死より辛い罰
大地を操る蛇、大地蛇と八百刃の出会いそれには一人の魔術師と悲しみの連鎖があった
「君は、旅人なんだろう神名者、八百刃に話について知らないかい?」
食堂で、メニューを選んでいるヤオに一人の男性が話しかけてきた。
「黙ってて、凄く重要な選択に迫られているんだから!」
ヤオの本気の表情に男性は引く。
「そんな重要な選択ってなんだい?」
「量が多いスクランブルエッグを取るか、ほわほわのオムレツをとるか。今後の運命を分ける選択なんだから」
ヤオの言葉に男性がこける。
『そんな物で運命が変わるのは、世界中探してもお前だけだろうな』
白牙がもう諦めの極地的な表情で言う。
「えーと、なんだったら両方とも奢るから話を聞いてくれないか?」
目を輝かせるヤオ。
「どんな話でも聞きます!」
大きな溜息を吐く白牙であった。
「それじゃあニュームスさんは、八百刃の事を調べて本にしたいんだ」
オムレツを頬張りながら言うヤオの言葉に頷く、目の前の男性、ニュームス。
「そうだ、何人か居る神名者の中でも一番有名で、能力が高いと言われている、戦神候補の八百刃だ」
『お前って一番有名だったのか?』
白牙が驚いた顔をする。
ヤオも難しい顔をして返事をする。
「それって勘違いじゃないんですか?」
ニュームスは首を横に振る。
「間違いない。私はこれでも幾つかの町を移り住んでいるが、町によって主に崇める神や神名者が違うが、八百刃の名前だけは、大半の町で通じたよ」
『本気で意外だぞ』
白牙の言葉に強く頷くヤオ。
「有名なだけに色々の逸話もある。多くは戦いに関するものだが、中には八百刃の怒りで消滅した国があると言うのもある。消滅した国自体の記録が全く残っていない為、真偽は確かでは無いがな。中には、八百刃が町でウェイトレスしているなんて突拍子も無いデマまで流れてる始末だ」
そのニュームスの言葉に白牙がニュームスに聞こえない事を大前提に言う。
『誰だってそう思うだろうな』
ヤオはそれを無視する。
「それで何が聞きたいんですか?」
「出来ればここら辺で聞かない八百刃の逸話なんて聞かせて貰えれば助かるが、あるかい?」
ヤオは少し考えてから言う。
「それじゃあ、八百刃が、大地に住む蛇、大地蛇に遭遇した時の話しなんてどう?」
「大地蛇、聞いた事があるぞ! 大地に住む強大な蛇で、地形すら変化させる能力を持つと言われている八百刃獣だろう。ぜひ聞きたいな」
そしてヤオが話し始める。
「そうあれは、七十年ほど前の話になるね」
「いただきまーす」
ヤオが卵料理を食べようとした時、いきなり大地が揺れた。
村人達は必死に隠れる中、ヤオは硬直して居た。
何が起ころうが、ヤオの無事を確信している白牙だったが、膠着したまま動かない事を不審に思い、話しかける。
『ヤオ大丈夫か?』
ヤオは涙ながらに言う。
「大丈夫じゃないよー」
その視線の先には落ちたオムライスがあった。
『くだらない事で落ち込んでる場合じゃない。今のは、魔獣の仕業だ。早急に対処する必要があるぞ』
白牙の言葉にヤオが力なく頷いた。
「ここら辺で感じたよね?」
ヤオの言葉に頷く白牙。
『確かにここら辺で間違いない』
その時、大地が鳴動する。
「間違いないみたいだね」
ヤオは大きく息を吸い込み怒鳴る。
「あちきは、八百刃、戦神候補の神名者。貴方は何者?」
すると地面からテレパシーが発せられる。
『我は大地に住む蛇。しかし我はこの地から動く事が出来なくなってしまったのだ』
「どうして?」
ヤオが聞き返すと、大地蛇は事情を説明した。
「つまり、馬鹿な人間に、ここに誘い出されて、放置された上、周囲の岩盤は全て人が住む町を乗せているため、容易に動けなくなったって事だね」
高台から近くの地形を確認しながらヤオが言う。
『どうする? 神名者にとって魔獣は管理対象だが、今回みたいなでかぶつは対応のしようが無いと思うが?」
その言葉にヤオが周囲を見渡し言う。
「何とかできるよ、あちきとあんたの力を使えば」
『我の力?』
『大丈夫なのか、神ならともかく、神名者が大地を切り裂くなんて話は聞いたことが無いぞ?』
不安げな大地蛇にヤオは胸を張って言う。
「任しときなさい」
ヤオは、右掌の『八』、左掌の『百』、胸の『刃』の文字を光らせて唱える。
『八百刃の神名の元に、我が使徒に力を我が力与え、我が威光と化さん、白牙』
白牙は信じられない長さの刀に変化する。
