新たな邪神、武術を司る、紅炎甲
新たな邪神がヤオを狙う。戦え我等の戦神候補
ミードス大陸のメルボンとガーラメの間の山の中
「おなか空きましたから、ご飯買って来て」
この山に入ってから、数十回目のヤーリの言葉に、ヤオが怒りを必死に抑えながら答える。
「何度も言いますが、こんな山の中では、ご飯売っている店はありません」
「どうして?」
純粋に聞いてくるヤーリに、白牙が呆れた顔をする。
『こんな世間知らずのお嬢様を、一人で放り出せたな』
ヤオは馬車の手綱を握りながら、テレパシーで答える。
『一人じゃないよ。周りの気配に、気付かない?』
白牙が悩んだ顔をする。
『護衛らしい奴らが居るのは、解るが、何でピンチの時に現れない?』
『本気で危なくなったら、出てくるつもりでしょ』
大して気にした様子も無く、答えたヤオの腹が鳴る。
「まさか、『戦神神話』積み込み過ぎで、ろくに食料積んでないなんて、思わなかった」
大きく溜息を吐くヤオ。
「当然よ! 食べ物なんて、何処でも買えるわ。でも『戦神神話』を買える所なんて、限られているんだから」
ヤーリの、自信たっぷりな発言だった。
『現実を知らないという事は、ある意味、凄いな』
白牙の言葉に、頷くヤオであった。
神界の最深部、桃暖風がダラダラしている部屋では、カーテン越しに、頭を下げる邪神が居た。
「戦神候補の神名者、八百刃の滅ぼす役目は、私にお任せください」
カーテンの前に立つ、紫縛鎖が言う。
「正面から戦って、勝てる相手では無いぞ」
その邪神、真っ赤な髪をし、プロテクターを纏った、紅炎甲が言う。
「逆です! 八百刃は、姑息な手段で、相手を陥れる最低の神名者です。正面から戦い、きっと打ち破って見せます!」
納得したように頷く紫縛鎖。
「解った。八百刃を滅ぼすのは、お前に任せよう。受肉の許可は、私の方で手配するので、待っているが良い」
「ありがたき、幸せ」
深く頭を下げる紅炎甲。
お腹が空いたと、駄々をこねるヤーリに、野草と茸で作ったスープを飲ませ、寝かせた後、ヤオが大きな声で言う。
「食料が無くて、結構ピンチなの、食料わけてくれない?」
暫くの沈黙の後、明らかに、この大陸の人間で無いとわかる男が、出て来る。
「気付いていたのか?」
ヤオが頷く。
「大陸一の商人、カタナが、自分の娘に護衛をつけない筈無いし、普段はともかく、ヤーリがピンチの時には、きっちり殺気が漏れてたよ」
苦笑する男。
「私も、まだまだ未熟という事だな」
男は、通常の剣と異なる、短めの刀、俗に忍刀と呼ばれる剣を構える。
「お嬢様に近づくお前は、何者だ? 非常識な身のこなしと良い、外見通りの、十二歳の小娘とは、思えない」
次の瞬間、その男は地面に倒れていた。
男の両腕は交差し、自分の背中で押さえつけられて居て、腹の上に、ヤオが腰をかけていた。
「あちきのことは、あまり探らない方が身の為だよ。それと、あちきは、十四歳で通してるから」
「そんな訳にはいかない。お嬢様にもしもの事があったら」
男の真剣な眼差しに、ヤオが溜息を吐き、右掌を見せる。
「なんのつもりだ?」
次の瞬間、ヤオの右掌に『八』の文字が浮かび上がる。
「八の文字を持つ神名者って、あちき以外には居ないよ」
驚愕する男。
「貴方が、八百刃様ですか?」
ヤオはあっさり頷く。
「これでも、百十五歳のおばあさんだったりします」
ヤオが退くと、男は平伏する。
「ご無礼の数々、申し訳ございません」
「別に良いけど、さっき言ったこと、お願いできる?」
その男は、頷き、食料をヤオに献上する。
