魔獣探索紀行
鉄道で旅するヤオ。その行く手に待つのは?
時空神が新名に替わってから百年の月日が経過した。
世界は、輝石魔術と言う、技術的に習得できる魔法の誕生と、それを動力源にした機械技術の発展により、大きく変貌しようとしていた。
そして、新技術の機関車を用いるトウヨコ鉄道が、ワーレル大陸にその線路を張り巡らせて居た。
「今回はローレン線を、砂漠の街、シオアスに向かう車窓から」
ヤオが口で言った事を紙に書きとめている。
『それ、止めんか?』
嫌そうな白牙の言葉に、ヤオが首を横に振る。
「こうしないと雰囲気出ないの。今は昔と違ってお金が無いと、本当に何も出来ないから、こうやってトウヨコ電鉄がスポンサーになっている、アドマチック出版の機関車の旅を推奨する雑誌『世界の車窓から』の原稿書いて、小金を稼がないと」
そう言いながらも、車窓から見える風景を、意外にも綺麗な言葉に変えていくヤオ。
『しかし、この頃魔獣が多いな?』
諦めた様子の白牙の言葉にヤオが頷く。
「本当に困ったもんだよ」
白牙も頷く。
『ああ、百年前の神々の戦いで破れたり、傷を負った神の欠片や、桃暖風の気まぐれによる、邪神との対決で受肉した肉体の欠片等が、百年という歳月を経て、魔獣化しているらしいからな。狼打とこないだ会ったが、愚痴っていたぞ』
「あちきとしても、無視するわけ行かない、だから次のシオアスに行くんだけどね」
肩を竦めるヤオの言葉に、白牙が言う。
『砂漠の命とも言って良い水場に住む魔獣だったな?』
頷くヤオ。
「そう、竜の魔獣。一説には、前の海の神の欠片から生まれたって話だよ」
『変では、ないか?』
白牙の言葉をあっさり肯定するヤオ。
「そう、変だけど、あちきの知覚にも、海の神の力を感じるよ」
『何か裏がありそうだな』
シオアスに着いたヤオを待っていたのは、水不足で騒ぐ住民だった。
「行政は、何をやっているんだ!」
「早く魔獣を滅ぼせ!」
「俺達を干乾びさせるつもりか!」
ヤオは頬をかいて言う。
「なんか大変な事に成ってるね」
頷く白牙。
『急いで現場に行った方が良いな』
ヤオは首を横に振る。
「先に原稿を出してくる」
そういって、トウヨコ鉄道の駅にある、アドマチック出版用の投函箱に走っていく。
『あの性格は、二百才を越しても、治らなかったな』
大きく溜息を吐く白牙であった。
問題の水場では、竜が町の人間と争っていた。
『ここは、わたさん!』
竜の動きに合わせ、水が、攻撃を仕掛け、男達をあっさり弾き飛ばし、戦闘を終了してしまう。
「覚えてろよ!」
去っていく町の人たち。
『助けなくて、良かったのか?』
白牙の言葉にヤオが頷く。
「だって、状況解らないし、第一、あんな直ぐに退散する人達を、どう助けろって言うの?」
白牙もそれには頷く。
そしてヤオは、その竜の前に立って言う。
「貴方のお名前、何て言うの?」
『礼儀も知らない小娘だな。そんな小娘に教える名など無い!』
ヤオは右手を掲げて力を込める、そこに『八』の文字が浮かぶ。
「あちき以外に、『八』を刻んだ者は居ないと思うよ」
その一言に竜が驚き、動きを止めて言う。
『初めてお会い致します。私の名は水流操竜と申します。元々は、海に居ましたが、私の力で、この水場の水を無駄なく循環させれば、人助けに成ると頼まれて、ここに来ました』
白牙が小さなテレパシーで言う。
『魔獣とは、そう言うものなのか?』
実は、生まれはヤオと大差ない白牙は、力こそあるが、若い魔獣だったりする。
「海の海流を操る魔獣は結構いるんだけど、一番の原因は新しい海の神様でしょ?」
ヤオの言葉に水流操竜が頷く。
『よくお解かりで。いまの海の神様はチャラチャラし過ぎです。ギャンブルなど海の男には、必要ないのです!』
強い主張に、白牙が視線でヤオに問いかけるが、ヤオは敢えて無視して話を続ける。
「その貴方が、どうしてここで暴れているの?」
水流操竜は、激しい動きを再開させる。
『問題はそこなのです! やって来てみれば、私の力を悪用して、水をこの町だけで独占しようとしていたのです! そんな無法は許されません!』
白牙が、再び視線で話しかけるので、ヤオが諦めて小さなテレパシーで答える。
『前の海の神様って凄いストイックで、仁義に厳しい神様だったの。その反動で今の海の神様に、あれが選ばれたの』
白牙が納得できない表情だが、渋々頷く。
「つまり、嘘つかれたから帰りたいけど、砂漠の真ん中からは、自分ひとりでは帰れないって訳ね?」
ヤオの言葉に水流操竜が大きく首を縦に振る。
『その通りです。すいませんが、海まで連れて行ってくださいませんか? お礼は必ず致します』
ヤオが少し悩んでから言う。
「あちきの八百刃獣になれば、その位はできるけどそれでも良い? 当然、一時的な処置だから直ぐ、約定を破棄して、元の魔獣に戻せるよ」
深く頭を下げる水流操竜。
『ありがとうございます』
その時、一人の青年がやって来た。
「スイ、海に帰ってしまうのか?」
水流操竜が困った顔をする。
『すまない。これ以上ここに居ても意味が無いのだ』
青年が悲しそうな顔をしたが、笑顔で言う。
