愛は国より強い
下らない戦争をする二つの国、ヤオはどんな決断をするのか?
「マッチは要らんかねー」
雪が降る夜の街で、マッチを売るヤオ。
雪の白さの為、何処にいるか、いまいち掴み辛い白牙が言う。
『お前はどうしてマッチなんて売っているんだ?』
「これでも高給なんだよ、寒い夜空の下、マッチを売る少女は、絵になるって」
ヤヤが指さした先に数人の芸術家がスケッチをとったりしている。
そして契約通り、売り物のマッチ(小道具)の一箱とり、一本のマッチを擦る。
「あたたかい」
芸術家達の集団から感嘆の声があがる。
あきれ果てる白牙。
「でもこーやってマッチを見てると、あのキャラバンと一緒に旅をしていた頃を思い出すね」
その言葉に白牙が頷く。
『そーだな、八十年前のあの時も雪は降っていたな』
「ヤオちゃん、ランプに火をつけて」
「はーい」
キャラバンのおかみさんに言われてマッチを擦ってランプを灯すヤオ。
ヤオはこの時、ある雪の街道をキャラバンと一緒に行動していた。
「でも何で冬もキャラバンを動かすんですか?」
ヤオの言葉におかみさんが答える。
「普段だったら、冬は何処かの町で仕事をしてるんだけど、ほれ今年は戦争をやってるだろ。安心して落ち着ける街が無いんだよ」
その言葉に難しい顔をするヤオ。
その表情を誤解しおかみさんが言う。
「大丈夫、うちの旦那は鼻がいいから、きな臭い所には行かないよ」
そういって高笑いをあげる。
夜、キャラバンが止まっている間にヤオは、近くの丘に来ていた。
『ヤオ、どうするつもりだ。干渉するのを止めるか?』
足元に来た白牙の言葉に、首を横に振るヤオ。
「両者共に正しさを感じなければ、この戦いはあちきの力で止めて終わりにするのも一つの解決方法だよ」
その言葉に白牙が首を捻る。
『では何を躊躇しているのだ?』
「簡単に言えば、終わらせた後の事で悩んでるの。意地の張り合いが発端みたい。確かお互いの両国の有力貴族同士の結婚でどっちに移るかが、いつの間にかに戦争になっていた下らない戦争。力ずくで終わらせるのは簡単だけど、このままじゃまた直ぐ戦争になるよ」
ヤオは呆れ混じりに説明する。
『いっその事双方の国を無くすか?』
白牙の言葉にヤオが丘から見えるキャラバンの人達を指さして言う。
「あの人達と会ってなかったらそーゆーのもありだったかもね」
苦笑しながらキャラバンに戻るヤオであった。
「どういうことだ!」
その怒鳴り声がキャラバンの後方に居たヤオの耳にも入って来た。
『何かトラブルの様だぞ』
白牙が先頭を示す。
ヤオが慌ててそこに向かうと、軍人がキャラバンの頭を囲んでいた。
「大人しく言う事を聞け、お前等が、敵国でも商売をやっている事は知っている。だが、荷物を全て差し出せば、見逃してやると言っているのだ」
そんな非常識な事を平然と言う、ひげを生やした偉そうな軍人にキャラバンの頭が言う。
「ふざけるな、このキャラバンは正式な許可を持って居るんだぞ!」
見せられた許可書をひげの軍人は鼻で笑う。
「そんな戦争前の許可書に何の意味があると言うのだ? 今は戦争中、そんなものは紙切れに以下だ!」
握りつぶすひげの軍人。
「貴様!」
キャラバンの頭が掴みかかろうとした瞬間、左右から剣が出てくる。
「おーと逆らうのか?」
卑しい笑みを浮かべるひげの軍人に、キャラバンの頭は怒りを堪えていた。
その中、ヤオ平然と許可書を拾い言う。
「あんた自分が何したか解ってるの?」
ひげの軍人が平然と言う。
「当然であーる。私はもはや無用な紙切れを握りつぶしただけであーる」
