人の姿を捨てても護りたい者
影を走る鬼、影走鬼。彼は普通の魔獣では無かった
雪解け水が、川を作る頃、ヤオはキャラバンを離れて、一つの町に来ていた。
『そろそろ戦争が起こってもおかしくないぞ、気を引き締めろ』
白牙の言葉に、ヤオはサイフを見つめて言う。
「気の前に、サイフの紐を引き締めないと又飢える事に成りそうだよ」
溜息を吐きながらヤオが、春で活気の出て来た市場をゆっくり歩いていると、遠くから声がした。
「スリだ!」
「そっち行ったぞ!」
「私もやられてる!」
そんな声がヤオに近づいて来る。
その人ごみの中を、一人の少年が悠々と歩いていた。
その手には、幾つかのサイフが握られていた。
ヤオは、その少年に足払いをかける。
こけた少年が驚いた顔をする。
「今の俺を意識出来る訳ねえ、偶然に決まってる!」
そう言って、立ち上がり、去ろうとした時、ヤオがその首根っこを掴む。
「スリは犯罪だよ」
言葉を無くす少年。
ヤオはそのまま少年を引っ張って、人気の無い所に行くと、サイフを全て取り上げ、通りに投げる。
「サイフが落ちてる!」
スリにあった人達が取りに来るのを眺めながら、少年に言う。
「大人しく、そのペンダント渡して頂戴。さもないと、貴方をスリの犯人として、突き出すよ」
「お前は、何なんだよ、このペンダントの力が通じないなんて」
少年がそう言って、一つの黒い水晶の様なペンダントを見せる。
「それは、影と秩序を司る神の爪の欠片。魔獣に成る程の大きさも無かったから、そーゆー形で残っているけど、人間がずっと使っていると侵食されて魔獣になるんだよ」
その言葉に少年が虚勢を張る。
「脅かしたって無駄だぜ。これが凄いマジックアイテムで、お前がこれを奪って、高値で売り払おうとしてるんだろう?」
ヤオは少し困った顔をした後、両手を地面に向けて唱える。
『八百刃の神名の元に、我が使徒を召喚せん、影走鬼』
ヤオの右掌に『八』、左掌に『百』が浮かび、真っ黒な鬼、影走鬼が現れた事に少年が驚く。
「それに俺を襲わせて奪う気だな!」
ヤオは首を横に振る。
「力を使いすぎると、こうなるんだよ。影が無くなり、人で無い鬼に」
ヤオが影走鬼の足元を指さすと、少年は、影走鬼に影が無いことに気付く。
「どんな魔法なんだ?」
『力尽くで、取り上げた方が早くはないか?』
いい加減、焦れて来た白牙は、少年にも聞こえる様に言った。
「その猫喋るの……」
少年の言葉は最後まで言えなかった。
白牙が、少年の後ろの壁を切り裂いたからだ。
『こちらが大人しく説得している間に、差し出すことを勧めるぞ』
そんな白牙をヤオは地面から持ち上げる。
「脅さないの。貴方も自分の影見てみなよ」
ヤオの言葉につられて少年が自分の影を見て驚いた、胸の所の影が無いからだ。
「どうなってるんだ?」
「いつもそれをつけている所から、侵食が始まってるの。一刻も早く外さないと」
ヤオはそう言って影走鬼を見る。
「嫌だ!」
少年は、ペンダントを投げ捨て逃げていく。
影走鬼が地面に落ちたペンダントを掴むと、体の一部に変えてしまう。
『八百刃様には、深い感謝をしています』
普段は無口な影走鬼の言葉に微笑むヤオ。
「貴方が魔獣になっても四十年経つんだね」
『聞きしに勝る、荒れようだな』
白牙の言葉に頷くヤオ。
「仕方ないよ、無駄に戦争してる国だもん」
『戦争の為の戦争をする、下らぬ国だ。いっその事、あの国みたいに消滅させるか?』
白牙の言葉にヤオが溜息を吐く。
「あのねー、そうぽこぽこ国潰してたら大変でしょうが。なにより、あちきはここら辺に何か感じるの」
そんな会話をしていると、数人の男がヤオを囲む。
「嬢ちゃん、いい仕事紹介してやるよ」
「俺、こーゆーのも趣味なんだけど、売る前にやって良いか?」
「こんなツルペタが良いなんて変態だな」
爆笑する男達の前でヤオの額に血管が浮かぶ。
『皆殺しにするなよ』
白牙の言葉にヤオは笑顔のまま答える。
「あちき、殺人は嫌いだから、出来るだけ殺さないようにしてるの。安心して」
その後、何が起こったかは書かないほうが宜しいであろう。
「ママ、僕いい子にするよ」
「ちゃんという事聞くから、殴らないで」
