ずっとずっと登り続ける者
フェニックステールが再び動き始める
「今回はレパール線を、ミルミー川に沿って進んだ先にある、ミーサッサに向かう車窓から」
毎度の事ですが、ヤオが『世界の車窓から』の原稿を書いていると、隣の車両が騒がしくなる。
『これって前にも同じ事、無かったか?』
吸射雀の言葉に、白牙が呆れた口調で言う。
『もう、慣れたな』
案の定、隣の車両から、紅雷と蒼牙がやってくる。
しかし珍しい事に、ヤオ達の横を通り過ぎる。
ヤオが気になったので手を振る。
「紅雷、どうしたの?」
紅雷が嫌なものを見る顔で振り返る。
「今回は、お前と関わってる暇は無いんだ。紅炎甲様からの指示で、フェニックステールの動きを探る仕事をするんだからな」
『気楽な神名者とは、違うと言う事よ』
蒼牙が続けると、ヤオと一緒の電車に乗っていたマーレが立ち上がる。
「フェニックステールの動きを探るとは、どう言う事ですか!」
マーレの登場に驚く紅雷。
「貴女は、どうしてここに?」
「彼女はフェニックステールのボスの娘さんで、父親の行為を止めようと、旅をしてるの。あちきは、その護衛だったりするんだよ」
あっさりヤオが秘密をばらすと、考え込む紅雷。
『フェニックステールのボスの娘に、余計な事を教える訳にはいかない。無視しろ』
蒼牙の言葉に、白牙が言う。
『彼女は信じても良い。まー、話すかどうかはお前等に任すがな』
悩む紅雷に近づき、マーレが真摯な瞳でこう。
「父を止めたいのです。どうか教えて下さい」
その一言に紅雷が折れた。
「つまり、あの三百登鯉が昇華する瞬間のデータと、昇華後の能力を、フェニックステールが狙っているって事?」
ミーサッサの食堂で、御飯を奢ってもらいながらヤオが言う。
「そうだ、神々の間でも、魔獣の創造と改造を行うフェニックステールの事は問題になっていて、今回はおよそ三百年前からひたすら川を登り続けている鯉の魔獣、三百登鯉をフェニックステールが、監視してる事を突き止めたので、逆にこちらも監視、捕縛して、相手の情報を引き出そうと考えているんだ」
紅雷の説明に、マーレが立ち上がり言う。
「それを手伝わせてください」
真剣な瞳に、紅雷が戸惑っていると蒼牙が言う。
『ただの人間の女など、邪魔だ』
斬り捨てる様に言うと、武道獅子が言う。
『マーレは、私が護るから大丈夫だ』
蒼牙が睨む。
『お前程度の力でか?』
『何だと!』
両者の間に、険悪な雰囲気が流れるが、ヤオはそれを無視して言う。
「さすがに今回、あちきは目立ちすぎるから、ここで旅費でも稼いでるんで、ゆっくり調べてきな」
マーレが頷くと、もう一度紅雷の方を向く。
その目を見て、紅雷は諦める。
「わかった。一緒にやろう」
そして二人は、三百登鯉が登り続けるミルミー川に向った。
「それで何でお前が居るんだ?」
紅雷の言葉に、黒髪の美青年が答える。
「武道獅子では、目立ちすぎるから代わりにだ」
マーレが頭を下げる。
「よろしくお願いします、影走鬼さん」
それに対して、その男、影走鬼が言う。
「流石に本当の名前では目立つ、エードとでも呼んでくれ」
頷くマーレ。
『しかし、小さな猫の姿もとれたんだ?』
吸射雀が紅雷の肩に乗る、子猫姿の蒼牙を見ていると、蒼牙が答える。
『白牙に出来て、私に出来ない事は無い!』
それを聞いてマーレが言う。
「ですが、どうして鉄道に乗るときは、虎の姿のままなのですか?」
蒼牙が即答する。
『態々人間の事情を考えて、私が姿を変える必要が無いからだ』
そんな状態だったが、紅雷とマーレ達の三百登鯉の監視は続いていた。
「一つ、聞いて良いか?」
紅雷の言葉に、マーレが頷く。
「なんで父親を諌めようとするんだ」
マーレははっきりと答える。
「家族ですから、間違っていた道を進もうとしたら、止めるのが、当たり前です」
紅雷は何か、絶対手に入らないものを見るような目で呟く。
「家族というのは、そう言うものなのか……」
マーレが不思議に思い、聞き返す。
「紅雷さんのご家族は?」
紅雷は肩を竦めて言う。
「俺は小さい頃に、非合法の闘技場に闘士として、売られた。その中で、力を開花させた時、紅炎甲様に代行者として選ばれた」
慌てて頭を下げるマーレ。
「余計な事を聞いてすいません」
紅雷が鼻で笑う。
