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戦神神話  作者: 鈴神楽
世界の車窓から
55/68

良い夢と悪い夢

人を夢にのめり込ませるには、ただ良い夢を見させるだけで良いのか?

「今回はバイダー線の霧の谷に隣接する街、ユニットに向かう車窓から」

 何時も通り『世界の車窓から』の原稿を書いているヤオ。

 そんなヤオを前に座るマーレが、信じられない物を見る視線を放っていた。

「どうしたの?」

 ヤオが聞くと、マーレが聞き返す。

「何をしているのですか?」

 ヤオは、荷物の中からアドマチック出版が出している『世界の車窓から』を取り出して見せる。

「この原稿を書いてるんだよ」

 自分が書いた記事の所を見せ付けて、胸を張る。

「凄いでしょう」

 マーレが何とも言えない顔をすると、白牙が溜息と共に慰める。

『気にしたら負けだ。ヤオはこういう存在だ』

 少し一緒に旅しただけでも、理解できるヤオの性格から、納得して頷くマーレ。

 その時、毎度の如く、隣の車両からざわめく。

「また、来たみたいだね」

 ヤオが言うと、マーレが不思議そうな顔をする。

「何が来たのですか?」

『自称、ヤオのライバルだ』

 白牙が答えると、同時に扉が開いて紅雷と蒼牙が現れる。

「今日こそ、決着をつけるぞ!」

 ヤオがあっさり言う。

「あちきの負けで、良いよ」

 こける紅雷。

『お前の主は、何を考えているんだ!』

 蒼牙がクレームを言うと、白牙が鼻で笑って言う。

『散々負けておいて、実力差が解らない奴の、相手をする気がないだけだ』

 紅雷が立ち上がり言う。

「前回までと一緒と、思うなよ!」

 ヤオを指さしたとき、振り返ったマーレと視線が合う。

 両者が少しの間、膠着した。

 次の瞬間、マーレの手を握り締めて、紅雷が言う。

「結婚を前提に付き合ってくれ!」

「いきなり、何ですか!」

 マーレが騒ぐ。

「俺は本気だ!」

 真剣すぎる顔の紅雷から、視線を逸らし、白牙の方を向いてマーレが言う。

「この人、何者ですか?」

 白牙があきれ果てた口調で言う。

『紅炎甲の代行者、紅雷だ。魔獣処理の仕事をやっている。その仕事で、何度かヤオと勝負して、連敗している奴だ』

 紅雷が怒鳴る。

「今までとは違う、次こそは勝つ!」

 白牙は冷たい視線で言う。

『その根拠は何だ?』

 紅雷は熱い目をして言う。

「特訓したからだ!」

 果てし無く、寒い空気が流れる。

 ヤオはブリザードを止める為に言う。

「特訓した人に、勝てる気はしないので、あちきが辞退して、不戦勝と言う事にしませんか?」

「そんな訳にいくか! この素晴らしい女性に、俺の凄い所を見せる為にも、戦ってもらうぞ!」

 紅雷の熱い発言に、深い溜息を吐くヤオであった。



 ユニットに着いたヤオ達は、紅雷のおごりで食事を食べていた。

「どんどん食べてください」

 マーレに気前の良い所を見せたい紅雷が言うと、ヤオが嬉しそうに言う。

「オムレツに、スクランブルエッグ!」

「お前には言ってない!」

 紅雷が怒鳴ると、ヤオは意味ありげな視線を向けて言う。

「そんな事言って良いの? マーレに、けち臭いって思われるよ」

 意地汚いヤオに、呆れ顔のマーレを見て、自分が非難されていると思って、慌てて胸を張り言う紅雷。

「食事くらい、幾らでも奢ってやる。勝負は別だがな」

「デザートのプリンもお願い」

 ヤオが追加注文する。

『いい加減、本題に入ったらどうだ』

 呆れ気味に言う白牙に、蒼牙が頷く。

『そうだ。早くしなさい』

 そしてマーレが言う。

「勝負といいますが、何をするのですか?」

 それに対して紅雷が言う。

「今度の魔獣は、霧の谷に潜んでいる。夢を操り、人を滅ぼすそうだ。それを見つけて、どちらが先に倒すか勝負だ」

 ヤオが少し思案顔になる。

「夢を操る魔獣ね。力だけで勝てる奴だと、思わない方が良いよ」

「お前に心配される必要は無い」

 自信たっぷりに紅雷が答える。



 霧の谷に入る一同。

「マーレさんは、ここで待っててください。直ぐに問題の魔獣を退治して、戻ってきます」

 元気いっぱいに宣言して、霧に入っていく紅雷。

 ヤオは、霧の成分を解析して言う。

