。
『今はそんな事を気にしてる場合では無い! 今度こそ八百刃に、白牙に勝たないと、紅炎甲様の代行者を辞めさせられる!』
紅雷が頷く。
ヤオに勝負を挑み、破れ続けた事が、紅炎甲の怒りを買い、紅雷は、紅炎甲からきつい叱りの神託を食らったばっかりであったのだ。
「今度こそ勝たなければ、俺の生きてる意味が無くなる!」
そう言いながら、進む紅雷に壁や床から、無数のヤドカリの鋏が襲い掛かる。
「舐めるな!」
紅雷は赤い雷を放射して、牽制すると、蒼牙に右手を向ける。
『我が雷撃と共に敵を貫く槍と化せ、蒼牙』
槍へと変化した蒼牙を振るい、全てのヤドカリの鋏を打ち砕く。
「この程度の攻撃で俺が負けるか!」
フェニックステールの本部。
『トーレ様、例の家寄居虫の実験は失敗しました』
重厚な机につくトーレの前に立つ天狐の報告に、トーレが溜息を吐く。
「やはり無理だったか、魔獣を家に宿し、その中の人間に対する危害や病気を無くそうと、思ったのだがな」
頷く天狐。
『ベースにした魔獣の影響で、内部に取り込んだ生物を消化しようとします。完全な失敗でした』
トーレは頷くが、強い意志を篭った表情で言う。
「次の方法を考えるだけだ。私は決して諦めない!」
『大丈夫か?』
ヤドカリの鋏を打ち砕きながら、武道獅子が尋ねると、マーレが無言で頷く。
ヤオは、無数とも思えるヤドカリの鋏を避けつつ接近しながら、白牙に右手を向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
ヤオの右掌に『八』が浮かび、白牙が刀に変化する。
白牙が変化した刀は、ヤドカリの魔獣、家寄居虫の本体を貫く。
そして鋏が動きを止め、家が、崩れ始める。
ヤオ達が外に出て直ぐに、完全に崩壊してしまう。
『あっさり、崩れたな?』
吸射雀の言葉にヤオが答える。
「こいつらはきっと、自分の中に生物を取り込み吸収するって行為を力にしてたけど、村人全員を取り込んだんで、力の補給が出来ず、力がどんどん落ちてたんだよ」
『フェニックステールの改造の結果、自ら動く事も出来ない上に、この数だ、必然だな』
白牙の言葉に、マーレが涙を浮かべる。
「お父さんはどうしてこんな酷い事を! 村の人も、魔獣も、全てを不幸にしているだけじゃないですか!」
ヤオは両手を上空に向けながら言う。
「間違ってると思うのなら、是正してあげなよ。多分、他の誰の言葉も通じないはずだから」
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、九尾鳥』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび、九つの持つ大鳥、九尾鳥が召喚される。
そのままヤオは右手を九尾鳥に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、九尾鳥』
九尾鳥が弓に変化し、その弓から伸びる九色の尾羽から金色の尾羽を引き抜くと、それは矢と変化する。
ヤオは、天に向けて矢を射る。
その矢は、空中で数多の矢に変化して、館以外の全ての建物を貫き、寄生していた家寄居虫を滅ぼす。
『凄い! あれだけの魔獣をたった一発で全滅させるなんて』
鏡界兎が感嘆の声を上げて、ヤオに近づく。
『私も使徒に加えて下さい』
「別に良いよ」
あっさり受諾するヤオ。
『残るは、あの館だけだな』
白牙の言葉に、吸射雀が言う。
『どうせなら一緒にふっ飛ばしちゃえば良かったじゃないのか?』
苦笑するヤオ。
「流石に紅雷諸共って、言うわけには行かないよ」
武道獅子が溜息を吐く。
『己の分が理解していない代行者も、困ったものだな』
頷く吸射雀。
「でも、紅雷さんは一生懸命です。馬鹿にしてはいけません」
フォローするマーレにヤオが掌を叩いて言う。
