信者と信望者の違い
比較的有名な八百刃の名前。当然崇める人間もいっぱい居る。その中には困った人間も・・・
「あなたは神を信じますか?」
突然の言葉にヤオはあっさり頷く。
「信じるけど、どうして?」
問いかけてきた、神父が答える。
「ならば、八百刃教に入信しなさい」
その言葉に、クエスチョンマークを浮かべるヤオ。
「八百刃様とは、一番強い神の名。その神を信じれば、全ての者に打ち勝つ力を授かります」
ヤオは、観察する様に何も言わない。
「偉大なその力は、逆らう者全てを打ち砕き、意に沿わない存在など、国ごと消滅させる」
『見事に曲解をされてるな』
白牙の呆れた様子で呟く。
「八百刃様の信者になれば、何も怖いものはありません!」
ヤオは笑顔のまま神父の胸倉を掴み、その細腕で吊り上げて言う。
「面白い教義だねー。本当かどうか確認してあげる」
そのまま地面に神父を叩きつける。
「神父たる私にこんな事をして、八百刃様の神罰がお前に降りかかるぞ!」
ヤオの踵が、地面で這い蹲る神父の顔の直ぐ横に突き刺さる。
神父は、見てしまった、踝まで埋まる少女の足を。
ヤオは笑顔のまま言う。
「聞いて良い? 八百刃の信者な貴方は、怖くないんだよね?」
涙目で首を振る神父。
「怖いです!」
ヤオは淡々と言う。
「おかしいねー。八百刃の信者は怖いもの無いんだよね?」
「それは、……」
言葉を無くす神父。
その時、八百刃と書かれた服を着た数人の男達がヤオを囲む。
「八百刃様に歯向かう愚か者め! 俺達が神罰を与えてやる!」
『殺して良いか?』
白牙の言葉に首をふり、ヤオが男達に言う。
「貴方達が八百刃の信徒だと言うなら言ってみて、貴方達は何の為に戦っているの?」
その言葉に男達は答える。
「自分の為だ! 八百刃様の大いなる力が有れば何でも可能だからな!」
大きく溜息を吐くヤオ。
「観念しやがれ!」
ヤオに襲い掛かる自称八百刃の信徒の末路が決まっていた。
「卵料理はやっぱり美味しいね」
笑顔で卵料理を食べるヤオ。
『実際良いのか? 旅費が少ないのに自棄食いなんてして?』
無視するヤオの側に一人の男性がやってくる。
「あんたかい? 八百刃の信者をやっつけたのは?」
頷くヤオ。
「嬉しいねー。俺も奴等の横暴振りには、憤りを持っていたんだぜ」
その言葉にヤオが少し考えてから言う。
「こんな話知ってる?」
「どんな話だい?」
男が聞き返すとヤオは話始める。
「八百刃の信者と名乗りながら、戦いで敗れた男の話だよ」
その言葉に、嬉しそうな男が言う。
「面白そうだな、聞かせてくれよ」
ヤオが頷く。
「あれは、四十年ほど前の事になるよ」
『この付近にお前の信者と名乗る人間の集落の集まりがあるらしいな?』
白牙の言葉に頷くヤオ。
「そう、国同士の争いに巻き込まれて難民になった人達が、八百刃を信仰してるらしいよ」
そう言いながら、歩いていると一人の男が錆びた剣を向けて来た。
「大人しく食料を出せ!」
ヤオは、改めて男の姿を見て困ってしまう。
『どうした? 返り討ちにしないのか?』
白牙の言葉にヤオは難しい表情をしてテレパシーで答える。
『あの人、本気で食うに困ってるよ。生きるために人を襲うって、あちきの倫理から言うと正しいんだけど、流石にここで食べ物を差し出すのは本筋じゃないんだよ』
本気で困った様子のヤオに、男が血走った目で攻撃してくる。
「子供の為にも、無理でも食料をもらう!」
『ヤオやるぞ!』
白牙が爪を伸ばそうとした時、男の剣は止められた。
「そこまでだ! これ以上やると言うなら私が相手になる」
男の剣を止めたのは、神官剣士だった。
「バルド様! これは私が生きる為の正しき戦いです! 八百刃様の神官である貴方様でしたら、御理解出来る筈です!」
それに対して神官剣士、バルドが言う。
