笑顔を絶やさぬ強き少女
神名者には、強い制約がある。その為戦いたくても戦えない時があった
「綺麗なお花畑だね」
ヤオが一面の花畑を見て呟く。
『幾ら見ていても、腹は膨れないぞ』
白牙の一言に答える様に、ヤオの腹の虫が鳴る。
「もう少し余分に、食料を買っておけばよかった」
大きく溜息を吐く、ヤオ。
花と花とを飛び交う蝶を見ながら、ヤオが言う。
「あの子との約束、護れてるかな?」
白牙が力強く言う。
『大丈夫だ、お前はしっかり護っている、あの九十年前にした約束を』
ヤオは、大きな城下町に居た。
『間違いないのか?』
白牙の問いにヤオが頷く。
「間違いなく、この町は滅びるよ」
白牙が周りを見る、平和そうな街だが、白牙も、戦神候補としてのヤオの能力は、信じていた。
『お前の仕事は、無いのだな』
少し悩んでから、頷くヤオ。
「この国は幾つもの植民地を作って、そこから生み出される利益で維持されてるの。そして、もう直ぐ植民地の人間達が蜂起するの。それは自分を護る正しい戦い。失敗するなら、あちきが手伝う事もあるけど、成功するから、あちきのする事は無いよ。あちきはただ、大きな間違いが起こらないか、見守るだけ」
白牙は少し考えてから言う。
『あまり好きな展開では、ないのだな?』
ヤオは素直に頷く。
「この町の人間に、悪意はないんだよ。それでも多くの被害が出る」
『嫌だったら、防げば良い』
白牙のストレートな言葉に、ヤオは苦笑して、首を横に振る。
「悪意が無いからって、植民地の人間を犠牲に、良い生活していたのは、罪なんだよ。第一、あちきは正しい戦いの護り手、自由を得る為に戦う人とは、戦えない」
『前から思っていたが、神名者とは不自由なものだな』
大きく頷くヤオ。
「大きな力と引き換えに、様々な義務と制約を受ける。それが神名者だよ」
そんな時、一人の花売りの少女が、笑顔でヤオに花を見せる。
「お花、如何ですか?」
対処に困って、頬をかいているヤオの前で、一人の男が出て来て、まだ胸も膨らんでない少女に言う。
「馬鹿娘! 何度も言っただろうが、お前が花を売るのは、男だけだってな」
その言葉にヤオは溜息を吐く。
「やっぱり、そっちの花売りな訳ね」
少女を引っ張っていこうとする男に、ヤオが笑顔で言う。
「ねー、貴方も花売りなんでしょ?」
ヤオの言葉に、男が卑しい笑みを浮かべる。
「お金持ってるんだったら、白い花を売ってやるよ」
ヤオは側の壁を、素手で壊して言う。
「赤い花を売ってくれると、助かるんだけど?」
冷や汗を垂らす男。
「俺は、花売りじゃないんだよ」
ヤオが少女に近づき、言う。
「だったら、花売りの少女とは、関係ないよね?」
男はヤオが何を言いたいのか、悟った。
「こいつは親無しだぞ。どこにも行くところなんて、無い」
「そんな事は、もう直ぐ関係なくなるよ。花売りなの? 違うの?」
男はもう一度、壁を見て、逃げ出していく。
困った顔をする少女に、ヤオが言う。
「花売りってどんな仕事か、聞いてたの?」
その少女は笑顔で答える。
「うーんと、花買ったくれた人の家に行って、花を置いてくるんだって」
白牙が首を傾げる。
『意味不明なのだが?』
『花売りって場所によっては、売春行為の指すんだよ。まともな花売りだったら、あんな花弁が落ちた花なんて売らせないから、そっちじゃないかと思ったら、ビンゴだった訳』
ヤオのテレパシーでの返事を聞き、白牙は少女が持っていたかごを見ると、確かにいい加減な入れ方をされていて、花弁が落ちている物もあった。
