誰よりも速く進む者
スピードそれは人を狂わせる魔性。時には魔獣すらも狂わせる
「今回はシーサイド線を大陸でも有数の長い砂浜を持つ、ハナマガに向かう車窓から」
毎度の事で、ヤオが『世界の車窓から』の原稿を書いていると、電車が止まった。
ヤオが首を傾げていると、車掌が来て説明を始める。
「ただいま、砂浜に、鹿の魔獣、雷光鹿が現れて居ます。危険ですので停止しますが、雷光鹿が高速で走り抜ける姿は、絶景なのでごゆっくり観覧していてください」
その説明に、乗客たちが、砂浜を見ると、砂浜を滑る様に駆け抜けていく大きな角を持った鹿が、ヤオ達の乗る車両を追い抜かしていく。
『かなり早いな』
白牙も興味を覚えたのか話しかけてきたので、ヤオが答える。
「あれには種も仕掛けもあってね、あの魔獣は実際に走ってる訳じゃないよ」
首を傾げる白牙。
『しかし、砂浜の上を滑るなど、出来るのか?』
ヤオが首を横に振る。
「魔獣の中には、そんな特殊能力持っている奴も居るかもしれないけど、あれは違うよ。角から放射した雷撃で、砂浜に含まれていた砂鉄に磁力を帯びさせて、自分の体に瞬間変動する磁力を発生させ、磁力同士の反発力を使って、高速に移動してるの(リニアの原理)」
『時々思うが、お前は不要な知識を大量に持ってる気がするぞ』
白牙の言葉にヤオが指を振る。
「これって実は、兵器に転用可能な技術(リニア式レールガンが良い例)だからね、自然とあちきの耳に入ってくるの」
『機械の体が高値で買い取ってもらえるとかも、兵器転用可能な技術の知識か?』
白牙の言葉にヤオは答えず、勝ち名乗り替わりの、雷光鹿のテレパシーに耳に向ける。
『私が最速のスプリンターだ!』
ヤオが、ハマナガの駅で名物の、砂浜焼きソバを食べていると、何人もの研究服姿の男が、通り過ぎていく。
『こんな田舎町で、あんな研究者の集団は不自然だぞ』
海草サラダを食べていた白牙の言葉にヤオが頷き言う。
「目的は雷光鹿だろうけど、捕獲出来るつもりかね?」
『休んでいる所を狙えば、不可能ではないだろうが、捕獲して何に使うというのだ?』
白牙の質問に、鋭い視線になったヤオが言う。
「もちろん、戦争だよ。昔から戦争に魔獣を使うって考えはあるからね」
『どうする?』
白牙の問いかけに、ヤオが悩む。
「魔獣を使った兵器は、禁止しろって真名の時代は言われてたけど、新名になってからは、狼打が元々炎翼鳥に護られていた国の出身だから、禁止制限無いし、兵器の威力の大小って、あちきは気にしてないんだよ」
自分が、出鱈目な攻撃力を持っているので、気楽なヤオ。
『しかし制限は必要だろう?』
白牙の言葉にヤオが頷く。
「まーね。だから少し見に行こう」
そしてヤオは、食事が終わってから、研究員達が向かった先を目指した。
「新型機関車?」
ヤオが首を捻っていると、老人の研究員が来て言う。
「驚いたかね、これこそ我等が誇る新型動力、魔獣エンジン搭載機関車だ!」
その言葉にヤオが感覚を飛ばすと、中に、電撃を放つ虎が、呑気にお肉を食べているのを感じた。
「よく、捕まえましたね?」
その研究員は、胸を張って言う。
「相手も言葉が解る生き物、大好物と言う、牛のステーキを一回につき、十キロ食わせる契約で、雇われてくれた」
『魔獣は通常の生物とは、違うのだがな』
白牙の突っ込みに、意外な事に中で食事をしていた虎、電虎が答える。
『気にするな、俺としても電撃を放っていても、周囲に被害が出ないこの状態は理想なんだ。その上、好物まで出てくるんだ、良い事ずくめだ』
ヤオが納得顔になる。
「つまり、この中の魔獣は電撃を放つ事が、本当のエネルギー補給だった訳ね」
ヤオの言葉に研究員も答える。
「そうらしい。本当に魔獣とは不思議な生き物だ。しかし、この機関車を使えば、あの雷光鹿に勝てる!」
ヤオが確認の為に言う。
「勝ってどうするんですか?」
老人が怒鳴り返す。
「何言っているのだ、勝つ事こそ意味があるのだろうが!」
ヤオが首を傾げると研究員が、熱弁を振るい始める。
「スピード勝負それは、もっとも公平で、果てのない勝負。より速く進む、それだけの為に、どれだけの労力が使われている。それを、魔獣だからといって、負けを認めてなるものか!」
白牙の視線が冷たくなる。
『ヤオ』
ヤオはあさっての方向を向いて言う。
「お願いだから突っ込まないで、こーゆー人種とは、あまり話が合わないんだから」
熱弁を振るい続ける老人研究員の話を聞きながらヤオが言う。
「こんな時こそ、紅雷達が出てきてくれれば良いのに」
老人の話は、これまでの機関車の話しに始まり、自分の人生を語り、日が完全に沈んでも続いた。
砂浜でにらみ合う雷光鹿と老人研究員、エンソン=モタ。
『人間よ、我に勝つつもりか?』
雷光鹿の言葉に、エンソンは胸を張る。
「当然だ、魔獣に何時までも負けては居られない。勝負だ!」
両者の間に燃え上がる、勝負の炎。
何故か、ここに居るヤオが言う。
「それじゃあ勝負のルールを確認します。合図の後に起動させて、目の前のラインから出発し、先にあの大岩と塔の間を通り抜けた方が勝ち。負けた者は勝った相手に言う事を聞く。それで良いよね?」
頷く両者。
『実力の違いを見せてやる!』
「科学の底力をみるが良い!」