「空に飴がいっぱい浮かんでる」
そんな廃人達を涙目で見ながら残った男が言う。
「全財産差し出しますから許して下さい」
土下座をする男を片手で持ち上げながらヤオが言う。
「ここら辺で何か変ったこと無い?」
「今、目の前に、素手で刀を握りつぶす美少女が居ます!」
「うぎゃー!」
足元の男の手を踏み砕きながらヤオが言う。
「あちきあんまり機嫌よくないから真面目に答えたほうが身の為だよ」
慌てて、持ち上げられていた男が言う。
「最近急に力をつけたチームがあるんです。なんでもそこのリーダーが不思議なマジックアイテムを持っているとか言う話です!」
男を地面に落しながらヤオが言う。
「成る程ね」
残りのゴミを脅していた白牙が言う。
『そのマジックアイテムもしかしたら、神の欠片かもしれないな』
頷くヤオであった。
酒も出している食堂でヤオは、男達が差し出したお金で気分晴らしの卵料理の食べ散らかしをしながら言う。
「この国は無意味な戦争の連続で傭兵が溢れ出し、中には仕事にあぶれる奴も居るの。そんな奴らがチンピラになって、この城下町で勢力争いしてるって事なんだけど。いきなり勢力を伸ばし始めた一派に影を操っている奴が居るらしいって事だね」
『物理現象としての炎や氷では無く、事象である影を操るのはかなり高度な魔法だ。傭兵崩れ如きに操れまい』
頷くヤオ。
「ついでに言うと、ここはそいつがよく来る店らしい」
その時、店のドアが開き、一人の男が入ってきた。
『神の力を感じるあいつだな。ここで殺して奪うか?』
「白牙、地が出ているぞ」
ヤオの本気で珍しい鋭い口調に、白牙が深呼吸をして言う。
『すいませんでした。ここの空気に当てられました八百刃様』
その一言で、普段と同じ顔になり、ヤオが言う。
「出来るだけ穏便な手段で手に入れようね」
その時、数人の男達が入ってくる。
「エード! 今日こそお前を殺す!」
男達は、今入ってきた男に詰め寄ると一気に襲い掛かる。
だが、エードと呼ばれた男が手を振ると、周囲の影が延び、男達を斬殺していく。
全てが終わった後、誰もが、エードから目を剃らしたが、ヤオは平然とその前に立つ。
「小娘退け!」
「貴方が持っている神の欠片を回収したら退くよ。神の欠片って言っても解らないよね。貴方に影を操る能力を与えている宝石の事だよ」
次の瞬間、影が一斉にヤオに襲い掛かる。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、白牙』
ヤオの右掌に『八』の文字が浮かび、白牙が一振りの刃と化すとヤオはそれを振り、あっさり影を切り捨てる。
「正しき戦いの護り手、神名者八百刃だと?」
エードの言葉に周囲がざわめく。
「八百刃様があの化け物を封じに来てくださった!」
「偉大なる八百刃様の前ではエードの力など子供のお遊びでしかないぞ!」
盛り上がるギャラリーにヤオは宣言する。
「最初に言っておくよ、あちきは正しき戦いの護り手、この無意味な戦いを続ける国は処罰対象とも思っている。国と一緒に滅びる覚悟はある?」
一気に沈黙するギャラリーと裏腹に、エードは必死の思いを込めて影から刀を生み出し構える。
「この国は滅ぼさせない! 例え愚かだろうが、この国には守りたい奴らが居る!」
常人では決して反応出来ないエードの高速の暫撃。
しかし、ヤオはあっさり影の刃を斬り、返す刀で服を斬り裂き、胸元のペンダントを露にする。
「貴方の闘いを否定する気は無いけど、そのペンダントは人を侵食する。自分の影を見てみなよ」
ヤオの言葉にギャラリーがエードの影を見て叫ぶ。
エードの影は、斑なのだ。
「知ってる、この力を使えば使うほど、人間以外の何かに変って行く事は!」
その言葉にヤオ大きく溜息を吐く。
「己の手に余る力で、何かを護る事なんて出来ないよ」
その言葉にエードが怒鳴る。
「じゃあどうすれば良いんだ!」
ヤオは真っ直ぐな目で答える。
「自分の力で精一杯あがけば良い。それが正しい闘いならあちきがそれを助ける」
「俺は神も神名者も信じない! 信じるのは自分の力だけだ!」
エードの絶叫にヤオが淡々と言う。
「貴方の使ってる力は神の力だよ」