ヤオはそれを振り上げて、勢いに乗せて振り下ろす。
その様を地面の下から見ていた大地蛇が呻く。
『本当に大地を切り裂くとは……』
そして大地蛇が無事、岩盤で閉じられた地中から抜け出した。
「うん上手く行ったね」
白牙を元の姿に戻し、ヤオは満足そうにその場を去ろうとした時、数人の魔術師が現れた。
「貴様が何者かは知らないが、我々が折角封じた大地蛇をよくも開放してくれたな!」
激昂する魔術師の一人。
ヤオは事情がわからないので首を傾げる。
「あの魔獣がここに居れば、この周囲の町を領土にする敵国に大ダメージを与え続けられる。我が軍の奥の手だったのだぞ」
その言葉に白牙が言う。
『なるほど、ただ放置したのでは無いのだな』
「そう言うことするんだったら魔獣に了解を取らないと駄目だよ」
ヤオの言葉に魔術師が言う。
「うるさい。お前には、改めて大地蛇を呼び出すための生贄になってもらう!」
その言葉にヤオの視線が鋭くなる。
「それって前にも生贄がいたって事?」
「ああ、大地蛇と仲が良かった娘を餌にする為に、ここに連れて来た。まー誘い込んだ後は用済みだったから犯して殺したがな」
魔術師の言葉にヤオは大きな溜息を吐く。
「成る程ね、それで人の町が在るからってここから出られなかった大地蛇が、外に出ようとしたのか」
「何ごちゃごちゃ言っている。お前も奴をここに呼び戻したら精々可愛がってやるよ!」
ヤオは、一瞬のうちに間合いを詰めて魔術師の一人の首を握り締める。
「貴方達の国に案内しなさい。大地蛇の怒りで誰かが死ぬ前に」
「何をふざけた事を!」
魔術師が一斉に魔法を唱えるが、白牙があっさり切り裂く。
『愚かな人間よ、お前等の国の人間を殺したくなければ急いで案内しろ』
白牙が魔術師達に解るレベルのテレパシーで脅迫する。
「大地蛇はわが国に入れぬ。奴は岩盤を越える能力を持っていない。それはここから脱出しなかった事からも解る」
魔術師が自信たっぷり言うがヤオが思いっきり呆れた口調で言う。
「あのねー物凄い勘違いだよ、大地蛇は岩盤を越える能力を持っているよ。ただし、その力を使えば岩盤の上に生きている人間に多大な被害が出る、だから今までやらなかった。でもあんた達の国は例外だと思う。これから滅ぼそうとしているのだから」
ざわめく魔術師達。
『もう直ぐだ、もう直ぐお前の復讐をしてやれる』
大地蛇の脳裏には、魔獣である自分と仲良くしてくれた少女の面影と、その少女が無残にも殺されるまでの記憶が思い出されて居た。
『奴等だけは、許さない!』
そして突き進んでいく。
大地蛇は今まで決してやろうとしなかった人が住む場所の地下の岩盤への進入をしようとしたその時、先程岩盤を断ち切った、白牙の一太刀が目の前を通り過ぎる。
そして大地蛇が頭を出す。
『邪魔をしないで貰おう。我は他所の人間には決して危害を与えん。我が親友を殺したこの国の人間だけを滅ぼすのだから』
その言葉にヤオがドデカ白牙を構えながら言う。
「駄目だよ。あちきも復讐は何も産まないなんて奇麗事は言わない。それでも貴方がこの国を滅ぼせば魔術師の思い通りになるよ!」
その言葉に大地蛇が驚く。
『どういうことだ?』
大地蛇が疑問を浮かべる。
「考えてみて、貴方はあそこで暴れられた?」
『周りに岩盤があって、人の町に被害を与えるので思うように動けなかった。それがどうしたというのだ』
その言葉に魔術師達の中に動揺が起こる。
「馬鹿なそれでは、どうやってあの国に被害を出すと言うのだ!」
「あそこは大地蛇を追い込めるには相応しい場所と聞いていたぞ?」
そして一人の魔術師が言う。
「やっと気付いたか魔術しか能が無い愚か者達が」
視線が集中する。
「すこし考えれば解るだろう、追い込めるのに丁度いいという事が、暴れることが難しい場所だって事くらい」
ヤオはその魔術師の方を向く。
「貴方だけは知っていた。あの場所に追い込んでも大地蛇だったら抜け出せる事と、人を気にしてそうそう動けなくなる事を」
魔術師が頷く。
「そうだついでに言えば、あのガキ犯して殺したのも大地蛇をぶち切れさせる為だよ。正直苛立っていたぞ、中々出てこないそいつにな」
大地蛇は憎悪の視線を魔術師に向ける。
「ここまで呼び寄せれば十分だ。俺を狙え、ただし俺は逃げるぞ、この国中にな! 幾らでも追ってきやがれ!」
魔術師の言葉に他の魔術師達が慌てるが次の瞬間魔術師の手から放たれた電撃で全ての魔術師が動けなくなる。
