新たな神名者、八百刃と第一の八百刃獣
第一の八百刃獣、白牙と八百刃の出会いとは?
「あちきはもう駄目、ここで人知れず消えていくんだ」
震える手で側に居る白牙を触れる。
「白牙は平気だよね。あちきの墓前には卵料理を供えてね」
腕から力が抜けて地面に落ちる。
そのまま意識を失うヤオ。
そんなヤオを冷たい視線で見る白牙。
『お前は墓前に卵料理を運んだ瞬間復活するだろうが』
そう言いながらも近くに食べ物が無いか探る白牙。
少し行った所で全く動かないヤオを確認して言う。
『本気で死んでるみたいだが、あいつがそう簡単に死なないのは会った時から知ってるからな』
そう言って、食べ物を得る為に駆ける白牙の脳裏には八百刃から聞いた、神名者に成った当時、自分と出会った頃の八百刃の事が巡る。
先見鏡は、一人の少女を見続けていた。
その少女の名はユアと言っていた。
しかし彼女がその名で居られるのも後僅かであった。
そしてその最後の判断が今下される。
『汝は戦いの神として何を望む』
その言葉に少女が言う。
「本人にとって正しい事」
即答である。
『それが他人の命を奪う事であってもか?』
その言葉に少女が答える。
「生きるという事は常に命を奪い合い。でもその命の奪い合いだけでないのが戦争。誇り、信仰、愛情様々な物がありますが、私は自分が本当に正しいと信じる者の戦いを護りたいです」
『答えは常に一つでは無くなるぞ。時には力だけではどうしようも無い時もあろう。それに対してお前はどうする』
少女ははっきりと応える。
「ならば私は全てに答えられるだけの力を得ます」
『神とて万能では無い。お前は神を超えるつもりか』
少女は首を横に振る。
「私は一人で成すつもりはありません。多くの者と力を合わせて多くの戦いを護ります」
そして少女の右掌に『八』の文字が浮かび上がる。
『汝の気持ち、思いは解った』
左掌に『百』の文字が浮かび上がる。
『これより汝は、大多数を表す八百の刃を持つ者、八百刃と化そう』
胸に『刃』の文字が浮かぶ。
「八百刃それが私の神名」
少女は、長い髪を纏めていた。
少女が神名者になる為の教育をした先見鏡が言う。
「これより貴方は神名者として世界を巡り、自分と同じ考えを持つ者を増やして下さい。そしてそれは、信望の力として貴方を神に近づけるでしょう。そして貴方と言う個が消えた時、新たなる神の誕生です」
その言葉に新たな神名者、八百刃が頷く。
「ありがとうございました」
そんな少女に先見鏡が言う。
「神名者になったばかりの貴方に時空神、真名から命令が在ります。東方で暴れる魔獣を鎮めよと」
頷く八百刃。
「解りました。きっとその命令は全うしてみせます」
そして、たった十四歳の若さで神名者になった少女、神名、八百刃の神に成る為の旅が始まった。
八百刃は先見鏡に言われた通り、東方に来ていた。
その旅の途中、不思議な事に二体の魔獣の話を聞いた。
「嬢ちゃんこっから先は気をつけるんだよ、東に全身が白い魔獣が居るそうだよ」
「違う、血の様な真っ赤な魔獣だ」
「いーえ白い魔獣よ!」
「いーや赤い魔獣だ!」
そんな言い争いを何度も聞いて八百刃は悩んでいた。
「さてどちらの魔獣が真名の言っていた魔獣なのかしら」
そして八百刃は人が一人も居ない町にやってきた。
「これって魔獣の仕業」
町の様子を観察して八百刃は不信に思った。
「いろんな所に血が飛び散っているのに死体が一つも無い。これってどういう事?」
八百刃は殺気を感じ前方に飛びのくと、八百刃が居た位置を血で真っ赤になった前足を振るう一匹の魔獣が居た。
全身を白い毛に覆われたその魔獣は、口の周りだけ、真っ赤にしていた。
「殺してから食ったって所ね」
魔獣はその獰猛な前足で八百刃に襲い掛かるが、八百刃は冷静に一歩後退してその前足を避け、相手の肩に手を当てる。
「魔獣だからこの位では死なないでしょうね」
八百刃があっさりと肩を粉砕する。
騒ぐ魔獣だったが、八百刃は冷静に、間合いを開ける。
必死にもがく魔獣。
八百刃はただそれを見守っていた。
「貴方は何で戦っているの?」
その言葉に魔獣が言う。
『我はただ生きたいそれだけだ』
八百刃は頷く。
「貴方の行いは正しい。でもここで食われた人達もそう思っていた筈よ。そして貴方は私を食べる為に襲った。私に反撃される事を覚悟していたんですよね?」
その言葉に白い魔獣は残った方の手を八百刃に振り上げて応える。
『うるさい私は力ある。だから人を喰らうのだ!』
八百刃の手刀は、白い魔獣の手を切り裂く。
「より強い私に殺されるのは仕方ないって事ですね」
白い魔獣は倒れる。