「ならば私も、この娘を助けるのは、人としての正しき戦い。どちらの戦いが正しいかは、戦って八百刃様に判断して頂こう」
その言葉に男は歯軋りをして、去って行く。
バルドはヤオに頭を下げる。
「すいません。教徒の人間がご迷惑をお掛けしました。しかし、理解して下さい。あの男のように他人を襲わなければ生きていけないものが、この付近には山ほどいるのです」
ヤオは、周りを見回すと、確かに浮浪者紛いの人間がいっぱい居た。
「戦争で職や家財を失った人たちだね?」
頷くバルド。
「八百刃教の集落と言えば聞こえは良いのですが、本当は戦争で行き場を無くした者達の溜まり場でしか無いのです。私の家まで来てください。お詫びのお茶をお出しします」
バルドの家は質素だった。
「神官と言ってもこんな物です」
薄いお茶を出して苦笑するバルド。
「この頃、私は自分の信仰が薄れている事を感じます。本当に八百刃様が居るのなら、こんな間違った戦いを止めてくださる筈だと思うようになったのです」
その言葉にヤオが言う。
「八百刃の意味って知っている?」
その言葉にバルドは困惑しながらも答える。
「正しき戦いの護り手たる神名者の名前です」
ヤオは首を横に振る。
「神名者の名前って言うのは、神名者を示す言葉じゃなく、神名者の理念をあらわす言葉なの。八百刃の意味は、正しき意味を持って戦い続けるって意味が含まれてるんだよ」
何もいえなくなるバルド。
「神名者、八百刃は崇める存在じゃないよ。ただ信じるもの。自分が正しい戦いを続けていれば、必ず勝利が来る事を信じる為にね」
「幾ら崇めても御加護無いという事ですか?」
バルドの言葉にヤオははっきりと頷く。
「もし本当にそうだったら、私はなんだったのでしょうか?」
何もかもを失った顔をしたバルドに、ヤオははっきり言う。
「それは貴方が決める事、貴方が八百刃を崇め、そして貫いてきた戦いが正しいかどうかは、自分で決めるしかないのだから」
バルドはその言葉に何かを決意した表情になる。
『こんな所で何をしている?』
白牙がそう問いかけたくなるほど、ヤオが居る場所はおかしかった。
「たぶんここで戦いが起こるから」
ヤオが座っている場所は、浮浪者達の集落を見下ろせる塔の天辺だった。
ヤオが見守る中、バルドが神官兵を連れて浮浪者達に宣言する。
「我は、我が意思の元、八百刃様の名を持ちて、罪を犯す者達を滅ぼさん!」
そして一方的な戦闘が続いた。
全ての戦いが終わった時、呆然と立つバルド。
「父ちゃんの仇!」
一人の少年が、体に似合わない錆びた剣でバルドに刃を斬りかかる。
バルドはその剣で胸を貫かれる。
倒れるバルドが最後の力を振り絞り言う。
「八百刃よ! 何故我を助けぬ! 我は汝の名を護る為に戦ったのだぞ!」
必死に手を天に突き上げるバルド。
「所詮、八百刃など、幻影だと言うのか?」
その時、ヤオがバルドの横に飛び降りて言う。
「その通りだよ、八百刃は弱き者が必死に戦って勝った時に合言葉として使われただけだよ。貴方達は実の無い者を崇めて居たんだよ」
その言葉にその場に居た八百刃信者が愕然とするなか、ヤオはバルドを背負ってその場を離れた。
「これで満足?」
一頭の頭に角がある馬、一角獣の癒角馬の能力でバルドを癒していたヤオが言う。
「私は生きているのですか?」
頷くヤオ。
「当たり前だよ、正しき戦いの護り手、八百刃が、貴方を見捨てると思ったの?」
その言葉に驚くバルド。
「癒角馬の治癒能力を使えば、あのくらいの怪我くらい治せるんだよ」
バルドは必死に起き上がり、土下座する。
「全ては、私の独断です! 天罰を下すなら、私一人にお与え下さい」
ヤオは普通に手を振って答える。
「気にしてないから大丈夫だよ。でもね、一度貴方が八百刃の存在を否定したんだから、それを貫き通しなさいよ」
その言葉に困惑するバルド。
「本当に八百刃様ですか?」
