恐怖と幻との戦い
攻撃力だけが戦闘を左右する訳ではない。たとえ攻撃力が無くても勝つことは可能である
「今回はシーサイド線を、深い森林に面したモリットに向かう車窓から」
ヤオは、原稿を書いていたが、途中で力尽きて、簡易テーブルに突っ伏す。
「お腹すいたよ」
涙するヤオ。
『前回の宿代がきいたな』
白牙の言葉に頷くヤオ。
「相変わらず情けないな!」
前回と変らず、蒼牙を虎の姿のまま連れて、周りの乗客を怖がらせながら登場する紅雷に、ヤオは反応しない。
必死に堪える紅雷に、白牙が言う。
『空腹で気力が無いのだ。諦めて今日は退散しろ』
眉を顰める紅雷。
「高位の神名者なら、肉体の依存率が低く、食事は要らない筈だが?」
白牙がカロリーの消費を抑えるために、あまり動かないヤオから視線を外して呟く。
『高位の神名者はな』
答えになって無い答えだが、紅雷にも何が言いたいのかは解った。
『情けない魔獣の主にはぴったりだ。とにかく今回こそ、私が、お前より勝っている事を証明する』
蒼牙の言葉に白牙が言う。
『最初に言っておくが、自分が最強だとは思わん。そもそも私は、最強の存在を知っている。それを無視して、最強の名を語るのは、無意味だ』
白牙は、今度は確りヤオを見ると、蒼牙が怒鳴る。
『私は絶対に認めない! 私がそれを証明する!』
それに紅雷が頷く。
「神名者等が、最強名を冠する自体、間違いなのだ!」
ここまで言い争いになっているのに、ヤオは反応しない。
その時、紅雷が言う。
「解った、今度の勝負に勝ったら飯を奢ってやる」
ヤオがにじり寄る。
「その言葉に、二言は無いわね!」
軽く後退をしながら紅雷が言う。
「……ああ。それより、同じ相手を狙って、足の引っ張り合うのは、無駄だから、どちらが先に倒すか競わないか?」
強く頷くヤオ。
「どんな条件でも良い。勝負だよ!」
紅雷は二枚の紙を置く。
「今度の町には二体の魔獣が出る。一体は、女性の姿をして、困惑させる奴。もう一体は、出現場所しか解らない相手だ。さあどちらをとる?」
不敵な笑みを浮かべる紅雷に、ヤオは迷わず、正体不明の方をとる。
「こっちで良いよ」
少し驚いた顔をする紅雷。
「そっちで良いのか?」
ヤオは微笑を浮かべて言う。
「何であちきがこっちを選んだか、解らないようじゃ、あちきには勝てないよ。奢る、お金を用意しといてね」
「黙れ! その名に敗北を刻み込んでやる!」
怒り肩で去っていく紅雷。
『どう言う事だ、ヤオ?』
白牙が問いかけるが、ヤオは再び横になり、体力温存モードに移っていた。
白牙は溜息を吐くが心配はしていなかった。
『ヤオが負ける訳は、無いな』
駅に着いて、急ぎ駆け出す紅雷達を、見送りながらヤオが言う。
「白牙、まだ理由を聞きたい?」
白牙が頷くと、ヤオが説明を開始する。
「簡単。相手にとって不利なカードを渡したかったからだよ。不明な相手と言う事は、凄く弱い可能性もある。それを相手に渡したら、相手の対処スピードが読めない。もう一枚の方は、出現時間までハッキリしてる」
そこで苦笑するヤオ。
「夕方にしか出てこない相手に対して、無理に探しても無駄足だって事くらい解らないのに、あちきに勝てると思う?」
白牙が首を横に振るが、質問を続ける。
『しかし、不明な奴が強敵の場合もあるだろう?』
不思議そうな顔をしてヤオが言う。
「白牙、まさか、あちきが魔獣相手に苦戦する可能性があると思ってる?」
その言葉に、白牙が即答する。
『空腹で、倒れる前に見つかると、良いな?』
腹の虫をならしながらヤオが頷く。
そして夕焼けが沈む森を背景に、海岸線で、問題の魔獣が、絶世の美女の姿をして、現れた。
『お前が好き勝手できるのも、ここまでだ!』
蒼牙が叫ぶ。
『そうかしら?』
意味有り気な女性の視線に蒼牙が振り返ると、そこには骨抜きされて居る紅雷が居た。
「おお、貴女こそ、美の女神だ!」
蒼牙がその爪を伸ばして言う。
『紅雷が居なくても、私一人で倒せる!』
女性に襲い掛かるが、女性は軽く微笑んだ後、紅雷の方を向いて言う。
『助けて下さい。そこのカッコイイお兄様!』
紅雷は頷き、蒼牙の前に割り込む。
『邪魔だ、どけ!』
紅雷は、手に赤い雷撃を籠めながら言う。
「私の美の女神に、手出しはさせん!」
本気のその目に、蒼牙が大きく溜息を吐いた後、超高速で紅雷を避けて、その爪を女性に振り下ろすが、空振りする。
『幻術?』
その幻術の女性が、高笑いをあげて言う。
『所詮は、力に頼るしかない虎ね! この私、光凝狐には勝てないわよ!』
『狐の分際で、そんな幻術が、何時までも私に効くと思っているの?』
その時、赤い稲妻が蒼牙を襲う。
「その人に、危害を加えさせない!」
『紅雷……』
不敵に微笑む光凝狐の幻影を睨む、蒼牙であった。
「こっちも探し出すのに時間掛かってしまったね」
空腹で倒れそうなヤオの言葉に、白牙が辺りに立ち込める霧を見て言う。
『ようやくと言う所だな』
その時、何処からとも無く、一匹の狼が現れて、下品な笑いと共に言う。
『新しい得物が来やがった。さー俺の食事になりな!』
白牙は狼の方を見るが、ヤオは、まるっきりあさっての方を見る。