「今までありがとう。スイが水流を操って水を送ってくれたから、私達の村が救われた。感謝してる。でもこれ以上居たら魔獣倒しの専門家に殺されてしまう。早く海に帰って、平和に暮らしてくれよ」
水流操竜が暗い顔をして、ヤオの方を向く。
『彼の村を救う術は、ありませんか?』
ヤオが頬をかく。
「ちなみに、ここの水源って何?」
水流操竜が答える。
『この水場の底に、古参のお方、水産蛙様が居て、周囲の大気から、水を生み出しているのです』
『そいつに、村の所まで移動してもらえばいいだろう?』
白牙があっさり言うが、水流操竜は首を横に振る。
『それが駄目なのです。長い間じっとしていた為、自分の力では動く事は出来ないのです』
「まー、古参の魔獣だったら、場所に縛られても仕方ないんだけど。ちょっと考えさせて」
水流操竜にそう断ってから、青年の方を向くヤオ。
「詳しい事情を、説明してくれる?」
魔獣と対等に話す少女に驚きながらも、青年が説明を開始した。
『結局、このシオアスは、周囲の人間に水を売って暮らしている水売りの街で、それを効率よく行う為、水流操竜を連れてきたが、逆効果になってしまったのだな』
食堂で、サボテンのサラダを食べながら白牙が言う。
「正直、それほど酷くなければ、無視しても良かったんだけど」
砂鳥の卵炒めを食べながらヤオは、青年に案内された、幾つかの村の惨状を思い出す。
「あそこまで酷いと、戦争になりかねない。そうなる前に解決しないとね」
『それで、手はあるのか?』
白牙の問いにヤオが言う。
「水流操竜には、倒されてもらうよ」
首を傾げる白牙。
『どうして、そうなる?』
ヤオは、視線を向けずに、後ろに隠れている男をフォークで示す。
「あの時も監視されていた。何かしてたらすぐ気付かれる。今回の事は、町の人間に、知られる訳には行かないからね」
「やーやー、我こそは偉大なる戦いの神の候補者、八百刃なり!」
町民が見守る中、ヤオが大見得をきる。
『わざとらしいぞ!』
町民には聞こえない白牙の突っ込みを無視して、水流操竜が言う。
『愚かな町民に雇われたか。いまここで、返り討ちにしてやる!』
凄まじい水流がヤオに向かって放たれる。
ヤオは、右手を白牙に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
ヤオの右掌に『八』が浮かび、白牙が刀になる。
ヤオは、白牙で次々と水流を切り裂き、水流操竜の頭に乗って、宣言する。
「大人しく、私の使徒になるのなら、命だけは助けよう」
『解りました。どうかお命だけはお助けください』
頷き、ヤオが胸元を開き、両手と並べる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒と化さん、水流操竜、水産蛙(小声)』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』、胸に『刃』の文字が浮かび上がり、水流操竜がヤオの持つ異空間に吸い込まれる。
消えていった水流操竜を見て町民から歓声があがった。
青年の村の近くの、枯れて居た筈の池に、水が溜まり始めていた。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいのか、解りません」
そんな村人達にヤオは釘を刺す。
「解ってると思いますけど、独占しようとしたら、場所を移しますからね?」
村人達は、あっさり頷く。
「解っています。水が無い苦しみは、我々が、一番よく知っているのですから」
そしてヤオが、池の底に居る水産蛙に話しかける。
「水産蛙さん、使徒としての約定を、解除しますよ!」
しかし水産蛙からは、意外な返事が返ってきた。
『このまま約定されたままで、結構です』
首を傾げるヤオ。
「どうしてですか?」
『私は、もう二度と違う景色を見ることが無いと思っていた。しかしこうして違う景色を見られた。私は、常はここに居て、貴方様の呼び出しに答え、違う風景を見てみたいのです。宜しいですか?』
ヤオは頷く。
「それじゃあ後は、水流操竜を海に連れて行くだけだね」
ヤオの言葉に、召喚されて、青年と話していた水流操竜が答える。
『私もこの恩を返す為に、貴方の真の使徒として働かせて下さい』
「いいけど、海に戻らなくても良いの?」
水流操竜は大きく頷く。
『はい。構いません。それでは又会おう』
ヤオが持つ特殊空間に戻っていく、水流操竜だった。
そしてヤオの鉄道での、魔獣探しの旅は続くのであったが、一つ、後日談。
「嘘?」
とある駅でその通知書を受け取ったヤオが愕然とした。
『どうしたヤオ?』
「原稿料、あてにしてたのに!」
ヤオの手からこぼれた通知書には、シオアスの町が閉鎖される為に、その回の原稿がボツに成った事が書かれていた。
○新八百刃獣
・水流操竜
水の流れをコントロールする能力を持つ。
金海波の前代の海の神の欠片から生まれた。
仁義にあつい性格をしている。
元ネタ:hiroshi さん(大感謝)
・水産蛙
大気中より水を生み出す力を持つ、高位の魔獣。
高齢の為、自分の意思では動けない。