ヤオは頷いて答える。
「あちきは、自分が崇められる為に神名者をやってる訳じゃないよ。ただ、正しい戦いを助けたい為にやってるんだよ。だから貴方が八百刃を否定しようと、正しい戦いを行うのだったら、助けるだけ。それが八百刃の意味だから」
バルドは悔し涙を流す。
「私は、私は無力です。これ程尊い考えを持つ貴方様を貶める事でしか、正しい戦いを出来ないのですから」
ヤオは首を横に振る。
「だれも十分な力なんて持っていないよ。それでも、頑張る者をあちきが助ける。ただそれだけ」
「その後、バルドさんは、一生八百刃は居ないといい続ける反面、裏では物凄い八百刃の信望者だって話だよ」
話を聞いていた男は目を丸くする。
「八百刃って変った神様だな、自分を崇めなくても良いなんて」
『本当だ。もう少しそこら辺を考えて行動すれば、早く神になれるものを』
男に聞こえないに白牙の愚痴を無視してヤオが言う。
「神様じゃ無いからね」
その時、自称八百刃の信者が集まって来た。
「大人しく出て来い、小娘! 八百刃様の御名の元、お前に天罰を降す!」
その言葉にヤオが溜息を吐くと、話を聞いていた男が言う。
「出なくても良いぜ。これから先は俺達の役目だ」
ヤオの話を聞いていた男が言うと、数人の男達と一緒に剣を持って出る。
「俺達は八百刃の名前なんぞに恐れはしない! お前達の八百刃の名を使った横暴は俺達が正す!」
そして女性、小さく者、年老いた者達がそれぞれの武器を持って、今まで横暴の限りを尽くしてきた八百刃教徒達と相対する。
『ほっといて良いのか?』
ヤオは首を横に振る。
「子供まで戦うのは流石に間違いだよ」
ヤオは、その両者の間に立って言う。
「あちきは八百刃教なんて物は認めないよ」
その言葉に自称八百刃信者が言う。
「お前の様な愚か者には、八百刃様の天罰が降るぞ!」
それに対してヤオが言う。
「言いたいのは、それだけ?」
「八百刃様は実在する! どんな力も勝てない究極の存在として!」
ヤオは両手を天に向ける。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、炎翼鳥』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび上がり、上空に炎の翼をもった巨大な鳥、炎翼鳥が現れる。
『八百刃様のお言葉に逆らう愚か者は、お前等だな?』
炎翼鳥を見て、言葉を無くす自称八百刃信者達。
「炎翼鳥あそこに見える、あちきの名前を勝手に使ってる神殿を痕跡も残らないように燃やし尽くして」
『拝命しました』
その翼から発する炎で、町のあちらこちらにあった八百刃神殿を燃やす炎翼鳥。
呆然とする自称八百刃信者をほっといてヤオは、酒場で話かけて来た男に言う。
「あのねー。戦うのは良いけど、力ない人まで前に立たせてどうするの? 護るものをちゃんと護れない戦いなんて正しく無いよ」
その言葉に男は慌てて頷くしか出来なかった。
『終わりました八百刃様』
炎翼鳥の言葉に頷き、ヤオが言う。
「言っておくよ、あちきを幾ら崇めても何も良い事無いよ。あちきは正しい戦いをする者を護るだけなんだから。解った?」
その言葉に皆が頷いたのを確認してから町を出るヤオ。
町を出た後、ヤオが言う。
「あの町で仕事するつもりだったから、残りの旅費で卵料理食べちゃったのに、どうしよう?」
未練ありげに町を見返すヤオ。
『言っておくが、今更帰ってもまともな仕事は、無いぞ』
大きく溜息を吐くヤオ。
「崇めて貰わなくても良いから、誰か卵料理恵んでくれないかなー」
『情けない事言うな!』
怒鳴る白牙を連れて、ヤオは次の町に急ぐのであった。
問題の街では、その後、八百刃神殿が再建する事は無かったが、住人殆どが、八百刃の信望者になり、常に正しい戦いという物を心掛けた。