その言葉にヤオが許可書を広げて言う。
「これにはこの国の国王の署名が入ってるんだよ。それを握りつぶすという事は、王威に反逆する事だって事位解らない?」
その一言に軍人の中に動揺が走る。
「しかしそれは戦争前の……」
ひげの軍人が慌てて言いつくろうとした時、ヤオが言う。
「解ってないね、これはまだ王に廃止と言われていない。詰まりこの国の王の許可であるって事は代わらない。それを一介の軍人が否定していい訳ないよ。軍人さんたち、この人は、そーゆー機微に疎いからついていくと巻き添え食って死刑になるよ」
ヤオの言葉に軍人達は引け腰になる。
「うるさいうるさい、やれ!」
逆上したひげの軍人の言葉に、数人の軍人がヤオに向かう。
「ヤオ、あぶない!」
キャラバンの頭が反射的に庇おうとするが、ヤオはそれを片手で制止して、残った手で、軍人達の剣の腹を叩き、折る。
「言っておくけどあちきは貴方達より強いよ」
一気にさがる軍人達。
「何をしている、小娘一人にびびるな、行け!」
そのひげの軍人にヤオが近づき胸につけたバッチを握りつぶす。
「ひー」
そう叫びながら逃げていくひげの軍人。
その後を慌ててついていく部下達。
「お前強かったんだな」
キャラバンの頭の言葉に頭をかくヤオ。
「まーこれでも修羅場くぐり抜けてますからー」
ヤオは、町の酒場へ、キャラバンの男衆の為に酒を買いに来ていた。
「お嬢ちゃんお使い偉いね」
酒場のおかみさんに頭を撫でられるヤオ。
『こいつが実は三十過ぎだって聞いたら驚くだろうな』
白牙の突っ込みを無視して、酒場を出ようとしたヤオの横を一組の男女が入ってくる。
すぐさま、数人の兵隊達が入ってきた。
「ここに逃げ込んできた男女が居るだろう、大人しくだせ出さないと痛い目を見るぞ!」
店の客が、今さっき来た二人を視線でさす。
そして兵隊達がそっちに行こうとした時、ヤオが立塞がる。
「酒場は酒を飲むところだよ、そうじゃない人は帰ったら?」
「ふざけるな、小娘!」
剣を抜く兵隊。
「やるの?」
挑発するヤオ。
「愚かさを死んで後悔するんだな!」
切りかかる兵隊。
「店の修理代は、これでどうにかして」
兵隊達の懐からとったサイフを渡すヤオ。
そして問題の二人の所に行く。
「貴方達はこっち、あちきがキャラバンに戻るからそこで話しをしましょう」
「ポール、大丈夫かしら」
「ミーナ、君だけは僕が守る」
二人は、怯えていたが、当然であった。
「早くお酒持って帰らないと、怒られるから、急ぐよ」
走り出すヤオに、店に居た全員が思った。
十数人居た兵隊を数分で戦闘不能にする少女が何を怖がるのだろうと。
キャラバンに戻り、キャラバンの頭と共に二人の事情を聞いた。
「それじゃあ、あんた等が戦争に元になった、貴族の子供って訳か?」
頷く二人。
「それでここで何してるの?」
ヤオの問いにポールが言う。
「このままではミーナと結婚できません。だから二人して国を出る事にしました」
その男性、ポールが応えると女性、ミーナも頷く。
「ポールが居れば私は何も要りません」
バカップルぶりに溜息を吐くキャラバンの頭だが、ヤオは笑顔で言う。
「それだったらいっその事二人で、両国に戦争したら?」
その言葉に驚く一同。
「しかし、そんな事出来る訳ありません」
ポールの言葉にヤオが質問を返す。
「だったらどうやってミーナさんを守るの? 何処に行っても追っては掛かるよ。捕まってミーナさんと離れ離れになっても良いの?」
「そんなの絶対嫌!」
ミーナが叫ぶとポールが抱きしめる。