エードがその場を走って逃げる。
『逃がして良いのか?』
頷くヤオ。
「多少ねじれてるけど、正しい戦いをしようとしてるからね」
そして、男達から巻き上げた金をテーブルに置いて言う。
「店の修理代にでもして」
そのまま店を出るヤオ。
エードは自分のチームのアジトに駆け戻った。
「兄貴どうしたんだ?」
そう声を掛けたのは、子分とは名ばかりの、戦争孤児の子供。
周りからぞろぞろ、そんな戦争孤児が現れる。
「大丈夫だ。俺はお前達が居る限り、俺は負けないさ」
微笑むエード。
その時、一人の少女が入ってきた。
「エード、八百刃様とやりあったって本当?」
エードが振り返り言う。
「偽者に決まってる。ルーリ、本当の正しい戦いの護り手がこんな所に居ると思うか?」
その少女、ルーリは沈黙する。
この国がやっている戦争が、間違っているという事はルーリの様な少女にも解っていた。
しかしエードは気付いていた、八百刃が来たのはこの国の戦争では無く、自分が持つ神の欠片を追っての事だと。
だからこそ自分が保護している子供達の前であれが本物だとは、言えないのだ。
翌日、エードはチーム同士の抗争に勝ち、食料を手に入れた。
それをもってチームのアジトに戻ると、そこには笑い声が満ちていた。
「どうしたんだ?」
エードが覗き込むと、そこにヤオが居た。
「お邪魔してます」
手を振るヤオに硬直するエード。
「ヤオちゃんって色んな事出来るんだよ!」
子供達が嬉しそうに、ヤオと遊んでいたのだ。
「何のつもりだ?」
エードが怖い声で言うと、周りの子供達が怯える。
「こら子供を怯えさせてどうするの! 近頃の若い者はこれだからいけないねー」
ヤオの言葉に、子供達の世話をしていたルーリが言う。
「若い者って貴女何歳?」
「七十過ぎだよ」
ヤオの答えに爆笑が起こる。
エードはヤオを引っ張り外に出る。
「もう一度言う、何のつもりだ?」
ヤオはあっさり答える。
「神の欠片の回収とあちきのお仕事があるかを確認しに来たの」
その言葉にエードは神の欠片を強く握り締める。
「これは渡さない。それに俺は神頼みをするつもりも無い!」
ヤオの隣に居た白牙が、エードにも聞こえる様に言う。
『いい加減にしろ、神の欠片を持っている事が、他の神名者に知られれば、お前だけではなく、あそこに居る子供も殺されるぞ』
その言葉に驚くエード。
「何でだ! この力を使ったのは俺だ! 俺以外の奴が殺される必要は無いはずだ!」
ヤオが首を横に振る。
「子供達の何人かに侵食が始まってる、良く影を見てみれば侵食が始まってるか解るから。あちきはまだここに仕事が無いみたいだから帰るよ」
ヤオは少し歩いた所で振り返り言う。
「神の欠片の回収は何時でも受け付けるよ」
その夜、エードは深い悩みの中に居た。
ヤオが言って居た事はあっていたのだ、子供達、それも年が若い子供の影が欠け始めて居た。
「奴等を犠牲にする訳には行かない、しかし、この力無しで奴等を護り、食わしていくことなど出来るか?」
エードは、その答えが不可能だという事は重々解っていた。
「俺はどうすれば良いんだ」
一人悩むエード。
そんなエードをずっと見つめるルーリが居た。
翌日、エードの所にある申し出が来た。
大量の食料を賭けたゲームをしようとの申し出が。
「冗談じゃない! ルーリを賭けの対象にするなんて出来るか!」
そんなエードに対して、ルーリが言う。
「もうそんなに力使えないんでしょ? ここで一発、大きな事をしないと。その為だったら賭けの対象になるくらい、なんともないよ」
エードが首を横に振る。
「絶対に出来ない!」
ルーリがエードのキスをして言う。
「あたしは、エードを信じる」
その日の昼、大コロシアムで、エードと傭兵達の試合が行われると、町中が大騒ぎになった。
決戦の場に出たエードは目を疑った。
対戦相手として居るのは国の精鋭部隊。
そしてコロシアムの周りには魔術師達が囲んでいた。
「これはどういうことだ?」
それに答える様に、観客席で高みの見物をしていた傭兵崩れの男が言う。
「お前が持ってる神の欠片が目的だよ。それさえあれば戦争に勝てるってな!」
歯軋りをするエード。
「絶対に勝つ!」