「もしかして、紅雷にラブ?」
「そんなのでは、ありません!」
怒鳴るマーレ。
紅雷は、館の中心部に向って急いでいた。
しかし、無限とも思える館に取り付いた家寄居虫、館寄居虫の攻撃に、確実にスタミナを奪われていった。
『大丈夫か?』
魔獣の為、無限に等しい体力を持つ蒼牙は、平気そうだったが、蒼牙が変化した槍を振るう紅雷の動きは、確実に悪くなっていった。
「もう少しだ! もう少しでやれる!」
「やっぱピンチになってる。外から矢を射らなくって、良かったわ」
窓から入ってきたヤオが言った。
『いい加減、邪魔だな』
ヤオと一緒に入ってきた白牙の言葉に、蒼牙が反発する。
『なんだと、言わせておけば!』
紅雷も、周囲からの攻撃を無視してヤオの方を向く。
ヤオは手に持っていた九尾弓の弓を引いて言う。
「紅雷は何の為に代行者になったの?」
「それは、……」
紅雷から答えは返ってこない。
「紅炎甲の考えならばあちきが言うよ。百年前に受肉を行った事に対する代価として、自らの代行者を生み出して、魔獣を滅する役に当てた。紅炎甲が貴方を代行者にした理由だよ」
それは紅雷も知って居た。
しかし、他人から、ヤオからは言われたくなかった言葉でもあった。
「五月蝿い! お前には関係ないだろう!」
素直に頷くヤオ。
「あちきに関係あるのは、貴方がなんで紅雷になり、戦っているのか、それだけ。あちきは、正しい戦いの護り手だからね」
「お前何かに、護られたくない!」
紅雷が強く反発すると、ヤオが苦笑する。
「貴方の考えなんて関係ない、これはあちきが八百刃である理由であり、存在価値なんだからね」
紅雷は、改めてヤオを見る。
外見はやや幼い少女、しかし能力はずば抜けていて、最強の存在。
そして自分には、無い存在価値を持つ者。
「もう一度聞くよ。 貴方は何で紅雷になり、戦っているの?」
紅雷は、蒼牙を戻して言う。
「俺は自分を認めてもらいたかった。親に売られた俺に、存在価値などないと思って居た。そんな俺が、紅炎甲様の代行者に選ばれたんだ、新しい存在価値を手に入れられるかも知れないんだ! だから俺は戦い、勝って、自分の存在価値を確実の物にする!」
ヤオが答える。
「無駄な事だよ」
「無駄とは何だ!」
紅雷が怒鳴り、赤い雷で周囲の館寄居虫の鋏を打ち砕く。
「存在価値は、自分が最初に認めないと、他人には決しても認めてもらえない。貴方は、自分の存在価値を否定してる。それでは無意味だよ」
諭す様にヤオが語り掛ける。
「どうすれば、自分の存在価値を信じられるって言うんだ! 親から見捨てられて、お前には勝てない、俺に!」
紅雷の言葉に、ヤオが蒼牙を視線で示す。
「その子は、貴方についてきている。他の物から信を持たれている、自分を信じたら」
紅雷は蒼牙を見る。
「お前は、俺を信じてくれるのか?」
蒼牙が頷く。
『二人で、八百刃と白牙を倒すのだろう!』
「当然だ!」
強く断言する紅雷に、ヤオが微笑む。
「その心意気だよ!」
ヤオが放った矢は、壁を打ち抜き、館寄居虫を一撃で破壊した。
ミルミースの駅でヤオは、マーレたちを見送る。
「それじゃあ、マーレの事を頼んだよ」
ヤオの言葉に、マーレの隣に座る紅雷が頷く。
「勝負に負けた上の約束だ。死んでも護り通す!」
列車が走り始める。
「借金は、出来たら利息は低くしてね!」
ヤオの言葉に、こけるマーレ。
「無利子で良いです!」
怒鳴り返すマーレに一生懸命に手をふるヤオであった。
○新八百刃獣
・鏡界兎
鏡世界を自由に移動して、鏡の中から鏡像の生物を生み出す事が出来る。
子供と一緒に悪戯するのが趣味。
元ネタ:忍神さん(大感謝)
○その他魔獣
・家寄居虫
人の家を取り付き、中に住む人間を栄養にして育つヤドカリの魔獣。
大きいものは特に館寄居虫と呼ぶ。
元ネタ:忍神さん(大感謝)




