神名者の定め
過去の八百刃と出合った者と合うヤオ。そこにあるのは?
「本当に大丈夫なのですか?」
ニュームスは城門の前で困惑していた。
「大丈夫だよ。それよりシルバス法治王国に滞在し、その教えを広めている神名者、輝銀地で良いんだよね?」
「良いも何も、正しき大地と結ぶ法の導き手、法の神候補の神名者、輝銀地に話しを聞けるのなら、これ以上の事は無いですが……」
不安そうなニュームスにヤオは力強く頷く。
「これでもあちきは顔が広いんだから、大丈夫だよ」
『個を消さないといけない神名者の顔が、広いのは、激しく問題があるのだがな』
白牙のヤオにしか聞こえない突っ込みを、何時も通り無視して、ヤオが門番に言う。
「そこのお兄さん! あちき、輝銀地に用があるから取り次いで」
極々当然の様に言うヤオに、門番は、もちろん、隣で聞いていたニュームスも驚く。
「ヤオちゃん、幾らなんでもそれは不味いよ」
慌てるニュームスと激怒する門番。
「お前何様のつもりだ! 輝銀地様がお前みたいな者に会う訳、無いだろう!」
それに聞いてヤオは冷たい視線になる。
「何様のつもり? 冗談だったら聞き流してあげるけど、全てに対して平等を重んじる法の導き手、輝銀地が、相手の身分で会うかどうかを別けるなんて思ってるの?」
門番が感情のままに怒鳴り返す。
「煩い! 輝銀地様に対する無礼は、我々が許さん!」
門番が槍を、ヤオに突きつけた。
ニュームスが思わず目を瞑った時、門番の後ろから声がする。
「お前の方が間違っているぞ。輝銀地様は身分で人を判断しない。会う意思と内容によって判断するのだ。お前の発言は、その娘が言う様に、輝銀地様の考えから外れる物だ」
門番が槍を戻す中、出て来た青年を見てヤオが言う。
「モテルス殿下じゃない、大きくなったね」
その言葉に青年が驚く。
「初対面だと思いますが?」
ヤオは少し考えてから言う。
「五歳だと覚えてるかどうか、難しいね。とにかく立派になったね」
その青年、シルバス法治王国の殿下、モテルスが眉を顰める。
「私は、今年で二十五です。五歳といえば二十年前なのですが」
頷くヤオ。
「計算は間違ってないよ。最初に言っておくけど、女性に年を聞くのはマナー違反だよ」
少し困惑した顔で、モテルスが言う。
「随分、お若く見えますね」
「よく言われます」
暫くの沈黙の後、モテルスが言う。
「輝銀地様へのお客様を、我々が判断するのは問題ですから、輝銀地様に確認しますのでご用件を」
それに対してヤオはあっさり言う。
「ヤオが、個人的に八百刃の話しをして欲しいって人を連れてきたって、伝えて下さい。紹介料も取る、ヤオの個人的なアルバイトだって、付け加えといてくれると助かります」
門番の額に血管が浮かぶ。
「小娘、いい加減にしとかんと殺すぞ!」
それに対して、ヤオが言う。
「さっき注意されたばかりだよ。判断するのは、輝銀地だよ」
門番は、我慢の限界の様に槍を振り上げる。
「限界がある!」
モテルスが、そんな門番を抑えて言う。
「落ち着け。輝銀地様にお伝えしますが、その願いは叶えられない可能性が、高いですよ?」
ヤオが笑顔で言う。
「そこは大丈夫だよ。それじゃあ待合室で待ってるけど、場所変ってないよね?」
モテルスが頷く。
「はい、輝銀地様とお会いする人の待合室は、三十年以上前から一緒です」
ニュームスを連れて、待合室に向かうヤオ。
モテルスは、輝銀地との対面室に赴き、報告する。
その奥には輝銀地が居るが、カーテン越しで、曖昧な影しか解らない。
『金欠の呪縛は、まだ続いて居るみたいだな』
特殊な機械から聞こえてくる、カーテンの向こう輝銀地の声が、常と違い、微かに感情がある事に、モテルスが驚く。
『その者に伝えよ、その件は確かに受け付けた。その話しをしている間に、約定を果たせと』
モテルスは自分の耳を疑っていると、輝銀地が続ける。
『あれとは、金儲けの手助け位はしてやっても良い位の、個人的に知り合いなのだ。何時も金欠で、何度かお金を貸した事がある。労働で返してもらっていたがな』
「輝銀地様からの伝言は、以上です」
待合室で待っていたヤオ達にモテルスが言うと、ヤオが頬をかく。
「そーいえば約定があったっけ。まあ良いか、ニュームスの案内は、誰かに頼める?」
その言葉に、待合室で常に待機している信望者長が頷く。
びっくりする事の連続で、ニュームスがギクシャクしながら、輝銀地との対面室に向かうのを見送った後、ヤオが言う。
「あちきは、約定を果たすとしますか」
そう言ってヤオは王宮を進んでいき、その後ろにモテルスが続く。