「構わないさ。両親には、逆に感謝しているんだからな。闘技場に売ってくれたからこそ、紅炎甲様の代行者になれたんだから」
自信たっぷりな表情の紅雷を見て、マーレが言う。
「無理しなくても、良いです」
紅雷が反発する。
「無理なんてしていない。本当にそう思っているんだ!」
「でしたら、何でさっきみたいな事を聞くのですか!」
二人がにらみ合っていると、影走鬼が言う。
「二人とも、奴らが現れたぞ」
慌てて、身を隠す紅雷達。
その視界に天狐とそれに連れられた、でかい蚕が居た。
『えぐい者を連れてきてるな』
吸射雀が呻くなか、冷静な影走鬼が言う。
「暫く様子を見るか?」
紅雷が即答する。
「今すぐ行って、捕まえるに決まってるだろう!」
『当然だ!』
蒼牙が元の姿に戻り、紅雷も腕に赤い雷を纏わせ、天狐達に接近する。
『紅炎甲の代行者か。まあある程度の情報が漏れているのは、わかって居た。だからこそ、私が来た』
天狐はその一言と共に、豪雨を降らせる。
「こんな物で、俺達が怯むとでも思ったか!」
次の瞬間、紅雷の体に、糸が絡み付いていく。
「なんだ、これは?」
紅雷は、それを毟り取るが、次から次と絡まっていく。
性質が悪く、その糸は絡まると同時に、硬質化して、取れにくくなっていく。
『この程度の糸など雷撃で!』
蒼牙が雷撃を放つが、それは糸を焼き焦がす前に、豪雨で出来た水溜りに分散していく。
『強くなりたければ、頭を使う事だな』
それだけ言い残すと天狐は、豪雨の中に消えていった。
「覚えてやがれ!」
叫ぶ紅雷。
「それで、見事に逃げられたって訳ね」
ウエイトレスのバイトをしていたヤオが、料理を紅雷達の机の上に置きながら言う。
「お前の八百刃獣も一緒だ」
それに対して、マーレの隣に座っている影走鬼が言う。
「俺は、単なるマーレの護衛だ。それ以下でもそれ以上でも無い」
紅雷が影走鬼を睨むなか、マーレが言う。
「しかし、あっさり引きました。どうしてでしょうか?」
隣の席の注文を聞き終えたヤオが言う。
「理由は簡単、時期が来てなかったから。三百登鯉が昇華する時の情報も欲しいフェニックステールとしては、昇華する時まで今のままが良いから、ここでごり押しする気が無かったんでしょうね」
そう言いながら歩いていると、こけて、お客が居るテーブルに突っ込む。
「すいません!」
「またか!」
怒られているヤオをバックに、マーレが言う。
「勝負は、三百登鯉が昇華する時ですね」
紅雷達の三百登鯉の追跡は続いた。
そして一週間が過ぎ、ついにその時が来ようとしていた。
三百登鯉の全身が、激しく輝きだしたのだ。
「もう直ぐ昇華します!」
マーレの言葉に、紅雷は三百登鯉を無視して、周囲を警戒する。
「奴等、何処で観察しているんだ?」
その時、上空から糸が次々と放たれて、三百登鯉を包んでいく。
紅雷達が空を見上げると、そこには空を飛ぶ天狐と、その背に乗る蚕が居た。
「今度こそ逃がすか!」
紅雷は蒼牙に右手を向ける。
『我が雷撃と共に敵を貫く槍と化せ、蒼牙』
槍と化した蒼牙に、己の紅の雷を籠めて、天狐に向けて投擲する。
『愚かな』
天狐が、放った突風が蒼牙を弾いた様に見えた。
「愚かなのはお前だ!」
紅雷は飛び上がり、天狐に迫っていた。
『少しは考えたみたいだな。しかしまだまだだな』
天狐は、慌てず騒がず高度を上げて避ける。
「鬼眼蜂!」
紅雷はなんと、鬼眼蜂を足場にして天狐に迫る。
『届かぬな』
まだ余裕を残す天狐。
「蒼牙!」
紅雷の声に答え、蒼牙が紅雷の手の中に戻り、伸びる。
咄嗟に直撃を避ける天狐だったが、その翼に蒼牙が直撃する。
天狐は、一度下降するが、直ぐに体勢を戻す。しかし、その背から蚕の魔獣が落ちる。
『しまった。眠繭蚕!』
眠繭蚕が落ちて、繭になっていた三百登鯉が開放される。
『もう一度、捕まえる!』
眠繭蚕が、再び糸を吐き出す。
『やらせないぞ!』
吸射雀が、紅雷と蒼牙が撒き散らした雷を吸収し、放射して牽制する。
しかしそれが、失敗だった。
吸射雀が放った雷撃が、繭の中で半睡眠状態だった三百登鯉の昇華を加速させた。
鯉の体を脱ぎ捨て、強大な力を持つ、河竜の魔獣、山河竜への昇華が完了した。
天狐が舌打ちをして、マーレの前に降り立つ。
『マーレお嬢様、あれは暴走を開始します。早くお逃げください。楽駝鳥の能力を使えば、きっと逃げ切れる筈です』