「君だけは絶対守りきってみせる」
ヤヤが笑顔で言う。
「と言う事で両国と戦争だよ」
「あのーしかし、どうやって?」
ポールの言葉にヤオが胸を叩く。
「そこん所は任せて」
そしてヤオはキャラバンの頭の方を向いて頭を下げる。
「そー言う事なので、短い間でしたけどお世話になりました」
「おいおい本気で戦争にでもいくつもりか?」
慌ててキャラバンの頭が言うとヤオはポール達を指さして言う。
「戦争するのはこの二人です。あちきはその手伝いをするだけ。そう絶対勝つ手伝いを」
『詰り、この二人は両国を叩き潰す大義名分って事だな』
白牙の呟きはヤオ以外の誰の耳にも届かなかった。
両国が激突する、最前線、その中心に三人の人間(?)が居た。
両軍とも不信に思っている中、ヤオがポールを促す。
「僕はタイタ国の貴族の第一子、ポール。今回この戦いでイタイ国の貴族の第一子、ミーナとの結婚を出来なくなった。だから僕は宣言する、両国に我々の結婚を認めさせるまで戦うと!」
その言葉に爆笑が起こる。
そしてタイタ国の将軍が怒鳴る。
「ポールとやら、もはやこれはお前達だけの問題じゃ無い。大人しくさがっておれ!」
続いてイタイ国の将軍が言う。
「ミーナ殿、ここは戦場です。女性の方は下がっていて下され」
そして両軍が進軍を開始した。
ヤオは肩に乗っていた九尾の鳥、九尾鳥に右手を向けて唱える。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与えん、九尾鳥』
ヤオの右掌の『八』の文字が浮かび、九尾鳥は弓に変化する。
茶色の尾羽を矢に変えてヤオが射る。
その矢は、タイタ国軍の足元に当たると凄まじい地震を起こして、一撃でタイタ国軍を戦闘不能にする。
続きざまに青い尾羽を矢に変えて、イタイ国軍に向けて射る。
イタイ国軍は次の瞬間、巨大な氷の塊になった。
それを見て言葉を無くすポールとミーナ。
「貴方達の勝ちだよ」
笑顔で言うヤオに、すぐさま膝を付き、頭を下げるポールであった。
「神名者、八百刃様とは知らずご無礼の数々申し訳ございませんでした」
『結局その後、両国が同盟を結び、同盟の証明として二人の家は一つになったんだな。結局あの二人は必要だったのか?』
自分に積もった雪を振り払いながら白牙が聞く。
「あちきがただ両軍を倒しただけじゃ、同盟する理由は無かった。二人の結婚が両国を繋ぎ合わせたんだよ」
ヤオはそう答えながらも、マッチを擦って暖をとっていると一人の男性が来て言う。
「マッチ売ってくれるかい?」
ヤオは驚きながらもマッチを売る。
「何でこんな晩くにマッチが必要になったんですか?」
それに対して男は苦笑する。
「いまさっきこの町に着いたばかりなんだよ」
そういって町の外にある馬車の群れを指さす。
「この国では、冬のキャラバンは平和の証でね。こんな雪の時でも旅を続けてる。最初に冬にキャラバンを行った人達の中に戦争を止めてくれた人が居たそうだよ。まー八十年以上前の事だからいい加減話しだけどね」
そしてヤオが笑顔で言う。
「仕事ありますか?」
その言葉に男が驚く。
「まーあるけど、冬のキャラバンは厳しいよ?」
「大丈夫です。前に一度経験していますから」
そしてヤオはマッチ売りのバイトからキャラバンの下働きに転職する事になった。
「これでなんとか冬を越せるぞ」
嬉しそうなヤオに白牙が溜息を吐く。
『救国の英雄が、下働きする矛盾に誰も気付かないのは何故だろーな』
それは、神名者にも応えられない難しい問題であった。