試合開始と同時に魔術師達が、光の魔法でコロシアムの中の影を全て塗りつぶす。
そこに精鋭部隊がエードの制圧に入り、剣が次々とエードの体に突き刺さる。
「止めて! もう負けで良いから、神の欠片もあげるし、私も何でもいう事を聞くから! だからエードを助けて!」
ルーリの言葉に数人の傭兵崩れがルーリの体を掴む。
「それじゃあ先に約束護って貰うか」
ルーリの服を破く傭兵崩れ達。
「止めろ!」
必死にあがくエードだったが、剣が突きたてられた体は動かない。
そして死の直前、天が闇に覆われる。
「馬鹿な晴天だったぞ!」
そう魔術師達が空を見ると、そこには巨大な竜、天道龍が居て、太陽を隠していた。
「大切な者を護る為に闘う、それは正しい事だからね」
コロシアムの一番高い塔の天辺に立つヤオが言った。
そしてヤオは、エードに告げる。
「貴方には二つの選択肢があるよ。このまま何もせず、負けを認めて、生き残るか? ここで力を使って魔獣になるか? 負けを認めても誰も貴方を責めないよ。だよね、ルーリさん?」
ヤオの言葉に、涙を流しながらも頷くルーリ。
「あたしはどうなっても良い! エードはエードのまま生きて!」
苦笑するエード。
「そんなの俺じゃ無いさ」
エードは最後の笑顔をルーリに見せた。
次の瞬間、天道龍が作った影が一斉に衛兵達と魔術師を駆逐し、ルーリの側に居た傭兵崩れも瞬殺した。
「それじゃあ、勝利の商品として、この国が戦争の為に蓄えておいた食糧を貰いましょうか」
笑顔でヤオが国王に言う。
「そんな事出来るか! 食料が無くってどう戦争しろと言うのだ!」
ヤオは笑顔のまま答える。
「簡単だよ、戦争しなければいいんだよ」
「馬鹿を言え! 新しい砦を作ったばかりなのだぞ!」
国王がなおも反論するが、ヤオはその砦を見て言う。
「つまりあの砦が無くなれば、良いんだよね?」
次の瞬間、その砦が大地蛇によって大地に飲み込まれる。
言葉を無くす国王達にヤオが言う。
「まだ何か問題あるんだったらあちきが消してあげるよ」
笑顔のままの神名者の言葉に誰も答えられなかった。
大量の食料が、城下町の孤児達に配られた。
そして、傭兵達も国が戦争を継続するだけの余力が無い事を知ると、即座に新たな戦場を求めて国を出た。
チームを組んでいた傭兵達の姿も無い。
八百刃が賭けの終了を待たず、商品に手を出したルール違反者に罰を与えていて、それがチームを組んでいた傭兵崩れ全てが対象になっていると言う噂があったからだ。
国は平和に成ったが、エードのアジトは暗かった。
あの試合以降、エードが姿を現さない為だ。
玄関にヤオが顔を出すと、ルーリは殴りかかる。
「貴女の所為よ!」
ヤオは避けずに殴られるままで居た。
暫く殴り続けた後、泣き崩れるルーリ。
「あたしは絶対、神様なんて信じない!」
ヤオが言う。
「この国の王子が、戦争孤児達を教育する施設を作ったそうだよ。今まで戦争しか考えなかった国王の下で、何も出来なかった分、頑張ってる。そこで勉強すれば立派な大人になれる。それがエードへの恩返しだよ」
それだけ言うと、ヤオはアジトを後にした。
国を出た所でヤオが言う。
「見守っていなくても良いの?」
それに答える様に、一つの影が鬼の姿をとる。
『きっと大丈夫ですよ』
その鬼、少し前までエードと呼ばれていた魔獣、影走鬼がヤオを見る。
『私は、貴女に返しきれない恩を受けました。それを返す為に貴女の使徒にして下さい』
ヤオはゆっくり頷いた。
「これだーれだ?」
ヤオは、影走鬼に一枚の金貨を見せる。
そこには一人の女性の姿が描かれていた。
『まさか、それは?』
影走鬼の言葉にヤオが頷く。
「ルーリはあの後、戦争孤児の為に、一生懸命働き、国を良くした。国の再興に大きな貢献をした彼女に因んで作られた金貨だよ」
影走鬼に投げ渡す。
『ルーリ頑張ったな』
感慨深そうに言う影走鬼だったが、白牙がジト目でヤオを見る。
『ヤオ、その金貨何処で手に入れたんだ?』
ヤオは数枚の金貨を取り出し、見せて言う。
「いわゆる手数料って奴だよ」
『何処の世界に、スリの上前をはねる神名者が居るんだ!』
白牙の声ならぬ声が町中に響いた。