「そのお花、どうしたの?」
ヤオの言葉に少女が言う。
「あのおじさんがお花売るから、お花摘んでこいって言ったから、秘密の場所から摘んで来たの」
嬉しそうに言う少女に、ヤオが言う。
「お姉ちゃんにも、教えてくれる?」
少女は精一杯、難しい顔をして悩むが、直ぐ笑顔になって言う。
「おねえちゃんにだけ、特別だよ」
「綺麗だね」
岩に囲まれ、花が咲き乱れる場所で、ヤオがそう言うと、少女が全身を使って頷く。
「あたしの秘密なの!」
ヤオはそこに浮かぶ蝶を見て、呟く。
「白牙、気付いてるよね?」
白牙が頷く。
『ああ、最初は何で寄り道してるのか不明だったが、この蝶は魔獣だな』
白牙の答えに、ヤオが頷く。
「花におかしな気配を感じたから、もしかしてと思ったんだけど。正解だったよ」
そんな話しをしている間も、蝶達は少女の周りを舞っていた。
『神名者様、どうか、見逃して下さい』
そんな蝶からのテレパシーが、ヤオに流れてくる。
『私達は、この地から離れるつもりはありません。ただ、ここで飛んでいるだけで良いのです』
その言葉にヤオが言う。
『それは無理、多分この場所は、戦争で荒れるから』
それを聞いて、蝶達の動きが慌ただしくなる。
『それでは、この子はどうなりますか?』
ヤオは少しだけ躊躇した後、答える。
『多分、死ぬよ』
その言葉の後、蝶達の動きがさらに乱れる。
それで少女も異変を察知したのか、ヤオの方を向く。
「おねえちゃん、蝶々さんに何かしたの?」
ヤオは首を横に振る。
すると少女は精一杯、拳を握り締めて言う。
「蝶々さん、安心して。蝶々さんたちは、あたしが護るよ!」
その言葉に、蝶達がヤオを見る。
『神名者様、この子だけは助けて頂けませんか? その願いが叶うのでしたら、私達は滅びても構いません』
ヤオは首を横に振る。
「あちきは、正しい戦いの護り手、その戦いが正しい限り、手を出せないよ」
『ならば私達の手で護るまで』
蝶達は、飛び立つ。
『どうする?』
白牙の問いにヤオが悲しそうに言う。
「あちきには、何も出来ないよ」
さっきまでヤオ達が居た城下町は、蜂起した植民地の兵士達によって、制圧されていった。
多くの血が流れ、何も知らずに居た町の人間が、死んで行く。
その死体の中には、先程の男も居た。
そして少女は、困惑の中、蝶の魔獣を探していた。
「蝶々さん、何処!」
その声が、植民地兵達を呼ぶ。
「ここにも居るぞ! 俺達を虐げていた奴らが!」
少女に迫る兵士達。
その時、蝶の魔獣が植民地兵達を、風で吹き飛ばす。
『大丈夫か?』
蝶の魔獣のテレパシーは、神名者や魔獣には聞こえても、少女には聞こえなかった。
少女は、倒れた植民地兵達に近づく。
「大丈夫?」
その一言に植民地兵は驚く。
「お前、我々が怖くないのか?」
少女は笑顔で答える。
「怖くないよ。だって皆、友達だもん」
唖然とする植民地兵達、その時、城からの反撃が始まった。
植民地兵と少女がそちらを向いた時、城の兵士が言う。
「愚かな植民地兵など、皆殺しにしろ!」
号令と共に放たれる砲撃が、植民地兵を殺す。
植民地兵が少女を指さす。
「この少女は我々とは関係ない、攻撃を止めろ!」
しかし、城の兵士達は、取り合わない。
「くだらん命乞いをするな!」
砲撃が放たれる。
『止めろ!』
蝶の魔獣達は必死に風を起こし、防ごうとするが、圧倒的な数の砲弾に、少女は巻き込まれた。
植民地兵が少女を庇った為、少女は即死しなかった。