『ヤオ、何をしている?』
ヤオは元気の無い声で言う。
「あんまり動きたくないから、幻影と遊ぶ気ないよ」
狼の魔獣が驚く。
『まさか、この幻影に一発で気付くとは。しかし、これはどうかな?』
次の瞬間空中からオムレツがふって来て、地面に落ちて食べられなくなる。
『そんな幻影がどうした?』
白牙が呆れた声を出すが。
「止めて、そんな恐ろしいもの見せるのは!」
ヤオは、大ダメージを受けていた。
『幻影なのは、解ってるんだろう?』
白牙の言葉にヤオは頷く。
「幻影だって解ってても、あんな恐ろしいものは、見てられない!」
白牙が大きく溜息を吐くと、狼の魔獣が言う。
『面白い奴だな。そうやって、俺の、幻霧狼の餌になってくれ!』
次の瞬間スクランブルエッグが地面に落ちて、駄目になる。
「駄目!」
ヤオが目を瞑り、後退を始める。
『私が始末するぞ?』
呆れきった口調で白牙が言うと、幻霧狼が動揺する。
『待て! そうだ、もっと深層にある、恐怖の幻影を作ってやる!』
次々に落ちていく卵料理の幻影が消えた次の瞬間、幻霧狼が叫び声をあげる。
『そんな、そんな訳がない。この世界がそんな状態だなんて!』
ヤオの視線が鋭くなった。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
ヤオの右掌に『八』の文字が浮かび上がり、白牙が刀になる。
ヤオは、先程視線を向けていた、何も無い所に白牙を振り下ろす。
そして、霧が晴れていき、そこに絶命寸前の幻霧狼が、姿を現す。
「貴方には、完全に消えてもらう」
ヤオの手から籠められた圧倒的な力を受けて、白牙が、幻霧狼を何も言えない間に消滅させる。
ヤオは、霧が晴れたあと、後退した先に待っていた、粘体の牢屋を見つける。
ヤオが近づくと、そこには、何人もの人間が捕まって居た。
「大人しく放した方が、身の為だと思うよ」
ヤオの脅しに、その牢屋が答え、捕まえていた人間を解放する。
『殺していません。だから滅ぼさないで!』
牢屋から返事が返ってくる。
「攻撃力も無く、報復を恐れた幻霧狼が、幻影で貴方の所に誘き寄せて、貴方が捕まえるって手順だったわけだね」
牢屋は大人しく頷く。
『僕は、水牢粘って言います。何かを閉じ込めて置くことで力にするんですけど、自分の力だけでは捕まえられないのです』
その言葉にヤオが言う。
「あちきの使徒になったら、あちきの世界の中で、他の八百刃獣を入れとかせてあげるよ」
全身を揺する水牢粘。
『本当ですか! なります!』
ヤオは、胸を開き、両手と並べる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒と化さん、水牢粘』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』、胸に『刃』が浮かび、水牢粘が、新たな八百刃獣になる。
『よろしくお願いします』
ヤオの世界に消えていく水牢粘。
「多分勝ったから、御飯奢ってもらえるね」
町に戻ろうとしたヤオに、白猫の姿に戻った白牙が言う。
『あいつは、何を見たのだ?』
ヤオは振り返らずそのまま言う。
「それ以上は言わない、幾らなんでも貴方を滅ぼしたくないから」
白牙はそれ以上追求しなかった。
『さー、同士討ちでもしてなさい』
光凝狐の言葉に蒼牙が言う。
『あまり甘く見ないで貰いたい』
蒼牙の全身から、凄まじい青い雷撃が、四方八方に放たれる。
雷光が、光凝狐の光の幻像を打ち砕き、光凝狐が狐の姿を明らかにする。
それを見て、紅雷が拳を振り上げて言う。
「俺の純情を!」
紅雷の手から放たれた赤き稲妻は、あっさり光凝狐を滅ぼすのであった。
「ビックサイズオムレツ追加!」
ヤオが嬉しそうに注文する。
紅雷は不機嫌そうな顔をしながら、自分もやけ食いしていた。
『諦めろ、それより蒼牙はどうした?』
白牙の問いに紅雷が言う。
「お前達の顔を見たくないと、宿で待っている」
「親子丼もお願いね!」
嬉しそうにヤオが御飯を食べる。
そして支払いの段階になった時、紅雷が言う。
「サイフ落とした! 探してくる」
お店を、急ぎ足で、出て行く。
「ちょっと、置いてかないでよ!」
ヤオがそう言ったとき、お店の人間に囲まれていた。
「まさか食い逃げする気は、ありませんよね?」
その言葉に涙するヤオ。
「紅雷の馬鹿!」
結局、紅雷のサイフは、見つからず、紅炎甲の信者からの寄付金が届くまでの三日間、ヤオは食堂でウエイトレス等々をやる破目になった。
○新八百刃獣
・水牢粘
スライムで、強固な牢獄を作る。
自分から相手を取り込む事は出来ないが、一度取り込めば、高位の魔獣でも脱出は不可能。
移動力は低い。
元ネタ:梟さん(大感謝)
○その他魔獣
・光凝狐
光を操り、美しい女性の姿をとり、人を、特に男を騙す恐ろしい奴。
元ネタ:セリオンさんと忍神さんのミックス(大感謝)
・幻霧狼
体から噴出す霧で、相手を恐れさせる事を至福とする。
復讐を恐れるが、攻撃力が無い為、水牢粘と組んで居た。
元ネタ:セリオンさんと忍神さんのミックス(大感謝)