「この霧は魔獣の仕業で、眠りたいと少しでも思わないと、睡眠効果が出ないけど、多分、夢を見させる魔獣とコンビを組んで居るから、霧に触れない方が良いよ」

 呑気に忠告するヤオに、素直に頷き、霧から離れるマーレ。

「勝ち目は、あるのですか?」

 マーレの質問に、ヤオの足元に居た、白牙が答える。

『ヤオがわざと負けようと思わない限り、負けないな』

 白牙が意味ありげな視線を向けると、ヤオが答える。

「負けても良いけど、紅雷は、勝てないかもね」

 白牙が驚いた顔をする。

『ここに居る魔獣は、それ程に強いのか?』

 ヤオはあっさり首を横に振る。

「力の強さで言えば、普通だよ。問題は、能力の性質。常人の精神で、誘惑に勝てるかどうかが、問題だよ」

「代行者だったら、人より強い心を持っているのでは、ないのですか?」

 マーレの質問に、ヤオが困ったように答える。

「代行者は、何処まで行っても人間だよ。精神も寿命も。そして、強力な能力故に、下手をすると常人より、心が弱い場合がある。紅雷はどうなのかな?」

 そう言って、霧に入っていくヤオであった。



 霧の中を一時間以上、探索していた紅雷。

『でてこないわね』

 蒼牙の言葉に、自信たっぷりに紅雷が言う。

「俺の力に恐れをなしたか!」

 その時、二人の前にヤオが現れた。

 その手には、刀になった白牙が握られていた。

「なんのつもりだ!」

 怒鳴る紅雷。

「いい加減邪魔だから、殺すよ」

 斬りかかって来るヤオに、紅雷は慌てて蒼牙に手を伸ばす。

『我が雷撃と共に敵を貫く槍と化せ、蒼牙』

 槍と化した蒼牙で受け止めようとするが、ヤオの白牙はあっさり蒼牙を打ち砕き、紅雷を真っ二つにする。



 紅雷が目を開けた。

「大丈夫ですか?」

 マーレが優しげな瞳で、紅雷を見る。

「今、八百刃に殺された気が?」

 苦笑するマーレ。

「何を馬鹿な事を言っているのですか? 八百刃でしたら、あそこで貴方に負けた罰で、メイドの格好をして、掃除しています」

 マーレが指さした先では、ヤオがメイド服を着て、モップで床掃除をしている。

「俺が八百刃に勝った……」



 紅雷は、再び霧の中に居た。

 その前には、虫の息の魔獣の前に立つ、ヤオが居た。

「本当に、未熟だね」

 侮蔑しきった表情を浮かべるヤオ。

「本当です。そんな腕でよく、八百刃様に勝負を挑もう何て、考えたものです」

 呆れた表情をするマーレ。

「違う! こんなの夢だ!」



 目の前で魔獣が滅びて居た。

「負けね」

 悔しげに言うヤオ。

『私達の負けだ』

 暗い声で告げる白牙。

『遂にやった、最強の名は我々の為にある』

 蒼牙も自信たっぷり勝ち名乗りを上げる。



 紅雷は目の前に居る魔獣にやられて、動けない状態に成っていた。

 その魔獣をヤオはあっさり、とどめをさそうとしていた。

「嘘だ! こんなの夢だ!」

 その声に応える様に、風景の一部が崩れていく。

 暫くすると、魔獣もヤオも全て一匹の獏(バク・空想上の生き物ではなく、実在する動物の獏の外見をしています)に食われていた。

「お前が全ての元凶か!」

 そう怒鳴る紅雷。

『違うよ。僕はただ、悪夢を食べているだけ』

「だから悪夢を作っていたんだろう!」

 紅雷はなおも獏に詰め寄った。



 紅雷の目の前で魔獣が滅びて行く。

 傷付いたヤオが後ろに居た。

「貴方の勝ちだよ」

 連続する場面の切り替わりに、紅雷はパニックに陥る。

「さっきのは、夢に間違いない。するとこれが現実か?」

 敗北を認めて、うなだれているヤオを見て悔しげに言う。

「これも夢だ! こんな都合が良い現実があってたまるか!」



 紅雷は霧の中に居た。

『紅雷、大丈夫?』

 虎の姿の蒼牙が問いただしてくる。

「俺はどの位寝ていた?」

「時間としては短いけど、この子が居なかったら危なかったんじゃない?」

 応えるヤオの声の方を向く紅雷。

「そいつは何だ?」

 ヤオは、足元に居る獏の頭を撫でながら言う。

「この子は、悪夢獏アクムバク。人の悪夢を食う魔獣。ここでは、悪夢が多いから、引き寄せられたんだと思うよ」

『貴方の悪夢はとても美味しかったです。これからも食事を提供してくれるって言うので、僕は八百刃獣になる事にしました』

 悪夢獏の言葉に、舌打ちする紅雷。

「結局、これは、どういうからくりなんだ!」