しかし、少女の小さな体は、確実な死のカウントダウンを始めていた。
「愚かな植民地兵を一掃してくれる!」
城の兵士の前にヤオが立つ。
「愚かなのは、貴方達だよ」
ヤオは右手を白牙に向けて唱える。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
ヤオの右掌に『八』が浮かび上がり、白牙を刀に変化させると、ヤオは次々と砲台を破壊していく。
「勝敗なんて、もう決まっているよ」
ヤオが兵士達に城を見させる。
城は燃え、国旗は降ろされ、王族の死体が吊らされていた。
呆然とする城の兵士達をほっておき、ヤオは、少女の傍に行く。
『貴女がもう少し早く来てくだされば、この少女は助かった筈!』
蝶の魔獣の言葉に、ヤオは何も言わない。
少女が笑顔で言う。
「おねえちゃんって、強いんだね」
ヤオは首を横に振る。
「あちきは弱いよ、自分の一人じゃ、戦いを止める事も出来ない。あの人達が貴女を護ろうと戦ったから、力を貸せたんだよ」
その言葉に少女が言う。
「それだったらあたしが戦えば、おねえちゃんも戦ってくれる?」
ヤオは強く頷くと少女が言う。
「あたしは、皆が幸せを邪魔する人たちと戦いたいの。でもあたし力弱いから、今まで何も出来なかったの。おねえちゃんが助けてくれたら戦えるよね?」
「当然、貴女が戦う意思を無くさない限り、あちきは絶対勝たせてあげる」
断言するヤオ。
「良かった。安心したら眠くなっちゃった。起きたらいっぱい戦うから、お願いね」
そのまま目を閉じ、少女は二度と目を開けることは無かった。
『この少女は不幸な生い立ちだった。両親を早く亡くし、親戚をたらい回しにされた。それでも少女は何時も、笑顔を絶やさなかった。そんな少女が、何故こんな死に方をしないといけないんだ!』
蝶の魔獣達の言葉にヤオが言う。
「あちきの力不足だよ」
立ち上がり少女の遺体を清めて、墓を作るヤオ。
そして墓の前に立って、胸をさらし、両手を並べる。
八百刃の文字を少女の墓に見せて、ヤオが宣言する。
「八百刃の名の下に、汝の戦い、人の幸せを邪魔する人との戦いを助け続ける事を宣言する」
そんなヤオの周りを、蝶の魔獣が舞いながら言う。
『ならば私は、それを汝の使徒となって見届けよう』
そうして、風を操る蝶の魔獣、風乱蝶が八百刃獣になった。
「あの子との約束があるから、細かい事にも力を使えて、あちきは助かってるけど、あの子の希望に叶ってるのかな?」
花畑で呟くヤオ、その時、強引に出てきた風乱蝶が言う。
『今のところは大丈夫だ。だがより一層の精進をしろ』
その言葉に微笑むヤオだったが、倒れた。
「……おなか空いた」
『白牙よ、本気で八百刃様は、神名者なのか?』
風乱蝶の言葉に、白牙が凄く思考した後言う。
『間違いない……筈だ』
そんなヤオの傍に、一人の男が来る。
「お前って、本当に、何時も飢えてるな?」
ヤオがその男を見た。
「狼打? どうしてここに?」
狼打は、食べ物を差し出しながら言う。
「新名から頼まれた。邪神に大きな動きがあると、伝言する様にな」
ヤオは食べながら言う。
「詳しい話しを聞かせて」
狼打も頷く。
「最初からそのつもりだ。飯くらい奢ってやるから、安心しろ」
狼打の言葉に、嬉しそうな顔をするヤオ。
「さー行こう。直ぐ行こう!」
町に向かって駆け出すヤオ。
そんなヤオを見ながら狼打が、白牙達に言う。
「お前達も苦労するな」
白牙は大きな溜息を吐く。
『諦めている』
そして狼打達も町に向かうのであった。