マーレが言う。
「どうして、暴走するのですか?」
天狐は緊張した面持ちで答える。
『魔獣は個を確立した直後は、物凄く不安定になります。本来ならば一部の魔獣以外は能力が低いので、大きな問題になる事はないのですが、三百登鯉から昇華した、山河竜は違います。魔獣として、別個の個に変化しながらも、強大な力を秘めています。早くお逃げください』
マーレが問う。
「被害は、どれくらい出ますか?」
少し躊躇した後、天狐が答える。
『周囲の町が、滅びるでしょう』
マーレが決心する。
「私は逃げません。どうにかしてあれを止めます」
『貴女の力で、どうにかなると御思いですか?』
天狐の言葉に、マーレが首を横に振って言う。
「私の力では、どうしようも無いかもしれない。でも、私は一人ではないの。武道獅子さん手伝ってくれますね」
駆けつけて来ていた武道獅子が言う。
『お前の思いに、答えよう!』
武道獅子が山河竜に向う。
しかし、武道獅子の突進は、盛り上がった地面に、簡単に弾かれる。
『何て力だ!』
山河竜の力に答えて、河が氾濫し、山が木霊する。
自然、そのものを操る圧倒的な力から、天狐は必死にマーレを護る。
『助けてくれ!』
眠繭蚕が、激流に飲み込まれて、消えていく。
『なんて力だ?』
蒼牙も呻く。
「なんとしても、止めるぞ!」
必死に雷撃を籠めた蒼牙を放つ、紅雷であったが、大岩すら粉砕する攻撃も、圧倒的な自然の力を操る山河竜相手には、無力であった。
「もう駄目なの……」
「諦めるのが、早いな」
マーレを護っていた影走鬼が、天を指差す。
「なんか、グットタイミングって所だね」
ヤオが天を覆う強大な龍、天道龍の頭に乗って現れる。
そして両手を下に向けて唱える。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、大地蛇』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび上がり、地面が鳴動して、強大な蛇が現れる。
「押さえ込みなさい!」
ヤオの命令に、天道龍と大地蛇が頷く。
山河竜も強大な力で押し返そうとするが、天から降り注ぐ膨大な力と、地から吹き上がる絶対的な力の前には、飲み込まれるしかなかった。
河に墜落した山河竜を見下ろしながらヤオが言う。
「流石にほっておけないから、八百刃獣にしますか」
ヤオは、意識が朦朧とする山河竜と無理やり契約して、自分の世界に押し込めた後、紅雷達の所に戻る。
「それで、天狐はどうしたの?」
ヤオの問いに、紅雷が悔しげに言う。
「どさくさに紛れて逃げられた。もう少しだった!」
そんな紅雷に、元の影鬼の姿に戻った影走鬼が答える。
『天狐は、まだまだ余裕があったぞ』
「五月蝿い! 俺が本気を出しきっていれば、勝ってた!」
『そうだ、あの程度の魔獣に最強の魔獣の名は相応しくない』
反論する紅雷と蒼牙を無視してヤオは、マーレの側に寄って言う。
「マーレちゃん、お願いあるんだけど良い?」
縋るような瞳に怯むマーレ。
正直、最強に相応しい力を見せ付けた相手が、こんな顔をする理由がわからないのだ。
「な……なんですか?」
「食堂に来たお客様の、大切な壷を割っちゃったの。すっごく高くて、あちきには弁償できないの。お金を貸して」
こけるマーレ。
「随分タイムリーな登場の仕方をすると思ったら、そんな事情だったのかよ」
呆れる紅雷。
「……良いですけど」
なんとか立ち上がったマーレの返事に、涙を流しながら感謝するヤオ。
大きく溜息を吐く白牙に、哀れみの視線を向けるマーレ。
『すまないが何も言わないでくれ』
そんな白牙に近づき蒼牙が一言。
『お前、仕える主を間違えたぞ』
白牙は反論出来ずに、遠くを見て呟く。
『明るい未来は実在するのか?』
○新八百刃獣
・山河竜
三百登鯉が昇華した姿で、山河に関わるものなら、全てを操れる。
昇華直後に暴走した。
○その他魔獣
・三百登鯉
三百年、川を登り続けると、強力な魔獣に昇華する鯉の魔獣。
元ネタ:忍神さん(大感謝)
・眠繭蚕
口から出す糸で、相手を包む事で魔獣でも眠らせる。
糸は硬いのから、粘着力ある物まで色々ある。
元ネタ:忍神さんとJOKERさん(大感謝)