 ヤオは苦笑して応える。

「理屈は簡単、この霧と、夢を操る魔獣との共同作業で、ここに居る人間を、霧の中から出れなくしてたんだよ」

 ヤオが指さした先には、数人の人間が居た。

 全員が幸せそうな顔をして、夢を見ている。

「この霧は、強力だけど、本人が夢を見たいと思わないといけない。さて問題です、どうすれば、夢をずっと見せられると思いますか?」

 ヤオの質問に紅雷が言う。

「普通に幸せな夢を見せればいいんじゃないか! あんな上がり下がりが酷い夢など、見たくは無い!」

 苦笑するヤオ。

「それが夢に引き込むポイントなんだよ。楽しい夢だけじゃ、人は夢から抜け出して現実を求める。どんなに巧妙に作ったところで夢は夢、何れはばれて、現実に戻るよ。そうしないと、前進できないからね」

 その言葉に蒼牙が言う。

『人間は簡単に欲望に負けると、聞くぞ?』

 頷くヤオ。

「でも、楽観主義者でもある。夢で出来た事なら、現実でも出来るなんて思えるのも、人間なの。そして、出来るなら現実で、それをなそうとする。だから楽しい夢だけでは、人を捕らえ続けることは出来ない。夢でも良いから、ずっと見ていたいと思わせる必要があるの」

『詰りその為の、悪夢だって事か?』

 白牙の言葉に頷くヤオ。

「もしかしたらと、ありえると思える事象を悪夢として見せて、それが実現しない幸福な夢を見ようと思わせ続ける。本当に面白い魔獣だったよ」

 ヤオは過去形で語った。

「だったって、どう言う事だ?」

 紅雷の質問に対する応えは、次の瞬間明らかになった。

 一体の獏魔獣の死体が、空中から落ちてくる事で。

「何をやった?」

 紅雷の質問にヤオがあっさり答える。

「おきながら夢を見てたの。そして夢に干渉していたこの魔獣、幸夢獏コウムバクを倒したの。それだけだよ」

 言葉を無くす紅雷。

『神名者を普通の人間と同じ方法で、対処しようとした、こいつが馬鹿だったな』

 白牙の言葉に、悔しそうな顔をする紅雷。

「残りは、お願いね」

 去っていくヤオ。

「くそー!」

 紅雷は、鬼眼蜂を使い、霧を生み出していた虫の魔獣、眠霧虫ミンムチュウを見つけ出して、滅ぼした。

「次こそは絶対奴に勝つ!」

 強い決意を持って宣言する、紅雷であった。



 町の食堂で、御飯を食べるヤオ達。

「おばちゃん、この親子丼セットも追加ね」

 せっせと食いだめするヤオ。

 そんな横では、紅雷がマーレの手を握り締めて言う。

「今回は負けました。しかし次回こそは、勝利を貴方に捧げます」

 それだけを言い残すと食堂を出て行く紅雷。

「台風みたいな人ですね?」

 半ば呆れた口調で言うマーレ。

「悪い奴じゃないんだけどね」

 呑気に食事をしながら言うヤオ。

 食事を終えて、店を出ようとした時、店員に呼び止められる。

「お客さん、お勘定お願いします」

 ヤオが首を傾げる。

「さっき出て行った人が、していかなかったの?」

 頷く店員。

「はい。自分ともう一人の分だけ払われていきましたが、お客様の分は、払って行きませんでした」

『代行者に奢ってもらおうという考えが、そもそも卑しいのだ』

 白牙の言葉に口を膨らませながらも、サイフを取るヤオ。

「それで幾ら?」

 その言葉に店員がオーダーシートを見て答える。

「銀貨五十枚です」

 その言葉にずっこけるヤオ。

「幾らなんでも、そんなに飲み食いした覚えはないよ?」

 店員はあっさり応える。

「お客様が食べた親子丼は、特別な親子丼だったんです」

「そんな!」

 値段を再度見て、返す言葉も無くなったヤオ。

「お金貸しましょうか?」

 マーレの優しさに涙するヤオであった。

○新八百刃獣



悪夢獏アクムバク

悪夢を食べる害が少ない魔獣。

幸夢獏が作り出す悪夢を求めてやってきた。

元ネタ:忍神さん(大感謝)



○その他魔獣



幸夢獏コウムバク

人に現実に近い悪夢と幸せな夢を見せて、混乱させて夢の世界に引き込む。

元ネタ:忍神さん(大感謝)



眠霧虫ミンムチュウ

霧を発生して人を眠らせる能力を持っている虫型魔獣。

眠りたいと思う相手にしか睡眠効果が発揮できない。

元ネタ:エアスト・ノインさんと忍神さん(大感謝)

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