そしてエンソンが機関車に乗ったのを確認してから、ヤオは両手を天に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、九尾鳥』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび上がり、空中から九つの尾を持つ鳥が出現する。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、九尾鳥』
ヤオの『八』が光る右掌に弓と化した九尾鳥が収まる。
「光が合図だよ!」
そして白の矢が天に放たれて、物凄い光が、周囲を照らす。
雷光鹿が、その角より凄まじい雷を放って、砂浜の砂鉄に磁力を帯びさせる。
機関車の中の電虎も電撃を放出した。
先にスタートしたのは、機関車の方だった。
雷光鹿は、自分の進む道にちゃんと磁力を帯びさせないといけないため、まだ時間が掛かっていた。
「所詮魔獣の力など、この程度だ! 蓄積された人の力の前では無力だ!」
エンソンが高笑いをあげる。
『あいつ、動力に魔獣を使ってること、忘れていないか?』
白牙の突っ込みにヤオが言う。
「気にしたら負けだよ。本人達が、その事実を気にしていないんだから」
ヤオの言葉を示すとおり、雷光鹿は、自信を込めて言う。
『もう直ぐ道が出来る。それまでの天下だ!』
その直後に、雷光鹿の前の砂浜の砂鉄が、完全に磁力を帯びる。
『行くぞ!』
今度は自分の足に雷撃を放ち、磁力を発生させると、磁力を帯びた砂浜を高速で滑っていく。
そのスピードは、物凄く早く、通常の機関車では、直ぐに追いつかれていただろうが、エンソンの電虎をエネルギー源にした機関車も、通常の機関車の何倍ものスピードで疾走している。
勝負はゴールまで解らない状態になっていた。
『どっちが勝つと思う?』
白牙の問いに、ヤオが笑顔で答える。
「どっちも負けだよ」
そう言って両手を天に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、天道龍』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび上がり、天に巨大な竜が現れる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、天道龍』
ヤオは、右掌の『八』を自分の前に突き出す。そして天道龍は限界まで降下して、自らの体で円を作る。
ヤオは、天道龍の作る円の中に入った。
ゴールまで後少しの地点。
エンソンの新型機関車が先行しているが、雷光鹿も、もう直ぐ抜きそうでもあった。
「もう少しだ! ふんばれ、勝ったら肉を二倍にするぞ!」
エンソンの言葉に、新型の機関車のスピードが僅かに上がる。
『負けてなるものか!』
雷光鹿が必死に追いすがる。
しかし双方は見た、空中に不可思議な円が生まれて、そこからヤオが出てゴール地点を通過するのを。
その後、ほぼ同時にエンソンの機関車と雷光鹿がゴールする。
「勝者はあちきで良いよね?」
ヤオの言葉に当然、エンソンがクレームを入れる。
「何時から、勝負に入っておったのだ!」
ヤオが笑顔で言う。
「あちきが勝負に参加していないって言ってないし、ルール説明の時も、先に通り抜けた者の勝ちっていったよ。そしてあちきが一番に通り抜けたから、勝ちだよ」
歯軋りをするエンソンに対して、雷光鹿は直ぐに諦めた。
『それで、何をすれば良いのだ?』
ヤオは頷く。
「簡単よ、騒ぎを起こさないで欲しいの。今回の事だって、二人で勝負だって言って、他の機関車止めたでしょ。そーゆーの無しにして欲しいの」
その言葉に、エンソンも忌々しげに頷く。
「解った。次は人の邪魔に成らない時間に再勝負だ!」
エンソンはそう言って帰って行った。
そしてヤオも鉄道に乗るために、駅に向かおうとした時、雷光鹿が言う。
『私を汝の使徒にしてもらえないか?』
驚いた顔をするヤオ。
「どうして、そんな事を言うの?」
雷光鹿が天を仰ぎ言う。
『私の中での決め事だ。自分が負けた相手に従うと。そして、何れはその相手にも勝って自由の身になる。負けたことから目を逸らさず、その目標に挑戦し続けて、更なる高みを得る為に』
白牙が大きく溜息をついて言う。
『大人しく使徒にしてやる方が、話が早いと思うぞ』
ヤオは力なく頷く
「宿泊費が足らない……」
ヤオは、エンソンと雷光鹿の勝負で、混乱しきった鉄道のダイヤのずれている間、宿屋に泊っていたが、最終日に宿代を聞いた所で固まった。
「お客さんどういう意味ですか?」
顔は笑顔だが、怒りが滲み出しながら、フロントが聞いてくる。
「それは……」
結局ヤオは原稿料が届くまで、ホテルで下働きをする事になった。
「観光地の宿代って、どうしてこんなに高いの!」
○新八百刃獣
・雷光鹿
その大きな角から放つ雷撃で、鉄(砂鉄)に磁力を帯びさせて、リニアカーの原理で高速移動する。
スピードに執着している。
元ネタ:梟さん(大感謝)
○その他魔獣
・電虎
常に電撃を放ち続けている虎で、エンソンさんに、生肉で雇われている。
この話の後も、エンソンさんの元で、新型機関車のエネルギー源をやっている。
元ネタ:忍神さん(大感謝)