「お前達の出番はここまでだ」
そんな中ヤオが言う。
「どうしてこんな事したの?」
その魔術師が言う。
「この国には幼女を犯す事を最大の楽しみにする腐った王族が居やがるのさ。俺の妹もその毒牙にかかった。自殺した妹に誓った、絶対この国を滅ぼすと!」
そのヤオは少し考えて言う。
「だったらここで決闘しなさい、大地蛇と」
「冗談をよしてくれよ、俺にあんな魔獣と戦えと?」
ヤオは首を横に振る。
「やるのはどっちの思いが強いか較べるの。貴方は妹さんの敵を討つため命を懸ける覚悟あるんでしょ?」
「当然だ。妹の復讐する為だったこの命なんて要らねえ」
その言葉にヤオが続ける。
「その復讐心が大地蛇の思いより強かったら、復讐はあちきが神名者、八百刃がやってあげる。いっておくけどあちきは大地蛇より強いよ」
その言葉に驚く魔術師。
『本当だ。そのものがその気になればお前が望む復讐くらい楽にこなせるだろう。そして神名者は決して約定を破らない』
大地蛇がヤオを見る。
『勝負と言ったな、我も命を懸けるということだな?』
頷きヤオは魔術師に手に白牙を握らせる。
「勝負は簡単。この白牙に向かって大地蛇が突っ込む。大地蛇が途中で突っ込むのを止めたら貴方の勝ち、あちきが責任もって貴方の復讐をさせてあげる。大地蛇が軌道を変える前に白牙から手を離したら貴方の負け。その時は大地蛇の命令を一つ聞く。まー命令内容はどんなのかは大地蛇に任せるけどね。これだったら公平でしょ?」
その言葉に魔術師も頷く。
「ああ俺は決して逃げない」
『我の思いは人間などに負ける物では無い!』
そして大地蛇は一旦地中に戻ると勢いをつけて全身を地中から出し、重力に引かれて魔術師が握る白牙に向かって降下する。
双方とも死を覚悟していた。
その中、白牙がテレパシーでヤオに話しかける。
『このままでは両方とも死ぬぞ!』
その言葉に答えるようにヤオが大声で言う。
「これで死んでも貴方達の大切な人の所にはいけない。神名者、八百刃の名の下に保障する」
その言葉は魔術師の手から白牙を手放させた。
しかし、大地蛇の落下は止まらない。
『避けられない!』
大地蛇が苦味を含んだテレパシーを放つ。
苦笑する魔術師。
「ふん、幻惑された俺の負けだ、望み通り殺せ!」
叫ぶ魔術師を尻目にヤオが告げる。
「大地蛇選びなさい。この者を殺し、一時の復讐心を満足するか、殺さず我が使徒としてこの者に命令するかを!」
大地蛇は即答した。
『その言葉に従おう。我は八百刃の使徒になろう』
ヤオは頷き、右掌に『八』、左掌に『百』、胸に『刃』の文字を光らせて唱える。
『八百刃の神名の元に、我が使徒と化さん、大地蛇』
「そして大地蛇は新たな八百刃獣となったんです」
ヤオの話しにニュームスが急かす。
「それで大地蛇はその魔術師になんて命令したんだ」
ヤオは、外を指差す。
そこには一人の魔術師の石像があった。
「あの石像の魔術師が何をしたか知っていますか?」
ニュームスが少し考えて思い出す。
「確か当時の腐敗しきった王族を倒し、周りに次の王位を望まれたのにも関らず旅に出たと言われているが」
「大地蛇が魔術師に命令したの、その命を尽きるまで自分達と同じ思いをする者を減らす為に全力を尽くせと」
驚くニュームス。
「まさかあの石像の魔術師にそんな逸話があったなんて……」
席を立つヤオ。
「それではご馳走様でした。いくよ白牙」
頭を下げて出て行くヤオとその後をついていく白牙。
「白牙か、第一の八百刃獣と同じ名前か」
ヤオの後ろ姿を見送ったニュームスが呟く。
その時ふと八百刃の記録の一説を思い出される。
「八百刃は少女の姿をし、常に一匹の小さな白猫を連れている。そして卵料理が好物で、八百刃様に供え物をするときは卵料理にしろと言い伝えがあった気がするが」
さっきまで目の前に座っていた少女と合致する特徴に苦笑するニュームス。
「まさかな」
そしてニュームスも次の八百刃の言い伝えを探す為に席をたった。
「えーとオムレツとスクランブルエッグとお土産用卵料理セットですね」
会計をしていたニュームスは亭主の言葉に驚く。
「何ですか、そのお土産用卵料理セットって?」
「お連れさんが、料理を注文する時に一緒に注文して、さっき持って帰りましたよ」
不思議そうな顔をする亭主に苦笑するニュームス。
「絶対違うな、神名者八百刃がこんな事をする訳ない」
さっきの思い付きを完全否定するニュームスであった。