「どうして、お嬢様にその事を伝えないのですか?」
男、ヤーリの護衛担当、サイゾウの言葉に、ヤオが困った顔をする。
「簡単に言えば、彼女にとって八百刃は、夢の存在。現実を知るには、早すぎるからね」
『現実が、こんなだと知ったら、自殺しかねないからな』
白牙の補足は、残念な事に、サイゾウには届かない。
「まー、これからも大変だとおもうけど、頑張って」
ヤオの呑気な言葉に、頭を下げるサイゾウ。
「ありがたき、お言葉」
闇に紛れていくサイゾウ。
『昔に助けた、ジーパ忍びの生き残りと会うとはな』
白牙の言葉に、頷くヤオ。
「今も、彼は逃げ続けているんだよ。ヤーリの護衛は、その為の手段だった筈だよ」
白牙が首を傾げる。
『どうして、過去形なのだ?』
「男と女には色々あるって事だよ」
白牙が悩む中、ヤオは当座の食料の心配が無くなったので、幸せそうな顔をして、眠りについた。
翌日、ヤオたちは、小さな町について、『戦神神話』を配っていた。
「変な視線を感じる」
ヤオの言葉に、白牙も頷く。
『確かに、何か不自然な視線だな』
しかし、ヤーリは平然としていた。
「そんな細かい事気にしないで、配布する!」
その時、一人の子供が来て言う。
「ねーねー、お姉ちゃん達が配っている本に書かれているのって、この人のことだよね」
一枚の張り紙を指さす。
そこには、次の様に書かれていた。
『挑戦状! 我は、蒼貫槍の強敵と書いて友と呼ぶ存在、紅炎甲なり。
戦神を名乗る八百刃よ、卑怯な手段で蒼貫槍を破った、貴様の化けの皮を剥いでやる。
ガーラメで待つ』
ヤオは肩を竦める。
『思いっきり、勘違いな、邪神だな』
白牙の言葉に頷くヤオ。
「仕方ないよ、邪神なんて、エゴの凝り固まりみたいなものだもん」
『それで、応じるのか?』
白牙の質問に、本気で不思議そうな顔をしてヤオが言う。
「なんで?」
『そうだな、態々敵が罠を張っている所に、自分から向かうなど、愚の骨頂だな』
その時、ヤーリが拳を振り上げる。
「邪神の分際で、卑怯なんて言葉を使うとは、言語道断! ヤオ、ガーラメの街に行くよ!」
嫌そうな顔でヤオが言う。
「どうしてですか?」
ヤーリがガーラメとは反対方向を指差す。
「そこに八百刃様が来るからよ。八百刃様に会う、絶好の機会だからね」
大きく溜息を吐くヤオ。
その時、狼頭を持ち、先程の張り紙を持った、獣人が現れる。
『貴様ら、八百刃の信望者か?』
ヤーリが胸を張って答える。
「そうよ! あんたは、誰!」
狼人は拳をヤーリに向けて言う。
『我が名は爆拳狼、武術を司る神、紅炎甲様の使徒なり。八百刃に対する見せしめに、お前を殺す』
爆拳狼が突っ込んでくる。
ヤオは溜息を吐きながら、ヤーリの前に出ると、爆拳狼に足払いを食らわす。
大きくこけて、拳が触れた壁を爆発させる。
『ヤオ、あまり周りに迷惑かけるなよ』
白牙の忠告に頷き、ヤオはヤーリの方を向いて言う。
「被害が出そうだから、周りの人達を、避難させといて下さい」
ヤーリは、不満気な顔をするが、ヤオは笑顔で続ける。
「八百刃も言っています、大切な者を護れない戦いは、決して正しい戦いとはいえないと」
ヤーリが渋々頷き、住民を避難させていく。
『自分で言ってて、恥しくないか?』
白牙の突っ込みに、ヤオは頬を少し赤くする。
「少し恥しい」
その間に、爆拳狼が復活する。
『こんな所で会うとは、紅炎甲様が相手するまでも無い、私がお前に滅ぼしてやる!』
次々と爆発する拳を振るう爆拳狼。
ヤオはそれをあっさり避けていく。
「あのさー、一応あちき戦神候補なんだよ、八百刃獣居なくても、使徒に負けると思う?」