「約定とは、何なのですか?」
ヤオが苦笑する。
「実は無い事なんだけど、やっぱ儀礼的にやっておかないと、いけないことみたいだよ」
王の間では、二人の将軍が、言い争いを繰り広げていた。
「今こそチャンスなのです。ここで攻め入れば、我々の勝ちは間違いありません!」
血気盛んな髭面将軍の言葉に、もう一人の女性将軍が反論する。
「わが国から戦争しては、義がなくなります!」
髭面将軍が激情のままに言う。
「綺麗事で国が護れるか!」
そんな二人に、国王が何か言おうとした時、扉が開き、ヤオが入ってくる。
ざわめきが起こる中を、ヤオが真っ直ぐ進む。
髭面将軍が、剣を抜いて言う。
「ここは王の間だ! 関係ないものは去れ!」
ヤオは、気にした様子も見せず、答える。
「約定の為に来たんだよ。貴方達は、邪魔だから退いてて」
「小娘が!」
斬りかかる髭面将軍だったが、ヤオは指二本で、その刃を掴む。
髭面将軍が幾ら力をいれても、少しも動かない。
ヤオはそのまま捻ると、髭面将軍は、あっさり壁まで吹っ飛ぶ。
ざわめき、女性将軍が国王の前に立塞がる。
「何者かは知りませんが、これ以上の狼藉は許しません!」
ヤオに剣を向けようとした時、国王が言う。
「そこまでだ! それ以上、そのお方に無礼を働いてはならぬ」
国王が立ち上がるとヤオに近づく。
止めようとする女性将軍を、国王の側に居た大将軍が、目で制止する。
王の間の全員の視線が集まる中、国王は、片膝をつき、頭を下げて言う。
「態々足をお運び頂き感謝致します、正しき戦いの護り手、八百刃様」
その一言に誰もが驚愕する。
「それでは、新たなる約定を結びます、良いですね?」
ヤオの言葉に国王が頷く。
「我がシルバスは、正しき戦いの護り手、八百刃様の名の下に、常に正しき戦いをする事を、誓います」
ヤオは胸を開き、右掌の『八』と左掌の『百』と左胸の『刃』を並べて宣言する。
「その誓いが護られる限り、八百刃の名の下に、シルバスの戦いを護る事を宣言する」
「ありがたき事、感謝致します」
国王の返礼の後、ヤオが胸をしまって言う。
「輝銀地との約束とは言え、面度臭いね」
その一言に、国王が苦笑しながら立ち上がり言う。
「そう仰らないで下さい。人には八百刃様との約定が確かである事を示す、必要があるのですよ」
肩を竦ませるヤオ。
「こんな約定に、何も意味も無いけどね。常に正しい戦いをしているのだったら、約定なんて無くてもあちきが護るよ」
そんなヤオの言葉を半ば無視して、国王が周りの人間を見て言う。
「我がシルバスは、八百刃様との約定を結んでいる。その約定がある限り、我等が義を失う事は出来ない。そして義を失わない限り、どんな苦しい戦いでも、八百刃様の御加護の下に、必ず勝てる。私は二十年前、それを確信した」
国王の言葉に女性将軍が大将軍を見ると、大将軍が頷く。
「あの時は、本当に国が滅びる寸前だった。それを八百刃様が救って下さったのだ」
モテルスはそんなヤオの後姿を見て、記憶が呼び戻された。
「あの時の人」
輝銀地の対面室では、輝銀地が、ニュームスに二十年前の事を話始める。
『あの時は、相互の理解が足りないゆえの戦いで、私が干渉する事が出来なかった。そこに八百刃が現れたのだ』
「輝銀地様のお力は借りられないのですか?」
若き頃の大将軍が、軍議の場でそう漏らすと、即位したばかりの国王が言う。
「今回の戦いは、相手が約を破った訳ではない、相互の価値観の違いから起こった物だ。輝銀地様は、この国に滞在してくださっているが、この国を守護してくださっているわけではない」
重苦しい空気が漂ったその時、敵の強襲の知らせが舞い込んだ。
そんな大人達の苦悩など関係ない子供、五歳のモテルスは、煩い使用人を撒いて、一人で城下街に来ていた。
「もう僕は、一人で大丈夫なのだ」
そう呟く子供が、大丈夫だった例がなく、モテルスは、強襲して来た敵国の軍人に捕まってしまった。
「こいつ、金持ちのぼんぼんだな。こいつを人質にすれば大金せしめられるぜ!」
兵士の一人がそう言うと、モテルスが言う。
「僕はこの国の王子だぞ!」
その言葉に、爆笑する兵士達。
ひとしきり笑った後、兵士の一人が言う。
「こんな戦中に、王子様がこんなところに居るわけ無いだろうが!」
兵士の言葉に、大泣きを始めるモテルス。
「子供を人質にしようなんて、正しい戦いとは言えないね」
兵士達が振り返ると、そこにはまだ幼さが残る、ポニーテールの少女が居た。
「こっちは、金持ちそうじゃないな」
その一言に、その少女が怒鳴る。