そして八百刃の手刀が魔獣の心臓を貫いた。
絶命した白い魔獣の死体を見て言う。
「生きるために戦うか、間違ってはいない。でもそれだけじゃない筈だよね」
その時、八百刃の背中が切り裂かれる。
八百刃は傷を回復させながら振り返るとそこには月を背後に、血の様な真っ赤な魔獣が居た。
その目はまっすぐ八百刃を見ていた。
『我は切り裂く物、汝、強き者か?』
その言葉に八百刃は頷く。
「私は八百刃、正しい戦いの護り手」
すると赤き魔獣は言う。
『ならば我が戦いが正しいか己が体で確かめるが良い』
振り下ろされた爪は、空気すら切り裂き、遠距離に居た八百刃に襲い掛かる。
八百刃の左腕が切り裂かれる。
しかし八百刃は怯まない。
そして前に進む八百刃。
『何故避けない?』
「貴方が言ったのよ、自分の身で貴方の戦いの正しさを確かめろと。私は間違った戦いには決して負けないよ」
その言葉に赤き魔獣が怯むがすぐさま、その爪を伸ばす。
『解ったならば死ね』
その爪は八百刃の腹を貫いた。
しかし、その状態から八百刃が赤き魔獣を大きく投げ飛ばす。
赤き魔獣は地面に強烈に叩きつけられる。
必死に飛びのく赤き魔獣に、八百刃は真っ直ぐ歩み寄る。
『我は全てを切り裂く!』
赤き魔獣は再びその爪を振るう。
八百刃は右腕でそれを受け止めて、左腕から放たれたパンチが赤き魔獣の腹にめり込む。
その後、回し蹴りが赤き魔獣の側頭部に決まり吹き飛ぶ。
「貴方は何故戦うの?」
腹から大量の出血をしながら八百刃が言った。
赤き魔獣はよろめきながら立ち上がり応える。
『我は母の腹を切り裂き生まれた。母親の血を全身に受けながら生まれた我には、何かを切り裂く以外の目的は無い』
そして最大の武器、牙で八百刃の首に噛み付く。
大量の血が流れ落ちるが、八百刃は平然と赤き魔獣を地面に叩きつける。
『お前は死なぬのか?』
赤き魔獣が何度も受けた衝撃の為、動けず、地面の上でもがきながら言った。
「神名者は生死を超越した者」
ゆっくり近づく八百刃に赤き魔獣は己の死を覚悟した。
「貴方は自分の戦いを見つけていない。だから自分の戦いを見つけられるまで貴方は私の使徒になりなさい」
その言葉に驚く赤き魔獣。
『お前にこれ程逆らった我を使徒とすると言うのか?』
大きく頷く八百刃。
「私は、色々な力が必要です。貴方にはその一つ目になって欲しいのです」
『我は再びお前を襲うかもしれんぞ?』
八百刃が笑みを浮かべて言う。
「さっきも言いました。神名者の私は死にません」
赤き魔獣は全身の力を抜く。
『好きにしろ。我は負けたのだから』
その時、雨が降り始める。
「貴方の名前は?」
八百刃の言葉に赤き魔獣は苦笑する。
『我にそんな上等な物は無い』
「名前が無いと色々不便ね」
そうして悩んでいる間に赤き魔獣の体に付着した血がどんどん流れ落ちて行き、真っ白な体毛が現れる。
それを見て八百刃は納得する。
「なるほど、それで赤い魔獣か白い魔獣か問題になっていたのね」
そう言って、先程倒した魔獣を見る。
「するとこの魔獣は全く関係なかったのね」
改めて真っ白の毛の魔獣を見て八百刃が言う。
「貴方はこれから白牙って名前です。いいですね?」
『否定する必要も無いな』
あっさり同意する白い毛の魔獣、白牙。
そして八百刃の右掌の『八』、左掌に『百』そして胸に『刃』が浮かび、その三文字を並べて唱える。
『八百刃の神名の元に、我が使徒と化さん、白牙』
『結局、未だに自分の戦いというのは解らないな』
そう言う現代の白牙の口には一匹の小鳥が銜えられていた。
そして元の場所に戻ると、たまたま通りかかった奴隷商人風の男達に食料を貰っているヤオが居た。
『何やってるんだ?』
近づき問いただす白牙にヤオは口一杯にパンを頬張りながらテレパシーで応える。
『この人たち、奴隷商人で近くの町まで人売りに行くらしいの。取り敢えず街まで連れてって頼んだら了解してくれたの』
大きな溜息を吐く白牙。
『奴等は知らないとは言え、神名者を奴隷として売ろうとしているんだな?』
水を飲みながら頷くヤオ。
『まー、町について違法そうだったら叩きのめして、他の奴隷も開放するだけだよ』
その言葉に白牙冷たい視線を向ける。
『合法だったらどうする?』
少し悩んでからヤオが呑気に応える。
『食事の分くらいは働いてから脱走する』
白牙は、何も言えなくなった。
そして不幸な奴隷商人の一人が言う。
「取り敢えず飢え死にしないな! さっさと歩け」
「はーい」
呑気なヤオの返事を聞いて溜息を吐き白牙が思う。
『自分の戦いはこのふざけた神名者を更生させる事だな』
当初の思いとは違う戦いを見つける白牙であった。