爆拳狼は単調に拳を放ち続ける。
『舐めるな! 戦神候補なんぞに、鍛え抜かれた我が技を、かわしきれる訳が無い!』
ヤオは、打ち込んでくる爆拳狼に対して、踏み込み、その両手首を掴んでしまう。
「確かに、単純な力だけなら、貴方の方が上かも知れない。でも戦いって、そんなもんじゃないの」
『力こそ、全て!』
爆拳狼が強引に振りほどく。
『使うか?』
白牙の申し出に、ヤオは首を横に振る。
「いくらあちきでも、使徒相手に、素手で負けるなんて思われるのは、不愉快だから、偶にはあちきの強さを見せ付けてやらないとね」
『ふざけろ! 八百刃獣の力と、口先だけで勝っている、卑怯者が! 我が奥義を喰らえ!』
爆拳狼が高速で動き、分身を生み出す。
ヤオの視線が一気に冷たくなる。
『見たか! これぞ、我が奥義なり。お前に、本物を見分ける事が出来るか!』
ヤオは、腕を振り上げる。
「その冗談を続けるのだったら、直ぐ終わるだけだよ」
爆拳狼が余裕の笑みを浮かべ、答える。
『はったりは、止めておけ。この技は、神ですら本体を見破れない。神名者のお前なんぞに、この技を破れる訳が無い!』
ヤオは、それに答えず、全身で回転しながら、バックブローを何も無い所に打ち込む。
『……馬鹿な?』
ヤオの拳の先には、爆拳狼が居た。
「魔法で分身を作らず、純粋な体術で生み出した残像による分身。神様でも見破るのは難しいと思うけど、残像の発生場所から移動経路割り出すなんて、至極簡単なんだよ」
そう言うヤオの右足の踵が、バックブローでくの字なっていた、爆拳狼の頭上に在った。
強烈な踵落しが爆拳狼に決まり、意識を毟り取る。
倒れている爆拳狼の体を解体しながら、白牙が言う。
『こんな馬鹿な使徒を飼ってる紅炎甲とは、どんな馬鹿なんだ?』
ヤオは肩を竦める。
「武術馬鹿、蒼貫槍に対抗する為だけに、あの大戦の時は、新名側についてた筈だよ」
『あまり邪神を滅ぼし過ぎると、バランス崩すから、気をつけろよ』
白牙の忠告に、大きな溜息を吐きながら頷くヤオ。
「なんで襲われる側のあちきが、相手の心配をしないといけないんだろう?」
「紫縛鎖、何やってるの?」
桃暖風が暇な為、紫縛鎖の所に来て聞く。
「次に、八百刃に差し向ける、邪神のピックアップをしている最中です」
少し考えてから桃暖風が言う。
「それって紅炎甲にやらせるんじゃなかったっけ?」
紫縛鎖は平然と言う。
「あれは、新名派だった神に対する嫌がらせです。正面から戦って、八百刃に勝てる存在など居ませんからね」
桃暖風が頷く。
「そうだね。ところであたしエッチな気分になったから、相手して」
そのまま、近くのベッドに紫縛鎖を押し倒す、桃暖風。
ぞっこんの紫縛鎖が断るはずも無く、ピックアップ作業と、紅炎甲の受肉の為の処理が、約一週間遅れる事になった。
その間も、特訓する紅炎甲が居た。
「待っていろ、八百刃!」
「卵料理が無いって、どういう事?」
ヤオが悲しそうな顔をして、ウエイトレスの人に言う。
あの後、頑張って『戦神神話』を配った為、ヤーリから特別ボーナスとして、卵料理食べ放題の権利を手に入れたヤオだったが、食堂では卵料理が全て、品切れだった。
「さっきの騒動で、この村にあった卵が、全て割れちゃったんです。明日になれば、新しい卵があると思うのですが」
申し訳無さそうに答えるウエイトレス。
ヤオはねだる視線をヤーリに向けるが、ヤーリは一刀両断する。
「食事終わったら直ぐ、ガーラメに向かうからね」
ヤオは必死に哀願したが、ヤーリが願いを受け入れる事は無かった。