「うるさい! どうせ途中で狩った獣の毛皮買ってもらえないと、文無しだよ!」
その少女、ヤオが、そこに居た兵士を全滅させるのには、五分を必要としなかった。
モテルスは戦うヤオの後姿をずっと見ていた。
絶対の強者のその姿を。
若き大将軍は必死に戦っていた。
例え始まりが些細な行き違いだとしても、自分がこの国を護るしかないのだから。
「我等は、我が誇りを持って常に正しい戦いをする。それが全てだ!」
その言葉に相手側の将軍が言う。
「愚かなり、戦いは常に勝ったものが正しいのだ! 行け!」
止めとばかり、最後の突撃の命令が下る。
その時、強大な鳥、九尾鳥が現れる。
「少なくともこの世界では逆だよ、あちきが、八百刃が居る限り、正しき者が勝つんだよ!」
ヤオはそう宣言して飛び降りると、平然とシルバスの若き大将軍の前に降り立ち、敵国の将軍に告げる。
「ここは引きなさい。貴方達にも言い分があるかもしれないけど、部下に町の略奪させるようでは、正しいとは言えないよ。部下の教育をし直して、改めて来なさい」
その言葉に、敵国の将軍が言う。
「魔獣なんぞに恐れて、軍人が務まるか! 突撃!」
ヤオが右手を天に向けると、上空の九つの尾を持つ鳥が舞い降りてくる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、九尾鳥』
ヤオの右掌に『八』の文字が浮かび、九尾鳥が弓と化し、黄色い尾羽が矢に転ずると、弓に番い放つ。
それは地上を水平に走る、雷だった。
たった一発で、相手の兵力の三分の一が戦闘不能になっていた。
「今回は大人しく下がるのね」
シルバスの兵士が追撃をかけようとした時、ヤオが今度はシルバスの方に、弓を向ける。
「相手に正義がなく、国を護るという正しい戦いをしていたから護ったけど、ここで追撃するなら、正しきが無かったと判断するよ」
『八百刃は何処にも属さない。ただ純粋に正しい戦いを護り続ける。自信満々の様に見えて、実は全く逆だ。常に自分のやっている事が正しいか、確認しながら、精一杯な事をやり続けている。それだからこそ、戦う人間は、八百刃を信望するのだ』
ニュームスは輝銀地の言葉をメモする。
「八百刃の顔を知っている人間が居ないのですが、どうしてですか?」
ニュームスの言葉に輝銀地が答える。
『神名者が神になるには、個を捨てる必要がある。その為には個人としての顔や声、性格などは、忘れさられるようになっている。あれはそれを嫌っているが、あれの力が高まれば高まるほど、神名者が本当に覚えていて欲しい人間以外からは、個人としての情報が抜けていく。例え、ここで私が八百刃の姿をお前に見せたとしても、それは直ぐに記憶から消える』
「そうですか」
輝銀地の言葉に、残念そうな顔をする、ニュームスであった。
取材が終わり、ヤオは紹介料を貰って、ほくほく顔でニュームスと別れた。
城下町を歩くヤオの前に、モテルスが出てきて言う。
「今、自分を責めていますよ」
ヤオが首を傾げる。
「どうして? 別にあちきが八百刃だって解らなくても、別に良いじゃない」
モテルスが首を横に振る。
「子供心に貴方の顔を忘れないと、決心して居たのですよ。それが本人に会っても、全く気付かないのですから」
ヤオが苦笑する。
「神名者は、そう言うものだから仕方ないよ」
「本当に幼いですが、初恋だったのですよ」
モテルスの言葉に、ヤオが笑顔で答える。
「昔から初恋は実らない物だよ、諦めなさい」
頷き去っていき、一人の女性と一緒に歩き始めるモテルス。
「我々は人とは同じ道を歩めない。解りきった事だと思ったが?」
ヤオは隣に立つ、美青年を睨む。
「輝銀地が街に出るなんて珍しいね」
「お前と違って真面目に神様を目指して、人との関係を絶っているからな。顔を晒し続けて、お前は神になりたくないのか?」
ヤオは両手を見る。
「あちきはもっともっと強くなりたい。皆が自分の道を進む手助けが出来る様に」
苦笑してから、輝銀地が言う。
「ところで紹介料、半分よこせ」
お金を慌てて両手で握り締めるヤオ。
「何で?」
輝銀地が断言する。
「当然だろう、お前の話に乗るほどは知り合いだが、タダ働きするほどでは無い」
その言葉にヤオが言う。
「あんたは生活費が要らないんだから、いいじゃん!」
「それだったら、今度、正しいかどうか関係なく、シルバスを護ってくれるか? お前が言っているのは、そう言うことだぞ」
『確かに』
輝銀地の冷徹な言葉に、ヤオの足元に居た白牙も頷く。
ヤオは泣く泣く、半額を渡したのであった。




